第五部 新たなる千年王国
第126話 皇帝シュバイツ・フォン・カイザー
フローラ達の喪はまだ明けていないが、世界は動き時は進み、法王庁で選帝侯会議が開催された。シュバイツと貞潤は正式に、東西の皇帝として承認されることに。反対票を投じる選帝侯が、ひとりもいないのだから予定通りと言えば予定通り。
引き続き三日後に戴冠式が行なわれるため、フローラ軍は法王庁に駐留し警戒に当たっていた。このまますんなり行くなんて、軍団の兵士らは毛ほども思っていない。巨人の群れが襲って来ることも視野に入れ、法王庁の敷地は緊張に包まれていた。
「悪しき魔物信仰に加担していた、小国は全て廃国としたぞ。各教会の司教が裁きを下し、代理統治をしておる状況だ。さてシュバイツよ、どうするかね」
ここは法王の執務室、アリスタ帝国の選帝侯がそろい踏み。
ローレン王国のフローラ女王。
ヘルマン王国のクラウス王。
ルビア王国のマリエラ女王。
ネーデル王国のレインズ王。
ラビス王国のガーリス王。
帝国に参加を表明したグリジア王国の、ハモンド王も選帝侯となり列席している。 テーブルに広げたアリスタ帝国地図を見ながら、皆がシュバイツの答えを待つ。
「まずブロガル王国のお国替えを、法王さま。ローレン王国と合併する形で、新たな皇帝領とします」
「よかろう、そうしないと君はフローラと結婚できんからな」
はにゃんと笑うローレン女王に、みんながによによ。皇帝の伴侶が大聖女ならば、帝国の未来は明るいと期待しているからだ。この二人が魔族と天使の軍勢を、呼ばなければの話しだが。
「選帝侯の諸君らには、廃国にした小国を吸収合併した上で、領地の再編成を行なってもらうことになる」
皇帝シュバイツが示す青写真に、誰もが異論は無いと頷いた。領地が飛び地となっている、ガーリス王が是非お願いしたいと意気込んでいる。マリエラは塩を自前で生産したいから、お国替えの候補地となる海岸線を指でなぞってたりして。この人は全くもうと、クラウスが苦笑している。
「ラムゼイよ、我々も引っ越そうかの」
「は? 法王さまいま何と」
「新たな皇帝領が誕生すれば、そこが東西の中心地となる。法典を司る法王庁が、大陸の西の外れという訳にもいかんじゃろう」
それは確かにと選帝侯たちは頷き、シュバイツがペンを手に地図とにらめっこ。神話伝承が残る、聖地を選ぶ必要があるからだ。その辺に詳しい吟遊詩人と、後で相談しましょうって思念がフローラから届いた。
彼女たちを軍団に同行させたのはキリアの独断であったが、今ではかけがえのない仲間となっている。これも何かのお導きなんだろうなと、シュバイツは思わずにいられない。
「ハモンド、砂漠の緑化は進んでいるのかい?」
「灌漑工事を進めているが、十年以上の長期計画になるだろうな、シュバイツ」
グリジア王国は国土の三分の一が砂漠で、作物生産力が低い。だからこそローレン王国へ、何度も攻め入った経緯がある。過去の歴史であり、過ぎたるは及ばざるが如し。フローラは水に流し気にしておらず、ハモンドも彼女を盟友としている。
皇帝となったシュバイツは、帝国の全体を見なければならない。グリジア王国はアルメン地方と並び、大陸東側の玄関口となる国だ。緑化を進め砂漠を横断する、街道の整備に着手したいと彼は考えていた。東西の交流と流通を加速させ、経済を回して行くには必要な施策と言えよう。
「海岸線まで緑化できたら、港町もできて栄えるだろうな」
「わはは、それまでわしが生きているかどうか」
シュバイツは手を貸してくれるかと、フローラに思念を送った。彼女はオベロンの加護を、軍団を養うために限定している。だが砂漠に針葉樹や広葉樹の森を形成する分には、市場経済に影響を与えることはないだろう。そこから開拓し農地を広げるのも、町や村を形成するのも、ハモンドの手腕にかかっている。
