第131話 神界の裁定

 爆睡中のフローラは、妙な夢を見ていた。いや夢ではなく精神が異界へ、強制的に呼び出された、そう表現した方が正しいのかもしれない。

 なぜならば真正面に、ものすっごく偉そうな人が三人いるのでござる。その両脇には原理原則に厳しそうな、やっぱり偉そうな存在が七名おりまして。ジブリールがその中に含まれている以上、ここは神界で神さまと七大天使なんだろう。アウグスタ城にある古文書の知識から、フローラはそう見積もっていた。


「あのう……」

「君に発言権はない、黙っているように」

「むう」


 真ん中の神さまに怒られちゃったよと、口をへの字に曲げてふて腐れる大聖女。そもそもここは何をする場所なのかしらと、彼女は周囲をきょろきょろと見渡す。教会で裁判を行なう、法廷みたいな空間だ。

 左側には魔界の代表が、右側には精霊界の代表が、ずらりと並んでいる。魔界側の上座には閣下が、精霊界側の上座には精霊女王と精霊王が座っているから、場の構成はなんとなく理解できた。


 リャナンシーとセネラデに、アモンとマモンの顔も見える。そこでフローラは、少しだけほっとした。知らない人ばかりだったら、心細いなんてもんじゃない。

 それよりも私の立ち位置って何なのよと、フローラは内心で憤慨し半眼となる。まるで裁判の被告人席だ、発言権がないとか、扱いが酷すぎて腹が立つ。そこへまあ落ち着けと、閣下から思念が届いた。


「左から男性らしさを司る神霊エロヒム、女性らしさを司る神霊シャダイ、戦いを司る神霊ツァバトだ」

「ここに神さまが三人いるってことね、ルシフェルさま」

「それを言ったら私は破壊を司る神霊、ティターニアは均衡を司る神霊なんだがな。宇宙開闢と天地創造は、グレモリーから聞いておろう」


 グレモリーとは閣下の側近で、古代の遺物を管理している博物館長みたいな人だ。魔界のハーデス城へ遊びに……もとい調べ物に行った時、色々と教えてくれる。ただし二十六の軍団を配下に持つ公爵であり、城内だろうとラクダに乗って移動する不思議なお姉さんである。


「宇宙の意思が神そのものであり、名前を口にしてはいけない存在。そして神の性質を部分的に持つ御霊みたまが、神霊であり神々と呼ばれているわけよね」

「その通り、よく学んだなフローラ。ここに集まっているのは神霊と、進化により御霊に近付いた大精霊だ」

「それでいったい、何が始まるの?」

「君には発言権がない」

「うん、さっきそう言われた」

「ついでに言うと、拒否権もない。まあその……ちと覚悟はしておけ」

「いやいや何それ! ちゃんと教えて!!」


 始まるわよと、ティターニアから思念が入る。見れば真ん中にいる神霊シャダイが書簡を広げており、なんだか判決文を読み上げられる被告人の気分だ。

 まさか死刑とかないわよねと、フローラの顔が引きつる。いやいや魂は輪廻転生を繰り返す不滅の存在だから、ここで死刑判決なんてないよと、オベロンの脳天気な思念が聞こえた。


「ワイバーンの件だが、契約さえすれば人間界の生態系を崩す事はあるまい、よって飼育を認める。ただし未契約の個体は危ないから回収せよ、その管理はルシフェル殿に一任する、それでよいな?」

「承りました、シャダイ殿」


 お、ワイバーンの飼育が公認となったもよう。白のルキアを取得したスティルルーム・メイドの三人が、雛と契約してあっちこっち乗り回しているところ。やったわと思わずガッツポーズするフローラに、ジブリールが落ち着け冷静にって顔してる。


「次は精霊界の桃源郷にある、桃の件について。人間の細胞分裂には上限があり、寿命は長くても百年程度と限られている。桃は魔力行使で疲弊した肉体を回復する果実であり、定められた寿命を延長するものではない。

