第118話 これをハーレムと呼ぶのかどうか

 物事の本質を見抜く心眼の、虹色に輝くアースアイ。これこそがフローラの魂に授けられた才能であり、良い意味で人たらしなのもそう。お相手は母なる大地を司る女神の誰かだろうと、ティターニアとオベロンはあたりを付けていた。


 そのフローラであるがティターニアから、玉座に座る者の証である王笏おうしゃくを賜ることに。王笏は短い儀礼用の杖で、けして武器ではない。先端には天秤が象られており、魔力効率が良いのだとか。そしてオベロンからは、翡翠色ひすいいろの六芒星ペンダントを頂いた。


 精霊女王と精霊王の加護を授かったわけだが、逆を言えば種子をもらうための報酬を前渡しされたようなもの。シュバイツと同じで魂ぐるぐるは確定事項、何回当たるまで付き合わされる事やら。更にルシフェルもとなれば、軽いめまいを感じてしまうフローラである。


「天使ちゃんがリリエルで、悪魔ちゃんがエルドラですか。どちらも良い響きの名前ですね、フローラさま」

「シュバイツと一緒に考えたのよ、グレイデル。これからも仲良くしてあげてね」


 もちろんですと頷くグレイデルだが、あれは放っておいてよろしいのでしょうかと呆れちゃってる。何の話しかと言えばテーブルを挟んで、セネラデとジブリールを受け入れたシュバイツが、二人からキス攻めにされてる光景だったりして。


「霊的存在に嫉妬したってしょうがないもの、グレイデル」

「もう悟りを開いていらっしゃるのですね、フローラさま」

「まあそういうこと、早くシュバイツと結婚したいな。ラーニエから教わった秘技、色々試してみたい」

「ぶふぉっ」


 女王テントでお茶を楽しんでいるさなか、グレイデルは大聖女の問題発言に思わず吹きだしてしまった。伯母となる移動遊郭の経営者さん、姪っ子に何を教え込んでいるのやら。どんな技ですかとミリアにリシュルが食い付いちゃって、あなた達はとグレイデルはハンカチで顔を拭う。


「グレイデルさまも聞きたいとは思いませんか? ねえミリア」

「リシュルの言う通りです、ヴォルフさまとの愛情が更に深まるかもですよ」

「それはまあ……知りたくないことも……ないけど」


 結局はフローラから娼婦の高等テクニックを、ほうほうふむふむと聞き入ってしまうこの三人。アンナがここにいたら雷が落ちると思われがちだが、殿方の心を掴む件に関してメイド長は怒ったりしない。女の武器を使える場面では使え、それが王侯貴族の女子教育だからだ。


「あの、俺がここにいるのは完全無視なのか? フローラ」

「こんど一緒にお風呂入った時、スペシャルサービスしてあげるねシュバイツ」

「お、おう。嬉しいような、いや何か違うような、複雑な気分」

「そんな技があるとはな、ジブリールよ」

「さすが人間界、子孫を残す技術が豊富なのですね、セネラデ」


 ならば四人でお風呂に入りましょうかと、神獣と大天使は言い出しちゃう。心身共にその気になってもらわないと、魂ぐるぐるはうまくいかないんだそうで。当たりを引くためには手段を選ばないと、セネラデとジブリールは平然と言ってのける。その発言にシュバイツは石像と化し、グレイデルとミリアにリシュルがうひゃあと、両頬に手を当て体をくねくね。


 けれどフローラは、遙か斜め上のことを考えていた。ティターニアとオベロンにルシフェルとも、一緒にお風呂入ることになるのかしらと。つまりフローラ組とシュバイツ組の合同混浴、無きにしも非ずだ。これもハーレムと呼ぶのかどうか、お茶をずずっとすすりクッキーに手を伸ばす。


「ところでフローラ、グレイデル、心の準備は出来ているのであろうな」

「それって……どう言う意味かしら?」

「教えて下さい、セネラデさま」


 おやまあと、顔を見合わせる神獣と大天使のお二人さん。耳の穴をかっぽじってよく聞けと、神獣さまがシュバイツに回していた手を離し人差し指を立てる。


「人間と仲良くなった霊的存在はな、進化が早くなるのだフローラよ」

「うん」

「つまり両性具有の雌雄同体となって、好きになった人間との子供を欲しがるようになる」

「うんう……まさか!」

「そなたもグレイデルも、そしてあの三人娘も、もしかしたらキリアも、絆を結んだ精霊から求められるはず。精霊に愛されるとはそういうこと、四属性を揃えているならちょっとしたハーレムじゃな」


 フローラの手から、半分かじったクッキーがぽとりと落ちた。グレイデルもぽかんと口を開けたまま固まってしまい、まるで魂が抜けたよう。言われてみればそうかもと、シュバイツがどうなんだと精霊さん達に尋ねてみる。


「フローラの子供、欲しいよね青龍」

「もちろんよ白虎、最低でも二人は当てて欲しいな」

「いやいや三人は産みたいぞ、朱雀はどうだ」

「玄武に同意、フローラに種子を望む」


 グレイデルの精霊さん達も似たような会話をしており、セネラデとジブリールがほらねと破顔する。天使も精霊も悪魔も、大分類として精霊にひとくくり。その『精霊に愛された女の子』が聖女なんじゃと、セネラデは再びシュバイツの腰に手を回す。


「もうひとつ話しておかなきゃいけないわね、フローラ」

「なあに? ジブリール」

「大好きになった女の子の」

「うん」

「夫になる男子の種子も欲しがる場合があるの」

「へ?」


 そうなのと尋ねるフローラに、精霊さん達がうんうんと頷いている。


「シュバイツの種子も欲しいよね、白虎」

「んふう、彼とも魂の交わりをしたいわ青龍」

「当然であるな、玄武よ」

「いかにもだ朱雀、子孫を多く残す数千年に一度のチャンス」


 いやいやお前たち本気なのかと焦るシュバイツだが、私たちのこと嫌いなの? と詰め寄られてあえなく撃沈。それってヴォルフにジャンとヤレル、ケバブにも当てはまるのではと、ミリアとリシュルの思念が飛び交う。


「戻りましたフローラさま、って……雰囲気おかしくないですか?」

「あはは、何でもないのよアリーゼ、アモンとマモンの様子はどうだった?」

「デュナミス隊長もアーロン隊長も、口説かれたと言うか押し切られました、フローラさま。干渉はしないようにと、軍団内では不文律が出来つつあります」

「ならいいわ、一緒にお茶を楽しみましょう、座って座って」


 その頃こちらはゲオルクの救護用テント。

 デュナミスとアーロンが、盛大なため息を吐いていた。二人の腕には天秤を象ったブレスレットが、つまりヒュドラの加護を授かったわけだ。だがこの様子だと明らかにごり押し、ゲオルクがご愁傷さまと笑う。


「ゲオルク先生は、割り切れたのですか?」

「私は君たちのように悩まなかったよ、アーロン隊長」


 俺はそんな簡単には割り切れないなと、デュナミスがぶどう酒を口に含む。そこへ魔族のお姉さんが、行事用テントでもらったわと皿を手にふよふよ。見ればニンニクとニラの醤油漬けにレバー串、三人娘の策略もとい気遣いのようで。


「そんな事で悩んでたの? 出来た子を引き取って、育てる義務が生じるわけじゃなし。家族に打ち明ける必要もないわ、胸に仕舞っておけばいいの。そもそも精霊の寵愛を受けるって、人間にとっては名誉なことよ」


 そんなもんですかねと、弓隊長の二人はレバー串に手を伸ばす。ちなみに軍団は情報伝達が早い、色恋沙汰に限っては。デュナミスがアモンと、アーロンがマモンと、くっ付いたのはもう知れ渡っていた。


「ところで二人とも、加護は試してみたのかしら」

「え? 何か聞いてるかデュナミス」

「いや、特に教えてもらってないぞアーロン」


 なら教えてあげるとリャナンシーは、レバー串をはむっと頬張る。ニンニクはやっぱり苦手なようで、手を出さないところは変わってない。魔王クラスに進化すれば克服するらしいが、果たしてゲオルクはそれまで生きているだろうか。


