第82話 真っ先に向かうべきは

 休暇を終え再び法王領の首都近郊に、野営地を構えたフローラ軍。これから向かう先の優先順位を、法王パウロⅢ世と大司教ラムゼイも交え話し合うためだ。

 ちなみに大型船の建造は、首都ヘレンツィアをホームとしたセネラデが、造船ギルドの指揮を執ることに。クラウスもヘルマン王国の分をと資金を供与し、ディッシュ湾で二隻の軍船建造プロジェクトがスタートしていた。


「フローラさま、ラビス王国のクドルフ王子とプハルツ王子が、面会を求めておりますが」


 女王テント入り口の巻き布から、ヴォルフが顔を出して来客を告げる。あの双子兄弟が何の用向きかしらと、顔を見合わせるフローラとグレイデル。取りあえず外の野営テーブルでお茶会の準備をお願いと、フローラはミリアとリシュルに目配せして身支度を整えた。 


 ティースタンドにどんな軽食を並べましょうかと、ウェイティング・メイドに昇格した三人娘がごにょごにょと作戦会議を始める。軍団の三食ではメイド服に着替え、かんかかーんかん音頭は今まで通り。ただ側近として女王テントへ、詰める割合に重きが置かれたわけだ。


「人口が激減したレーバイン王国の再生案ですか、クドルフさま」

「そうなんですフローラさま、何か妙案はないかと」

「まずは一夫多妻を認めることよ」


 ええ? と兄弟は口を開け、ぽかんとしてしまう。ラビス王国は一夫一婦制で、その発想は無かったからだ。女性は受胎してから出産まで十か月かかるけれど、男性はお相手が多ければいくらでも。

 ただしそれだけの経済力と包容力が求められると、フローラも同席したグレイデルも力説する。護衛で後ろに立つアリーゼとヴォルフも、その通りとうんうん頷く。養うだけの蓄えと稼ぎのない男に、重婚する資格はないと、言葉には出さないが顔にもろ書いてある。


「父上と長兄に書簡を出そう、プハルツ」

「はい兄上、使える手はこの際だから何でも取り入れないと」


 三人娘がティースタンドは置かず、ワゴンで団重ねになっている、湯気の立ち登る蒸籠を並べていった。中華まんと焼売が各種、それに蒸し鶏とちまきが良い匂いを漂わせる。もちろん兄弟には、初体験となる東方料理だ。

 食べ方を尋ねるクドルフとプハルツに、三人娘が役者に徹し教えてあげる。女主人の側近とはかくあるべきなのねと、カレンにルディとイオラが全集中で見守っていたりして。あんたたち肩の力を抜きなよと、スワンがけらけら笑っているけど。


「失礼いたします、フローラさま。王子のお二人に、お尋ねしたい事があるのですが。もちろん失礼に当たる内容ではなく、交易に関する質問です」

「いいわよケバブ、話してみて」

「ありがとうございます、フローラさま。ラビス王国ではクロムの産出量が多いと聞き及んでおります、実際のところどうなのでしょう」


 それって確かステンレス鋼を鍛える素材だよなと、気付いたヴォルフが思念をみんなに飛ばす。ケバブがもちろんですと返し、錆びない折れない刃物を量産するのに、是非とも欲しいと口角を上げた。


「あんな不純物の混じった鉱石、持て余してるけどな、プハルツ」

「そうですね兄上、そのクロムが何か?」


 ローレン王国が買い取りますよと、速攻で畳みかけるローレン女王さま。聞き耳を立てていたわんこ聖獣……もといわんこ精霊がキリアに話し、彼女の目がきらりんと輝いたのは言うまでもない。グラーマン商会の商隊、ラビス王国への出番である。


「失礼とは存じますが、レーバイン王国を立て直すための資金、国庫は大丈夫なのでしょうか」

「いえ、それも厳しい状況なのです、フローラさま」

「ならばクロムの交易を結びましょうクドルフさま。ローレン王国として、けして悪いようには致しません」


 知らぬが仏とはこのことか、買ってもらえるなら喜んでと、話しに乗っちゃう兄弟である。もっとも製法を知るソードスミスは、ケバブと彼の実家、そしてディアスのみなんだが。うまく乗せたやりましたわねと、テーブルで思念が飛び交う。


 だがフローラは本心で持ち掛けており、けして兄弟を騙している訳じゃない。持て余してるなら買取り、錆びなくてお手入れが楽な武器や包丁を、ローレン王国に広めたいだけなのだ。それで国庫が潤いレーバイン王国の復興に役立つならば、お互いに損はないでしょうと思念で笑う。


「リシュル、キリアを呼んでもらえるかしら」

「もうここにいますけど」

「はっや!」

「フローラさまから、お声がかかるような予感がいたしまして」


 にっこにこのキリアがテーブルに着き、商談はまるっと成立したのである。言い値で買うと言ったら安すぎたので、色を付けた辺りはさすがのキリア。

 ステンレス鋼もフローラが切れる手札のひとつであり、武器錬成にも関わる重要なカードだ。いつか製法が広まれば、必ずクロムの価値は上がる。本店と各支店の空き倉庫に在庫を貯めておけばよく、何なら倉庫を増やしてもいい。やっぱりそこは商人キリア、目先の利益よりもずっと先を見ている。


「ところでその、フローラさま」

「何でしょう、プハルツさま」

「マリエラ候はその、いらっしゃらないのでしょうか」

「ルビア王国の専用テントにいるわよ、お話があるなら呼んできましょうか?」

「いえあの……その……」


 早く言えよと兄クドルフから、肘で小突かれる弟プハルツ。どうしちゃったんだろうと、顔を見合わせるフローラたち。三人娘とミリアにリシュルも、役者に徹してはいるが耳を傾ける。


「法王主催の舞踏会で」

「はい」

「お見かけして」

「はいはい」

「一目惚れしてしまいまして」

「はいは……」


 うっきゃあ! という思念が三人娘から。

 こらこらとミリアにリシュルの思念が。

 でも第三王子だから婿入りできるなとヴォルフの思念が。

 良縁ですわねとアリーゼの思念が。

 うんうん悪くないですわねとキリアの思念が。

 外見で人を判断しない殿方ですねとグレイデルの思念が。

 もう飛び交っちゃって訳わかめ状態。

 精霊さん達はラー油の小皿に集まり、ぺろぺろ舐めるのに夢中だけれど。


「父上にはローレン王国軍に参加して、帝国の世直しをしたいと書簡を送りました」

「それは表向きで、マリエラさまのお側にいたい、そういう事ですね?」

「動機が不純でしょうか、フローラさま」


 彼は三男坊で、のほほんとしている印象を受ける。しかし離宮では銀のフォークとステーキナイフを手に、マリエラの前にいたとフローラは思い出す。ワーウルフ狼人間を一体か二体は灰に変えたはずで、単なる王族のお坊ちゃまではない。


「動機は不純でも結果として行いが正しければ、私の軍団は歓迎します。でも口説くのはプハルツさま、あなた自身ですからね。そして彼女は選帝侯、命を掛けてでも守り抜く覚悟はおありでしょうか」

「もちろんです、フローラさま」


 真剣な眼差しで頷くプハルツに、再び三人娘のうっきゃあ! という思念が飛び交う。人の恋路は蜜の味と、わんこ精霊が苦笑している。身近にいる人の場合は、やきもききゅんきゅんしちゃうんだろうなと。


「キリア、ラビス王国の専用テントを用意してもらえるかしら」

「かしこまりました、フローラさま。側仕えは何名になりますか? プハルツさま」

「後ろに立っている護衛武官の従者がひとり、ご面倒をおかけします」


 これにてフローラ軍に、新たな居候が増えることに。午後から法王との打ち合わせがありますけど、同席なさいますかと尋ねるフローラ。もちろん望むところですと、兄弟はやる気満々であった。


