第139話 聖なる剣と無垢なる魔物

 ここはアウグスタ城、フローラの執務室。

 昨日中断していた仕事を片付けるべく、フローラとグレイデルが書類とにらめっこしていた。第二の首都となるクアランを破壊してしまったので……いやこっちは悪くないのだが、その再建案も増えちゃってたりして。国政を任されているケイオスの執事団、仕事がめっちゃ早いです。


「これは根本的に、都市計画からやり直しですわね、フローラさま」

「むしろその方がすっきりしていいかもよ、グレイデル」


 フローラは最大奥義を放ったのだから、本来であれば二日ほど寝込むはず。ところが翌朝には、普通にすっきり目が覚めていた。セルフお着替えの錬成を始めたことから、魔素の使い方がこなれて良い方向に出ているのかも。魔人化して巨人の残党を殲滅した男衆と、専用技を使ったゲオルクは、例の如くベッドでくーすかぴーだけど。


「元々あった旧城を解体する手間は省けましたけど」

「市街地がぐちゃぐちゃだもんね」

「巨人に破壊されたのも大きいですが、シュバイツさまの万能攻撃が輪をかけて」

「げふんげふん、ケイオスに都市再建の概算要求しておくわ」


 クアランを選んだ理由は、アウグスタ城から近いってだけじゃない。吟遊詩人のメンバーに言わせると、神話伝承が多く残る一級の聖地なんだそうで。異界へ通じる地下迷宮があるかもと、ジャンとヤレルが目の色を変えたのはお察し。首都ヘレンツィアに近いからこそ、軽視できない場所なのだ。


「もし異界へ通じるターミナルがあれば、悪用される可能性もございます」

「シーフの二人にダンジョン探索してもらわないとね、グレイデル」

「ええ、場合によっては封印も検討しないといけません」


 そこへディアスが面会を求めておりますと、開け放っていた扉から衛兵が顔を出して告げた。呼んだのはこちらなので、待っていたフローラは通してあげてと返す。シュバイツがしゃべったと話していた、魔剣カネミツブレードの件だ。


「抜けないの? ディアス」

「はいフローラさま、でも錆び付いてるわけじゃないんですよ。なのに重装隊のアレス隊長や、コーギン隊長でも抜けなくて」


 ケバブが強度試験をする時も、シーフの二人が鑑定する時も、何の抵抗もなくすらりと抜けたはず。フローラとグレイデルはどうしてと、顔を見合わせ首を捻る。


「ちょっと貸して、ディアス」

「どうぞ、ゲルハルト卿もふんぬぬぬって、顔を真っ赤にして引いたんですけど、だめだったんです」


 受け取った魔剣の柄に手をかけ、フローラはくんと引っ張る。するとどうしたことだろう、鞘からすんなり抜けたではないか。あまりの呆気なさにディアスとグレイデルはもちろん、控えていたミリアとリシュルも「ええ?」と目が点になってしまう。


「本当に言葉を話せるのかしら」

『話せるぞ、フローラ』


 呆けていたみんなが、今度は石像と化してしまう。でもフローラは動じない、シュバイツが自分に嘘を言うはずがないからだ。意思を持つなら話しを聞かねば、それが人類の未来を預かった、大聖女としての貫禄かんろくである。


「お名前を伺ってもいいかしら」

『精霊としての名はあるが、長いからカネミツでいいぞ』

「あらつれない、一応は聞かせて」

『ツイツイアナスタ・ドモナルゼマニエスタルム・エランゼーダカシアナ』

「カネミツと呼ばせてもらうわ」


 ぷっと笑いを堪える音が、こっちからもあっちからも。閣下はあの時、剣に宿る魂の名前を知っていたのだろう。今ここで教えても覚えられまいと、敢えて端折ったに違いない。


「どうして剣の中に?」

『前の大戦争で邪鬼王と相打ちになり、この剣に魂を封じ込められたのだ』


 それならば境遇は、ミドガルズオルムとほぼ一緒。何かお望みはあるかしらと尋ねるフローラに、カネミツは君らがいつも飲んでるコーヒーをとリクエスト。剣がどうやって飲むのかしらと思いつつも、ミリアとリシュルはすすいと動き準備を始める。


