無様な姿を
三鹿ショート
無様な姿を
学生時代は、学校という場所が世界の全てだった。
だからこそ、其処で虐げられれば、逃げる場所が無いと考えていた。
だが、学生という身分を失ってから気が付いたことは、見ていた世界があまりにも狭かったということである。
見ている場所を少しばかり変えることで、これほどまでに逃げることができる場所が存在しているということを知ったが、当時の自分にはそのような余裕は無かったことを思えば、視野が狭かったことは仕方の無いことだろう。
しかし、現在は異なっている。
今の私は、かつてのように弱々しい存在ではない。
肉体的な成長はそれほど大きなものではないが、物事の考え方が変化したのである。
だからこそ、成長した今こそが報復の時機だということに気が付いた。
学生時代とは異なり、社会人である人々には社会的な立場などといった守るべきものが存在している。
それらは同時に、弱みと化すのだ。
学生という短い期間における身分と比べて、社会人という人生の大半を過ごすこととなる身分においては、その弱みがどれほど大きな意味を持っているのか、想像に難くない。
ゆえに、報復するには今が絶好の機会なのである。
***
女性問題や子どもの非行、日常生活における犯罪行為などを材料に迫ることで、学生時代はあれほどまでに恐怖を抱いていた相手が、呆気なく服従した。
その姿は情けなく、達成感や支配することに対する喜びなどは皆無だったが、私の報復は順調だった。
無様なその姿を撮影し、私を虐げたことを永遠に悔やむようにと伝えていき、残っている相手は彼女一人となった。
だが、彼女に報復をする意味があるのだろうかと考えてしまった。
何故なら、彼女が幸福な生活を送っているようには見えなかったからだ。
***
起きている間は酒を飲み続ける夫に代わって、彼女は休むことなく働き続けていた。
本来ならば感謝をするべきなのだろうが、夫は己の情けない姿を誤魔化すかのように、彼女に暴力を振るっている。
謝罪することなく、そのまま怒りに任せて乱暴に彼女と身体を重ね、そして眠るという日々を繰り返している夫は、誰が見たところで存在する価値が無いと考えるだろう。
しかし、彼女は夫から離れることなく、支え続けていた。
それほどまでに夫を愛しているというのならば、私が何も言う必要は無い。
だが、私にはやるべきことがある。
他の人間たちと同じように、私を虐げていたことに対する報復をするべきなのだろうが、既に辛い目に遭っている相手に対して追い打ちをかけるように報復をするべきなのかと、立ち止まってしまった。
背後で、傷ついた学生時代の私が叫んでいるような錯覚に陥る。
その声に従って行動することが私の選んだ道であるのだが、かつて私を虐げた罰として、彼女が現在のような生活を送っているのならば、報復の必要は無いのではないか。
そう考えてしまうあたり、私は善良なる人間なのだろうか。
しかし、善良ならば、虐げた相手に対して報復することはなく、過去のことは過去のことだと水に流すことだろう。
だが、私にはそうすることができない。
出来ないからこそ、既に何人もの相手に対して報復してきたのである。
私は頬を何度も叩き、思考を切り替えると、彼女の自宅へと向かった。
***
暴力を振るわれたとしても離れようとしないのは、夫のことをそれほどまでに愛しているのか、もしくは、逃げた場合の相手の怒りを考え、それに対して恐怖していることが理由なのか、判然としない。
前者であるならば、彼女の眼前で夫の生命を奪うことが報復には最も相応しいだろう。
しかし、もしも彼女が後者のような思考を抱いていた場合は、夫の生命を奪うということは、彼女を苦しみから解放するということに繋がってしまう。
それらの可能性を勘案するに、夫を傷つけるという行為は避けるべきである。
ゆえに、彼女本人を直接的に苦しめることに決めた。
好意を抱いていない相手に肉体を蹂躙されることがどれほどの恥辱であるのかは、私が最も理解している。
行為を終えた後、彼女は涙を流すばかりで、立ち上がろうとはしなかった。
これは、私が選んだ報復が正しいことを意味しているに違いなかった。
***
目覚めた私の眼前には、これまで報復をしてきた人間たちが立っていた。
私の手足が拘束されていることを考えると、彼らが何を企んでいるのかは明白である。
案の定、彼らは自分たちの過去の行為を棚に上げ、私の報復行為を責め立てた。
現在でも彼らの仲は変化していないらしく、一人が私に報復をされたと口を開くと、それから全員で私による被害を報告し合ったらしい。
そして、弱みを握られているのならば、それを握っている人間を始末すれば良いのではないかという結論に至ったらしい。
その思考は正しいが、私に対する報復が正しいわけではない。
私は彼らに虐げられた結果、反撃した。
彼らは私を虐げた結果、反撃された。
それぞれの行為はどのようなものであろうとも、状況は平等である。
このまま黙って生きれば良いものを、彼らは被害者として私に反撃をしようとしている。
これでは、終わりが永遠に訪れることはないではないか。
私がそう告げると、彼らは揃って首を横に振った。
「きみが此処で終わるために、報復の連鎖が続くことはない」
私は、彼らのことを甘く見ていた。
学生時代に身勝手な理由で私を虐げていた彼らが、その人格を簡単に変えることはなかったのだ。
私は善良の道を選ぶべきだったと後悔しながら、激痛に襲われ続けた。
無様な姿を 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます