第66話 ダンスのお相手

「こん……やく?」

「そうなんだ母上、宝物庫から大きめのダイヤモンドをひと粒もらうぜ」


 ここはブロガル王国の首都にある王城。

 貴賓室に案内された選帝侯の三人は、シュバイツの母クローデとご対面していた。皇族の血筋なだけあって気品があるご婦人だが、息子の要望に理解が追いついてないもよう。

 フローラは春の生まれで、誕生石はダイヤモンドになる。婚約指輪の作成をケバブがばっち来いと引き受け、シュバイツは宝石が必要になったわけだ。


「ちょちょ、ちょっと待ってお相手は誰なのシュバイツ」

「いまここにいる、ローレンの大聖女だけど」


 ぽかんと口を開け呆ける、シュバイツの母クローデ。城の執事とメイドたちもまさかと、石像になってしまい再起動には時間がかかりそう。

 そうなるわよねとフローラが眉を八の字にし、同席した修道女長シルビィラーニエとマリエラにクラウスがによによしている。護衛に就いたゲルハルトにアリーゼ、そして控えているヴォルフとグレイデルもやっぱりねって苦笑する。 


 シュバイツは法王から正式に、次期ブロガル王として認められた。そこでフローラの瞬間転移を借り、母と家臣にその報告へ来たのである。彼は母クローデを後見人とし、晴れの戴冠式に来て欲しいのだ。


 シュバイツの父エドルフは兵を動かし、法王領へ戴冠式に向かうローレン王国軍の妨害をしてしまった。そのため王位を剥奪され、三年間の禁固刑に処されている。

 シュバイツが王になれなかった場合、お家お取り潰しもあり得たブロガル王国カイザー家。クローデも家臣たちも、さぞや安堵したことであろう。

 そこへ降って湧いたような、ローレン女王との婚約ときたもんだ。国王同士がどうやったら結婚できるのかいなと、眉唾に思うのは当然かも。


「シュバイツが皇帝に? 本当ですかシルビィさま」

「事実ですわ、クローデさま。法王さまとクラウス候にマリエラ姫の同意を得て、取り決めが行なわれました」


 あたい言葉ではなく法王の使いとして、清楚に振る舞う大酒飲みの生臭尼僧。こやつ本物の役者だなと、グレイデルにヴォルフが胡乱な目を彼女に向ける。口には出さないがこれがうちの頭目ですと、アリーゼがふふんと笑う。なんやかんや言って、配下からは慕われている親分のようで。


「ああ……我が夫は何という馬鹿な事をしたのでしょう。兵を動員しなくても、息子は皇帝の座を得ますのに」


 そう嘆きがっくりと肩を落とすクローデ。執事もメイドらも、かける言葉が見つからず俯いている。もっともそれは結果論だ、あの時フローラとシュバイツがくっ付くなんて、誰も思っていなかったのだから。


「お母さま、これから末永く、よろしくお願いいたします」

「私のことを、母と呼んでくれるのですか? ローレンの大聖女さま」

「物心が付く前に実母を亡くしましたから、私はお母さまと口にしたことが一度も無いから嬉しくて。でもちょっぴり、照れちゃいますね」


 気恥ずかしそうに両手を頬に当てるフローラだけど、それは飾り気のない初々しいスペル言霊だった。思わず席を立ちクローデは、フローラを抱きしめちゃったよ。出されたティーカップの紅茶に、フローラがクローデから頬ずりされてる顔が映る。


「シュバイツ!」

「は、はい母上」

「ローレンの大聖女を泣かせたら、この私が許しませんからね!!」

「うひっ!」


 うひじゃありませんちゃんと返事しなさいなんちゃらかんちゃらと、この親子は仲が良さそうである。また宴だなとゲルハルトが、楽しみですねとヴォルフが、やっぱり東方料理がいいと頷き合う。


