第127話 皇帝の戴冠式(1)

 フローラが見張り台として、上空に留めてある荷馬車から銅鑼どらが打ち鳴らされた。総員戦闘配備の合図であり、法王庁の敷地で野営していたフローラ軍が慌ただしくなる。戴冠式を控え兵士たちは、心の準備が出来ており落ち着いていた。おいでなすったなと、流れるように方円陣形を組んで襲撃に備える。


「状況報告を!」

「あれをご覧くださいフローラさま!」


 荷馬車まで舞い上がったフローラに、見張りの兵士らが城壁外にある西の森を指差した。視線を向ければぽっかりと、悪しき転移門と分かるどす黒い大穴が。そこからおびただしい数の、魑魅魍魎ちみもうりょうがあふれ出している。


「聖職者の皆さん、防御態勢を――」


 精霊さんの力を借りた、フローラの大音声が響き渡った。事前に申し合わせていたから、聖職者らが幾重もの物理結界で法王庁を囲う。更に高位聖職者が、魔法結界のマジックシールドも追加していく。


「ほれ、ディフェンスシールドじゃ」


 防衛に参加した紫麗も緑のルキア持ち、さすがですわと四夫人が両手でぱちぱち。自慢の正妻を横目で見ながら、貞潤が斬岩剣の柄に手を掛け抜き放った。髙輝と司馬三女官も剣を抜き、これが聖戦なのですねと唇を引き結ぶ。


 そこへダーシュの遠吠えが、法王庁の敷地にくまなく届いた。味方の戦闘力と防御力を上昇させるバフ、飛び級で上位精霊となった彼の特技だ。

 聖女たちの精霊さんが相方へ魔人化を発動し、シュバイツもヴォルフも、シーフの二人にケバブも瞳が黄金に輝き出す。以前はこんな現象など起きなかったのだが、婚約者への愛情が深まりパワーアップしたもよう。


 フローラが傍に来てと思念を送り、シュバイツを上空へいざなう。おうと返しまるで地面を蹴るように、三段跳びでフローラの隣に彼は並ぶ。青龍・玄武・白虎・朱雀の力を借り、シュバイツは空中を自在に駆ける魔人となっていた。


「ルシフェルが話してたな、x軸より下にある悪しき異界の存在」

「邪神界と外道界ね、シュバイツ。ゾンビみたいなのがいっぱい出て来てるから、外道界からのお出ましかしら」

「異界と繋がったまま無尽蔵に魔物を出されてもな、打ち止めにしてやろう」


 うんと頷きフローラは、シュバイツの手を引き現場へ音速飛行。

 眼下では自警団が、首都の市民を非難させるべく誘導に当たっていた。法王庁は上下水道が整備され、地面の下に石造りの頑丈な水路がある。敵の狙いは聖女と選帝侯に、高位の聖職者たちだろう。ちょっと隠れててね建物の損壊はごめんなさいねと、そうつぶやいた後フローラはスペルを唱え始めた。


「開け地獄の蓋よ、エロイムエッサイム我は求め訴えたり! 我が名はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク!!」


 あれかよと、シュバイツが頬をひくつかせる。

 隕石を呼び寄せ敵陣に落とす大技を、フローラは悪しき転移門の中へ叩き込もうとしているのだ。ティターニアの加護で倍化の乗算、真っ赤に燃える隕石が上空に次々と召喚される。

 フローラ自身の練度が上がったこともあり、その数はなんと六十四個にまで増えていた。微調整が難しくて数のコントロールが、出来ないと言うか諦めたお茶目さんが、王笏おうしゃくを森に向けて振り下ろす。


「いっけえええ! ミーティア流星!!」


 悪しき転移門に隕石がどんどん吸い込まれていき、向こう側が深紅に染まり、竜巻のような炎と煙が立ち登った。這い出して来る魔物どもを粉みじんにし、焼き払い薙ぎ払い消滅させていく光景は圧巻。

