サレ妻は転生先でも追放に。でも天使な息子がいるから平気です

新巻へもん

第1話 夫の罪

「じゃあな。サユリ」

 言い捨てると夫の克彦は運転席のドアを開けて飛び降りる。

 最後に見せた横顔は喜びに満ちていた。

 看板にぶつかって運転席のドアが激しい音を立てて閉まる。


 私は何が起きているのか理解できない。

 車は直進すると車止めを乗り越えて、海へと突き進む。

 勢いよく海面に落ちると水しぶきが跳ねあがった。

 慌ててシートベルトのバックルをいじるが、慌てているせいかなかなか外れない。


 ようやくシートベルトから自由になったが、助手席のドアを開けようとしても全く開かなかった。

 その間にあちこちの隙間から海水がどんどん入ってくる。

 私は半狂乱になって窓ガラスを叩くが、私の力ではびくともしなかった。 


 どうして、どうして?

 なぜ克彦がこんなことをしたのか理解できない。

 いや、本当は分かっていた。

 私立探偵に頼んで調べてもらった克彦の浮気調査の結果はクロ。


 しかも、浮気相手の横井春香との間には子供できているという話だったのに、私は信じられなかった。

 離婚をほのめかした私に場所を変えて話し合おうと、ドライブに連れ出された結果がこれなんて。

 真冬の海水は痺れるほど冷たかった。


 海水は胸まで達しようとしている。

 手足の動きが悪くなり、体の自由が利かなくなる。

 暗い車内でもうどっちがどちらかもわからなくなった。

 塩辛い水をがぶりと飲む。

 激しく咳き込んで意識を失う寸前、走馬灯のように私の過去が脳裏に浮かんだ。


 ***


 私は順風満帆な人生を送っていると思っていた。

 それほど大きくはないけれども会社を経営する父のお陰で経済的に不自由することなく成人する。

 そして、社会勉強ということで入社した大手企業で克彦と出会った。


 少々俺様系の男ではあったけれども、会社でもイケメンで評判だった克彦が私にアプローチしてきたのは、後から思えば、父の会社が狙いだった気がする。

 それでも、半年ほどの交際の後にプロポーズされたときは嬉しかった。

 一人娘である私のために、私の姓を名乗ることにもためらいなく同意してくれる。 


 会社に結婚の報告をした後に、いろいろと陰で私の噂をされた。

 単に私の幸せをやっかんでいると思って気にしないことにする。

 しかし、ある時、職場近くのお店でランチを食べに入りメニューを眺めていたら、衝立の向うから気になる単語が聞こえた。


「企画課の嶋田さん。浮かれちゃってて見てられないわよね」

「ねえ。結婚前から横井さんとずっと付き合ってて、まだ切れてないのに」

「今も週に数回の頻度で会ってるみたい」

「知らぬは奥さんだけなんて悲惨だわ。私なら恥ずかしくて会社来れないかも」

 お店の人に詫びて店を出てしまう。


 疑惑の種は芽を出すと大きく膨らんだ。

 今まで気づかなかったことが気になるようになる。

 克彦がずっと趣味で続けている週末のフットサルだが、いつからか打ち上げに誘われなくなっていた。


 克彦の所属している部署は繁忙期ではないはずなのに、週に一、二度は深夜帰りとなる日がある。

 思い余って探偵社に頼んだら、浮気相手と密会しまくっていた。

 隠し撮りされた写真を見せられ、別の場所で録音された音声を聞かされる。


 会社の私のデスクに腰掛けた春香が脚を高く掲げていた。

 その間に立った克彦の尻が見える。

『やっぱり、お前が最高だよ。あいつとは全然ちがう』

 30歳を迎え早く子供が欲しいと伝えていたのに、克彦は言をあいまいにして、あまり私の体を求めてこないのも単に淡白なのだと思っていたのに……。


 浮気の証拠があるのだから、さっさと別れれば良かった。

 でも、ほんの一時の気の迷いだと信じたかった私は、克彦と話し合いの場を設ける。

 克彦の狡猾さと残虐さを分かっていなかった私は、こうして彼に殺された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る