第136話 もうひとつの属性
精霊は進化すると共に、使える属性が増えて行く。最初から持っているのは、地水火風に光と闇、このどれかだ。フローラの朱雀は火、玄武は地、白虎は水、青龍は風で、まだ単一属性である。光は天使ちゃんのリリエルで、闇は悪魔ちゃんのルルドラだ。進化を重ね大天使、大精霊、大魔使になれば、六属性持ちになるんだそうな。
そう考えるとフローラは全属性を扱える、マルチプレイヤーってことになる。しかも精霊女王に精霊王、大魔王と大地母神の加護まで授かり、とんでも性能だ。霊鳥サームルクと古代竜ミドガルズオルムのサポートもあり、生半可な魔物ではフローラに太刀打ちできないだろう。
ちなみにナナシーはまあその、何だ、よう分からん。うっかり手ずから黒胡椒をあげてしまい、フローラに懐いてお友達の枠に入った変わり種。本体は今も外道界におり、ここで預かっているのは分身さん。大分類は魔物、中分類は外道、小分類はアメーバってことになる。特技は擬態で物理と四属性魔法が無効、攻撃手段は捕食でそれ以外はよく分かっていない。
「人間界ではフローラって、最強じゃないか?」
「でもスペルを唱える時の無防備を、シュバイツがカバーしてくれるから安心なの」
「奥義になると詠唱が長いからな、そこは俺にどーんと任せてくれ」
ここは午後の女王テント、コーヒーの良い香りが漂っていた。やっぱり豆は挽き立てよねと、リシュルがコーヒーミルをかりかり回す。ミリアがそうねと頷き、ティースタンドに軽食を並べていく。外道さんが食器ごと頬張らないよう、二人とも注意は怠らない。
出されたマグカップを手にした、フローラの右手中指に指輪が光る。アナからもらったのだが、色が虹色に変化する不思議なリングだ。ケバブもディアスも、何の金属かさっぱり分からないらしい。
「魔剣カネミツブレードはどうだったの?」
「ケバブが言うに、強度は斬岩剣と同等らしい。ジャンとヤレルに鑑定してもらったら、精霊の意思が宿ってるかもって」
「その意思が生命力と引き換えに、万能属性の
「多分な、あんまり使いたくはないけど」
「でも一度は試しておいた方がよくない?」
エレメンタル宮殿に行って桃を食べなきゃと、女装男子はシュガーポットに手を伸ばす。居候である精霊のお偉いさんたちは、みんな呼び出され本拠地に戻っている最中だ。きな臭い気配は現実味を帯びてきており、二人はできる限り準備を進めておこうと頷き合う。
「みんな戻って来るとき、新たな精霊を紹介してくれるみたいだな」
「ミリアとリシュル、スワンとカレン、ルディとイオラには四属性よ」
「バッカスは神霊だから、シルビィ六属性持ちになるのか。二人の親密度、直ぐに上がるかな」
「割りと早く上がるんじゃないかしら、シュバイツ」
「聖職者だから?」
「ううん、酒飲み同士で」
身も蓋もないなとシュバイツは、くすりと笑いコーヒーをスプーンでかき回す。ミリアとリシュルは自分たちも魔力を行使できることに、期待半分、不安半分のようだけど。
実はフローラ、マリエラにもお願いと頼んでいた。この軍団で真っ先に狙われるのは、皇帝と大聖女に選帝侯だからだ。本人とプハルツの了解も得ており、これで彼女も自衛手段を持つことになる。
「お相手がいてラブラブなら、魔人化だって早いかも」
「リーベルトが魔人化するの、ちょっと想像しにくいんだよな」
それは言えてますねと、ミリアもリシュルもぷくくと笑う。だが二人ともマグカップを手にしたナナシーからは、けして目を離さない。茶渋が付いたカップなら、直ぐ出してもらえばきれいになって便利だ。けれど戻させるタイミングが遅ければ、もうカップとは呼べないドロドロの物体になっているから。
