第134話 スティルルーム・メイドの買い出し
貴賓室で慰労会が行なわれている頃、ここはお城の正門広場。やっぱり兵士たちはお屋敷で用事を済ませると、戻って来て野営を始めてしまう。職業病もここに極まれり、テント設営の早いこと早いこと。
「あの、レンさんテーブルに座っていても」
「暇なのですよマーガレットさん、セシリーさん、やらせて下さい」
ありゃまあと、顔を見合わせる母と娘の図。
マーガレットはリーベルトのお母さんで、セシリーはお姉ちゃんだ。彼がリヒテンマイヤー家の家臣になったことから、製粉が得意な二人は従軍を希望し、糧食チームの一員となっている。お料理の腕も上げて来ており、ゲルハルトとアリーゼはいずれお屋敷に雇おうと決めているもよう。
「千名規模の軍団だと小麦も蕎麦も、製粉が大変でしょうマーガレットさん」
「んふふ、確かにそうなんですけどね、レンさん。でも兵站部隊が改良を重ねてますから、ずいぶんと楽になったんですよ。今は何号だったかしら、セシリー」
「製粉君五号よ、お母さま」
「ふむふむ、軍団にあって兵站部隊が改良し続けるわけですか、それは興味深い」
レンはキリアが軍団に採用した、農産ギルドの組合員だ。手持ち無沙汰なもんだから足踏み精米機で、お米を玄米から白米にしているところ。ふみふみふみふみ、玄米がどんどん精米されていく。彼はこの精米機いいなとつぶやき、後で製粉君五号も見せて下さいと瞳を輝かせた。
兵站の木工チームと鍛冶チームが連携して生み出すものは、投石器がそうであるように無駄を一切省き、頑丈に仕上げられている。彼らの職人魂は精米や製粉に使う機器にも注がれ、改良する度に無骨ながらも機能美が生まれていく。それが農産ギルド組合員の、琴線に触れたっぽい。
「精米はその辺でよろしくてよ、レンさん。製粉君五号はあちらの荷馬車です」
「使い方も教えて下さいね、セシリーさん」
白米にすると痛みが早く、美味しく頂けるのは一か月程度。なので買い出しチームは玄米で購入し、そのつど必要な分だけ精米している。副産物として出る米ぬかは、ぬか床やパウンドケーキにクッキーへと流用され無駄がない。
「んふう、古漬けうまっ!」
「あ、ダイコンのぬか漬けねカレン、私にもちょーだい」
「いま切るから待ってねルディ、イオラとエイミーも食べる?」
もちろんと頷く二人に、カレンがにへらと笑い包丁をすいすい動かす。
エイミーは料理を覚えるため、法王庁の炊事場から派遣されてる子。聖職者ではないので、肉も魚も口に出来る。国許へ戻らず従軍を延長した理由は、お料理への探究心と、重装隊のバルデから求愛されちゃったので。
「バルデさま、戻って来るの一番乗りだったわねエイミー」
「な、ななな何を言ってるのかしらルディ」
「いまさら隠す必要なくない? お返事はしたのかしら」
「むう、約束はとっくに交わしたわ。お国替えで民族大移動が始まるから、落ち着いた頃に結婚しましょうって」
あらおめでとうと三人から背中をぱしぱし叩かれ、エイミーが頬を朱に染めてもじもじ。よくよく聞けばひょうたん島で、水着姿ではっちゃけてた時に、もうプロポーズされてたんだとか。
「いまローレン王国は喪に服してるからね、カレン」
「そうねイオラ、バルデさまも色々と大変でしょうし、お国替えの後にしたのは賢明だったかも」
本軍に参加していた長兄と次兄を失い、三男坊だったバルデは子爵家の当主になってしまった。兄二人は未婚だったため、世継ぎがおらずお家存亡の危機で、のほほんとしていられない。本軍に参加しなかったフローラ軍の貴族軍人は、多かれ少なかれこの問題を抱えている。
「グレイデルさまはマンハイム公爵家の当主だしね、イオラ」
