第124話 ホームへの帰還

 ひょうたん島には漁師が舟を寄せる、小さい入り江がふたつある。軍団は丸太小屋を建てるのと同時進行で、入り江に繋がる山道の整備に取りかかっていた。


 武器を手に戦うだけが能じゃない、そこがローレン王国軍の器用なところ。深くて渡れない川があれば橋をかけ、必要とあらば木材の砦を一夜にして築きあげる。笑顔でそう言ってのける隊長たちに、貞潤も髙輝も軍団の在り方について、思うところがあったようだ。


「どちらも完成は間近、我々の駐留もあと僅かですね隊長」

「そうだなヴォルフ、ところで晋鄙殿との手合わせはどうなったのだ?」

「ドローでした、シュバイツも」


 純粋な剣による対戦は、アウグスタ城へ瞬間転移して行なわれた。再び審判を買って出たラーニエが、いつまでたっても勝負がつかないもんだから、しびれを切らして強制引き分けにしたってオチ。

 三人とも途中から楽しくなっちゃって、フローラに言わせるとライオンかトラのじゃれ合い。剣の腕前が拮抗していると、やんちゃな男子は延々と遊びたがるようで。


「離島にいる間は敵襲の心配もないし、うるさくは言わなかったが」

「軍規の引き締めですね隊長、色々と緩んじゃってますから」


 その通りとゲルハルトは、昼食の刺身定食をもりもり頬張る。セネラデとジブリールが戻ってきたから、皿に乗るお刺身の魚種は豊富だ。鹿肉とジャガイモに飽きた兵士たちが、新鮮な魚介類にどれだけ喜んだことか。


「はいご飯大盛りよリーベルト、あら汁もお代わりできるからね」

「ありがとうスワン、うわ美味しそう」


 そこでリーベルトは、小さくハンドサインを送る。今夜いいかなの合図であり、スワンもいいわよとハンドサインで返す。生理中でしんどい時もあるから、今日はちょっと……のサインもある。

 シーフの二人とケバブもこの方式を採用し、三人娘とハンドサインを交わし合うようになっていた。婚約者から了解をもらった男子はゲオルクに申告し、かち合わないよう時間帯を指定されるってわけ。


「シルビィは聖職者だから、結婚するまで伯父上と同じベッドでは寝ない主義、それは分かるのよね」

「何のお話しですか? フローラさま」

「ヴォルフのテントで一緒に寝ない理由を聞きたいな、グレイデル」

「ぶふぉっ!」


 あら汁を吹き出しそうになったグレイデルに、大丈夫ですかとリシュルがおしぼりを手渡す。受け取った本人は食事中になんちゅう話しをと、抗議の目をフローラに向け口を拭う。


 兵士のテントは密集状態だが伯爵以上は、女王テントを囲むように余裕をもって設営される。多少のあっはんうっふんは大丈夫なわけで、控えているアリーゼが何かを思い出したように腰を揺らした。愛するゲルハルトにGスポットを、探し当てられちゃったみたい。 


「周りに気兼ねしてるなら救護用テントでもいいのに」

「ご存じだったのですか? フローラさま」

「スワンとリーベルトの時からね、ミリア。ゲオルク先生から相談された時、この人はお医者さまでもあり、カウンセラーなんだなって思ったわ」


 救護用テントでいったい何がと、グレイデルが目をぱちくり。そこでレディース・メイドの二人が、実はですねと口を開く。女王陛下と公爵令嬢のためなら、一時的にお風呂テントを貸し切りにできる。だがメイドにそれは出来ないから、ゲオルクが場を提供しているのだと。


「ふむふむ救護用テント、私も利用してみたいかも」

「いやいやだからねグレイデル、ヴォルフのテントに行く気はないの?」

「私はこの軍団の、副官を拝命しております。最高指揮官であるフローラさまから、一晩離れるなんて考えられません」


 性愛に対しては天然かと思えるグレイデルだが、絶対に譲れない信念は持ち合わせていた。フローラとしてもそれはとっても頼もしい言葉、有り難いし嬉しくもある。

 でもグレイデルがヴォルフのテントへ行けば、フローラはシュバイツといちゃいちゃできる。空気を読んだミリアとリシュルが、作戦行動中でなければよろしいのではと、グレイデルを誘導しにかかった。