 そこでフローラと配下の軍団、及び縁者になら与えても問題ないと、我々は判断した。ただし管理は厳重にな、ティターニア殿」

「お任せ下さいシャダイ殿、よかったわねフローラ」


 閣下も精霊女王に精霊王も、仲良くなった大精霊の面々も、にっこりと微笑んだ。もしかしてフローラが不利にならないよう、みんなが尽力してくれたのでは? その結果が今この場で、確認のため発表されているようだ。


「ところで精霊界は黒胡椒と赤唐辛子の、一日三個ルールが守られていないような気がする。オベロン殿、その辺の釈明をまだ聞いていないのだが」

「ノーカンです、エロヒム殿」

「おい、人間界の造語でごまかせると思うなよ」

「ですからノーカウントですってば。お料理に使われてる黒胡椒と赤唐辛子の、数や量なんて分かるわけないじゃないですか」

「く……屁理屈を言いおって」


 精霊界側から笑いを堪える、さざ波のようなぷくくが聞こえて来た。セネラデがやるねえと、満面の笑みを浮かべている。神界のお偉いさんを屁とも思わないオベロンに、フローラは強気だわと心中で拍手喝采。


「エロヒムよ、それはこのさい後回しに、本題へ入りましょう」

「しかしシャダイ」

「ここに集まった神霊と大精霊の、総意を確認するのが本来の目的。異論はあるまい? ツァバト」

「いかにも、例の魔物の処遇が先決だろう」


 今までのは本題じゃなかったんだ、割りと大きな問題だったはずなのにと、フローラは首を傾げてしまう。そう言えば閣下がついさっき『ちと覚悟はしておけ』と言ったような気が。


「連れて来ました、あなたはフローラの隣に立ちなさい」

「ジブリールは怖いから、言う通りにするんだな。でもフローラにまた会えたのは、嬉しいんだな」

「……はい?」


 自分にそっくりな存在が、むふんと笑っている。しかもその話し口調は、どこかで聞き覚えがあるような。そう言えばアメーバって、変身する特技あったありました。つまり自分の隣に立ったそっくりさんは、フローラに擬態した外道界のアメーバキングなんだろう。


「あなた、あんな大きかったのに」

「おいらは分裂できるから、ジブリールに言われて人間サイズに分かれたんだな。本体は今も外道界で、魔物を捕食し続けてるんだほ」

「どうして私の姿に?」

「参考になるモデルが、フローラとシュバイツしかいなかったんだな。ご希望なら、シュバイツになってもいいんだほ」

「あは……あははは……」


 乾いた笑みを浮かべるフローラだが、静粛にと神霊エロヒムから釘を刺されてしまう。神霊ツァバトが新たな書簡を広げ、本題であろう内容を読み上げ始めた。それって私と、このそっくりさんに関係するのよねと、フローラは思わず身構える。


「外道界に堕ちておきながら邪悪ではなく、ただし力側に振り切れた存在。神界の総意として、我々はこの魔物に対し、経過観察を行なう事に決めた。

 人間界へ送り込みその行動によって、輪廻転生の輪へどう戻すかを判断する。フローラはこの魔物を管理監督し、面倒を見るように」

「へ……ええええええ!!」

「静かに、君に発言権はないし拒否権もない。それではお集まりの諸君お疲れさま、これにて閉会とする」


 そこでベッドからがばっと起きたフローラに、ミリアがお目覚めだわとコーヒーを淹れ始めた。リシュルがお着替えをと、ベッドに衣装を並べていく。法王庁にいる間はローレン女王として、礼装でなくちゃいけないからちょいと面倒くさい。


 正夢とかそんなんじゃなく現実だわと、フローラは頭をすっきりさせるため、黒胡椒を口に放り込みかりりと噛んだ。特有の辛みが口の中に広がり、アメーバの管理監督って言葉を……いやもう命令なんだけど、回転し始めた頭で思い浮かべる。