 その衝撃波たるや城壁の中にまで影響し、首都の家々からスレート瓦を飛ばし、中には屋根まで吹き飛んだ家屋も。それで建物の損壊はごめんなさいねって、つぶやいたんだなとシュバイツは苦笑する。


「ジョセフかグラハム、もしくは両方いるかもな」

「生死を問わない賞金がかかった首、きっちり切り落としてねシュバイツ」

「任せろ、そう言えばゼブラの賞金はどうしたんだ? フローラ」

「お金に困ってないから保留にしてるけど」


 なら砂漠の緑化に使おうか、うんうんそれがいいかもと、二人は悪しき転移門に飛び込んで行く。隕石を大量に落としたから、入った先は一面マグマの海。地獄と言うものが本当に存在するなら、こんな感じかもねとフローラが口角を上げた。


「神界や魔界でこんなことやらかしたら、大変なことになるがの、ジブリールよ」

「まあ邪神界と外道界なら、神々のお咎めはありませんからね、セネラデ」


 親指サイズでシュバイツの頭上に鎮座する、セネラデとジブリールが黒胡椒をもーぐもぐ。魂ぐるぐるは二人が結婚した後でと、自ら条件を付けちゃったお二人さん。リャナンシーもアモンとマモンも、二人目を産んで三人目に取り組んでいる。なのでフローラとシュバイツに、早く結婚式を挙げて欲しくてうずうずしてるっぽい。


「いちおう支配者はいるんだよな、セネラデ」

「神界も精霊界も魔界もx軸より上、つまり善行を規範としておる。それは理解できよう、シュバイツよ」

「うん」

「邪神界と外道界はx軸より下、善のぜの字もない。神々に反逆し追放された者の巣窟でな、支配者はおるがころころ入れ替わる」


 今は誰かよう分からんと、セネラデはシュバイツに黒胡椒を催促する。あらずるい私にもと、ジブリールも欲しがった。手ずから胡椒や唐辛子をあげることで、親密度が上昇するのは神獣も大天使も同じである。

 フローラも閣下や精霊女王と精霊王にあげる時は、はいあーんだ。精霊界に於ける一日三個ルールは、この場合に限りノーカン扱いとした精霊女王さま。ほれほれと眼前に出されたら、さすがのティターニアも我慢できなかったと言うことか。


「招かれざる客がいるようだな、お前たち何者だ」


 積み重なる隕石の直上に静止する男、ぱっと見は夜会に参上した王侯貴族の姿をしている。だがその瞳孔は縦長で、まるで爬虫類の目だった。


「ようジョセフ、グラハムは一緒じゃないのか」

「そなた……ブロガル王国のシュバイツ王子か」


 今は皇帝だぜと、シュバイツは斬岩剣をすらりと抜いた。

 ジョセフはお前が新たな皇帝なのかと女装男子に目を眇め、世も末だなわははと笑い出した。殺しに行くつもりだったが手間が省けたと、爬虫類の目で奴も剣を抜きぶんと振る。


 斬岩剣の刀身からセネラデとジブリールより賜りし加護、紺碧のオーラと紅蓮のオーラが吹き上がった。余談だが物理無効や魔法無効の敵でも、加護を得た斬岩剣は邪悪な魔物を滅する力が宿る。


 他者を犠牲にし、その魂で得た悪しきぱちもんの力。精霊に愛され、加護によって授かる神聖な力。セネラデとジブリールは介入することなく、黙って黒胡椒を頬張り事の成り行きを見守っている。


「私の名はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルクよ。二度と会う事はないでしょうけど、その穢れた魂に刻み込んでおきなさい」

「きっさま、ローレンの魔女か。もう一人いたとは!」


 ジョセフはグレイデルの母パーメイラを亡き者にし、ローレンの魔女はもういないと思い込んでいたようだ。今のローレン王国にはフローラを筆頭に、グレイデル、桂林と明雫に樹里、そしてキリアがいる。一枚岩じゃないのよと、フローラは王笏をジョセフに向けた。