あなたがやろうと決めた事なら、もちろん全力で手伝うわよと思念が返って来た。もうすっかり夫人の顔をしている、フローラがにっこりと微笑む。
旅人や商人は砂漠の外周を迂回して、遠回りを強いられている。キリアに言わせると水を補給できる地点がほとんど無く、商隊にとっては一番の難所なんだとか。砂漠を横断し西と東を繋ぐ最短ルート、帝国としての一大事業になりそうだ。
「俺は人身売買と奴隷を禁ずる勅令を、直ぐにでも発動したい。諸君らに異論はないか? 忌憚なく思うところを聞かせて欲しい」
「賛成だがひとついいかね、シュバイツ」
「もちろんだハモンド、問題点があるなら遠慮無く言ってくれ」
「君をよく知る王は……おっとガーリス殿は初対面でしたな」
「息子から聞き及んでいる、お気になさらずハモンド殿」
護衛武官としてガーリスの後ろに立つ、次男のクドルフと三男プハルツが、大丈夫ですと口を揃えた。シュバイツの人となりに加えフローラ軍に関しては、逐次報告していたようだ。ならばとハモンドは、給仕をする三人娘の置いた紅茶に手を伸ばす。
「桂林と明雫に樹里は、最高の女主人に出会えた。だが多くの奴隷にそんなチャンスは巡ってこない、そうだろ? 君たち」
「はい、ハモンドさま。ゲルハルト卿がブラム城を奪還した際、私たちをこのまま城に置いて欲しいとお願いしました。ね、桂林、樹里」
「あの時ゲルハルト卿が、城の使用人として正式に雇うと仰ったのよね、樹里」
「うんうん、お給金として頂いた銀貨一枚、私たち今でも大事にしてるんです」
グレイデルとヴォルフの口添えもあり、自分たちはメイドとして雇われましたと三人娘は懐かしそうに話す。そんな彼女たちに目を細め、ハモンドはそこなんだと紅茶をすすった。
「解放されても衣食住を確保できなければ現状維持を、奴隷のほとんどはそう考えてしまうだろう。未だに奴隷制度を採用している国々に対し、王侯貴族の意識改革が必要だ」
特に奴隷となった年齢が幼ければ幼いほど、読み書きや算術を教えてやる必要がある。独り立ち出来るよう導かないと、男はごろつきに、女は場末の売春婦に、身を落としてしまうだろうと。
だから三人娘は幸運だったのだと語るハモンドに、シュバイツも選帝侯たちも確かにと頷く。そこへ同席していたラーニエことシルビィが、よろしいでしょうかと発言を求めた。
「いつもの調子でいいぜ、構わないよな法王さま」
「今更だなシュバイツ、何か良い案があるのかね? ラーニエ」
「ミ-ア派とズルニ派を暗殺者として訓練する、施設が方々にあるじゃないか、法王さま。新たな千年王国を迎えれば無用の長物、解放した奴隷の職業訓練校に転用したらと思ってさ」
その手があったかと、法王もラムゼイ枢機卿もぽんと手を打つ。裁縫ならお針子ギルドから、酒造りなら酒造ギルドから、講師を招けば良い。それは名案ですねと選帝侯たちも、ラーニエの案を支持するのだった。
その後ここは法王庁お膝元の市場、買い出しチームが食材調達に来ていた。普段と違うのは貞潤と夫人たちが、ちゃっかり付いて来ていること。
彼女らは西側のしきたりに則り、戴冠式に参列するため同行していた。もっともそれは表向き、後宮の外に出て羽を伸ばしたいだけだったりして。護衛として髙輝も同行しているから、司馬三女官も一緒である。
「紫麗さまも従軍司祭の資格をお持ちだったのですね」
「そうじゃよキリア殿、だから肉も魚も口にできる。おおここがハムのエリアか、種類がいっぱいあるのじゃな」