「そう言えばナナシー、飛行艇を見に行った時はずっと黙ってたな」
「ジブリールが怖いんだほ、シュバイツ。下手なことは言わない方がいいんだな、くわばらくわばら」
おやまあ原理原則の大天使が苦手なんだと、フローラとシュバイツ、ミリアとリシュルは顔を見合わせる。無鉄砲な性質かと思いきや、そうでもないらしい。生ハムサンド美味しいもっとちょうだいと、ナナシーは両手を伸ばしてもーぐもぐ。
「ゾンビの肉はあんな不味いのに、生ハムは美味しいんだな」
「そんなに酷いの?」
「緑色になった死肉は嫌な味なんだほ、フローラ。腐敗臭と後味の悪さは、筆舌に尽くし難いんだな」
生ハムは確かに、見た目は生の肉に近い。その製造工程は調味料と一緒に塩漬けしたあと、乾燥と熟成を経て生み出される。他のハムとの区別は、加熱してない点だろう。本来は生食など出来ない豚肉に火を通さず、持ち味を楽しめるようにした職人の技だ。
「フローラの傍にいると、美味しいし楽しいんだな。おいらここの生活を失いたくないから、大人しくしてるほ」
「んふふ、神界のお偉いさんの前では、でしょ?」
もちろんと頷きナナシーは、ミリアが追加で置いてくれた生ハムサンドを、これまた美味しそうに頬張る。魔物だけどやっぱり憎めないねと、フローラとシュバイツは思念を交わし合う。その流動体がこれは何なのだほと、テーブルに置かれた手鏡に興味を示した。
「使える人が限定されるけど、遠くにいる仲間と会話ができる魔道具よ」
「食べ物じゃないんだな、認識したほ」
あんたねえと、パンナイフを握り締めたミリア。それをどうどう落ち着けと、リシュルがなだめに入る。テーブルにあるからナナシーは、食べ物かどうか聞きたかっただけみたい。テーブル胡椒とかテーブルソルト、お醤油や七味唐辛子とは、違うと認識してくれたようで何より。
最近フローラは手鏡をすぐ開けるよう、常に手元に置いていた。法王庁とミン帝国から、いつ救援要請が入るか分からないからだ。ひとつ目巨人の群れに襲われたら、為す術なく全滅してしまうだろう。正門前でのんびり野営しているように見えて、フローラ軍はいつでも出陣出来るよう、神経を張り詰めさせている。
「あの飛行艇、二隻を連結できないものかしら」
「へ? フローラ今なんて」
「移動速度も舵を握る聖女の魔力に依存するって、セネラデが言ってたじゃない」
「って事は何か考えがあるんだな、聞かせてくれ」
「私が舵を握れば、二隻とも最高速度よね。そして私は物体を空中で静止させ、寝ていても留めておく特技がありまーす!」
「お、おおう」
古代竜ミドガルズオルムはフローラに、素養があると見て錬成を教えた。その手始めが手鏡であり、前世で大地母神アナから授かった、創造の力を引き出したのだ。物体を空中で静止させる技も、隕石を召喚する奥義も、古代竜が教えてくれたもの。
そんなミドガルズオルムはアナが来ると、眠りから目覚めるようになった。よくよく聞けばお互い原初の神霊で、古い友人なんだそうで。全ての異界を巻き込む大戦争があった大昔、古代竜は首魁の邪神と相打ちになった。その魂を悪しき魔物に絡め取られ、幽閉されたのだと話してくれたのだ。
「古い友人か、なんかいいな。でもやっぱりアナからは、捻じ伏せられる側だったのかな、フローラ」
「どうだろう、もしそうだとしても、絶対に認めないような気がするけど」
「どうして分かるんだ?」
「魂の波動で感じるのよ、頑固者だって」
そんな他愛もない会話をしながら、フローラは古代竜の教えを思い出していた。属性にはもうひとつ、虚無ってのがあるらしい。ここで言う無とは、万物の始祖という意味を持つ。六属性を揃えた大精霊が神霊へ進化した時、初めてこの属性を獲得するんだとか。