 そんなわけでお昼時が近付き、メイド服に着替えた三人娘が行事用テントに入る。恒例のかんかかーんかん音頭が、いやがおうにも兵士たちの胃袋を刺激しちゃう。フライパンとは違う中華鍋の高度な扱いに、カレンとルディにイオラ、そして法王庁から派遣されたエイミーがむむむと見入っている。


 昼の献立は糧食チームが組んだレバニラ定食で、三人娘が高火力で一気に仕上げていく。豚レバーとピーマンにモヤシが加熱される時の、何とも嫌らしい……もとい美味しそうな匂いが漂う。 

 隣のテントではセットにハクサイ餃子も付くため、餡を皮に包むのと焼くのでおおわらわ。ご飯は炊き上がっており、わかめスープとお新香の準備は既にできている。


「あの、法王さま、打ち合わせは午後のティータイムだったはずでは」

「そう固いこと言うな、フローラよ。ローレン王国軍のスタミナ糧食が、無性に食べたくなっての、なあラムゼイよ」

「はは、まあ、そうですね」


 ラムゼイの目がフローラに申し訳ないと言ってる、全くもうこのお爺ちゃんときたらと。まあ二人とも従軍司祭の資格を持つから構わないのだが、問題は護衛の聖堂騎士たちだ。出来るかしらと思念を送るフローラに、得意な明雫がお任せ下さいと返して来た。

 レバニラ以外は肉や魚介を使っていないから、明雫は聖職者向けにメインを野菜炒めに切り替えかんかかーんかん。片栗粉でとろみを付け、ご飯が欲しくなる濃い目の中華味に仕上げる。


「これ、酒の肴にもいいわねスワン」

「清酒か老酒ですね、ラーニエさま」


 一旦大皿に盛られた野菜炒めを、勝手に試食する呑み助のお二人さん。ありゃまあとグレイデルが呆れ、でも両方食べたいなとヴォルフが混ぜっ返す。それには激しく同意とケバブがむふふと笑い、婚約者のヤレルが俺らの分もと明雫に思念を送る始末であった。


「そうか、プハルツはローレン王国軍に参入するのだな」

「はい法王さま、帝国をあるべき姿に戻す一員となる所存です」

「その心意気やよし、君に神と精霊のご加護があらんことを」


 同席するフローラとシュバイツにクラウスが、思わず吹き出しそうになる。事前に情報を共有したからで、マリエラだけお仲間が増えて嬉しいわと餃子をひょいぱく。

 でも後ろに控えているメアリは、プハルツのマリエラに対する目線で何となく勘付いたっぽい。ルビア王国の女王には相応しい殿方だから、本人に余計な事は言わないだろう。むしろ側仕えとしてプハルツを、うまく事が運ぶよう手助けするかも。


「真っ先に行ってもらいたいのは、やはり皇帝領だ、フローラよ」

「皇帝と一族の安否確認ですね、法王さま」

「さよう、皇帝が他界しておるならば、選帝侯会議を開かねばならん。そしてここに四人おるから過半数、意味は分かるな? 法王庁の総意として、ローレンの大聖女に一任したい」


 シュバイツを皇帝に担ぎ上げるから、婚約できるぞと法王は遠回しに告げたのだ。もちろんそれだけではない重要な使命だが、フローラもシュバイツも気遣いには感謝の気持ちで胸が熱くなる。


「そうそう、ラムゼイを今まで空席だった枢機卿に任命した」

「それはつまり、次期法王に決定したと?」

「わしもこの歳だからな、クラウス候。皆もそのつもりでいてくれ、心のつかえが取れて、やっと後継者を決めることが出来た」


 それはミーア派とズルニ派の対立を回避できた、そう言う意味なのだろう。隣に座るラムゼイも、神妙な顔をしている。

 ならば今夜は酒宴を開きましょうかと誘うフローラに、是非お願いしたいと即答の法王さま。この人その言葉を待ってたなと、思わず苦笑しちゃうテーブルの面々。兵士らに昼食を提供している三人娘へ、今夜は酒宴になるわよと思念を飛ばす大聖女さまであった。

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