「絵に描いたような政略結婚で、正直に言うと私はエドルフが好きではありませんでしたの。子供は三人設けましたが、成人まで生き残ったのはシュバイツだけで」

「女に生まれた方が良かったかも、俺が子供の頃に母上はそう言いましたよね」

「よく覚えているわねシュバイツ、だってその容姿ですもの。女であれば社交界では引く手あまたで、ブイブイだろうなと思ったのよ」


 シュバイツが女装するトリガー引き金となったのは、もしや子供時代に聞いた、母親のひと言だったのではあるまいか。それが人質に出されないよう、うつけ者を演じる土台になったのかも。紅茶をすすりながら、フローラはそんな事を考える。 

 だが彼の女装癖も含めなんもかんも全部ひっくるめて、シュバイツはシュバイツだとフローラは好きになったのだ。外見ではなく魂に惹かれた、それが正直な気持ちであった。


「重ね重ねで大変恐縮なのですが、本当にこれでよろしいのですね? 大聖女さま」

「これって何だよ! 母上それちょっと酷くない?」


 憤慨するシュバイツと、家族になれて嬉しいですと微笑むフローラ。ヴォルフとグレイデルもそうだが精霊さん達は、愛情が伝わるから魔人化を発動するのだ。これこそベストカップルの証明であり、唯一無二の関係を示している。


 ルビア王国へは先に足を運んでおり、マリエラの母マチルダも後見人として、既にフローラ軍の野営地に合流済み。さあ法王領へ参りましょうと、母クローデを急かすシュバイツであった。


 ――そして夕方の法王庁、フローラ軍野営地。


「かんかかん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」


 三人娘が中華鍋を振るいながら、かんかかーんかん音頭を歌い出す。兵士たちの胃袋を刺激し、夕食への期待感を煽っちゃう。作っているのはカニ玉で、それを丼のご飯に乗っけて甘酢あんをかけるっぽい。

 ローレン王国の首都ヘレンツィアで、アカタラバガニが豊漁なんだそうで。瞬間転移が可能となり、食材には事欠かないフローラ軍である。


 あの音頭はやっぱり精神攻撃よねと笑い、キリアがブルーベリーを頬張る。だが陽の精神系だぞと、ご相伴に預かるダーシュが音頭に合わせ耳をぱたぱた。

 与えすぎは良くないが犬にとって、ブルーベリーはほんのり甘くて好きな味。猫も犬もブドウは御法度だけど、これはブドウ科ではなくツツジ科だからオッケー。

 市場で見つけたキリアが、ジャムにしようと大人買いしたのだ。ジャムは軍団にとって重要な保存食、その仕込みが兵站糧食チームのルーチンワークとなっている。


「緊張が続くわね、ダーシュ」

「いつ刺客が襲ってきてもおかしくないからな、キリア」

「ところあなたに、ひとつお願いがあるのだけど」

「どんな話だ?」

「法王主催の舞踏会で」

「うん」

「マリエラ姫の」

「うんうん」

「パートナーになってくれないかしら」

「うんう……はあ?」

「身分はローレン王国の貴族、大聖女さまの側近ってことにして」


 犬にだって表情はある、思いっきり嫌そうな顔をするダーシュ。マリエラのお相手が嫌ってわけじゃなく、人の姿に変身すると疲れるからだ。


「どうして俺なんだ」

「武装した兵士で警備することは出来ても、舞踏会場の中には王侯貴族しか入れないでしょう」


 言われてみれば確かにそうだなと、わんこ聖獣はブルーベリーを頬張る。

 傍にいて守る人がいなければ、舞踏会が一番危険かもしれない。クラウス候はどうするねと尋ねるダーシュに、適任がいるじゃないと悪戯顔の兵站隊長さん。


「ああ……大酒飲みの修道女長か、それは名案だな」

「貴族でなくとも高位聖職者なら、舞踏会に参加できますからね。どう? 引き受けてくれるかしら」

「他でもないキリアの頼みだ、いいぜ」

「んふふ、ありがとうダーシュ。ワルツを演奏する楽団には吟遊詩人も、編成に加えてもらえるよう手配してるところなの」


 たいした手腕だなと、思わずにはいられないわんこ聖獣。縁の下の力持ちとは、キリアのことを言うんだろうと感心してしまう。ならば娼婦たちをメイドに仕立て、会場に送り込もうとダーシュが提案し、それいいわねと乗っかるキリアである。


