第109話 卵は卵でも

 ダーシュのおかげで謀反の主犯格は、右大臣の猿於期えんおきと確定している。だが如何せん証拠がないため、ふん縛ることが出来ずにいた。司馬一族の間者が捜査に当たっているが、そう簡単には尻尾を出してくれない。


「ダーシュの目撃証言じゃだめなのかな、フローラ」

「精霊は見てましたって? シュバイツ」


 ここは翌朝の女王テント、ウバ茶が持つメントール系の爽やかな香りが漂う。

 果たして教会は証言として採用するかしらと、ミリアとリシュルが難しそうな顔で紅茶を並べた。その場合はダーシュが精霊であることを、教会に証明しなければならない。その犬は魔物だろうと於期が反論し、すっとぼけたらそれまでだ。


 何だそりゃふざけんな、ヒノカグツチになって燃やすぞと、わんこ精霊は憤慨するだろう。けれどフローラとしては、まだ正体を隠して欲しいと言う。八省にどれだけ裏切り者がいるか、探るにはダーシュが適任だからだ。


「実際に髙輝さまと買い出しチームが、襲撃されてますのにね、シュバイツさま」

「ゼブラと連んでるのが分かってるんだ、ばっさり切り捨てたい気分だよアリーゼ」

「同感です、魔物信仰に加担したならば、教会の裁きで死罪は確定ですし」

「いずれその時が来るわ、当面ダーシュはローレン王国軍の軍用犬ってことで、このまま通しましょう」


 毎度のことだが行事用テントで、わんこ精霊は聞き耳を立てていた。フローラがそう決めたならいいぜと、朝ご飯の牛丼特盛りをわふわふ。精霊化してから口にできない食材は無くなり、七味唐辛子たっぷりのリクエストも忘れない。


「紅ショウガを山と盛る人はいるけどね、イオラ」

「七味で真っ赤なのはね、ルディ」

「わんこと思っちゃだめなのよ二人とも、わんこと思っちゃ」


 そう言って笑うカレンがはいどうぞと、厚焼き卵の皿をダーシュの前に置く。ありがとなって思念にも、すっかり慣れたスティルルーム・メイドの三人である。長椅子でキリアの隣にちょんと座り、テーブルに置かれたご飯を行儀よく食べる姿が微笑ましい。

   

「アウグスタ城へ行くのか? キリア」

「斬岩剣を鍛えるところはさすがに見せられないもの、ダーシュ。それに貞潤王と髙輝さまも、欲しいと言い出しちゃって」

「まあ……武人としては欲しいだろうな」

「結局は断れず、三本打つことになったのよ。それでクロムを取りに行くついでに、向こうで錬成しようって話しになったわけ」


 ラビス王国へ向かったグラーマン商会の商隊、その第一陣が首都ヘレンツィアに戻っていた。騎馬隊員の剣を打ち直しできたのも、素材となるクロムが手に入ったからだ。ところで追加の二本はタダじゃないよなと、ダーシュが厚焼き卵を頬張りながらによによ。


「んふふ、フローラさまですもの、条件はきっちり付けたわよ」

「ほうほう」

「貞潤王を法王領へ連れてって、パウロⅢ世に謁見してもらう約束をね」

「ずいぶんとまた、思い切ったことを」

「ミン王国を帝国にするための、布石に違いないわ」

「なるほど、製法が秘匿されてる剣二本で済むなら、安いもんだな」


 そう言う事よと笑みを浮かべ、キリアは箸をちょんちょん縦に振る。人を気持ち良く動かしてしまう、それも大聖女が持つ魅力のひとつだわと。


 そこへゲルハルトと従者のリーベルトが、お盆を手におはようとやって来た。見れば二人とも牛丼特盛りに、野菜のかき揚げ天ぷらそば。しかも牛丼はぎょく乗せ、朝からよく入るものだと、思わず笑ってしまうキリアとダーシュである。


 そのリーベルトだが、並ぶ兵士らに牛丼をよそってあげているスワンから、目が離せないっぽい。立派な騎士になることを条件に、婚約した経緯があるもんね。まずは体作りですと、つゆだくにしてもらった牛丼をわしわし頬張りはじめる。

