第138話 クアランの戦い

 民族大移動で首都の市民が、引っ越した後なのは幸いであった。巨人どもはお行儀良く、大通りを進んでは来ない。建物を破壊してその瓦礫を、こっちに放り投げながらやってくる。シールドにがんがんぶち当たり、耐久を削ってくれやがるとシーフの二人が歯噛みする。


「先頭から順にいくぞ、アーロン」

「おう、一射入魂だな、デュナミス」


 二人が気を込めると番えた矢が、白く光り貫通弾となるヒュドラの加護。練度の高い弓の名手だから、更に粉砕の追加効果がある。その矢がそれぞれ接近してきた巨人の目に突き刺さり、貫通して頭部が砕け散った!


「やったな、灰に変わっていくぞ」

「弓隊の諸君! 矢をこっちに回してくれ!!」


 デュナミスの要請に隊員たちは、そうした方がいいと二人に矢筒を集め始めた。築城が目的だったから、予備は無く矢筒にある分だけなのだ。足りるのだろうかと、誰もが不安を隠せないでいる。


「ダーシュのブレスがなかったら、キリア隊長は即死だったかもしれんな」

「ゲオルク先生、自分に出来る事はありませんか」

「ありがたい、負傷者の応急処置を手伝ってくれディアス。シーフの二人はシールドにかかりっきりでな」


 最初の岩で救護用テントは、ぺしゃんこで見る影も無い。昼食が大好きなカレーと聞き、喜び勇んで外に出なかったら、いつものメンバーは危なかった。

 天運に恵まれたのは喜ばしいが、このままではまずいとゲオルクは考える。シーフの二人はもうシールドを三回追加し、そのうち限界が来るだろう。まだ巨人どもに、取り囲まれてもいないのにだ。

 リャナンシーと絆を結んだことで、ゲオルクには専用技がある。使うと生命力がごりごり削られるから教えてあげないと、魔族のお姉さんが拒否していたやつだ。桃を食べたことだし、いいじゃないかと、おねだりして聞き出したスペルがある。


「後でリャナンシーに怒られそうだな」

「先生、いま何て」

リフレクションシールド反射結界!」

「……はい?」


 新たなシールドが軍団を囲い、飛んできた瓦礫が投げた巨人に跳ね返っていく。だがゲオルクは「けっこうきついな」と地面にへたり込んでしまった。大丈夫かと、シュバイツにヴォルフとゲルハルトが駆け寄る。


「先生あれは?」

「時計の針が半周するまで、敵の攻撃を反射する結界だシュバイツ」


 ゲオルクの様子から、もう一回は無理そうだった。だが時間を稼げるからお願いがあると、彼はぺしゃんこの救護用テントを指差した。


「手空きの兵で岩をどかし、気付け薬を探して欲しい。金属製の小箱だから中の瓶は無事なはず、それでキリア隊長を目覚めさせたい」


 これは時間との闘いだ、ゲルハルトとヴォルフがすぐさま動く。デュナミスとアーロンを除く隊長たちを集め、岩をどかす段取りを決め取りかかる。その頃にはもうシールドが、巨人どもに囲まれていた。


 棍棒で叩かれるがそれは反射され、ダメージが相手に跳ね返っていく。タイムリミットは時計の針が半周、間に合うのだろうか。いや間に合わせなきゃフローラに合わせる顔が無いと、シュバイツは腰に下げたもう一本の剣を抜いた。立ち登る紺碧のオーラは、敵を弱体化させる神獣セネラデの加護。紅蓮のオーラは邪悪を断ち切る、大天使ジブリールの加護。