「兵士の叙爵と与える領地で、フローラさまは大変そうだわルディ。カレンは何か聞いてる?」
「今回の慰労会はその辺のぶっちゃけた話しを、隊長たちとするためだってスワンが言ってたわ」
「キリア隊長はやっぱり叙爵を受けないのかしら、カレン」
「あの人は根っからの商人だから、貴族になるつもりはなさそうよ、エイミー」
そんな話をしながら四人は行事用テントで、漬物を頬張り緑茶をすすってほうと息を吐く。視線の先にはキリアが採用した、ニューフェースの姿が映っていた。鶏肉を解体しているアダムは畜産ギルドから、カンパチを三枚に下ろしているムスタは漁業ギルドからの採用だ。
農産ギルドのレンも含め、それぞれ組合員としての肩書きはそのまま、軍属として加わる新人さんである。フローラがオベロンの加護で食料を量産しすぎないよう、お目付役で雇われたその道のプロってわけね。
「ジャガイモ事件は語り草だもんね」
「それフローラさまの前では禁句だからね、イオラ。事件って何よ事件てって、へそ曲げちゃうから」
「でもさカレン、連日ジャガイモ料理になるとレシピが続かなくて」
そうそうそうなのよとルディが、眉を八の字にしてお茶っ葉を取り替える。食材の偏りは料理人泣かせ、勘弁して欲しいわとイオラがポットのお湯を沸かす。まあ確かにねとカレンもエイミーも、破顔してぬか漬けをぽりぽり。
白のルキアをマスターした四人は、教会魔法で火を起こしたり氷を作れるようになっていた。気軽に使えるのはフローラが授かった、閣下の加護によるものだろう。彼女の近くにいる仲間は、みんなこの恩恵を受けるのだ。あまり使いすぎると翌朝、起きるのがしんどくなるから程々にと、ラーニエから釘を刺されているけど。
「アダムさんもムスタさんも、手際がいいわね、ルディ」
「包丁さばきも見事だわイオラ、さすが本職ってところかしら」
レンと同じく暇なのだろう、アダムもムスタも、黙々と手を動かしていた。キリアによる兵站部隊としての、軍事教育は明日から始まることになっている。三人とも非戦闘員だから、軍規と兵站運営の座学が主体となるようだが。
「カンパチはお刺身で確定よね、カレン」
「うんうん、あれはワサビ醤油で頂きたいわルディ。鶏肉はどうしたものかしら、イオラのご意見は?」
「ソテーや唐揚げだと全員に行き渡らないから……卵でとじて親子丼はどうかしら」
卵の在庫って城の炊事場にどのくらいあったかしらと、四人は顔を見合わせる。軍団を一度解散したから、今は兵站部隊の荷馬車に積んである、保存食しか出せる食べ物がないのだ。
カンパチと鶏肉は炊事場から、慰労会で使うものを回してもらった。戻りが早く野営を始めた兵士らに、夕食を準備しなきゃいけない。当然ながら明朝の食材も確保せねばならず、彼女たちはそろそろ市場へ行きましょうかと頷き合う。
「こっちは任せていいかしら、エイミー」
「ご飯を炊いて漬物を切っておくわ、カレン。アサリとかハマグリとか調達してもらえると、お味噌汁が豪華になるんだけど」
「おっけー、豆腐も油揚げもないもんね、市場で具材をあさってくるわ」
ワイバーン使いとなったカレンとルディにイオラは、常に食材集めの軍資金を持たされるようになっていた。それだけフローラとキリアから、信用されてるってこと。お財布を預かるのは恐れ多いけれど、女王陛下の側近として、名誉なことだし誇らしくもあるだろう。
「この時間に来るなんて珍しいね、フロイライン・カレン」
「あはは、諸事情がありまして。卵はここにあるので全部かしら? 店主さん」