 少し身長が伸びたかしらと目線を送るキリアに、伸びてるぞと同じく目線で返すゲルハルト。スワンよりも背が高くなる日は、そう遠くないのかもしれない。


「それでミン王国の鍛冶工房はどうだったんだい? ケバブ」

「何て言ったらいいのかな、鋼を鍛える技術が千年前から止まってるんですよ、シュバイツさま」

「大陸の東へ行けば行くほど、錬成技術が古いって、英夏さまも仰ってましたね」

「英夏さまはその情報を、どこで仕入れたのかしら? ディアス」


 アリーゼの問いにそれがですねと、ディアスは人差し指で頬をぽりぽりとかいた。

 英夏もひとかどの武人、各国の商隊が半月荘を訪れるため、いつも剣を購入していたそうな。強度を試すため岩に打ち付ける、まあ壊すために買うようなものだ。 

 結果を見て以前から危機感は抱いていたらしく、そこへキリアの商隊が訪れたってわけ。西大陸で一般的に使われている剣の強度を見て、彼が受けた衝撃は大きかったらしい。


 朝食を終えたフローラ達が、そんな話しをしながら馬車に乗り込む。アウグスタ城へ行くのはケバブとディアスにキリア組で、フローラにシュバイツとアリーゼは別行動だ。フローラいわく、個人的に行きたいところがあるんだとか。


「半月荘の湾へ注ぐ川にも、良質の砂鉄はあるのよね、ケバブ」

「はいフローラさま、試しに採取しましたが品質に問題はないです」


 ふむと頷きフローラは、馬車を天高く上昇させていく。また何か考えがあるのだなと、御者台で隣に座るシュバイツがわくわくしている。


「先の話になるけれど、ケバブとディアスを半月荘に派遣するかも」

「もしかして、剣の錬成法を職人へ伝授するためか?」

「そうよシュバイツ、半月荘を鍛冶の拠点にしたらどうかと思って。最初は武器生産になるけど、ゆくゆくは平和利用で包丁とか農機具とか」


 それならば喜んでと、ケバブとディアスは頷き合う。

 英夏は備蓄を開放してもらうため、貞潤王に働きかけてくれた功労者だ。これくらいの見返りはあって然るべきと、フローラは転移の門を開いた。その時はケバブもディアスもパートナーを連れてっていいわよと、悪戯っぽく笑い首都ヘレンツィアの空へ出る。


「俺とシェリーにとっては新婚旅行みたいなもんかな」

「ディアスはそうだろうけど、俺の場合は樹里のお里帰りだからな」


 いいじゃないのと、アリーゼがケバブの背中をぺしぺし叩く。これから出産とか子育てとか、母親に相談したい時が必ず来るのだからと真顔。そしてフローラがシュタインブルク家の後継者を産んだ時、あなた方の子供が良き遊び相手になるのですと微笑んだ。


「お待ちしておりましたフローラさま、これをどうぞ」

「わあ! 用意してくれてたんだ、アンナありがとう!!」


 鍛冶工房へ向かったケバブとディアスを見送り、執務室へ行ったらアンナが花束を抱え待っていた。感極まったのかフローラが、アンナをぎゅうっと抱きしめる。話しについて行けないシュバイツとアリーゼが、ぽかんと口を開けちゃった。


「今日は先代女王、テレジアさまの命日なのです、シュバイツさま」


 フローラにぎゅうされ、へにゃりと笑うアンナが説明してくれた。そっか墓参りだったんだと、合点がいったシュバイツとアリーゼである。

 王墓はディッシュ湾が一望できる丘の上にあり、既に城の使用人たちが集まり歓談していた。お墓参りと言うよりはピクニックで、みんな思い思いにぶどう酒を飲んだり、サンドイッチを頬張ったりしている。


