第132話 大地母神
フローラからナナシーを紹介され、目覚めた男衆はみんな目が点になっちゃった。特にシュバイツが受けた衝撃は大きかったようで、うっかり愛を囁いてしまいそうだと、レディース・メイドの二人にこぼす。霊鳥サームルクを背中に仕舞い、椅子に座ると分かりにくいのなんのって。
「そん時はそん時で、ねえリシュル」
「別にいーんじゃないかしらね、ミリア」
「ちょっと待て、それどういう意味だよ!」
「だってあんな便利な影武者はいませんよ、シュバイツさま」
「ミリアの言う通りです、いっそのこと側室扱いにしたらいかがでしょう」
口をぱくぱくさせる女装男子に、ミリアがチキンフィレサンドとカツサンドを、リシュルがハンバーガーとアイスティーを置く。謝肉祭の二日目で、本日の昼食も肉肉肉でござる。
「思うにセネラデとジブリールも、側室扱いにした方が良いのではないかしら」
「ちょっ、グレイデルまで」
「精霊は永劫とも言える寿命を持ちますわ、シュバイツさま。彼女たちからすれば人間の一生なんて、まばたきしてるような時間じゃないかしら。まだお戻りになってないけど、聞いてみたらいかが? 案外喜ぶかもしれませんよ」
そうですそうですと、ミリアもリシュルもうんうん頷く。フローラは異界の精霊に嫉妬しない、焼きもちを焼かないと達観している。ならば強力な助っ人をそばに置いておくって意味で、側室扱いは対内的にも対外的にも都合が良いと。
「さっき側室扱いと言ったよな、それは形式的な話しか? それとも実生活も込みでの話しか? グレイデル」
「後者に決まっているではありませんか、フローラさまが城にいるときは城に、軍団にいる時は軍団に、常駐してもらうのが狙いですから。
軍船が完成し種子を三回くらいもらったら、あの二人は今みたいにべったりとはなりませんでしょう。私たちから離れてしまわないよう、一生種子を与えるくらいの気持ちで」
俺が死ぬまでって事かよと、シュバイツは顔を引きつらせる。けれどグレイデルは至って真顔、だからこそ側室扱いなんですと言ってのけちゃう。アモンとマモンにリャナンシーは、お相手がご高齢だからしょうがない。でもシュバイツはまだ若く、先が長いのですからと。
「大天使と大精霊に、特殊な魔物を囲えってか」
「新たな千年王国を目指そうとするフローラさまの、力になりたいとお思いでしたら考えくださいませ」
アルメンのブラム城には、ヴォルフを慕うメイドのナタリーがいる。グレイデルは彼女が側室になっても、一向に構わないと考えていた。シュタインブルク家の女子は子宝に恵まれ難く、グレイデルは大勢の子供に囲まれて暮らすのが望み。それが実子か別腹かは問題にしておらず、彼女もフローラと同じく悟りの境地に達しているのだろう。
もとよりローレン王国は過去の戦争で、結婚適齢期の男性人口が少ない。ゆえに一夫多妻を認め、産めよ増やせよの政策を採っている。本軍五千の兵士を失ったのは国家として大きな痛手、人口を回復させるべく本腰を入れる必要があった。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、フローラさま、反応はいかがでしたか」
「あはは、法王さまもラムゼイ枢機卿も、ナナシーを見て固まってたわグレイデル」
「でも差し入れたハンバーガーとサンドイッチは、美味しそうに食べてたんだな」
軍団が本当に離宮を修復したため、フローラはナナシーの紹介も兼ね舞踏会の打ち合わせに出ていたのだ。ここで言う打ち合わせとは、踊る方ではなく離宮の警備態勢の話し。
法王庁も多少の事では驚かなくなったなと、シュバイツが苦笑してアイスティーを口に含んだ。グレイデルもそのようですわねと、眉尻を下げながらチキンフィレサンドを頬張る。
フローラは法王の執務室で食べてきたからと、レディース・メイドにコーヒーちょうだいとオーダー。おいらも同じくと、ナナシーがにっこり微笑む。この表情もオリジナルと、そっくりだから紛らわしい。クラウスが擬態をフローラ限定にしたのも、頷けるとシュバイツは遠い目をする。
「失礼いたします、フローラさまがお戻りになったと聞きまして」
「何かあった? ヴォルフ」
「セネラデとジブリールが帰って来まして、いま糧食チームに土産の魚介類を引き渡しています」
まあステキと、ミリアもリシュルも瞳を輝かせた。肉ばかりが続くと、兵士も貞潤チームも魚介類が恋しくなるのだ。昼前に目を覚ました魔人化男衆は、ハンバーガーとサンドイッチしか口にしてないけど。
「それでですね、フローラさま」
「うん」
「二人は見知らぬ女性を伴っておりまして」
「うんうん」
「終わったらフローラさまに引き合わせたいと」
誰なんだろうと、顔を見合わせるフローラたち。二人が連れて来た位だから、異界の住人でお偉いさんだよねと。それじゃお連れしてと、フローラはヴォルフに案内を頼んだ。
「あなたがフローラなのね!!」
「ひゃう!?」
初対面なのに、いきなり抱き締められるとはこれいかに。だがフローラは不思議なことに、心の深い所で懐かしさを感じていた。そして相手はアクセプトを使い、赤い糸はリリエルとエルドラに繋がったという。
「くぴぴくぴぴ」
「くぴぴっぴー」
「会いたかったわ、ヘレンツィアの生まれ変わり」
「それじゃあなたが……」
「自己紹介させてね、私は創造と豊穣を司る神霊アナ、神界の住人よ。あなたが子供たちの面倒を見てくれてるなんて、これも深い縁の巡り合わせかしら」
まあ立ち話もなんですからと、レディース・メイドが椅子を引いた。セネラデとジブリールは二千年ほど前まで遡り、深淵の森に天使と悪魔の幼生を放出したアナを、わざわざ探し出してくれたんだとか。
そこへ三人娘がワゴンを押して、入り口の幕をくぐった。追加のハンバーグとサンドイッチで、次々とお客さんの前へ置いていく。召し上がりますかと聞かずとも、異界の精霊は遠慮なく食べると分かっているから。
ここでひとつ、フローラとシュバイツが、ハーデス城で得た知識の情報を。
TPOに合わせ肉をまとい、衣服を展開し……付け忘れてキリアから抗議される事も多々あるが、異界の住人は全て精霊であり霊的な存在だ。
大分類:精霊。
中分類:法側の神霊と精霊、均衡の神霊と精霊、力側の神霊と精霊。
小分類:神族、鬼神族、飛天族、精霊族、魔族、竜族、鳥族。
神界と精霊界に魔界は、このように分類されている。ただし進化する過程で、表面上の種族と実態は異なるのだ。
ジブリールは飛天族の大天使で、その実態は海龍。
セネラデは獣族の大精霊で、その実態もやはり海龍。
アモンとマモンは竜族の大精霊で、その実態は双頭のドラゴン。
ルシフェルは飛天族の大魔王で神霊だけど、その実態はまだ不明。
アナは神族の大地母神で神霊、こちらも実態は不明。
リャナンシーは進化により魔族の
閣下の側近グレモリーいわく、どの種族も進化を経て、最終的には神霊になるんだとか。その最終形態である実態こそが、人類を滅亡させる程の力を持つと言う。
しかし大幅な進化を遂げるためには、人間と絆を結び仲良くなるのが大前提。そんなわけで一万年経ってもその気にならず、全く進化しない精霊もいるそうな。逆を言えば神霊と、大が付く天使と精霊に魔使って、恋多き性質なのかもしれない。
「あなたが現世でフローラの夫となる、ヤコブの末裔なのね」
「シュバイツです、お見知りおきを、アナさま」
