第81話 兵士たちの休息(4)
大広間で吟遊詩人がワルツを奏でる中、意中の人と手を取り合いくるくると踊る男女たち。桂林の社交界デビューと合わせ、三人娘の婚約も発表された。正門広場の野営テーブルには、ずらりと料理が並び城の内も外も賑わっている。
「踊ろう、シュバイツ」
「おう、またリフトしてやろうか」
「んふふ、望むところよ」
法王に釘を刺されているから、まだ婚約できないフローラとシュバイツ。だが息はぴったり合っており、ローレン女王とブロガル王の優雅な舞いに、招待客から感嘆の息が漏れた。
一応断っておくがシュバイツもこの場では、男性皇族の礼装を身にまとっている。お二人は絵になりますねと執事長ケイオスが、彼の女装趣味には目をつむりましょうとメイド長アンナが、訪れる招待客と挨拶を交わしながら囁き合う。
ローレン王国は結婚適齢期の男子人口が少ないため、恋愛自由で一夫多妻を認めている。そのためアウグスタ城の舞踏会に招待されるのは、王侯貴族ばかりとは限らない。自警団幹部や各ギルドの幹部といった、首都ヘレンツィアの有力者にも招待状が送られる。子供の同伴も認められており、お菓子なんかも提供されるあたりが他国の社交界と違うところ。舞踏はそっちのけで、小っちゃい子はお菓子のテーブルから離れません。
「お招きいただき、ありがとうございますアンナさま、ケイオスさま」
「あら宿屋ギルド長、お久しぶりね」
「お子さんを紹介していただけますか」
宿屋ギルド長夫妻がアンナとケイオスに、連れてきた次男と三女を紹介する。
大広間の入り口で二人が受付係をしているのは、実は名簿を作るためなのだ。子供を同伴させるのは領民の中から、婿養子でも側室でもなんでもいいから選び、生めよ増やせよ政策の一環だから。舞踏会に有力者の子を呼ぶのは、そのお披露目も兼ねているのだ。
子宝に恵まれない貴族や、男子が生まれず娘ばかりの貴族に対する、苦肉の救済策と言える。有力者たちも貴族と親戚関係を結べるため、招待状が届けば我が子におめかしさせ、こぞって参加するわけでして。利発で婿に欲しいような男子、健康で子供をいっぱい産んでくれそうな女子、そんな子を貴族は探すのである。
ローレン王国軍の本軍に参加している、準伯爵の夫人が成人間近の男子に話しかけていた。あそこは確かひとり娘だったなとゲルハルトが、遠目で見ながらお眼鏡に適えばいいなと頬を緩めている。やがて夫人は男子の手を取りダンスフロアへ、これは決まりかしらとアリーゼも目を細めた。
「ようこそいらっしゃいました、傭兵ギルド長」
「盛況ですな、グレイデルさま。ところでその……そこにいる生き物は……」
「あは、あはは、ワイバーンといいますの。害はありませんからお気になさらず」
「コケッ」
「さ、さようですか」
ドン引きしている傭兵ギルド長と奥方だが、幼い娘は興味があるようで、空飛ぶ鶏にぺたぺた触っている。他の子供たちも集まって来てみんなが触り、何気にワイバーン大人気。どっちかって言うと子供に好かれそうな、マスコット的存在になるのかも知れない。
ところでギルドとは組合とも呼ばれ、同業者により組織された相互扶助団体と言える。領民ひとりが声を上げても、国王の耳には中々届かない。それが組合の総意となれば発言力が増し、王侯貴族は無視できなくなる。
ギルドはそれだけでなく組合員の身分を保証し、仕事の斡旋や資金を融通したりもする。傭兵ギルドには生命保険の制度もあり、同業者による同業者のために組織される団体がギルドだ。
「実は組合員が数名、修行の旅に出たいと申しておりましてな、グレイデルさま」
「国外遠征の書類を提出して下されば、傭兵なら直ぐに通行手形が発行されますわ」
「有り難い、日を改めて伺いますので、その節はどうぞよしなに」
ギルドが組合員の身分を保障するから、国王が許可すれば通行手形が発行される。キリアのグラーマン商会もその通行手形で、大陸全土に商隊を派遣できるわけだ。ローレン王国を含む大国や法王庁は、審査が比較的ゆるいと言えるだろう。
ところがぎっちょん、貧乏な国はそうもいかない。外貨を稼いでくる商人や傭兵以外は、そう簡単に発行しないのだ。領民が国外へ流出してしまうからで、新婚旅行だと言っても農民や漁民に技能職人だと、首を縦に振らないのが実情である。
「いやあ、踊った踊った、グレイデルもヴォルフと行ってきたら?」
「そうさせていただきますわ、フローラさま」
会場の大広間から外に出て、野営地の貴賓席に向かうフローラとシュバイツ。ふと見ればマリエラ姫が、わんこ聖獣を誘っていた。法王主催の舞踏会で一度踊っているから、彼女としては安心感があるのだろう。
本人は
「伯父上は何を飲んでらっしゃるのかしら」
「ジビエ料理と言えば、やはりぶどう酒だなフローラ」
貴賓席では既にクラウス候とラーニエが、杯を手に談笑していた。そこにちゃっかり海龍セネラデも、混じっていたりして。記章のバッジにも金銀銅と三段階あって、彼女は金の名誉市民だからオッケーなんだけど。
今まで金を授与されたのは伯父であるクラウス候くらいだが、新たにラーニエとマリエラにもフローラは渡していた。もう友人と思っているから、アウグスタ城へは気兼ねなく来て欲しいのだ。
