第123話 ジャガイモをなんとかする

 ここはメイド用テント、みんな集まり長めの休憩に入っていた。フローラが成長の止め方を聞きに、シュバイツを連れ精霊界へお出かけしたからなんだが。

 テーブルにはこれでもかってくらいに盛られた、ポテトチップスとフライドポテトがででんと乗っている。大量のジャガイモを消費するためで、全兵士にノルマが課せられておりまして。


「朝はお味噌汁に入れて昼はポテトサラダにしたから、夜はどうしようね、桂林」

「肉じゃがはどうかしら、明雫」

「冷製ポタージュスープも作って、いつでも飲み放題にするのはどうかな」


 樹里の案にいいねいいねと、桂林も明雫も相槌を打つ。

 ジャガイモは光に当たると、表面が緑色に変化する性質がある。芽と同じく毒素を含むため、暗い場所に保管する必要があった。野営しているフローラ軍にそんな貯蔵庫はなく、いっぱいあるからと手放しで喜べないのだ。

 フローラは瞬間転移でミン王国にお裾分けし、食糧支援が必要なネーデル王国にも提供した。それでも兵站部隊の荷馬車を動員したって、運びきれない量が残ってるもんだからまいる。


「帝国の北端にある国々は、ジャガイモが主食だそうよ、ミリア」

「ほんとに? リシュル、それじゃパンはどんな位置付けなのかしら」

「あくまでも添え物みたい、穀物の生産量が低いから」

「そっか、気候風土によって食糧事情も変わるってことね」


 大陸を巡った経験のあるキリアに聞いたと、リシュルがフライドポテトをバーベキューソースに付けてぱくり。機会があれば行ってみたいわねと、ミリアはオーロラソースに付けてぱっくんちょ。

 北方三国と呼ばれており年間の日照量が少なく、冬時間だと十時を過ぎても外が真っ暗とはキリアの談。悪条件でも育てられるジャガイモが、主食になるのは必然だったってことらしい。


「話しは変わるけど桂林も明雫も樹里も、最近何かあった?」


 スワンに尋ねられ、カキンと固まってしまう三人娘。性愛に目覚めてしまい、悶々としてますなんて話しにくい。だが職掌の違いこそあれ、ここにいるのはみんなお姉さま、隠し通せるはずもなく追求されてしまう。


「ぶはは、三人ともそんなことで悩んでたのね」

「笑い事じゃないわ、スワン」

「そうむくれなさんなって明雫、誰もが通る道だから恥じることなんてないのよ」

「スワンが目覚めたのって、いつだったの?」

「私も正直に言うとね、樹里」

「うん」

「リーベルトにプロポーズされた時から」


 ええー! うっそー! なんて声が、メイド用テントから聞こえたような聞こえなかったような。そんな女子会の真実を知るのは、行事用テントで欠伸をするわんこ精霊のみである。


「パーラー・メイドとして殿方のあしらい方はね、アンナさまとクララさまから叩き込まれるの。でも王侯貴族のお遊びじゃなく、純粋に口説かれて婚約したら意識しちゃうわよ」

「その辺はどうやって折り合いを付けたの? スワン」

「折り合いなんて付いてないわ、桂林。ベッドの中でリーベルトの事を考えてると、濡れちゃうことあるもの」


 やっぱりそうなんだ、自然なことなんだと、三人娘は安心したもよう。首都ヘレンツィアに婚約者がいるミリアとリシュルも、そんなもんよねと頷き合っている。

 だがここで話しに付いてこれないのが、カレンとルディにイオラだ。結婚願望はあるものの、男性を性愛の対象として意識したことがないから。ここんとこが少女から大人の女性へと、脱皮していく境界線なのかも。


「リーベルトって夢精してるのかしら、スワン」

「夢精を知ってるんだね、樹里は」

「ラーニエさまからちらっと」

「そっか、普通にあるみたいよ」

「それって本人に聞いたの?」

「あれだけ食べて鍛えてるもの、心配だから聞いておけってラーニエがね」

「なんだか可哀想ね、桂林」

「そうね明雫、何か婚約者にしてあげられないかしら」


 その何かをしてあげたらいいじゃないのと、スワンが真顔でポテトチップスをぱりぱり。しーんと静まりかえるメイド用テント、一拍おいてなになにどういうことと、全員が食い付いてしまう。


「だから手と口で」

「く、くく、口で!?」

「口の方が周りを汚さなくて楽だよ桂林、すごい勢いで飛ぶから」


 再び静まりかえるメイド用テント、そうだそうだったこの人はラーニエと仲良し。彼女からあれやこれやを、伝授されたのは想像に難くないわけで。飲んじゃうのと尋ねるミリアに、スワンがうんと頷きみんなフリーズ状態に。


「あのあの、スワン」

「なあに、桂林」

「その……白濁液ってどんな味?」

「男性にもよるみたいだけど」

「うん」

「リーベルトはね」

「うんうん」

「栗の花の香りと」

「はうっ!」

「海の味」


 うっきゃあと騒がしくなるメイド用テントに、わんこ精霊があんたらはと呆れてしまう。リンゴを剥いてくれたキリアにどうかしたのと尋ねられ、いや何でもないとしゃりしゃり頬張るダーシュ。みんなから具体的にどうやるのと、スワンが質問攻めにされてるのはさらりと聞き流す。


「そう言えば新たに兵を増員するみたいね、ミリア」

「あれだけのジャガイモだもの、キリア隊長も焦ったでしょうね、リシュル」

「どんな職種の兵員になるのですか? ミリア姉さま」

「農業組合と畜産組合の職員から、若手を兵站部隊にハントするそうよ明雫。もしかしたら漁業組合からもあり得るわね、キリア隊長のことだから」


 野菜も肉も魚もあの勢いで増やされたら、管理する専属の要員が必要となる。さもありなんと頷く、スワンと三人娘がポテトチップスに手を伸ばす。つまりフローラが必要以上に増やさないよう、加減させるお目付役ってことね。


「カレン、ルディとイオラにも、ちょっと質問」

「何かしら、ミリア」

「あなたたち、貴族に輿入れは考えてないのよね」


 将来お店を持つつもりだから、それは考えてないわと三人は口を揃えた。そうなると今この軍団に、恋愛対象となる殿方はいないわねと、ミリアは緑茶をすする。

 騎馬隊と重装隊に、軽装隊と弓隊は、爵位を持つ職業軍人だ。若い新兵もこれまでの功績で、叙爵を受け領地を賜るだろう。兵站部隊の男衆はみんな妻帯者だから、これまた対象外となる。


「組合職員としての籍はそのままで、軍団に派遣されるみたいよカレン」

「何を言いたいの? ミリア」

「ステキな人が来るといいわねって、そういう意味に決まってるじゃない、ねえリシュル」

「そうそう、食品を扱うお店を構えるなら、一次産業の組合職員は狙い目じゃないかしら」


 側近のメイドはみんな幸せになって欲しい、そんなフローラの思いをミリアは代弁したのかもしれない。今は水着姿で夏を満喫しているが、軍団の一員でありいつ何が起きてもおかしくはない。私たちは女王陛下の側近、悔いのないようお仕えしましょうねと、ミリアは締め括るのだった。


「見せて欲しいと頼まれて見せ、更に触らせてと言われ触らせたわけか、三人とも」

「まあその、そうですゲオルク先生」

「それでどうだったのかね、ケバブ」


 にこにこしているゲオルクに、危なかったですとケバブは正直に答え、シーフの二人もやばかったですとフライドポテトをもぐもぐ。

 朝の定期である起っきモードは生理現象であり、性欲とは別ものだったりする。ところが大好きな女性に触られたら、定期の起っきモードが性欲の起っきモードに切り替わるこの不思議。


「尿意が止まってな、ジャン」

「気持ち良くなったんだよな、ヤレル」


 あのまま続けられたら発射するところだったと、ケバブが眉尻を下げポテトチップスをぽりぽり。ジャンとヤレルもそうだったらしく、婚約者をテントから追い出すのに苦心したとこぼす。


