第119話 文化の発祥は

 キョンを狩って保存食とするには、解体小屋と燻製小屋を建てる必要がある。その完成を待って弓隊による、鹿狩り大会を開催することで話しはまとまった。英夏が説明していた通り生息数が多く、島のどこに行ってもキョンだらけ。駆除しないことには罪人の居住地を、開拓し整地することもままならない。


 ちなみにキョンが野営地に近付かないのは、ワイバーンがいるから。今まで島に天敵がいなかったため、空飛ぶ獣は初の脅威となったもよう。それぞれの主人がいいよと許可したから、こけっこ達にとっては普通にご飯である。


「桂林もう着替えたんだ、可愛い!」

「んふ、ありがとう。カレンも早く着替えて、ルディとイオラも」 


 夏の太陽がぎらぎら照りつけ、裸足だと砂浜があっちっち。この気温では作業を午前中までとし、午後は涼を求めた方が良いとゲオルクが進言。そんなわけで午後からは海水浴となり、浜のあちこちにパラソルが立てられた。


「あの、スワン」

「どうかした? リーベルト」

「その……まぶしい」

「ぶはは、ありがとね」


 行事用テントで水着姿のスワンと三人娘は、ドリンクとかき氷の提供を行なっていた。頼まれたわけじゃなく日差しが強すぎると、肌がすぐ赤くなるからテントの中に居たいらしい。

 スワンを直視できないリーベルトが、受け取ったレモネードをちびり。婚約者の水着姿は眼福なんだけど、反面ほかの男性に見せたくないって独占欲もある。心中穏やかじゃないのは、シーフの二人とケバブも同じ。


「リーベルト、ここにいたのね」

「ご用でしょうか、アリーゼさ……ま……」

「どうしたの?」

「いえ何でもありません」


 ブーメランの二刀流も、水着になればグラマラスボディ。しかも主人であるゲルハルトの妻になる女性だから、リーベルトは目のやり場に困ってしまったのだ。

 

「騎馬隊が遠泳競争するから集合よ、それ飲んだらでいいから」

「わかりました、すぐ行きます」


 一気飲みするリーベルトに、スワンが目を細め耳元でささやく。遠泳はあなたの得意とするところ、頑張ってねと。実際に水辺で野営すれば、アリーゼの特訓メニューに水泳は必ずある。リーベルトの背はぐんぐん伸び、今ではスワンの肩を超えていた。婚約者の身長に追いつくのも、そう遠い未来ではない。


「むお……」

「どうしたヤレル」

「こめかみにキーンときてな、ジャン」


 かき氷あるあるですねと笑うケバブの隣で、ディアスもこめかみに指を当て唸る。それにしても水着をよく用意できたもんだと、ゲオルクがお針子テントに目をやりかき氷をぱくり。


 兵士の下着はトランクスだから、そのまんま海に入るので問題ない。急遽制作したのは女子の分で、お針子チームが奮闘しました。ビキニの上から可愛くパレオ、みんなのスリーサイズ把握してるからね。仙観宮の女性たちも測らせてもらったので、その分もちゃんとある。そんなわけで女子更衣室となった、お針子テントがわいきゃいと賑やかだ。


「あのう……グレイデルさま」

「ごめんキリア、下は良いのだけど上がちょっと小さいみたい、ホックを掛けられないわ」

「ちょっとこっちにいらしてください!」


 哀れグレイデルはキリアに腕を掴まれ、カーテンで仕切られた個室の中へ連行されちゃった。またお胸が成長されたのですねと、ミリアとリシュルがあちゃあという顔をしている。


「とうの昔に廃れたコルセットを使うようかしら、ミリア」

「それしかないわねリシュル、胸まで覆うやつでぎゅううううと」


 ミリアの実家は仕立て屋さんで、彼女自身も裁縫は得意だからよく分かっている、もうコルセットしか手がないと。キリアもその判断を下すために、個室で採寸をしているのだろう。


