第65話 戴冠式に向けて
宴が始まりゲルハルトとアリーゼが、兵士たちからいじられ……もとい祝福されていた。ブーメランを二丁扱う精鋭も、こんな時にはしおらしくなるようで。彼女の髪にはお料理によく使う、ローズマリーの小枝が挿してある。花言葉の愛と貞操に由来しており、帝国では古くから続く伝統だ。
行事用テントから「五目あんかけ炒飯、うずらの卵抜きあがりましたー!」そんなミューレの声が聞こえてくる。うずらの卵を抜いたってことは、聖職者向けなんだろう。ご立派さまのお祝いだからと、三人娘が妙に張り切っちゃってるよ。こりゃゲルハルト、しばらくは言われそうだ。
アリーゼの配属には、随分と悩んだフローラとグレイデル。遠距離攻撃と近接戦闘を同時にこなす、弓兵と軽装兵の複合だからだ。そこでシュバイツが、フローラの護衛武官にしたらと提案してきた。隊長たちもそれは理に適っていると同意を示し、アリーゼは大聖女のお付きとなるもよう。
「どれもこれも美味いな、フローラ」
「お気に召したようで、嬉しいですわパウロさま。ところで無益な戦いを強いられている、父とローレン王国の本軍を帰国させたいのですが」
「皇帝の勅命でないことは明らかだ、そうした方がよかろう。今ここには選帝侯が四人いる、クラウス候もマリエラも同意しておるのだろう?」
その通りですと頷く二人に、なら構わんさと法王は口角を上げた。つまりフローラは法王も味方に付け、過半数の票を握った事になる。敵であろう残り三人の選帝侯が何を言おうと、多数決によりまかり通るわけで。
「それにしても、この味噌と醤油はずるい」
「んふふ、そう言われましても」
「聖職者でも口に出来る調味料、これを各教会で生産したいものだ。作らせてくれと言ったら、君はどんな対価を望む?」
宴席のテーブルを囲むクラウスとマリエラが、同時にフローラへ視線を向けた。実のところ二人とも、自分の国で生産したいのだ。ローレン王国の国益に関わる事だから、今までおいそれと口にできなかったとも言う。
「あのですね」
「ふむ」
「私とシュバイツの」
「ふむふむ」
「婚姻を認めていただけないかと」
よっしゃよく言ったと給仕に付いていた、キリアが思わずガッツポーズしちゃう。同じく給仕をしていたミリアとリシュルも、役者を演じてはいるが心なしか頬が緩んでたりして。
当のシュバイツは身の置き所がないのか、聞いてない振りをして麻婆豆腐をがっぱがっぱと頬張っている。いやお前も話しに参加しろよフローラに失礼だぞと、わんこ聖獣から思念で教育的指導が入った。
「国王同士になりますが、だめでしょうか」
「二人が恋仲なのは、とうに知っておるぞフローラ」
「ぶふぉっ!」
「大丈夫かね? シュバイツ。君らのことはほれ、あそこで飲んだくれてるラーニエからの書簡に書いてあった」
見れば行事用テントから動かず、出来たての料理を肴に老酒をぐいぐいやってますがな。ラーニエが泥酔した所を誰も見たことがなく、鉄の肝臓でお酒にはかなり強いとみた。
あのエロい聖職者は余計な事をと、ぷんすかぴーのシュバイツ。そんな彼にどうどう落ち着けと、法王が温めた老酒の徳利を女装男子に向ける。
「皇帝領を廃国にするなど前代未聞だが、どのみち選帝侯会議は開催せねばならん。お前が皇帝となれば、お国替えをすることも可能だろう。
ラーニエの書簡にはローレン軍の首脳陣が、その方向で一致していると
まさか仲間たちがそんな事を企てていたとは、思いもしなかったフローラとシュバイツ。同席しているグレイデルに恨めしそうな視線を向けるも、彼女は良かったですわねとにっこにこ。
ラーニエはそこまで考えて、法王に書簡を届ける早馬を走らせたのだろう。フローラが春と豊穣を司るなら、グレイデルは調和と友愛を司ると言える。そう思えばラーニエは、恋と性を司るのかもしれない、大酒飲みの生臭尼僧ではあるが。
これにて法王の言質もとり、国王同士の婚姻が現実味を帯びてきた。舞踏会では王侯貴族に見せつけてやれと法王は、茹でだこ状態のフローラとシュバイツに、愛孫を見るような眼差しを向けるのだ。
ところで法王庁が主導し各国教会が、味噌と醤油を製造販売すればだ。帝国全土に広まるから願ってもないことで、クラウスとマリエラの目がきらりんと光る。
大豆と塩の取り引きが活性化し、景気に与える影響は計り知れない。海なし国のマリエラが塩を確保しようと、クラウスに商談を持ちかけ始めた。
それだけこの世界、良質な海水塩は国の重要資源なのだ。国が塩と大豆を押さえ教会に提供し、教会が出来た味噌醤油を国に売り、国がそれを国民に販売する。双方に利益があるわけで、これは商売のチャンスとキリアが真顔になってますよ。
いくら結婚のためとは言え製法を、教会に渡してよいのだろうかと、シュバイツは考えてしまう。ところがぎっちょん、フローラにはまだ隠し球があるのだ。
聖職者でも食べられるお豆腐は、海水のニガリで固めたもの。ついでにオイスターソースは、海で牡蠣が採れる国でないと作れない。他にも色々あるのよねと、むふんと笑う大聖女さまである。
――そして翌日、法王庁に野営地を移したフローラ軍。
吟遊詩人ユニットの四人は管理局で、検定を受けている真っ最中。無事に合格して欲しいねと言い合いながら、三人娘が市場で食材を品定めしていた。コウモリの精神攻撃を遮断したのだから大丈夫でしょうと、キリアが試食用のスイカをひょいぱく。
「軍団に果物をカットフルーツで提供したいね、ミューレ」
「スイカとイチゴにキウイ、それとリンゴでどうかしら、ジュリア」
パイナップルが無いのは残念ねとケイトがこぼし、それってどんなフルーツなんだいと、シーフ二人にケバブが食い付いた。あいにく帝国には、パイナップルやバナナを栽培している国が存在しないのだ。キリアの商隊がミン王国へ行ったついでに、苗木を持ち帰ってくるはず。
「そう言えばマリエラさまも、戴冠式で選帝侯になりますよね、キリアさま。このまま大聖女さまをフュルスティンとお呼びするのは、どうなんでしょう?」
「そうねジュリア、私もそれを考えていた所なの。まあ気さくなお方だから、お側に仕える者はグレイデルさまのように、名前でお呼びして構わないかも」
後でお伺いを立てましょうと、三人娘が頷き合う。
俺らはどうしようかとジャンとヤレル、そしてケバブが考え込んじゃう。いや君たちも名前呼びでいーんじゃないかと、リンゴを咥えたわんこ聖獣が思念を送って寄こした。側仕えの夫になるんだ、気兼ねするのはむしろよそよそしいと。
試食でもらったリンゴをしゃりしゃり頬張りながらも、意思の疎通が出来るのは便利なものである。ちなみにわんこは押し並べてリンゴを好み、しかも固めの方がいいらしい。
実はまだ公表していないが三人娘は、誕生石に合わせた婚約指輪を既にもらっていたりして。お料理をする都合上リングに皮紐を通し、首にかけ服の中に仕舞っているため分からないが。
なお軍団が野営を始めれば彼女らは、旅装束からメイド衣装に着替えるのがお約束となっている。道行く買い物客や商店主が、あら可愛らしいと振り返るのもお約束。
鬼教官であるメイド長アンナの指示もあるけれど、事実上はウェイティング・メイドなわけでして。ゆえに兵站お針子チームは三人娘に相応しいよう、メイド衣装にフリルやレースをふんだんに使っているのだ。
