第133話 アウグスタ城で慰労会
何事も無く舞踏会を終え、軍団はホームのアウグスタ城へ帰還していた。髙輝と司馬三女官を残し、貞潤たちを新生ミン帝国へ送り届けたフローラ。ハム各種と蒸留酒を荷馬車に満載し、夫人たちはたいそうご満悦だったようで。
そしてここはアウグスタ城の貴賓室。
クラウスとマリエラに、プハルツと髙輝も招き、重職たちの慰労会が行なわれていた。離宮を修復したご褒美で、どっちかって言うと居酒屋での飲み会に近い。居候の精霊たちもお誘いしたから、わいわいと場は賑やかだ。
「どうした親父、遠慮しなくていいからどんどん食えよ」
「牢獄の粗食に慣れてしまってな、シュバイツ。胃がびっくりしているのだ」
「嘘おっしゃい、本当は感激して泣きそうなのでしょ」
「言ってくれるなクローデ、私はもう嬉しくて嬉しくて」
フローラは法王庁から帰還する道中ブロガル王国に立ち寄り、シュバイツの父エドルフを首都ヘレンツィアに招いたのである。これはアリスタ帝国の皇帝となった、シュバイツたってのお願いであった。
エドルフはかつて、女王の戴冠式へ向かうフローラ軍を武力で妨害した。その罪で禁固刑に処されたのだが、皇帝となったシュバイツは恩赦で釈放したのである。前科もちでも皇族であり父親、その縁を彼は切らなかったのだ。
「あなた、シュバイツの話しを聞きましょう、大事なことらしいわよ」
「法王さまより王位を剥奪された身だクローデ、父親として出来ることがあるなら何でもしよう」
軍団の行く手を阻んだ理由はシュバイツを皇帝にするため、選帝侯であるクラウスとフローラに取引を持ちかけたかったから。そんな姑息なことをしなくても、息子は皇帝になったのである。エドルフからはかつての野心や狡猾さが、もうすっかり抜け落ちていた。
「お国替えの話しは聞いてるだろ、選帝侯会議で移動する国々はもう決まり、法王さまの了承も得た」
「本当に動かすのか? シュバイツよ」
「そうしないと俺はフローラと結婚できない、そこで親父に頼みがある」
クローデから聞いてはいたものの、ローレン王国女王との婚姻にエドルフは開いた口が塞がらなかった。本来なら実現不可能な結婚だが、お国替えという裏技に呆れたってのもある。
「大国同士がひとつになって、ローレン皇帝領になる、領地はとんでもない広さだ」
「だろうな、それで私に頼みとは?」
「併合する西側の領地に、もうひとつ主城を築城する。名前は前の国名にちなみ、ブロガル城だ。俺の代理として城主になり、お国替えの混乱を抑え西側を統括してくれないか」
「こ、この私に城主をやれと言うのか」
良くも悪くも親は親、シュバイツはエドルフに再起を促しているのだ。クローデが思わず口に手を当て、嗚咽を堪えるけど目から涙があふれ出る。肉親を失っているフローラとグレイデルにとって、それは眩しくて羨ましくもある光景であった。
「何だかほっこりするね、マリエラ」
「私もあんな家庭を築きたいわ、プハルツ」
「そうだね、ところでルビア王国もお国替えで忙しくなる」
「んふふ、海岸線を確保しただけでも私は嬉しい」
「塩田は確保したとして、漁港も整備しないといけないな」
そこで見つめ合う二人、会話がもうすっかり夫婦なのだ。同じ賓客席にいるクラウスとラーニエが、によによしながら聞き耳を立てている。それは髙輝と司馬三女官も同じで、ほうほうとわくわくてかてか。なお蘭と葵に椿は、官位を持つ貴族なのでお客さま扱い。
「私ね、プハルツ」
「髪の毛が赤いのを気にして、恋愛に慎重なんだろ」
「なんだ、お見通しだったのね」
本人を前にしてプハルツが、レッドヘッドに言及したのは初めてだった。真意を確かめたいマリエラの瞳に、プハルツの真面目な顔が映る。