「一応は王墓と呼んでるけど、ここにあるのは石塔だけなのよシュバイツ」

「亡骸はどうしてるんだい?」


 石塔の台座に花束を置き、胸の前で十字を切ったフローラ。彼女に倣い十字を切ったシュバイツが、そもそも教会墓地ではない場所だと思い当たる。


「シュタインブルク家はね、火葬してから遺骨をディッシュ湾に撒く海洋葬なの。だから石塔の下に玄室とか、そういったものは無いのよ」

「海に還る……か、悪くない。俺もそうしてもらおうかな」

「セネラデにお願いしてあるんだけど、あなたの分も予約しといてあげよっか」


 ぜひそうしてくれと頷くシュバイツに、澄んだ瞳で微笑む大聖女さま。そこへケイオスがこちらへどうぞとテーブルに案内する。場に重い空気は無く、命日は使用人の慰労会なんだろうなとアリーゼが目を細めた。


 この日はメイド長のアンナも、ハウスキーパーのクララも、お堅い事は言わない。お料理と給仕はグランシェフのジェブスが、お店の使用人総出でやってくれる。三人娘とお料理対決をして、負けちゃった宮廷料理人ね。


「宮廷料理も、ミン王国では受けるかもな」

「んふふ、そうかもね。あっ……」

「どした?」

「セネラデとジブリールもいるわ、ちゃっかりしてるわね」

「ほんとだ、ブイヤベースにご執心ってやつかな」


 獲れたての新鮮な魚介類を、香辛料と一緒に鍋で煮込むのがブイヤベースだ。三人娘の魚介料理とは方向性が違うけれど、これはこれでおつな帝国西海岸の味。酒場のメニューには無いので、セネラデもジブリールも夢中になってはむはむしてる。


 そこに突然、フローラの手鏡がぷるぷると鳴動した。開いてみればグレイデルで、開口一番に重大なご報告がと深刻な表情である。その後ろにはヴォルフと隊長たちも集まっており、すわ敵襲かと構える二人とアリーゼ。


「私のワイバーン、グレオなんですが」

「うん」

「朝から座ったまま動かないなと思ってましたら」

「うんうん」

「卵を三つ産んでました」

「……ごめんグレイデル、もう一回」

「ですから産卵したと」


 有精卵なのかと思わず尋ねるシュバイツに、んなもん知るかとヴォルフの呆れ声が聞こえて来る。重要なのはそこじゃなくて、ちょっと目を離した隙に卵を盗まれたんだよと、ラーニエがぷんすかぴーのお怒りモード。


「あわわ、ただでさえもセンシティブなこけっこ問題なのに。神さまから返せって言われたらどうしよう、グレイデル」

「落ち着いて下さいフローラさま、卵一個がチャーハン百人前です。食用目的で無いのは明らか、何としてでも見つけ出しましょう」

「そ、そうよね、神さまから監督不行き届きを問われる前に、見つけ出さないと」


 でもどうやって探せばと、手鏡を通して首脳陣がどん詰まり。

 こんな時はあれだなと、シュバイツは席を立ちブイヤベースの鍋に足を向ける。相談する相手はもちろん、神獣セネラデと大天使ジブリールだ。


「その話しを私の耳に入れたらまずいかもと、思わなかったのですか? ヤコブの子孫よ。私は法側の存在、神に報告するかもしれないのですよ」

「おれは嘘や隠し事が出来ない性分でね、すぐ顔に出ちゃうから。今はフローラの役に立ちたいんだ、卵を見つけ出す方法があったら教えてくれないか、ジブリール」


 フローラとは比べものにならないほどの、強烈なコアシャン威圧をシュバイツは浴びた。いつの間にかセネラデが、二人を空気ごと海底に転移させていた。放っておいたら王墓の丘が、地形を変えそうだったからだ。


「私を愚弄するというのか、シュバイツ」

「そんなつもりはない、あんたは神の使徒で原理原則に厳しい事はよく分かってる! そこを曲げてお願いしてるんだ!!」


 セネラデは何も言わず、ただ成り行きを見守っていた。シュバイツが礼拝堂で祈りを捧げる時、その言葉はいつも決まっていると思い出しながら。


 “帝国の平和を、人々に安寧を”


 シュバイツの立ち位置は武力行使の力側だが、その信仰心は民を向いており厚い。果たしてジブリールは彼に、天罰を下す事が出来るのだろうかと。

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