「いいわねいいわね、昔を思い出してきゅんきゅんしちゃうわ」
るんるん上機嫌でカツサンドを頬張るアナに、この神霊の実態は何なのかしらとフローラは考える。閣下はもちろんティターニアとオベロンも、本気で怒らせたら大陸が消し飛ぶ気がしないでもない。
「そう言えば私が神界に呼ばれた時、あの場にアナはいなかったわよね」
「二院政なのよフローラ、下院で決議されたことを上院で承認するの。私は上院の側でね、ヘレンツィアの生まれ変わりと聞いて、すんなり通るよう裏工作をびしばしやってたわけ」
「あは、あははは」
神霊にも序列があるのじゃとセネラデが、アナを怒らせたらとても危険なのですとジブリールが、みんなに思念を飛ばして寄こす。その裏工作なるおっかないごり押しで、フローラが不利にならないよう、ナナシーを預ける折衷案を引き出したっぽい。
あそこはその結果をシュタインブルク家の子孫に、伝える場だったんだそうで。だから発言権も拒否権もなく、あとはよろしくねって事だったんだと、がっくり肩を落とす大聖女さまの図。
だがそう考えるとだ、ワイバーンの件も、桃の件も、一日三個ルールの件も、アナがうやむやにしたってことになる。そのために精霊界と魔界と、原理原則を曲げたジブリールで、共謀して大地母神を担ぎ上げたことになりはしないか? 多分そうだなそうだろうねと、フローラとシュバイツは思念を交わし合う。
「ちょうど皆さんお集まりですし、セネラデさまとジブリールさまにご相談が」
「ほう、どんな相談であろうグレイデル」
「原理原則を曲げない内容であれば、聞く耳は持つわよ」
「実はシュバイツさまが、生涯をかけて種子を提供するから、側室になって欲しいと申しておりまして」
「うおい!」
グレイデルの暴走に、女装男子が焦りまくる。どういうこととフローラが、みんなに思念を飛ばして情報収集を。成る程そう言う事ねとあっさりしており、泰然と構え大天使と大精霊の返事を待つ。
「人間の夫人になって暮らすのも悪くはないのう、ジブリールのご意見は?」
「神界も恋愛に関しては、精霊界と同様に放任ですからね。シュバイツが九十まで生きたとして、子供を何人授かれるかしらセネラデ、考えただけでもわくわくしてきますわ」
ありゃまあ、この二人もじもじしちゃって乗り気だ。グレイデルにミリアとリシュルが、よっしゃって顔してる。三人娘は魚介類に困りませんねと、違う意味で歓迎ムード。
「シュバイツよ」
「お、おう」
「婚礼の儀では私とジブリールに、どの姿を望むかや」
「……はい?」
「鈍いですわね、海龍、人魚、人間、どれが良いかとセネラデは尋ねているのです」
すると三人娘が軍船の完成を待って、婚儀を甲板で行なうのはどうでしょうと言い出した。それなら全部のパターンでいけるし、いわゆるお化粧直し三回よねーとかなんとか。
「ねえフローラ」
「なあに? アナ」
「私ね」
「はい」
「二千年ぶりに」
「はいはい」
「子供が欲しくなっちゃった」
「一応、狙ってるお相手を聞いてもいいかしら」
あなたに決まってるじゃないと微笑む大地母神に、やっぱりねとフローラは慌てなかった。のっけから抱き締められて、そんな予感がしていたのだ。だからシュバイツの側室案も、冷静に妥当だなと受け入れられた。
「何人欲しい? アナ」
「んふ、どうしようかしら、私もわくわくしてきちゃった」
ナナシーがコーヒーをカップごと飲み込んでしまい、ミリアとリシュルから出しなさい戻しなさいと責っ付かれている。三人娘が今夜はお刺身盛り合わせだねと、意識は夕食の献立に向いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます