第117話 前世で授かった才能
ひょうたん島に到着したフローラ軍は、砂浜に野営の準備を始めていた。大聖女の空中移動が初体験だった、紫麗と四夫人に加え、蘭と葵に椿が放心状態。なんせ半月荘までは瞬間転移、そこから島までは音速飛行だったわけだ。貞潤と髙輝に晋鄙もぽけっとしており、再起動には時間がかかりそう。
「ちょっと聞いていいか? アモン、マモン」
「なんだいダーシュ」
「答えられることなら」
弓隊の設営を手伝う精霊界のお偉いさんに、わんこ精霊が疑問を投げかけた。「ずっと人の姿でいて、疲れないのか」と。するとヒューマンモードの双子は、疲れるよとあっさり返してきた。セネラデとジブリールは人間界に順応しているけど、自分らはまだ完全じゃないのだとか。
「本当に疲れたら、ヒュドラの姿で小さくなってればいいしな、アモン」
「精霊界に戻ればすぐ回復するしな、マモン」
「なるほど、魔法は行使できるのか?」
「竜に進化した時点で、普通に使えるぞダーシュ」
「アモンの言う通り、人間を触媒にしなくとも発動できる」
重量物を軽々と運ぶアモンとマモンに、ほうほうとダーシュは感心しきり。リャナンシーはサキュバスの頃から、男性の精気を吸うことで姿を維持している。霊的存在が人間界に長く滞在するには、やはり親指サイズってことなんだろう。
その点ダーシュは人間界の出身だから、順応もへったくれもないわけだ。異界から魔素を取り込むのがまだ未熟ゆえ、ヒューマンモードでは疲れるのだと双子姉妹は教えてくれた。
「俺も進化を続ければ、雌雄同体になるのだろうか」
「もちろんだとも、私は元々男型で、アモンは女型だった」
そうなのかと驚くダーシュに、女言葉も使えるようになっておきなさいとアモンが言い、マモンがそうそうとウィンクを送る。それでどっちがデュナミス隊長、どっちがアーロン隊長なんだと、突っ込むわんこ精霊。キリアと三人娘から聞いといてねって、お願いされちゃったのである。
その頃フローラはと言えばシュバイツとゲオルクを連れ、エレメンタル宮殿にジャンプしていた。ゲオルクも同行させたのは、桃源郷の桃を食べさせなきゃまずいと思ったから。キリアもそうだけど、まだまだ元気でいて欲しいのだ。
「そなたがゲオルクか、あの魔族に好かれるとは人生最大の幸運ですね」
「幸運……なのですか? ティターニアさま」
「知識は死と供に失われるけれど、授かった才能は魂に引き継がれます。あなたは来世でも、薬師を兼ねる名医として活躍することでしょう」
貴賓室のテーブルで主人席に座る精霊女王は、桃を頬張るゲオルクに目を細めた。
精霊界の特産である桃は寿命を僅かに延長してくれる上、食いだめができる優れ物だ。これもワイバーンと同じく、人間に与えるのは神々にナイショ。それだけ大魔王も精霊女王も精霊王も、フローラと彼女の軍団に期待してるってこと。
「閣下の希望で次は、酒場での宴会みたいになっちゃうけど、それでいいかしら」
「変わった趣向だけど面白そうだね、フローラ。僕は構わないよ、ティターニアのご意見は?」
「もちろん賛成よオベロン。万事お任せするわ、フローラ」
二人とも居酒屋パーティーに乗り気のごようす。
壁際に控えている側仕えの精霊たちもわくわくてかてか、無礼講で同席出来ると聞いたからなんだけど。この人たちはと苦笑しつつ、フローラは三人娘にお品書きの相談ねと、人差し指を顎に当てた。揚げ出し豆腐や茄子田楽、豚のキムチ冷しゃぶに炙ったエイヒレなんかも、欲しいわねと頭に思い浮かべる。自分も食べたいからなんだけど、そこはご愛敬ってことで。
「ところで側近のヒュドラ、預かってていいのか? ティターニア」
「迷惑でなければ置いてあげて、シュバイツ。私たち霊的な存在はね」
「おう」
「人間に恋心を抱くなんて珍しいことだから」
「おうおう」
「例え側近でも、見守る主義なの」
「言い換えると放任ってやつか」
そうとも言うとオベロンが、フローラの持参したハバネロ粉末たっぷりのポテトチップスをひょいぱく。胡椒や唐辛子は一日三個までが精霊界ルールだが、調理されたものはノーカウント扱い。そう決めたのはもちろんティターニアなんだけど、これも神々は知らないであろう。
「ところでシュバイツ、セネラデとジブリールから求愛されているようね」
「ぎくっ!」
「受け入れなさい、あなたの魂にも神獣と大天使から授かる才能が宿るわ」
「簡単に言ってくれるんだな、ティターニア」
「あの二人は難易度が高いのよ、よく引っかけたわね」
「そ、そうなのか? いや引っかけたつもりはないんだけど」
困惑する女装男子によく聞きなさいと、ティターニアはテーブルをぺしぺし叩く。落とすのが難しいからこそ、好きになった人間には尽くすタイプなのよと。新たな千年王国を築くのにこれほど頼もしい助っ人はおらず、天秤の傾きは違えど大精霊二人なんだからと力説する。
「セネラデとジブリールに、あなたの種子を与えなさい。そうしたらあの二人はけして悪いようにはしない、あなたを最大限に守り、助力を惜しまないでしょう」
「わ、分かったよティターニア」
「そしてフローラ、ちょっとフローラ」
「……はい?」
冷や奴に枝豆も鉄板よねと、意識がそっちに向いて話しを聞いていなかったフローラ。相変わらず面白い子だなと、オベロンがによによしている。
「あなたの瞳、虹色のアースアイに輝く時があるでしょう。それは前世で神霊から授かった才能なの、相手は誰か分からないけど」
「うっそ!」
「本当だよフローラ、君は前世で僕らと変わらない神霊の寵愛を受けた。そうだよねティターニア」
「オベロンの言う通り、あなたの種子から生まれた霊的存在が、どこかにいるかもしれないわ。天使か精霊か悪魔か、知りたかったらアクセプトを使ってみることね」
「うひっ!」
そこで相談なんだけどとティターニアは、テーブルに肘を突き手を組んで真顔になった。まさかと顔を引きつらせるフローラだけど、そのまさかであった。
「私とオベロンにも、あなたの種子をちょうだい。もしルシフェルからお願いされたら、そっちも断っちゃだめよ」
「どうして? ティターニア」
「あなたもシュバイツも、人間として輪廻転生を繰り返す道を選んでる。授かった才能は転生した先で、必ずその身を助けることでしょう。人間界に終末が訪れないよう人類を導く、
既にフローラとシュバイツは、その関係になっているとオベロンがハバネロポテトチップスをぽりぽり。だから考えておいてねと、にっこり微笑む精霊女王さま。こりゃフローラ、逃げ道はないっぽい。
「でもフローラの子供がいるなら、探してみたいかも」
「それ本気で言ってる? シュバイツ」
「もし精霊なら、ここでアクセプトを使えばすぐ分かるよな」
やってみたらとティターニアが微笑み、赤い糸の先は側仕えの精霊に追いかけさせるからとオベロンまで。そこまで言うならとフローラはスペルを発動させ、額から血縁関係を調べる糸を出す。するとそれは意外と言うか、とっても近いところに。
「ええええ!!」
なんとそれは、天使ちゃんと悪魔ちゃんに繋がったのだ。霊的存在は長命ゆえ人間と違い、成長速度がとっても遅い。そう簡単には懐かない子天使と子悪魔が、フローラを自然と慕うのはお母ちゃんだったからというオチ。
「あは、あはははは」
「だいじょぶか? フローラ」
「ごめんシュバイツ、心の整理が」
「くぴぴくぴぴ」
「くぴぴっぴー」
「うんうん、改めてよろしくね」
天使ちゃんと悪魔ちゃんの頭を撫でるフローラに、ティターニアとオベロンは驚きを隠せないでいた。なぜならば同一種族じゃなく、別種族の子供だから。それで二人だけってことは、関係を結んだ神霊は一体のはずと。
「種族をランダムに産める、特別な神霊ってことになるかな、ティターニア」
「それしか考えられないわね……ううん待ってオベロン、神々の誰かって可能性も」
この会話は直通の思念で、フローラ達には聞こえていない。あの子は前世でどうやって、誰の寵愛を受けたのだろうと二人は顔を見合わせ首を捻る。
ルシフェルが一度だけ人類にチャンスをと神々に進言した時、巫女として選ばれた魂がある。それがローレンの聖女であり、初代女王ヘレンツィアだ。巫女となるため神と交わったはずで、フローラがヘレンツィアの生まれ変わりであるならば、辻褄が合うと二人は思念を交わし合う。
「この子たち、名前ってあるのかしら」
「フローラが付けちゃっても、いーんじゃないかな」
「シュバイツも一緒に考えてね、可愛い名前がいいな」
そんな二人を前にして、頬を緩めるティターニアとオベロン。絶対にフローラから種子をもらおうと、改めて欲求がふつふつ湧いたっぽい。
フローラに似たのなら、お稽古事の脱走常習犯になるんだろうか。なんてことは間違っても口にしないシュバイツ。そこへゲオルクが桃を手に、そのスペル私にもお願いできませんかと身を乗り出した。リャナンシーとの間に出来た子の、顔が見たいんだそうな。
「牡蠣を生で、食べるなら」
「殻をきれいに掃除しよ」
「意外と汚れが付いてるの」
「そーれしゅっしゅしゅ」
「しゅっしゅしゅ」
「しゅっしゅしゅっしゅー」
三人娘と糧食チームが、牡蠣の殻にブラシをかけ汚れを落としている。真牡蠣の旬は冬だけど、岩牡蠣の旬は夏となる。殻を開けてお醤油を一滴たらし、ちゅるっと食べたらもう、お酒が止まらなくなるんだこれがまた。
殻に口を当てるから、それで軽く汚れを落としているわけ。鮮度が命だから直ぐ食べましょうと、みんなして下処理をしていく。案の定ラーニエとスワンが、行事用テントから離れない。
どうして岩牡蠣がそんなにあるのかと言えば――。
「シュバイツはどこにいるのかしら、グレイデル」
「フローラさまとエレメンタル宮殿に行きましたわ、ジブリールさま」
「ならば待たせてもらおう、ジブリールよ」
「そうですわね、セネラデ。色よい返事を聞かせてもらわないと」
岩牡蠣はこの二人が、お土産に持ってきたものだった。
これはシュバイツもフローラと同様、逃げ道はないっぽい。ただし非常にまずいとグレイデルが、女装時のシュバイツはシュバエルと呼んで下さいって、二人に事情を説明する。
「女装しててもシュバイツはシュバイツじゃからな、ジブリールよ」
「そうですわねセネラデ、そもそも私たちは両性具有の雌雄同体。お相手の性別や女装趣味なんて、関係ありませんもの」
「いえいえいえ、だから島にいる間はシュバエルって呼んで下さいと」
そこへリャナンシーが、この岩牡蠣おいしいねとテーブルにやって来た。アモンとマモンもなんだ来てたのかと、盛られた皿を手に来ちゃったよ。うわこの人たちにも呼び方を徹底させなきゃと、青くなるグレイデル。少し離れたテーブルで紫麗と四夫人が、岩牡蠣を美味しそうに食べてますはい。
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