 もっともフローラはそんな下心でグレイデルに、ヴォルフとの同衾を勧めてるわけじゃない。純粋に愛し合うもの同士なら、それが自然でしょってだけで他意はなかったりする。


「ああお腹空いた、ミリア、リシュル、ご飯を頼むよ」


 テント入り口の幕をくぐったシュバエルに、はいただいまと二人が応じる。お刺身盛り合わせにとろろ芋とお新香、これにご飯とあら汁が付く。意外な事に女装中のシュバイツことシュバエルは、がっついたりせずご飯を女性っぽく上品に食べる。フローラは彼のそんなところも、お気に入りだったりして。


「何の用で呼ばれたの?」

「紫麗と四夫人、名残惜しくて泣いてた」

「ありゃま」


 本来なら後宮の外に出られない夫人たちが、水着姿ではっちゃけるなんて機会は二度とこないだろう。シュバエルがフローラに、一番近い側近だと彼女たちは踏んでいた。違うんだけど、当たらずといえども遠からず。

 国王である貞潤には口が裂けても相談できず、かといってフローラに直接お願いするのも筋違い。そこでシュバエルに取りなしをと、泣きついてきたのだ。


「聞いて驚いたんだけど、紫麗は緑のルキア持ちだってさ」

「うっそ、まるで高位の聖職者じゃない」

「実際に聖職者だったんだよ、ラーニエと同じだね。貞潤に見初められて、修道女から皇后になったそうだ」


 公式文章は紋章入りの書簡でないといけないが、紫麗に手鏡を渡しておけばいつでも連絡を取り合える。今後のことを考えればそうした方が良いと、シュバエルは刺身醤油にハマチの切り身をちょんちょん。


「そっか、それで夫人たちには何て答えたの?」

「貞潤が皇帝になれば夫人たちは、外交の重要な立ち位置で表舞台に出なきゃいけなくなる。後宮に押し込めるって考え方が、西大陸では通じないだろ」

「そうね、式典やパーティーに舞踏会では、夫人同伴が基本だもの」

「だからフローラに手鏡をもらって、いつでもローレン王国へ遊びに来ればって、誘ったけどだめだったかな」

「あはは! 満点よシュバイツありがとう」


 外交の場に立つ練習の機会を、夫人たちに提供する。しかもそれは両国の友好に繋がり、結びつきを深める架け橋となるだろう。やっぱりこの人は皇帝の器だと、グレイデルもミリアとリシュルも感じ入る。フローラがどうして好きになったのか、分かるような気がするのだ。

 しかしその前にシュバエルが、男性であると教えるタイミングが難しい。西大陸の皇帝となり、フローラの伴侶になるわけで。夫人たちが受けるショックはさぞ大きいだろうなと、グレイデルは白米にとろろ芋をかけるのだった。


 そして数日後、軍団はひょうたん島での作業を全て終わらせ任務完了。晋鄙への引継ぎも滞りなく済ませ、フローラは軍団を率い首都ヘレンツィアに帰還した。この間に彼女はエレメンタル宮殿での、居酒屋っぽい宴会もちゃんと開催しましたよっと。


 宴会の席で大魔王ルシフェルから、君の種子が欲しいと求められたフローラは、いいわよと受け入れていた。ティターニアとオベロンの勧めもあったけれど、閣下は憎めない大精霊でほだされたとも言う。お胸のサイズはグレイデル以上で、感謝すると抱きしめられたら窒息しかけたが。

 魔王城にある資料を、また見せてとおねだりするのも忘れない。魂ぐるぐるは覚悟の上、そこは同じく二人の大精霊に愛されている、シュバイツと話し合い合意に至っている。精霊に愛され加護を授かることで、聖女とパートナーは強くなるのだから。