かつて帝国には戦争が始まらないよう国王同士が、我が子を人質として交換する慣習があった。シュバイツとフローラが法王に働きかけ、今では禁止となっているが。理にかなってはいるのだけど、親元から離される子供が可哀想だからだ。
ローレン王国は異民族との戦争が前提となる辺境伯ゆえ、フローラは人質の対象外だった。シュバイツは女装趣味があったので、これまた避けられ対象外に。そんな二人だからこそ、国同士の人質交換を馬鹿らしいと思ったのだろう。
けれどマリエラは赤い髪が、対象外となる原因になってしまった。人質に出されなかった事は喜ばしいが、本人としては複雑な心境であろう。身体的特徴で差別された過去は、心の深い所でおりもののように残る。自分は恋愛対象として殿方からどう見られるか、慎重になるのは当然なのかも。
「僕はね、君の赤い髪が気に入ってるんだ。ストロベリーブロンドって言うのかな、風になびいていると吸い込まれそうな気分になる」
「……プハルツ」
それってもはやプロポーズではと、賓客席にいる外野が期待に胸を膨らませてしまう。クラウスがこの席でかと、苦笑交じりでラーニエに思念を飛ばした。いえむしろこの賑やかな雰囲気が、二人には良いかもよと彼女は返す。
口には出さないがこんな風に口説かれてみたいと、司馬三女官がほわほわしちゃってる。なるほどストロベリーブロンドか、見事な喩えだと髙輝は感心しきり。
「ねえプハルツ」
「うん」
「私はあなたのことが」
「お待たせしましたマリエラさま、イカそうめんにもろきゅうでーす!」
「あ、ありがとう桂林」
「はいプハルツさま、マグロの山かけにナスの揚げ浸しでーす!」
「あはは、ありがとう明雫」
「こちらは髙輝さまのチョリソーと、クラウスさまのチーズ盛り合わせでーす! 皆さんどんどんご注文を」
「樹里、カツオのタタキを」
「はいプハルツさま、うけたまわりー!」
あちゃあ……いいところだったのにと、クラウスは顔に手を当て溜め息を。あまりにも絶妙なタイミングに、ラーニエはころころと笑ってしまう。髙輝と司馬三女官はと言えば、うわ惜しいと顔にすっかり書いてある。料理を注文していたのは事実なので、三人娘に罪はないのだが。
縁あって親しくなった友人たちなら、気になるし応援したくなるのが人情というもの。喪に服す必要が無い二人は、くっ付けば直ぐにでも結婚できる。クラウスとラーニエは思念を交わす、プハルツとマリエラはきっとうまくいくだろうと。
「はい、セネラデにあん肝、ジブリールにたこわさ」
「まさか魔界の大魔使に給仕してもらうとはの、ジブリールよ」
「珍事中の珍事かもね、セネラデ。確か神霊ルシフェルのご下命は、料理を覚えることだったのよね? リャナンシー」
「まあね、でも魔界だって恋愛は放任主義だから、今は好きにさせてもらってるの」
魔王クラスになればニンニクを克服するのだが、今はまだ苦手とする魔界のお姉さん。そも軍団の兵士にとってニンニクは欠かせない素材、料理を覚えるなんて無理無理と、逃げ回っていたのが実情だったりして。
ところがぎっちょん、三人娘がこっそりと料理に忍ばせ、食べさせられていた事には気付いてない。そのおかげなのかニンニクに耐性が付いて来たようで、最近は調理へ参加するようになったリャナンシーである。
「ガーリックステーキはどうじゃ、ジブリールよ」
「いいですわね、セネラデ。私はガーリックハンバーグにしようかしら、アモンとマモンは? みんなでシェアしましょう」
「それは名案だな、ニンニクのバター醤油焼きはどうだ、アモン」
「うむうむ、いいなマモン。ではそういうことでよろしく、リャナンシー」