「あたいもこれを着るのかい? シェリー」

「まだお若いですし結婚前ですし、よろしいではありませんかラーニエさま。クラウス候もきっとお喜びになりますよ、ほれほれ」


 ディアスの妻であるシェリーが、往生際の悪いラーニエの服をひん剥き始めた。移動遊郭の経営者でも基本は聖職者、大衆の前で肌を晒すことには抵抗があるっぽい。


「ししし、紫麗さま、本当に着るのですか?」

「布面積がずいぶんと小さいが、私は着たいぞ淑妃よ」

「しかしながら」

「後宮に戻ればこのような経験は二度と出来ぬかも、皆もそう思わんか?」


 フローラ軍が来てからと言うもの、初体験と驚きの連続。「ここは離島じゃ、旅の恥はかき捨て」と、紫麗は笑いながら個室へ入って行く。皇后がそうおっしゃるならばと、四夫人も覚悟を決めたようで同じく個室へ。


「どうしよう蘭」

「そう言われても椿、司馬一族としてどうなんだろう、葵はどうする?」

「私は着るわよ、髙輝さまにその……見て頂きたいから」


 真っ先に着替えたスワンと三人娘を目の当たりにし、うわいいな可愛いなとは思っていたのだ。夫人たちも着るのだからと意を決し、彼女たちも個室に入りカーテンを閉じた。


「水着とは不思議なものですね、マリエラさま」

「どこが不思議なの? メアリ」

「知らぬ者が見たら、身分や主従関係が分かりませんでしょう」


 その発想はなかったわとマリエラは、側仕えを兼ねる護衛武官に笑みをこぼした。そんな彼女が人差し指をくるっと回し、後ろ姿も見せてと合図する。フローラがそうであるようにマリエラも、身分が平民だろうと側近は友人と考えている。良き伴侶を見つけ、幸せになって欲しいという思いは強い。レイピアで鍛え均整の取れたメアリの肢体に、彼女は満足そうに頷いた。


「海水浴とはむしろ、その垣根を一時的に取り払うイベントではないのかしら」

「取り払う意義を、お聞きしても?」

「最近エンゲルスと仲がいいわよね、メアリ」

「ちょちょ! マリエラさまったら何をおっしゃるのですか!!」


 エンゲルスとはプハルツの従者で、二人は最近よく話し込む。ただしそれはいつまでたっても進展しない、マリエラとプハルツの煮え切らなさに愚痴をこぼし合ってるだけ。もっともマリエラは、とうに勘付いていたのだけれど。


 マリエラはプハルツを殿方として、好ましく思っている。ただセネラデやジブリールのような熱烈さではなく、心の距離を少しずつ縮めたいという奥ゆかさしさが彼女にはあるのだ。

 プハルツから懺悔をお願いされたとき、ラーニエことシルビィは焦らずじっくり攻めなさいとアドバイスしていた。マリエラの性格を読んでいたからで、発情期のサルじゃないんだから、本当に欲しいと思ったなら相手を尊重しなさいと。