『悪用されけがれてしまった我は、新たな千年王国を目指す魂によって覚醒した』

「シュバイツなのね」

『そう、考えなしの無鉄砲だが、崇高な目的のために命をかける度胸と勇気がある。だから君たちに協力し、魂のけがれをはらいたいのだ。そう決めたとき我を鞘から抜けるのはシュバイツと、あいつの原動力であるフローラに固定された』


 それで誰も抜けないんだと、理由が分かりディアスがぽんと、手のひらに拳を当てる。シュバイツは生命力を削ってでも軍団を守ろうと、覚悟を決めて魔剣カネミツブレードを抜いた。自分が自分がではなく、自分とみんなが。その時より魔剣は使用者を選ぶ、聖剣へとクラスチェンジしていたのだ。


「魂を剣から解放してあげるには、どうしたらいいの? 私に出来る事があれば協力するわよ」

『すでに解放してもらった』

「……へ?」

『崇高な目的のために、自らを犠牲にする者など滅多におらぬ。そんな状況に陥れば人間は、たいてい仲間を見捨てて逃げるからな。邪神界の連中も、嫌な呪縛をかけてくれる』

「もしかしてシュバイツが、解放のトリガーだったのかしら」

『そう、使用者が覚悟を決めた時、それが自分の利益ではなく大いなる目標のためだった場合に、解放される呪縛だったのだ』


 実際にはそんなホーリーナイト聖騎士がいなかったから、自分は魔剣として武人の手を渡り歩いて来たとカネミツは話す。するとフローラの整った鼻が、ぷくっと膨らんだ。シュバイツを褒めてもらえたから、誇らしいのである。


 聞けば剣術と鍛冶を司る神霊だそうで、依り代として剣は居心地が良いとカネミツは言う。ミドガルズオルムはフローラを依り代にしたが、神霊の魂にも寝床は好みがあるようで。


「神霊だからこそ、万能攻撃が扱えるのよね」

「いかにも、我は六属性に加え虚無の属性を持つ」


 リシュルの置いたマグカップが宙に浮き、中のコーヒーが徐々に減っていく。こりゃ透明人間が目の前にいると、開き直って自分に言い聞かせた方が良さそうだ。グレイデルもディアスも、ミリアもリシュルも、深く考えるのは早々に諦めたっぽい。


 火属性の相手に火炎攻撃を仕掛けても、耐性があるから効果は薄い。ダーシュのように実態が炎だと、むしろ元気にしてしまうことも。属性により相性の悪い場合があって、術者はそこんところを考え戦法を組み立てる必要がある。

 対して万能攻撃は、属性を無視してダメージを与えるから万能なのだ。それが虚無属性の持つ、創造と破壊の二面性を持った力と言えるだろう。 


『ところであの流動体だが』

「ナナシーのことかしら」

『ああ、我も驚いたのだが』

「うん」

『虚無の単一属性持ちだ』

「ちょっ、六属性が揃わないと、身に付かないはずでは?」

『だからルシフェルも、ジブリールもセネラデも、慌てたのだ」


 あり得ない事だからなと、カネミツはチョコレートクッキーをひょいぱく。宙に浮いたそれが消えるのだけど、もう誰も気にしなくなっていた。これから食事はもう一人前追加ねと、ミリアとリシュルがうんうん頷き合っている。


『宇宙の意思なのか、はたまた偶然なのか、神界もすったもんだしたであろう。神霊アナがフローラに預けたのは、ある意味で正解だったのかもしれん』

「それって……どういうこと?」

『はっきり言って幼子なんだが、逆を言えば無垢な魂だ。魔物であれど性質は人間に近く、聖なる者にも悪鬼にもなれる紙一重。黒胡椒を手ずから与えた以上は、手綱を握れフローラ』


 敵に回したら虚無属性は厄介だと、聖剣さまは見えない姿でクッキーをぽりぽり。ミリアが空になった彼のマグカップにコーヒーを注ぎ、リシュルがお菓子皿にクッキーを追加する。