「あんたたちは……」
ガーリックハラスメントだわ助けてと、リャナンシーが逃げていく。いわゆるガリハラでニンニクの匂いを嫌う、魔界の住人にとっては暴力行為に等しいらしい。
注文はちゃんと炊事場に伝えるのじゃぞと、セネラデが追い打ちをかける。あなたが運んできてねとジブリールが、傷口に塩を塗るような要求を。そんな二人にアモンとマモンが、容赦ないなとくすくす笑う。
「ところでセネラデ、船のマストを取り払ったと聞いたのだけど」
「うむ、きれいさっぱりな、フローラ」
どういうことかしらとフローラが、何でまたとグレイデルが、ぽかんと口を開けてしまう。この慰労会は主人席を設けず、長テーブルを壁に寄せ、丸テーブルを複数配置したスタイル。シュバイツを親子水入らずにするための、フローラの配慮である。
軍船の件を聞きたかったフローラとグレイデルは、まず精霊のお偉いさんが集まってるテーブルをチョイス。この後に賓客席や隊長たちの席にも、移動して歓談するつもりでいた。
「船に帆がなかったら、どうやって航海に出るのですか? セネラデさま」
「それがじゃな、グレイデルよ」
「はい」
「翼と車輪を付けて」
「はいは……はあ?」
「プロペラと呼ばれる推進装置を付ける事になった」
つまり陸海空の兼用じゃと言って、子持ちシシャモを頬張る海龍さま。フローラがそんなことして大丈夫なのと、しめ鯖を頬張るジブリールに顔を向けた。
「神界としては、大丈夫じゃないわね」
「あの、ジブリールは船を私たちがどう使うか、監視するお役目なのよね」
「そうよフローラ、でもさるお方が改造しろって、ねえセネラデ」
「そうそう、あのお方に言われたら断れんからの」
「念のために聞くけど、そのお方って誰?」
聞くなって顔で二人はフローラから目をそらし、アモンとマモンもノーコメントの構え。聞かずとも分かるだろうって雰囲気で、フローラとグレイデルは顔を見合わせる。神霊アナは仕事を片付けてくるわと、そう言って神界へ帰ったのだ。ならば再び戻って来て、軍団に居候するのは想像に難くない。
神界でも恐れられている、神霊としては序列上位の大地母神さま。片付ける仕事って軍船の改造を根回し……もとい脅迫まがいのごり押しで認めさせるってことに違いない。でもどうしてそこまでやる必要があるのか、フローラにもグレイデルにも、その意図がまるで分からなかった。
「聖女が舵を握ればその魔力が、プロペラを回す動力源となるのじゃ」
「ねえセネラデ、私たちが潰さなきゃいけない悪しき信仰の徒は、あと一人なのよ」
「そうじゃなフローラ、しかしその一人が、邪神界と繋がりを持ち始めた。覚悟いたせ、ひとつ目の巨人どころではないぞよ」
みなまで聞くな、だが最大限の助力はする。セネラデもジブリールも、アモンとマモンも、そう言って箸を動かす。これから始まる戦いは、今までのようにはいかないぞと。
邪神界とは原理原則に厳しい点に於いて神界と同じ、精霊天秤は法側に振り切れている。ただしx軸は最底辺で、彼らの法とは自分にとって都合の良いものだ。けして世界のため人類のため、などという方向には向いていない。自分が正しい自分が法だと信じて疑わない、平たく言えばこじらせちゃった、ぽんこつの大精霊どもである。
隊長たちの席にお邪魔していたナナシーが、ミリアとリシュルから教育的指導を受けていた。どうも麻婆豆腐を丸ごと食べちゃったようで、皿を出しなさい戻しなさいと怒られているもよう。この子は陶器も金属も、溶かして消化しちゃうのですはい。
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