第125話 悲報

 法王庁と同様アウグスタ城にも、早馬の知らせが届くだろうとラムゼイは言う。フローラの父ミハエル候と、グレイデルの母パーメイラに弟アーノルドⅡ世も戦死。現地の聖職者が聖堂騎士と確認を急いでいるが、生存者は絶望だろうと。


「転移でピストン輸送してでも、本軍を帰還させるべきだった」

「フローラ」

「おのれ悪しき魔物信仰の徒」

「フローラ」

「この恨み晴らさでおくべきか」

「フローラ!!」

「……はっ」

「君の精霊天秤はいま力側に振り切れている、気をしっかり持つんだ」


 シュバイツに乳房をわしづかみにされ、フローラは我に返り禍々しい負のオーラが萎んでいく。「まず重職たちを集め、その上で兵士らに伝えよう」力強いシュバイツの言葉に、フローラは冷静さを取り戻していく。


「いまとても心細いの、傍にいてシュバイツ」

「前にも言っただろ、フローラ。例え君が世界中を敵に回そうとも、俺は最後の最後まで味方でいると」


 シュバイツの胸を借り、フローラはわんわん泣いた。ただし泣いて良いのは今だけだ、女王としてやらねばならない責務がある。法王も手鏡の向こうで、十字を切り涙を浮かべていた。ラムゼイ枢機卿が「神よこれは試練なのですか?」と、やり場のない憤りに天井を睨んだ。


「ミハエルのやつ、私より先に逝ってしまうとは」


 クラウスがそうつぶやき、フローラの執務室は深い悲しみに落ちていた。グレイデルが床に崩れ落ち、ヴォルフが抱きかかえている。

 隊長たちは長男に家督を譲り、息子たちを本軍に送り出していた。古参兵の多くも同様で、心にぽっかり空いた穴を、そう簡単には埋められないだろう。アンナとケイオス、そしてクララも、沈痛な面持ちで控えている。


「故郷の大地で眠らせてあげたい、亡骸を迎えに行くぞ、みんな」

「そのために軍団を動かすと言うのか、シュバイツ」

「フローラの、女王の意思だクラウス。みんなだってお別れできないまま、他国の地で埋葬されるのは本意じゃないはず」


 戦死者を引き取るために、軍団を動かすのは前代未聞。だがシュバイツの言葉は、隊長たちの心を揺り動かした。そこへ扉が開き、三人娘に付き添われたフローラが姿を見せた。女王としての正装に着替えており、左腕に喪を示す腕章を付けている。泣きはらした顔は、三人娘がうまく化粧で隠したようだ。


「やれそうか? フローラ」

「大丈夫よシュバイツ、バルコニーに行くわ」


 正装したフローラがバルコニーに現れ、色めき立つ兵士たち。だが左腕の喪章に気付き、歓声がどよめきに変わる。そんな彼らにフローラは扇を掲げ、静粛にの合図を送った。


「過日我が王国の本軍は、一つ目巨人の群れに襲われ壊滅しました」


 あまりの衝撃に、まさかそんなと、誰もが言葉を失ってしまう。三人娘が急に呼び出されたから、嫌な予感がしていた糧食チーム。中には口に手を当て泣き出す者もおり、暗澹たる気持ちに沈んでいく。


「戦死者を故郷へ連れ戻し弔うため、明朝出立いたします。各自準備を整えておくように」

「女王陛下!」

「重装隊のバルデ、何かしら」

「弔い合戦はしないのですか」


 そうだそうだと兵士らが呼応し、軍団に憎しみと怒りの渦が巻き起こる。フローラが扇を掲げても収まらず、業を煮やした彼女は雷を落とした。比喩ではなく城の避雷針へ、本当に落としたのだ。直下だから光と音が同時に来る、新たな四属性の合わせ技テスラメント執行の雷を。