フロイラインとは未婚女性に付ける敬称で、平たく言えばお嬢さんって意味。お城のメイド服を身につけた女子はお得意さんでもあるから、市場の店主たちは親愛の意を込め敬称を付けている。
「今ここにある分だけだよ、明日の朝には入荷するが」
「あるだけ全部ください!」
「お、おおう毎度あり」
市場と言えば朝を思い浮かべる向きも多いけど、首都ヘレンツィアはちょいと違ってたりする。夕方になるとお惣菜を売る店が増え、買い物客の集まるピークが再び訪れるのだ。
その日にさばけなかった生鮮食品、つまり肉や魚介類を、お店が調理して販売する方向へ切り替えるわけ。これが市民からは喜ばれており、晩ご飯のおかずを求め、鍋を手にする買い物客で賑わいごったがえす。
「わーい、でっかい鳥さんだ」
「こかっ」
「遊んで遊んで」
「こけっこここー」
「背中に乗せて乗せて」
「ここっこーこここ」
三人が乗ってきたワイバーンの雛も、やっぱり幼い子供たちの人気者。じゃれ合っているのを横目でくすりと見ながら、三人は雑踏の中を食材集めに奔走する。明日の朝食はどうしよう、焼き魚定食でどうかしら、トマトにレタスとキャベツもと、市場の生鮮エリアを走り回る。
そうしてワイバーンのゴンドラへ、店主らによってお買い上げの食材がどんどん積み込まれていくわけだ。よしこんなもんでしょうと、スティルルーム・メイドの三人はワイバーンに騎乗。子供たちに「またねばいばーい」と手を振り、お城へひとっ飛びだ。
「二人とも、お屋敷でやること無いのか?」
「無いから戻って来たんだよケバブ、なあジャン」
「そうそう、まだ領地持ちじゃないからな、ヤレル」
ゲオルクは戻っていないのだが、救護用テントを設営しちゃったシーフの二人。それお城の敷地内に必要あるのかなんて、聞いちゃいけません怒っちゃうから。
シュバイツの従者であるケバブと、ゲルハルトの従者であるリーベルトは、首都ヘレンツィアにお屋敷を持っていない。城内の客室をあてがわれているにも関わらず、テントに集まった時点でどっちもどっち、似たもの同士だろう。
メイド長アンナの紹介で、シーフの二人は信用出来るハウスメイドを雇っていた。お屋敷の維持管理さえしてもらえれば、実際にやることがないのである。これが領地持ちだと執事も雇い、歳入歳出はどうなってる領民の生活はと、忙しくなるのだが。
「結局のところ俺たちって、婚約者の傍にいたいんだろうな」
そう言って親子丼を頬張るケバブに、そうですねとアサリのお味噌汁をすするリーベルト。分かりきった事をと言わんばかりの顔で、ジャンがお漬物に、ヤレルがお刺身に箸を伸ばす。
「戻りが早かった貴族軍人の方々、ラーニエ隊のメンバーを口説いてるみたいです」
「それ本当か? リーベルト」
「母さんと姉さんからの情報なんだけど、間違いなさそうだよケバブ」
本来ならば跡継ぎになれない次男坊以降が、当主になってしまったフローラ軍の貴族軍人たち。移動遊郭の娼婦ではあるが、才色兼備にしてブーメランを扱う戦闘のプロだ。言い方は悪いかもしれないけれど、子孫を残すお嫁さんとして人気があるわけでして。
「喪が明けたら結婚式の連チャンかな、ジャン」
「大聖堂の予約が埋まりそうだな、ヤレル」
「結婚してもラーニエ隊として存続なのかな、ケバブ」
「多分な、リーベルト。でもその前に新たな千年王国を築いて、フローラ軍が結集しなくてもいい世界にする、それが俺たちの目標だろ?」
その通りだと、ジャンもヤレルも箸を縦に振った。俺たちは好き好んで、戦ってるわけじゃない。愛する人と子供に囲まれて暮らせる、安息の地が欲しいから武器を手にするのだと。
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