「あの、本当にダーシュなのよね」

「俺じゃ不満か?」

「いえそうではなくて、普段からその姿でいればいいのにって」

「マリエラ姫もみんなと同じ事を言うんだな」


 足を踏んでもいいからおいでと、ダーシュがマリエラの手を取る。夜になって吟遊詩人がワルツを演奏し、ダンスの予行演習が始まった。

 片や行事用テントじゃカニ味噌の争奪戦が始まっており、兵站糧食チームがてんやわんや。無慈悲な品切れ宣言が、間もなく出されようとしている。


「まさか君と踊る事になるとはな」

「ああん? あたいと踊れるんだ光栄に思いなよ、クラウス候」

「そうだな、君の体はこんなにも柔らかい」

「はんっ! 褒め言葉と受け取っておくよ。そういやあんた、一度も移動遊郭に来てないよね」


 くるりと回り体を預けるラーニエの肢体を支え、優雅にエスコートするヘルマン国王。熟年男性としてそれはどうなんだいと問われ、お前はなあとクラウスは苦笑しラーニエを引き寄せる。


「私にだって好みがある」

「あれだけ娼婦がいるのに、お眼鏡に適う子がいないってのかい」

「いやいるよ、いま私と踊っている」

「つま先をヒールで踏んであげようか」


 大酒飲みの修道女長が、笑顔で選帝侯におっかないことを言う。あまりにも恐れ多くて、未だ誰もラーニエを指名していない。彼女の放つオーラが、それだけ迫力があるってことだ。

 私が君を身請けしたいと言ったらどうするねと、クラウスがこれまた問題発言を。するとあれれ? ラーニエが真顔になり聖職者モードに入っちゃったよ。 


「私は赤のバナディを持つ高位聖職者です」

「それは分かってる、分かった上で聞いた」

「城の酒蔵にある樽が、全部空になりますわよ」


 遠回しに止めておけと、ラーニエことシルビィは言いたいのだろう。

 はてクラウスは、本気で身請け話を口にしたのだろうか。隣で踊っていたグレイデルとヴォルフが、まるで剣の勝負をしてるみたいだと囁き合う。


「クラウス候の奥方ってどんな人か知ってるか、グレイデル」

「子煩悩でお優しい方だったわ、ヴォルフ」

「過去形?」

「肺病を患ってね、もうお墓の中よ」


 ならクラウス候にもワンチャンスあるんだと、愛する人の手を取りステップを踏むヴォルフ。それよりもあっちよと、グレイデルが目を線のように細めた。見ればシュバイツがフローラを、リフトし肩に乗せていたのだ。

 バレエにもある技だが、舞踏会でやるカップルはまずいない。二人の呼吸が合わないと上手くいかないからで、見物していた兵士たちが拍手喝采。三人娘も瞳をきらきらさせ、うわステキと手を叩いている。


「俺もリフトしようか、グレイデル」

「し、しなくていいわヴォルフ」

「どうして」

「たた、体重を気にしてるとかそんなんじゃないからね!」

「……気にしてたんだ」

「ばっ!」


 そこは鍛え抜かれたローレンの騎士、グレイデルを難なくひょいっと持ち上げちゃう。同僚の騎馬隊員たちが歓声を上げ、彼らは一緒に踊ろうと娼婦の手を引く。合わせて吟遊詩人ユニットが、ワルツをアップテンポに変えましたよっと。

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