「弔い合戦をする時は必ずきます、それまで各々方、牙を磨き爪を研ぎなさい。修羅となりて悪しき信仰の徒を、完膚なきまで叩きのめしましょう。

 ただし! これは新たな千年王国を築くための聖戦です、復讐心を抱いてはなりません。それでは殺戮のための殺戮であり、我が軍団の掲げる精神に反します、けして人間性を失いませんように」


 その夜までに、知らせを受け帰宅していた兵士が全員集結していた。ミリアもリシュルも、新兵の面接をしていたキリアと付き合ったダーシュも。

 カレーの日となれば賑やかなはずだが、正門広場は静かなものであった。誰もが思いに耽り、黙々と手を動かしている。もっともお代わりはいつも通りで、食べる事により自らを鎮めようとしているのだ。


「お邪魔するわよ、フローラ」

「リャナンシー、午後から姿を見なかったけど」

「助からない重傷者の精気をもらいにね、残念ながら……生存者はなしよ」

「戦場跡に行ってたのか」

「状況視察も兼ねてね、シュバイツ」


 みんなと気持ちはひとつだから、そう言ってフローラは女王テントで夕食を摂っていた。私にもカレーちょうだいと、リャナンシーはレディース・メイドにオーダーを告げる。フローラとグレイデルは超激辛なので、魔族のお姉さんも同じものでと。


「亡骸の時間を一時的に止めてきた、埋葬するまで傷むことはないわよ」

「そんなことも出来るのね」

「ゲオルクが私を進化させてくれたから。どうグレイデル、気持ちの整理は付いたかしら?」

「そう簡単にいくわけ、ないでしょう」


 それでも世界は動き時は進み、悲しみの停滞を待ってくれないと、リャナンシーは真っ赤なカレーにスプーンを入れる。現地の聖職者と聖堂騎士が駆けつけ、お清めしてくれたから魂は悪用されなかった。だが一つ目巨人を大量に召喚する、悪しき敵は厳然と存在する。ここからが正念場よと、リャナンシーはスプーンを口に運ぶ。


「フローラがお願いすれば、ルシフェルさまは魔族軍団を派兵するでしょう。シュバイツがジブリールに頼めば、やはり天使の軍勢が来る。そうなると……」

「そうなると?」

「世界の終末を迎えるのと一緒なのよ、人類は滅亡するわ、フローラ。大魔王と大天使に軍勢の派兵をお願いするのは、即ち新たな千年王国を諦めたってことだから」


 黙ってカレーを頬張っていたシュバイツとヴォルフが、だから正念場なんだと顔を見合わせる。戦争に於いて魔界と神界に助力を求めたらゲームオーバー、人類が自らの手で切り開く問題なんだと思い知る。


「その時は天界でも精霊界でも魔界でも、好きなところの住人になればいいのよ」

「ちょっと待って、縁を結んだ国々を見捨てろと?」

「見捨てる前に死滅するわ、あなた以上の力をもつ精霊が、大挙して押し寄せるのだから。この大陸に隕石が、それこそ億の単位で降り注ぐ」


 冗談じゃない、そうは問屋が卸さないわと、フローラの思念が外にまで届く。この世界は私たちのもの、絶対にギブアップはしない。新たな千年王国を、必ずこの手で掴んでみせると檄を飛ばす。脈絡のない思念であったが、フローラの決意はちゃんとみんなに刺さっていた。


「さようなら父上、また来世で」

「お別れです母上、アーノルド、来世で巡り合いましょう」


 木材で組まれた祭壇に、安置されたフローラとグレイデルの肉親。遺体に最後の口づけをして、二人は祭壇に火を放つ。シュタインブルク家は遺骨を海に撒く海洋葬だからで、シルビィが祈りの言葉を捧げ死者の魂を慰めた。


 遺体は全て国葬とされ、埋葬も粛々と執り行ったフローラ軍。いや今となっては彼らが、ローレン王国の本軍なのだが。全員が左腕に喪章を付け、正門広場では酒と料理が振る舞われた。