以前フローラがご挨拶で持参した、ボンレスハムをいたく気に入っていた貞潤の夫人たち。これは買って帰らねばと、瞳をきらきらさせちゃってます。
ミン帝国の通貨はここじゃ使えないため、キリアが髙輝に両替してあげている。商隊が東側へ行く時にあると便利だから、彼女にしてみればお安いご用ってね。そのうち交換レートが確立され、西側諸国でも使えるようになるだろう。
三人娘は前回の駐留で顔と名前を覚えられており、あちこちの店主からお声がかかる。なんせ軍団の食材を一気に買い上げ、しかも現金払いだから売り子も満面の笑顔で呼び込みにかかる。
オベロンの加護はどんな植物でも、土を選ばない事が判明していた。ただし他国の領土で、しかも法王庁の管轄区域で、勝手に作物栽培はちょっと。そんな訳で普通に買い出しを行なう三人娘が「くーださーいな」と声を揃える。
「店主さん、この挽肉は?」
「牛と豚の合い挽き肉だよ、フロイライン桂林」
そう言えば最近ハンバーグを作ってないよねと、三人娘が路上で作戦会議を始めました。ハンバーグってどんなお料理かしらと司馬三女官が、わくわく顔で成り行きを見守っている。
こけっこたちが買い物かご……もといゴンドラを、地面に降ろして子供たちの遊び相手を始めた。どこへ行っても幼い子供に好かれちゃう、魔界の翼竜さんは人気者。
「のうキリア殿」
「何でしょう紫麗さま」
「また卵が生まれたら、ミン王国にひとつ譲ってくれんかの」
四夫人も是非にと、胸の前で手を組んだ。あれをどうするんだと、貞潤も髙輝も目が点になってしまう。だが夫人たちに言わせると、皇子皇女の良き遊び相手であり、こんな心強い護衛はいないのだそうで。
「それとなくフローラさまのお耳に入れておきますわ、紫麗さま」
「すまんなキリア殿。おんぶに抱っこが続いて、直接お願いするのは気が引けるのじゃ、取りなしてくれると助かる」
フローラはきっと、ふたつ返事でいいよと言うはず。おそらく半月荘にも融通するとキリアは読んでおり、もしかすると選帝侯の全員にも。早馬ならぬ早ワイバーンの連絡網を、大聖女は構築するだろうと。
「これってハンバーグだよね、スワン」
「煮込みハンバーグよ、リーベルト」
「煮込み?」
「かけてあるソースだけで、ご飯が進んじゃうわよ」
そのご飯を神話伝承盛りにしたリーベルトが、お代わりに来るからねと救護用テントへ足を向ける。今夜いいかなのサインは出さず、それはシーフの二人とケバブも同じ。臨戦態勢だからで、兵士の誰もが武器を手放さない。弓隊の矢筒には、矢がみっちり入っている。騎馬隊と重装隊に軽装隊は膝に盾を乗せ、その上にトレーを置いて食事している。
ところで法王もラムゼイ枢機卿も、フローラ軍の戦場メシが食べたかったようで。巨人の群れに襲われたら建物の中にいても一緒だと、もっともらしい理由を付けて女王テントに来ちゃうのだこれがまた。
食べたいって正直に言いなよと女装男子が突っ込んで、フローラがまあまあと助け船を出してあげている。給仕をするミリアとリシュルが、はにゃんと笑いつつ二人によそってあげていた。
「なあデュナミス」
「どうしたアーロン」
「思いっきり気を込めた矢を、ひとつ目巨人に放ったらどうなると思う?」
「そう言えば……聞いておけばよかったな」
当たりを引いたアモンとマモンは授かった子を、精霊界に放出するためお里帰り中だ。だが岩をも砕く狩人への加護、目を狙って放てば頭ごと粉砕するのではと、二人はハンバーグを頬張る。実際にそうなんだけれど、この二人が巨人をこてんぱんにするのは、もうちょっと先のお話しとなる。
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