「守衛所の後ろにテントを張るな、この境界線を守れ!」

「玄関まで馬車が通れる道幅を確保しろ!」

「砂浜とは違うんだ、いつでも方円陣形を組める体制を整えろ!」


 ゲルハルトも隊長たちも、声を上げ軍規を徹底させていた。

 案の定と言うか何と言うか、兵士らは屋敷での用事を済ませると、アウグスタ城の正門広場に野営テントを設営してしまう。もはや職業病で、アンナもケイオスも今さらですねと、顔を見合わせ笑うだけ。


「ミリア姉さまとリシュル姉さまがいないと、なんだか寂しいわね、桂林」

「そうね樹里、でもヘレンツィアに戻った時くらい実家に帰らせる、フローラさまのお心遣いだから」

「今頃は婚約者とラブラブかしら」

「ちょっと明雫ったら」

「んふふ、でもそうあって欲しいと思わない? 桂林」


 否定せずに「まあね」と口元を緩め、桂林は中華鍋で小麦粉を炒めていく。明雫と樹里は香辛料の調合で、大辛・中辛・お子ちゃま向けの甘口と作り分けていた。

 今日はカレーの火……もとい日、誰かさん向けの超激辛もちゃんとあります。セネラデとかジブリールとか、アモンとかマモンとかリャナンシーとか。


 城の炊事場で作ればよいものだが、三人娘は行事用テントでの調理がすっかり身に付いてしまった。作った熱々の料理を、兵士たちに直接渡すのが楽しいもよう。調合したカレー粉を炒めだしたら、正門広場に食欲を刺激する香りが漂うことになる。


「水着姿を拝めなくなったのが、ほっとしたような残念なような」

「ジャンもか、なんか複雑な気分なんだよな」

「ヤレルに同意、ところで二人とも、賜ったお屋敷に行かなくていいのか?」


 ケバブに尋ねられ、そう言うお前はどうなんだと問い返すシーフのふたり。聞くなよと彼は、山盛りのフライドポテトを口に運ぶ。兵士へのノルマは解除されたけど、ジャガイモがまだ必要以上にあるのだ。

 ケバブは今のところ他国の貴族だから、アウグスタ城の客室を与えられる。ところがそれはお断りして、野営テントに居座っているわけで。それもこれも樹里が、野営する軍団のために立ち働いているからなんだけど。


「みんなのために料理の腕を振るう、あの姿に癒やされるというか」

「どうしようジャン、ケバブがまともなことを言った」

「こりゃ大雨になるんじゃないか? ヤレル。兵站部隊に雨具の準備を具申する必要があるかも」


 あんたらねと胸の前で拳を握るケバブに、シーフの二人は冗談だよと両手を上下させからから笑う。婚約者の近い場所にいたい、その気持ちは同じなのだ。正門広場の野営でも、救護用テントはちゃんと設営される。ご飯をもらいに行ってハンドサインを送るときの、どきどきわくわくがいいのだと。


「貞潤さまの戴冠式は、シュバイツの戴冠式と同時、その方向で進めるのですね? 法王さま」

「さよう、その前に選帝侯会議を開催するが、過半数を超えておるから問題はなかろう。よくやってくれた、フローラよ」


 手鏡の向こうで、パウロⅢ世が顔をしわくちゃにした。ネーデル国王とラビス国王は、領地の併合で大国となり選帝侯に任命された。ローレン王国のシンパであり、反対票を投じる者はひとりもいない。


「婚約を経てから結婚するかね? フローラ」

「私はすぐにでも結婚したいわ、法王さま」


 それもよかろうと法王は頷き、フローラの隣に映るシュバイツに、この幸せ者めと手鏡を突いて笑う。悪意のない祝福と分かっているから、シュバイツも素直にありがとうと返す。

 そこへ慌ただしい足音と共に、扉を開ける音が聞こえた。ラムゼイ枢機卿で、手鏡に映るフローラに気付き視線を彷徨わせる。何かあったのですかと首を捻るフローラに、彼は腹を決めて拳を握り口を開いた。ローレン王国軍の本軍が、ひとつ目巨人の群れに襲われ壊滅したと。

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