「メアリもいけてるわ可愛い可愛い、エンゲルスを落とせちゃうかも」

「マリエラさまったらご冗談を、他国の従者殿に私なんかが色仕掛けなど」

「あ、本音を言ったわね」

「うっ!」


 顔を真っ赤にしたメアリのお尻をぺちぺち叩き、お針子テントから追い出したマリエラ。愚痴を言い合える、それはお互い相手を信用しているからよと。

 信用しちゃいけない相手に愚痴を言えば、それは他者に伝わり広まって、自らの品格を下げ窮地に追い込まれることだってある。思慮深いマリエラは、それをよく知っていた。


「お風呂に入るまで演奏はなし、フローラさまから了解を頂いたわ」

「楽器が痛むものね、リズベット」

「そうそう、海水の付いた手では触れないものね、アンジー」

「それにしてもイルマって、安産型よね」

「それどう言う意味かしらセーラ」

「あら褒めたのよ」


 なんやかんや言って、それでも楽しくてしょうがない吟遊詩人ユニットの面々。水着で海水浴などしたことがなく、そーれとお針子テントを飛び出していった。


 その頃こちらは女王テント、フローラがシュバイツに水着を着せてあげていた。

 パレオを提案したのは、実はフローラだったりする。パッドで胸を盛ればシュバイツも、首で結ぶタイプのロングパレオなら隠し通せると踏んだようで。


「よしできた、似合うわよシュバイツ」

「ありがとうフローラ、君の水着姿も新鮮でいいな」

「んふふ、惚れ直した?」


 その返事をベーゼで返すシュバイツに、精霊さん達がいいねいいねとはしゃぐ。友情パワーと愛情パワーが、精霊の成長を促す栄養素。神獣さまが話していたように、人間と仲良くなった精霊は進化が早くなる。


「ところでセネラデとジブリールは?」

「軍船の建造が途中だから指示を出してくるって、さっき瞬間転移したよ。段取りが済んだら戻ってくるってさ」

「まあ残念、あの二人がいれば魚介類の買い出しをしなくて済むのに」


 そこなのかと突っ込むシュバイツと、舌先をちょろっと出して本音を隠さないフローラ。だが事実なので、お互い顔を見合わせぷくくと笑い出す。あの新鮮で豊富な品揃えは、海を知り尽くした神獣と大天使だからこそ。


「晋鄙さまとの手合わせは、もうちょっと待ってね」

「ヴォルフはもう、再戦を果たしたのか?」

「ううん、鹿狩りが終わるまで控えるようにって、貞潤さまが止めてるみたい。流刑地の下見が晋鄙さまのお役目だから、当然と言えば当然なんだけど」

「それじゃ、どこでどうやって」

「んっふっふー、やんちゃな男子をアウグスタ城の正門広場に瞬間転移」

「その手があったか!」


 だから晋鄙を下見役で連れてきたんだと、シュバイツはフローラの策士っぷりに驚いてしまう。ここは離島で左衛門府のお偉いさんが、多少席を外したところで騒ぎにはならない。


「ねえシュバイツ、あなたの意見を聞きたいのだけど」

「おう、相談事は何でも」

「海水浴も水着も、スイカ割りにビーチバレーも、どの国どの民族から生まれた文化だと思う?」

「言われてみれば……」


 古文書にはあるのだが、文化の発祥元までは記載されていない。酒類の醸造法にお料理だって、誰が体系化したのかまるで不明。この大陸の文化はいったい、どこから来たんだろうとシュバイツは考える。


「もしかして、滅亡した前人類の生き残りが伝えた」

「やっぱりそう思うでしょ、魔王城に行ってあの資料をもう一回確認しなきゃ」

「どうやって行くんだ?」

「夢でも座標はインプットされてるの、閣下はそれも込みで城を見せてくれたんだと思う。行くときは付き合ってねシュバイツ」

「魔王城に乗り込むってか、なんだかわくわくしてきた」


 そんな話しをしながら、フローラとシュバイツは女王テントから外に出る。二人の目に映るのは、軽装隊がビーチバレー、弓隊はスイカ割り、騎馬隊ときたらどこまで行くんだってくらいの遠泳をしている。


「フローラさま、シュバイツさま、かき氷のシロップは何になさいますか? イチゴと練乳、メロンに抹茶、宇治金時もありますわよ」

「ちょっとグレイデル、水着の上と下、柄が違うけど」


 キリアに怒られてしまいましたわと、頬に手を当てほうと息をつく公爵令嬢の図。あまりの大きさにシュバイツは言葉が出ず、フローラは三人娘に宇治金時をふたつご注文。このかき氷も古文書にあるけど、発祥が分からないのよねと思いつつ。

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