「あなた達が放つ矢は気を込めると、どんな厚い装甲でも貫通するわよ」

「なっ!」

「おいおい!」

「そんな性質の加護だから、ヒュドラは弓の名手に惹かれるわけ。きっと以前から狙ってたんでしょうね、デュナミスとアーロンを」


 エレメンタル宮殿で開催される酒宴の連絡役で、ヒュドラはよく女王テントにやってくる。その時は省エネモードで手のひらサイズだから、デュナミスもアーロンもぴんと来ないのだ。小っこい双頭のドラゴンと、ヒューマンモードのきれいなお姉さんとが。


「アーロン、あそこの岩」

「分かったデュナミス、一射入魂」


 救護用テントから出た二人は、海面から顔を出している岩に弓を構えた。

 気合いを入れれば入れるほど、番えた矢が白く光りその光度を増していく。何が始まるのかと、兵站部隊の隊員たちと仙観宮の面々が、固唾を呑んで見守る。


 放たれた矢は一直線に突き進み岩に吸い込まれたが、なんと次の瞬間粉砕したではないか。ゲオルクがこれは驚いたなと舌を巻き、見物していた者たちからも感嘆の息が上がる。


「弓の道を究めた達人だからこそ、可能になるのよゲオルク。未熟な弓使いだと、ああはいかないわ」

「なあリャナンシー」

「なあに?」

「私も君の魔力の触媒となり、何か出来るのだろうか」


 治療法や治療薬に関する知識と才能を与える、それがリャナンシーの加護である。ならば聖女たちのように、魔法を撃てるんだろうかとゲオルクは思ったのだ。


「私の専用スキルなら男性でも使えるわよ、でも教えてあげない」

「それは、なぜだ?」

「男が使うと生命力がごりごり削られるの。長生きしてちょうだいゲオルク、私のために」


 これ以上は聞かないでと言わんばかりのリャナンシーに、ベーゼ口づけで唇を塞がれちゃったゲオルク。愛されていると分かっていても一発くらいは撃ってみたい、そんな欲求が湧いてくるところは研究者であった。


 夜になって女王テントに、勇んで集まった隊長たち。夕食を共にしながら鹿狩り大会と、罪人の住居地に関する打ち合わせだ。

 メニューが海鮮丼なのは、セネラデとジブリールが海に潜り集めて来るから。このお二人さんノーマルモードにも二段階あって、人魚の姿にもなれるんだそうで。魚の群れは渦潮を起こしてぐるぐる回して、一網打尽とかなんとか。


「タイ・スズキ・カンパチ・イサキ・メバル・ハマチ・カツオ・これはビンチョウマグロかしら? 魚種が豊富ね、桂林」

「多すぎて全部乗り切らないのです、フローラさま。お代わりして頂ければ他にも、マイワシ・マアジ・ヤリイカ・サワラ・マダコ・クルマエビもご賞味いただけます」


 指折り数える桂林に「なんですとー」と、箸を動かしがっぽがっぽと頬張る隊長たち。ちょっとこの人たち、打ち合わせは二の次になってるね。

 それよりもフローラは切り身を食べただけで、魚種を当てるから味覚はそうとうなもの。丼のてっぺんに、ワサビがてんこ盛りなのは恒例行事だけど。


「見ていたぞ、鹿狩りの優勝争いはデュナミス隊長とアーロン隊長になりそうだな」

「それがゲルハルト卿、そうもいかないのですよ」

「どうしてかね? デュナミス隊長」

「気の入れ方に注意しないとな、アーロン」

「割りと調整が微妙で、狙った鹿を粉砕しちゃうかもしれんな、デュナミス」


 貫通で止める加減が難しいらしく、二人は四苦八苦してるんだとか。達人だからこその悩みだが、なるほどそれは厄介だなとゲルハルトがあら汁をすする。

 鹿を粉砕したら保存食に出来ず、その場合はどうするんだと、重装のアレス隊長がガリを頬張った。もちろん仕留めた頭数にカウントしませんよと、キリアがばっさり切り捨てたりして。

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