 死は忌み嫌うものではなく、輪廻転生の始まりであり喜ぶべきこと。怒りと憎しみをフローラの演説で、昇華させた兵士たちの顔は穏やかであった。それぞれテーブルを囲み談笑し、故人の思い出話に花を咲かせる。


「戦場では人使いの荒いお方だったが」

「その様子だと楽しかったのね、ゲルハルト」

「ああ、仲間に死地を感じさせない豪快な君主だった、アリーゼ」

「息子さんには、何て言っていいのか……」

「気にするな、軍人である以上は覚悟を持って事に当たる」

「ねえあなた」

「どうした、急に改まって」

「私あなたの子供を三人は欲しい」


 アリーゼの手に、ゲルハルトが手を重ねていた。

 そしてこちらは隊長たちのテーブル。


「アレス隊長は、あっちの方はまだ現役ですか?」

「そうだが、いや何を言いたいデュナミス隊長」

「今回の件で戦争未亡人と、戦争孤児が出ます。引き取って面倒を見るのも、貴族の役目でしょう」

「確かにそうなんだが、この歳でまた子作りをしろと言うのか」

「系譜が途絶えてしまえば、貴族としてお家の存続に関わります。皆の意見を聞きたい、どう考えてるのか」


 いやそう言われてもと、隊長たちは難色を示す。引き取るのは貴族として、やぶさかではない。だが子作りとなると、そこはかとなく罪悪感があるのだ。

 愛があればいいのよ愛があればと、ラーニエが隊長たちに蒸留酒をどぼどぼ注いでいった。望まれず生まれた子供ではなく、愛し合って生を受けた子供こそ幸せなのだからと。


「式を挙げろと? フローラさま」

「喪が明けたらね、グレイデル、ちゃっちゃとやるわよ」

「お待ちください、式の準備とかまだ何も」

「なら喪中にやっといてねヴォルフ、母君のヘルミーナさまに相談すれば、一気にまとめてくれると思うな」


 ミリアがイワシのつみれ汁をよそいながら、うんうんと頷いている。なんでまたそんな急にと、二人は目をぱちくり。お立場を考えて下さいと、リシュルが里芋の煮っころがしを置く。


 二人の結婚を急がせる理由は、グレイデルがマンハイム家の当主になったから。広大な領地を抱える公爵家であり、フローラは大幅な予定変更を迫られていた。東大陸の玄関口となる、アルメン地方を二人に任せたい。そんな構想でいたのだが、グレイデルが嫁入りしたら公爵領が宙に浮いてしまう。


「兵士らに叙爵と領地を与える前で良かったわ、アルメン地方を拡大します。ヘンデル地方とシメンス地方を、アルメン地方に併合するわよ」

「あのあの、フローラさま?」

「ヴォルフが伯爵のままでは併合できないもの、結婚すれば誰も文句は言わないでしょ、グレイデル公爵」


 ヘンデルとシメンスは、アルメンと隣接する女王の直轄領だ。交換で公爵領は私が預かるわと、フローラがにっこり。その上で前の戦争以来、領主不在となっている土地を、兵士らに知行地として与えるって寸法なのだ。


「キリア、ウェディングドレスの方は?」

「コルセット入りでバッチリです、フローラさま」


 何がどうバッチリなんだと、テーブルの下でご相伴に預かるダーシュが笑う。里芋の煮っころがしが、どうも気に入ったようで。三人娘は作り方を知っていたが、今まで出したことがなかったのだ。離島での生活で、お料理の新境地を開いたっぽい。


 キリアが採用した若手の組合員が、間もなく合流する。カレンとルディにイオラが行事用テントの端っこで、卵から孵ったワイバーンの雛にほれほれと葉野菜をあげていた。


                       第四部 修羅となりて(了)


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 ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

 第四部も単行本一冊分に相当する、140,000文字超えの分量となりました。ミン王国との親交を深めた矢先の悲報、フローラは支えとなってくれるシュバイツと共に、本気で新たな千年王国に取り組みます。本軍となったフローラ軍が、世界に終末の是非を問う戦い、どうぞお楽しみに。

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