「これから朝食を摂り仕事って時に、それはまずいからな。三人ともよく我慢した、感心するよ」

「それにしても法典は、なぜオナニーを禁ずるのでしょうね」

「その口ぶりだと破ったことがあるようだな、ヤレル」

「あ、いやその、あはははは」


 ジャンとケバブも覚えがあるらしく、すっとぼけた顔して革袋のぶどう酒をくぴくぴ。そんな三人をゲオルクは叱責するつもりなどなく、よく聞きなさいと柔和な表情で導こうとする。


「私も若い頃に破った事があるからな、君らとおあいこだ。だがオナニーの後、虚しくならないかね?」


 確かにと頷くシーフの二人とケバブに、自白したなとゲオルクはにやり。うわ誘導尋問ずるいですとぶうたれる三人だが、彼は孫を見るような眼差しを向けた。


「相手がいて初めて、幸福感を得られるのが男女の性だ。だから一人で寂しいことはするな、法典にあるのはそんな教訓なんだと私は思う。君たちにはもう愛するパートナーがいる、朝はまずいが夜にしてもらえばいいじゃないか」


 どこにそんな場所があるんですかと尋ねるジャンに、ここは救護用テントだとゲオルクは診察台をぽんぽん叩いた。カーテンで仕切られた個室がいくつもあるから、スワンとリーベルトがよく利用していると。


 まさかと目を点にしてしまう三人に、ゲオルクは心おきなく抜いてもらいなさいと笑う。ただし自分だけ満足するのではなく相手も満足させること、そのための知識は授けたはずだと付け加えて。


 そして翌日の女王テント、居住地の畑で色々試したフローラが、グレイデルとキリアを交えて打ち合わせ。オベロンいわく念じちゃったら、もう止められないんだそうな。子牛は繁殖できる状態まで成長し、小魚も成魚になってしまうわけで。


「つまり念じる規模を考えないと、ジャガイモ事件になっちゃうわけですね」

「事件とか失礼しちゃうわね、グレイデル。でもキリアが言った通りだわ、野菜なら作付面積とか、規模をアドバイスしてくれる人材が必要ね」


 考え無しにジャガイモをいっぱい植えて、全て育てと念じたからああなった。そのさじ加減をアドバイスしてくれるプロが、各方面の組合職員である。交渉はお任せ下さいと、キリアは紙にペンを走らせた。


 そんなキリアは気付いていても、敢えて口にはしなかった。食料を無秩序に生み出せば、農産業と水産業がおかしなことになる。価格は暴落し市場経済は乱れ、一次産業の衰退を招きかねない。フローラもそこは承知しており、加護の力は軍団を養うためだけに限定するつもりだろうと。


 それにしてもと、キリアはペンを動かす手を止めた。フローラは飢饉で食糧難に陥った、国や地域を救う力がある。正に花と春に豊穣を司る女神、名前負けしてませんねと口元が緩む。


「ワイバーンの雛も急速成長が可能なのですか? フローラさま」

「それがねグレイデル、加護の力は人間界の動植物だけなんだって」


 天使ちゃんのリリエラと、悪魔ちゃんのエルドラを、おっきくしたかったなと残念そう。そこへ三人娘がワゴンを押して、午後のティータイムセットを運んできた。


「桂林、明雫、樹里……」


 そこまで言って止めたフローラに、三人娘は何だろうと顔を見合わせた。だが大聖女の目は、三日月のように弧を描いている。彼女には見えるのだ、三人娘が発する桃色のオーラが。


「幸せそうね」


 何かいいことあったの? と聞かないあたりが、むしろ三人娘のハートと子宮を刺激してしまう。昨夜の救護用テントを思い出すからで、三人からぷしゅうという音が聞こえたような。

 ローレンの大聖女、罪なお人である。事情を把握しているミリアとリシュルが、すすいと動きお茶を淹れ始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る