 すると目の前に光の粒が現れ、どんどん質量を増していき、自分のそっくりさんが現れた。神界から強制転送させられたのねと、彼女は諦めの境地で黒胡椒をもう一粒かりり。


「いらっしゃい、人間界へようこそ」

「何か食べてるんだな、おいらも欲しいんだほ」

「食べる? はいあーん」

「あーん」


 自分が何をやらかしたのか、フローラは寝ぼけ頭ですっかり失念していた。異界の住人に対し手ずからで、胡椒や唐辛子を与える事が何を意味するのか。彼女はこの先アメーバと、死ぬまで付き合う事になる。


「あなたに名前ってあるのかしら」

「外道界の魔物に、固有名詞なんてないんだな。みーんな名無しなんだほ」

「人間界だと名無しじゃ困るのよね、うーん名無し……ナナシーなんてどうかしら」

「ほ、名前をくれるだなんて、感謝感激なんだほー」


 小躍りするナナシーに、決まりねと大聖女は微笑んだ。いつもは役者に徹するミリアとリシュルが、さすがに石像と化している。再起動には時間がかかりそうで、淹れ立てのコーヒーから良い香りが漂っていた。


「普段は擬態を私に限定? どうして伯父上。要人警護にはぴったりの影武者になると思ったのに」

「そっくりすぎて、身内でも見分けがつかないんだよフローラ。君の場合は明らかな違いがあるから分かる、隊長たちもそう思うだろ?」


 ここは夜の女王テント、夕食で重職たちが集まっていた。クラウスの問いかけにみんなが、そうですねと同意を示してくれやがります。

 フローラは霊鳥サームルクに寄生されているから、頭上を蝶々みたいなのがくるくる回ってるし、それを背中に仕舞っても両足が地面から浮く。こればっかりはナナシーも真似できないみたいで、だから普段はフローラに擬態しててと満場一致でござんした。


「お待たせしましたー」

「トンカツとフライドチキンに」

「牛のTボーンステーキでーす」


 フローラと同じく目覚めた三人娘が、元気よくワゴンを押して、テント入り口の幕をくぐって来た。三日間に渡る謝肉祭の初日で、献立は肉肉肉のオンパレード。行事用テントには兵士たちの行列ができ、あれやこれやとトレーに乗せていく。

 肉じゃがもあるし生姜焼きもあるし、角煮とプルコギにネギマ串、すき焼きやハンバーグもありまっせ。鶏のから揚げは醤油味も塩味も、揚げ上がったそばから兵士たちが持ってっちゃう。


「人間界の食べ物は美味しいけど、何だか不思議なんだな」

「どうしてそう思うの? ナナシー」

「素材に手を加える発想が、外道界には無いんだほ、フローラ」

「ふむ」

「ゾンビは腐ってて、肉が変質して緑色になってて、美味しくないんだな」

「ぶほっ」

「スケルトンはただの乾いた骨で、味もへったくれもないんだほ」

「げほっごほっ」


 肉じゃがを吹き出しそうになったフローラへ、グレイデルがほらほらとおしぼりを差し出す。ちなみに魔人化した男子は目覚めが遅く、今もベッドでくーすかぴー。

 箸の使い方をすぐに覚え、ナナシーは生姜焼きをはむはむ。触手みたいなのをいっぱい出せるから、言い換えると箸を持った手が何本もある流動体さん。ハンバーグや肉団子に鶏の照り焼きが、箸で摘ままれ口に入る順番待ちをしてるよ。


「食べ物で苦労はさせないから、人間はもちろん生きてる動物を、捕食しちゃダメよナナシー」

「フローラに従うんだな、でも敵対する相手はその限りじゃないんだな」


 手ずから黒胡椒をあげちゃった以上、フローラはナナシーのお友達である。有事の際に流動体の魔物は、大聖女を敵から守ろうとするだろう。物理無効に四属性魔法が無効の、すごい子が軍団の新たな居候となりました。

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