「先生が体を張ってくれたんだ、俺もやらないとな。一体でも多く減らしてやるぞ、いっけえ! ショックウエ」

『あほう!!』

「へ?」

『敵に取り囲まれてるっちゅーに、上段から振りかぶってどうする! このバカチンが!!』

「剣が……しゃべった」

『縦方向ではなく中段から、横へ振り払うように放て。死にたいなら止めぬが何発も撃てんぞ、敵を減らしたいなら効率を考えよ』

「なんで剣がしゃべるんだ」

『そんな事を考えてる余裕があるのか? 世迷言よまいごとを並べる前に動けスカポンタン』

「お、おう分かった、初めて撃つんだそう怒るな」

『うむ、分かればよろしい』

「いっけえ! ショックウエーブ衝撃波!!」


 どんという音を伴い、放たれた衝撃波が扇状に広がっていく。その範囲にいた巨人どもが、木っ端微塵に吹き飛び灰と化した。建物まで巻き添えにしたが、なんと遙か向こうの巨人にまで届いている。なるほど縦方向に撃ったら無駄もいいところ、魔剣カネミツブレードのアドバイスは正しい。


「うわ、これきっついな」

『何度も撃てぬと言っただろう、少し休め』

「いや、ここで俺が踏ん張らないと」

『落ち着け周りをよく見ろ、戦っているのはお前一人ではない』


 ダーシュが実態であるヒノカグツチに姿を変え、巨人の群れに飛び込み跳躍していた。存在自体が炎だから、単眼にキックを入れて焼き、目潰しをしているのだ。

 デュナミスとアーロンも、懸命に矢を放っている。シールドに取り付いた巨人の足へ、重装兵が殴打武器を打ち付け振り下ろす。騎馬隊は救護用テントの大岩を斬岩剣で切り刻み、弓兵と軽装兵がえっさほいさと撤去している。


『全軍の士気に関わるから無茶はするな、お前がいるから頑張れるんだ』

「俺が……いるから?」


 皇帝と大聖女が彼らの拠り所だと、魔剣カネミツブレードの柄がきらりと光った。お前にもしもの事があれば、彼らこそフローラに合わせる顔が無い。そこんとこ良く考えて行動しろと、剣に諭されてしまった女装男子である。


 そんなシュバイツの後ろで、怒りが頂点に達した御仁がひとり。落ち着いてカレーを食べられないナナシーが、どうしてくれようかと半眼になっているのだ。テーブル上の食器はもう、グラスも調味料も振動で倒れしっちゃかめっちゃか。


「おいらの美味しい楽しい生活を、邪魔するんじゃないほおおおお!!」

「へ?」


 危険を察知したのか、ヒノカグツチことダーシュがシールド内へ戻って来た。

 シュバイツの眼前で両足をにゅーんと伸ばし、シールドの外へ出た流動体さん。その口から霧が吹きだし、もうもうと周囲を覆っていく。すると巨人たちは「うがごああ」と叫び、顔に手を当て悶えだしたではないか。


 だがそれでもこいつらは、シールドから出たナナシーを掴み取ろうとする。やはり狙いは皇帝と大聖女に間違いなく、影武者の流動体を握り潰そうとする。でもそこは物理無効で、ナナシーは掴まれてもするりと抜け、しゅるしゅると縮みシールドの中へ戻って来た。


「ナナシー、何をしたんだ?」

「おいらの消化液を放出したんだほ、みんな溶けていくんだな、シュバイツ」

「……まじか」


 見れば皮膚はただれ骨が剥き出しとなり、巨人どもは全身から煙を吹き出し大地に膝を突いていく。陶器や金属まで消化する、外道界のアメーバさん恐るべし。物理で倒して灰にするのではなく、溶かして土に還す特殊攻撃である。わんこ姿へ戻ったダーシュが、嘘だろうと信じられないようす。


「私の大事な軍団に、いったい何してくれちゃってるのかしら」


 空から大音声が響き渡り、見上げれば宙に浮くパンツ丸見えのフローラと、ワイバーンに跨がるグレイデルに三人娘の姿が。兵士らが岩を撤去した救護用テントから、気付け薬を見つけキリアを起こしたのだ。


 フローラ以外は阿吽の呼吸で、負傷者を治療すべく舞い降りてくる。それと同時に婚約者たちが魔人化し、まだまだやって来る巨人どもを見据え眉を吊り上げた。


「返り討ちって言葉、知ってるよなヴォルフ」

「もちろんだともシュバイツ、いい慣用句だ」

「俺、武器はモーニングスターにしとこう、あの目ん玉に叩き付けたい気分なんだ」

「ケバブ、俺にバトルハンマー貸してくれないか」

「いいぜジャン、ヤレルはどうする?」

「バトルアックスを貸してくれ、ともかくあの目玉に何かをめり込ませたい」


 五人が物騒な準備を始める中、上空ではフローラが転移門を睨んでいた。まだまだ出て来る巨人に、どれだけの魂を犠牲にしたのかしらとはらわたが煮えくり返る。悪しき最後の一人はグラハムで、巨人使いならば本軍を全滅に追い込んだ仇だ。逃がさないわよと、扇を開き空へ掲げくるくると回す。


「天の聖櫃せいひつよ開き給え、エロイムエッサイム我は求め訴えたり!」


 それはかつてミドガルズオルムを呪縛から解放した、六属性の合わせ技にして雷撃の最大奥義。雨雲が空を覆い尽くしていき、ごうと風が吹いて街路樹の枝を激しく揺らす。石畳の地面にぱちぱちと火花がはぜ、兵士たちは「あれが来る」と身構えた。


「天にまします神々よ、冥界にまします魔王とその眷属よ、願いを聞き届けその御業を示し給え。我が名はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク」


 魔界ではなく冥界とするこのスペル、実のところ地獄の階層にちゃんと冥界があるのだ。天と冥界を繋ぐいかづちの矛先は、巨人が出て来る転移門に向けられていた。


「いっけええ! ライディーン雷神!!」


 天地を支えるような青白いいかづちの柱、精霊女王の加護で倍の乗算だから四本、それをフローラは転移門の中へ叩き込んだ! 門の向こう側がどこの異界かなんて、知ったこっちゃないと言わんばかりに。


 桂林が操るワイバーンのゴンドラに乗り、同行した髙輝はその光景を後にこう書き記している。空気中の水分が熱で膨張し、周囲が蒸気で真っ白に。転移門から出て来た、又は周囲にいた巨人は一気に灰化。中には火が付き燃え上がる固体もおり、これを地獄絵図と呼ばず何と例えれば良いか思い付かないと。


「シュバイツ! 来て!!」

「おう! グラハムをとっちめに行くんだな!!」


 空中を三段跳びで駆け上がり、フローラと手を繋いだシュバイツ。眼下では魔人化した男衆が「うをりゃあ!」と、残存するひとつ目をフルボッコにしている。デュナミスとアーロンは矢が切れたようだけど、こっちは任せて大丈夫そうだ。


「いくわよ」

「おう、いつでもいいぜ」

「せーの……ってあれ?」

「転移門が……閉じていく」


 音速飛行で飛び込もうとした矢先、異界の門が消えてしまった。どうやらグラハムとやら、ジョセフやゼブラと違い戦術眼があるもよう。勝てないと悟り、尻尾を巻いて逃げたとも言うが。


「グレイデルさまのヒールで、折れた肋骨はくっ付きました。でも無茶は禁物ですからね、キリア隊長」

「分かってますよ、それよりゲオルク先生こそ大丈夫なんですか?」

「わはは、お互い桃源郷の桃狩りに行かないといけませんね」


 取りあえず元気そうな二人に、安堵するシーフの二人とケバブにディアス。片付けは後にして、フローラ軍は昼食を再開していた。カレーの入った深鍋が、とろ火で加熱されたまま残っているのですはい。焼き上がったタンドリーチキンも、無事だった行事用テントに山盛りでして。


「んふう、カレーおいちい」

「ありがとな、ナナシー。君のおかげでフローラが来るまでの時間稼ぎが出来た」

「何がありがとうなのか、よく分からないんだほ、シュバイツ。おいらはカレーをじっくりたっぷり堪能したかっただけなんだな」

「それでも助かったんだ、矢が切れて反射シールドも時間切れだったら、俺たちは今こうしていない。心底感謝してるんだ、ありがとう」


 感謝とかありがとうとか、そんな言葉がナナシーには理解できない。でも何だかこそばゆくて恥ずかしい、そんなむずむずを振り払うようにナンお代わりと、流動体は三人娘にオーダーするのであった。

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