アナの瞳がアースアイに輝くのも、もらった指輪が虹色に移り変わるのも、七つの属性を表しているのだと古代竜は教えてくれた。つまりフローラは生まれた時から、虚無を含む七属性が魂に刻み込まれていた事になる。真理を見極めようとする時、彼女の瞳もアースアイに輝くのだから。
魔素を取り込む術も、魔力を行使する言霊も知らなかった。だが今は違うとミドガルズオルムは笑った、お前さんは人間にして、もはや神霊に等しいのだと。その力を存分に振るい、新たな千年王国を築いてみよと。
「生身の人間は魔素を取り込む触媒になる、やっぱりそこが弱点かあ」
「何の話だい? フローラ」
「んふふ、近いうち桃源郷の桃狩りツアーでも企画しない? シュバイツ」
「お、それいいかもな。あれは食いだめできるし、関係者を全員連れて行こう」
「聞き捨てならないんだな、おいらも行きたいんだほ」
もちろん連れて行くわよと、フローラはナナシーのほっぺを人差し指でつんつん。そこでふと思うのだ、この子の属性って何なのかしらって。魂に刻まれているなら自我を持った時点で、顕現すると古代竜は話していたけれど。
「鍋に油をひきまして」
「程よく馴染んできたならば」
「そこに卵を投入だ」
「さらにご飯も入れまして」
「火力は強火で一気にね」
「押さえてほぐしてよく混ぜて」
「そーれかんかかん」
「かんかかん」
「かんかかーんかん」
行事用テントから、三人娘の歌が聞こえて来る。夕食の仕込みを始めたようで、歌詞の内容から炒飯だと分かる。教会魔法で保温できるから、早めに作っておく作戦にに出たようで。
「具材は焼豚ネギとエビ」
「エビが彩り添えるのよ」
「塩と胡椒にお醤油そーれ」
「かんかかん」
「かんかかん」
「かんかかーんかん」
救護用テントでジャンとヤレル、ケバブにディアスが、思わずはにゃんと笑ってしまう。だが美味そうだなと、ゲオルクが目を細めて革袋のぶどう酒をくぴり。お邪魔した組合員の三人も、そうですねと破顔する。
プラントに於ける養鶏で畜産ギルドのムスタが、フローラにストップをかけ損ねたらしい。おかげさまで鶏肉と卵がえらいことになり、糧食チームがてんやわんや。カレンとルディにイオラはと言えば、
「プラントの食材は軍団で消費しないとな、ディアス」
「外へ出したら物価に影響しちゃうもんな、ケバブ」
「今夜は全部の料理がお代わり自由になりそうだな、ヤレル」
「それだけじゃないぞジャン、味付け煮卵もいっぱい作ってた」
夜間の歩哨に立つ衛兵が喜ぶだろうなと、みんなして大笑い。腹が減っては戦はできぬ、フローラ軍に食料の死角なし。いつでもどこでも出陣するぞと、気合いが入るってもんだ。
「皆さんお集まりだったんですね、これを試食して欲しいと頼まれまして」
「その鍋は? リーベルト」
「チューリップとスワンが言ってました、ゲオルク先生。鶏の手羽先を使った料理だそうです、ラーニエさまが大絶賛してるみたいで」
ラーニエが気に入るなら酒の肴だよなと、みんなして鍋にあるチューリップを頬張る。手羽先の肉を骨からくるんとひっくり返し、チューリップの花に見立てたからこの名が付いた。骨を手で持って食べるから、おつまみには丁度良い。
そのまんま素揚げしても美味しいのだけど、三人娘がそれで済ませるはずもなく。香辛料でスパイシーに仕上がっており、ラーニエが絶賛するのも頷ける。これしかないのかとぶーたれる男衆に、リーベルトがもうすぐ夕食ですよと半眼を向けていた。
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