「なんだか私、ナナシーの保護者みたいね、カネミツ」

『神界から預かった時点で、もはや保護者であろう』


 フローラは気付いていない、お友達に虚無属性が加わり、七属性が揃っていることに。創造と破壊の力に、磨きがかかっていることなんて。


 ――その頃こちらは首都ヘレンツィアの市場。

 鶏と卵の料理が続いてしまい、兵士たちがそろそろ魚を恋しがる頃だ。セネラデとジブリールがいないと魚介類の供給がないため、食材探しにやって来たメイド達がわいきゃい。


 まあお金を落として循環させ、地域経済を発展させるのも君主の務め。お財布を預かる桂林チームとカレンチームの六人が、水産物エリアで目利きをしている真っ最中だ。魚の目利きとは外観から、鮮度と質の良さを見極める選別眼のこと。


「サンマがお安いのだけど、これはちょっとね、桂林」

「身が痩せてるのよね、カレン。サンマは止めておこう」

「サバは丸々太ってるわよ、ルディ」

「味噌煮に良さそう、買いよね明雫」

「ここのスルメイカ、みんな鮮度がいいわ、イオラ」

「うんうん、イカは鮮度が落ちると真っ白になるもんね、樹里」


 店主たちが緊張した面持ちで、六人の動向を見守っている。お買い上げとなれば全量、にこにこ現金払いだから当然とも言える。お城から来てるメイドのお眼鏡にかなったとなれば、そりゃ鼻も高いわけでして。

 サンマは豊漁で新鮮だったんだけれど、脂の乗りと身質のランクがちょいと低かった。サンマ売りの店主よどんまい、次があるさ、が……。


「このサンマ、お刺身だと脂がしつこくなくて美味しいわよ、店主さん」

「そ、それはどうも、女王陛下」


 買い出しにも興味を示し、ナナシーはよく付いて来る。その流動体さんが、試食用の生サンマをもーぐもぐ。普段は語尾に『な』とか『ほ』を付けるけれど、対外的にはちゃんとフローラの口調を真似ている。女王さまの品位と沽券こけんに関わるから、使い分けてとみんなからお願いされこうなった。


「私としてはワサビ醤油よりも、ショウガ醤油が好みだわ。お刺身の上にアサツキや刻んだ大葉をあしらったら最高かも、んふう、おいちい」


 影武者とは知らずも女王陛下の仰ること、買い物客たちがすわっと、サンマのエリアに集まっちゃった。フローラさまは『おいちい』なんて言わないんだけどなって、メイドの六人がへにゃりと笑う。


「焼き魚としては脂のりのりが好ましいけど、お刺身なら話しは別ってことか」

「これは盲点だったわね、桂林。サンマどうする?」

「市民の買い物に影響が出ない程度で、買っていこうカレン。ナナシーのおいちいって、外れがないもの」


 ならば朝食はサバの味噌煮定食、スルメイカはイカそうめんに塩辛と、献立を組み立てていくメイドの六人。それじゃ今夜はサンマも含めたお刺身盛り合わせでと、マグロにハマチ、ヒラメにマダイ、エビにホタテと、次々買い込んでいく。


「じょ、じょじょ、女王陛下! これを試食してみて下さい!!」

「まあ店主、これは何という魚なのですか?」

「カジカって言います。見た目はグロいんですけど、刺身にしても鍋にしても美味いんですよ。この刺身、食べてみて下さい」

「ほうほう、どれどれ」


 フローラも買い出しに付き合い、試食に手を伸ばすことはある。けれどそれは精霊さん達が毒の有無を教えてくれるからで、他国の王侯貴族なら絶対にしないこと。ナナシーの場合はと言いますと、強力な消化液が分解しちゃうので、事実上は毒無効だったりする。


 優秀な影武者がおいちいと言ったので、メイドの六人が献立の作戦を練り直す。腕ものはカジカの肝も入れた、潮汁うしおじるはどうかしらと。柚子に三つ葉が欲しいわねと、直ぐに行動へ移すのであった。

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