早めにプロポーズして指輪を渡したのは正解だったなと、ダーシュがリンゴをごくりと飲み込み男三人に思念を送る。それを言ってくれるなと、照れまくるジャンとヤレルにケバブが何とも微笑ましい。
「ところで戴冠式が一週間後なのは、何か理由があるのでしょうか? キリアさま」
「教会のシスターが、お三方の頭のサイズを計っていたでしょう、ミューレ」
「あっ! 王冠のサイズを調整するからなんですね」
そうよと微笑むキリアに、成る程と納得する三人娘。
男性はかぶせる王冠になるが、女性の場合は髪に挿すティアラとなる。ミリアとリシュルがフローラの髪をどんな風に結うか、ちゃんと見ておきなさいねとウィンクする兵站隊長である。
「大聖堂で行なわれる戴冠式で、仕掛けてくるかな、ヤレル」
「ルビア王国教会の前例があるだろう、ジャン。むしろ襲ってくると覚悟した方がいいかもな」
法王はそれも込みで敷地内にフローラ軍を駐屯させたのではと、ケバブが背中の武器を背負い直した。さもありなんと表情を引き締める、キリアに三人娘。一週間もあるから刺客にも要注意だぞと、ダーシュが軍団に対する注意喚起を促した。
市場は活気に溢れ買い物客も多く、これが法王領の首都なんだと思う買い出しメンバーたち。けれど物陰に刺客が潜んでいるかもと、考えれば素直には楽しめない。三人娘は食材に毒が仕込まれていないか、精霊さんに確認しながら購入しなきゃいけなかった。
「三級以上で合格したのね
「ありがとうございます大聖女さま、そこでご相談があるのですけど」
「何かしら? 竪琴を教えてくれた先生だもの、遠慮はしないで」
女王テントへ報告に来た吟遊詩人の四人へ、お茶を淹れるミリアとリシュル。ちょうどお茶の時間だったから、三人娘謹製の薄皮饅頭をことりと置いていく。これもお茶会で贈答用に威力を発揮しそうだと、グレイデルもシュバイツもにんまり。甘納豆の箱詰めをもらった、法王の反応が楽しみだと緑茶をすする。
「私たち大陸巡りが目的でしたから、大聖女さまの軍団に付いて行きたいのです」
「歓迎するわリズ、これからも仲良くしましょうね」
うわありがとうございますと、胸の前で手を組む吟遊詩人の四人。フローラ軍に同行するメンバーが、これでほぼ確定したことになる。暗殺者の娼婦と吟遊詩人、何とも不思議な組み合わせだが、これが後々効いてくることになるやも。それもこれも、神々と魔王の采配かも知れない。
「フュルスティン、ヴォルフ殿がお見えです」
衛兵の声に、通してあげてと返す大聖女さま。すると入って来たヴォルフが、眉を八の字にしていた。どうしたんだろうと、顔を見合わせるフローラとグレイデルにシュバイツ。
「法王がいらっしゃって、甘納豆はずるいと」
「はい?」
「それと夕食もこっちで食べたいと、いかがいたしましょうフュルスティン」
「ああ……そういうことね」
どうも法王の胃袋を、がっちり掴んじゃったみたいだ。いいわよと、はにゃんと笑う大聖女さま。そう言えばシモンズとレイラが、兵站糧食チームから料理人をひとり派遣して欲しいと、要請していたなと思い出すグレイデル。
「その件はどうしましょう、フローラさま」
「兵站隊長のキリアに要相談ね、グレイデル。私としてはお世話になった従軍司祭だから、願いを叶えてあげたいと思っているわ」
人間が文化的な生活を営む基本となるのは衣食住、そこで最も重要なのが食と言えるだろう。牧師となるシモンズとレイラがお願いしてくるのも、心情として分からないでもない。まあ妥当だねと、薄皮饅頭を頬張るシュバイツであった。
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