「千年王国の終わりを早め人類を滅ぼし、あなた方は守られ新たな千年王国の支配者となる。それで合ってるかしら?」

「いかにも、それを妨害しているのがお前だローレンの魔女」

「おかしいわね、その教えはどの経典から来てるのかしら。世界の終末であなた方を天変地異から救うのは、どこのどなたなのかしら」

「経典などありはしない、我々をお救い下さるのは邪神界におわす神々だ」

「拠り所となる経典もないのに、邪神があなた方を救うという根拠は?」


 ジョセフの眉がぴくりと動き、そのまま黙り込んでしまう。


「もう一度聞くわ。拠り所となる経典もないのに、邪神があなた方を救うという根拠は?」

「経典などありはしない、我々をお救い下さるのは邪神界におわす神々だ」


 会話が成立していないと、シュバイツは眉間に皺を寄せた。新興宗教の狂信者にありがちだが、論破されて黙り込むも再起動して同じ事を言うのだ。論理的に考えることが出来ず、自分は正しいとその一点のみが行動原理になっている。


「ディスペル」


 ジョセフの開いた転移門が、フローラによって閉じられた。まだ残っている悪霊や邪鬼、幽鬼や屍鬼といった魑魅魍魎が、人間界へ出ようとしていたからだ。

 この時点に於いてフローラとの魔力差は歴然なのだが、それすら気付かないのが狂信者の哀れなところ。邪魔をするなと憤怒の形相になったジョセフの前に、シュバイツが立ちはだかり剣先を向ける。お前の相手は俺だよそ見するなと、言っちゃう女装男子なにこの人かっこいい。


 そのころ法王庁では――。


「西門が破られちゃいましたね、グレイデルさま」

「自警団も聖堂騎士も退避して、守ってないからね、桂林」

「でも転移門が閉じたね明雫、フローラさまとシュバイツさま、きっと頑張ってる」

「あれで打ち止め、お二人のためにも大掃除するわよ樹里」


 ワイバーンの背に相棒とタンデム乗りで、聖女たちが眼下を睨む。ゴンドラから聖堂騎士たちが、いつでもどうぞと声を上げた。足下に並んでいる小瓶は全て聖水で、これを上から落とすのである。一週間かけて祈りを捧げた聖なる水、外道界の魑魅魍魎にとっては致命的となるアイテムだ。


「行くかねジャン」

「そうだなヤレル、一際でかい連中が魔物どもを統率してる指揮官だろう、潰すぜ」


 そう言いながら武器に聖水を垂らすシーフの二人に、無茶はするなよとヴォルフも聖水の瓶を開ける。ケバブは背負った武器にだばだばかけ、やっぱり殴打武器だなとモーニングスターを引き抜いた。


 おらよっと地面へ降下していく婚約者に、行ってらっしゃいと手を振る聖女たち。まるで仕事に出かける夫を、玄関で見送る若妻である。

 軍団の副官を務めるグレイデルの合図で、聖堂騎士たちがよいさほいさと地面に聖水の瓶を落とし始めた。割れた瓶の聖水を浴びて灰と化す、魔物たちから怨嗟の声が上がってくる。んなもん知るかここは人間界、足を踏み入れたお前たちが悪いと聖水が次々とばら撒かれた。


「キリア、聞こえるかい?」

「感度良好よラーニエ、状況は?」

「聖水をかい潜った魔物がおよそ二百、十二番街通りから法王庁に向かってる」

「了解しました、隊長たちがしびれを切らしてるから、ちょうどいいわ」


 手鏡の向こうから、何だたったの二百かと、ゲルハルトの声が聞こえたような。アリーゼ手綱を握ってるんだよと手鏡を閉じ、ラーニエはワイバーンを天高く飛翔させた。翼を持つ外道もいるからで、ブーメランを構え空を睨む。君の手綱は私なんだなと、タンデムで後ろに乗るクラウスが笑っていた。

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