「海有り国の君主が二人揃ったところで、私からひとつ提案があるのだが」
「どんなお話しかしら、セネラデ」
「高位精霊さまの提案なら興味がある、ぜひ聞かせてくれ」
「大型船を建造せぬか? フローラ、クラウスよ」
顔を見合わせるフローラ組とクラウス組、もしかして法典にある方舟のことかと思ったのだ。終末から生き延びるよう、神に選ばれたノアの船だよなと。けれどセネラデはちょっと違うと、かりかりに焼かれた猪の骨付き肉を頬張った。豚と違って野性味あふれる味だが、醤油ダレとダイコンおろしが良い仕事をしている。
「大陸には陸路だと山脈や大河が邪魔して、軍団が行きにくい場所はけっこうある。フローラなら飛び越えられるだろうが、そもそも馬や徒歩よりも、海から回り込んだ方が手っ取り早い地域も多い」
「しかし、それだけの軍勢が乗れる造船技術など、我々には無いぞ」
「遠洋航海の商船がいいところよね、伯父上」
戸惑うクラウスとフローラに、ならば造船技術を教えて進ぜようと、神獣さまは食べ終えた骨を空き皿にことりと置いた。ノアの方舟が大洪水に耐えられる、如何に大きな船であったか見せてやろうと。
「空と海を制する者は世界を制する、海軍戦力は新たな千年王国を目指すのに必要ぞ。それと魔王に頼んで、魔界からワイバーンを分けてもらったらどうだ」
「……はい?」
「いや、おい、本気かよ」
「まさか、あたいらにも乗れってことかい?」
「人間界に存在しない生き物を、これ以上増やして良いのか? セネラデよ」
「空も制するという意味でな、クラウスよ。騎馬隊ではなく翼竜隊、その創設も視野に入れた方が良い。ミリアよすまんが、猪肉をもうひと皿頼む」
七味唐辛子はどうされますかと尋ねるミリアに、真っ赤になるほどたっぷりでとリクエストする神獣さま。よくよく聞けばこのお方、精霊界の三個ルールが嫌で人間界に移住したんだそうな。
当初は沈没船の古銭でも通用していたが、近年では使えなくなってしまい途方に暮れたいたらしい。フローラからローレン貨幣に交換してもらい、日々市場で黒胡椒と赤唐辛子を買い求め満喫しているもよう。市場で香辛料エリアの店主たちからは、もうすっかり有名人である。ふた皿目もあっという間に平らげた神獣さまは、ぶどう酒を口に含みながら、おもむろに周囲を見渡した。
「どれ、私も踊ってくるかの。そこの者ゲオルクと言ったな、一曲付き合うのだ」
「え……ええ!?」
「私に誘われたのだ、光栄に思うがよいぞ」
新メンバーとなったメイド四人と談笑していた、ゲオルクの首根っこを掴みダンスフロアーへずるずると引きずっていくセネラデ。人の姿はしていてもそこは神獣、腕力で勝とうなんて思わない方がよさそう。今日だけは正装している兵士たちが、人柱となったゲオルクに生温かい目を向けている。
「セネラデが言うのだから、荒唐無稽な話しって訳じゃなさそうだな、フローラ」
「大型船の建造と翼竜隊の創設か、ワイバーンは魔王ルシフェルと交渉になるわね、シュバイツ」
「口説けそうな相手なのかい?」
「あは、あはは、やってみないと分からないわ、ラーニエ」
筋が通らなければ、問答無用の魔王さまである。あの手のひらに集まった青白いエネルギーを、もらうのは勘弁して欲しいのだ。おそらく周辺の地形が変わる程の威力で、フローラはマジックシールドで防ぎきれないと肌で感じていた。
「リシュル、造船ギルドの組合長と幹部も来てるはずだから、アンナに聞いてここに呼んでくれるかしら」
「かしこまりました、フローラさま」
まずは大型船の建造ねと、フローラ組とクラウス組は頷き合う。敵である選帝侯三人の国は、セネラデが言う通り山脈や大河の向こう側にある。空と海を制する軍団の再編が、ここで起動するわけだ。
「ところでミハエルの軍団を、迎えに行くことは出来ないのかね? フローラよ」
「セネラデにも相談してみたんだけど、五千の本軍と伯父上の友軍一千を、私が瞬間転移させるのは無理みたい。そこまで出来るのは精霊女王ティターニアと、魔王ルシフェルくらいだって」
現状でフローラが転移出来る人員は、いま野営している軍団が精一杯とセネラデは話したそうで。成る程なと頷く、鹿のトマト煮込みを頬張るクラウスに、ぶどう酒の杯を手放さないラーニエ。シュバイツも段違いのレベルなんだなと、サラダのスライストマトにフォークを刺す。
「ラーニエさま、ぶどう酒のお代わりはいかがでしょう」
「おや気が利くねスワン、もちろん頂くよ」
ラーニエが杯を向け、スワンがデキャンタからぶどう酒を注ぐ。そう言えばこの二人はどっちも飲み助、酒豪同士で案外気が合うのかも。気心が知れ以心伝心のフローラとシュバイツが、顔を見合わせぷくくと笑う。
「フローラさま、造船ギルドの皆さんをご案内しました」
「ありがとうリシュル、さあ皆さん座って座って」
テーブルの端っこをぺちぺち叩く女王陛下に、何の話しだろうと、おっかなびっくりの造船業幹部たち。すかさず彼らにぶどう酒とお料理を、カレンとルディにイオラが笑顔で並べていく。よしよし接客は合格ねと、ミリアとリシュルがにんまりしていた。
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