第64話 法王とお茶会

「やあやあ皆さん、揃ってお出迎えありがとう。久しいですなクラウス候」

「ご健勝のようで何よりです、パウロさま」

「そちらがローレンの聖女ですな?」

「フローラと申します、お見知りおきを」


 うんうんとフローラに目を細め、シュバイツにマリエラとも笑顔で挨拶を交わす法王。聖職者はもちろん世襲制ではなく、法王名は功績を残した先人の中から受け継がれる。従って現在の法王は、正しくはパウロⅢ世だ。


 それにしてもとクラウスは、これが法王の素なんだろうかと訝しむ。かつて自分が戴冠式に挑んだ時は、恐ろしいほどの覇気で気圧されたのだがと。

 こんな事を言っては失礼かもだが、市場で商売を営む店主みたいだ。気さくなお爺ちゃん過ぎて、正直に言うと気味が悪いほど。それはクラウスに限らず皆も同じで、こりゃ何かあると構えてしまう。


「わはは、まさかお茶会をしてもらえるとは思わなんだ。ローレン軍は食文化が進んでいると、複数の司教から届いた書簡に書いてあってな。実は君らが到着するのを、心待ちにしていたんじゃよ」


 それだけじゃなさそうねと、フローラがみんなに思念を送る。こんな時に仲間内だけで意思の疎通ができるのも、精霊女王ティターニアのおかげ。どんな話を持ってきたのか分かりませんが、気を引き締めましょうとマリエラが返してきた。


 うんそうねと思念で相槌を打ちフローラは、三人娘が運んできたワゴンへと視線を向ける。法王の護衛である聖堂騎士が、入念にお料理をシャッフルしているのだ。そこから無作為に法王領出身のシーフ二人が毒味を行い、終わった料理をミリアとリシュルがティースタンドに並べているわけで。


 法王は何でも食べられるが、護衛の聖堂騎士はそうもいかない。それでジャンとヤレルが毒味役をしているわけだが、聖堂騎士が妙に神経質なのだ。法王の暗殺を企てる者など果たしているのかしらと、フローラはみんなに思念を送る。


「まずはこれをフローラに、先日届き預かっていたミハエル候からの書簡だ」


 フローラ軍は移動しているため位置が特定できないから、父ミハエルは書簡を法王に預けたわけだ。開いてみるとローレン王国軍の本軍は占領した城から出ず、事実上は休戦状態になっているもよう。悪しき魔物信仰の徒に魂集めをさせない、フローラの思惑通りである。


「しかしこのサンドイッチは美味いな、鶏肉かね? フローラ」

「チキンの照り焼きです、パウロさま」

「このソース、帝国には無い味じゃな」

「醤油という東方の調味料で、原料は大豆と塩になります」


 ほうと頷き今度は、味噌カツサンドに手を伸ばす法王。これはまたと目を見開き、ベースとなっている味は何だねと尋ねて来る。それも大豆と塩から作る調味料ですよと、にっこり微笑むローレンの大聖女。


 セットされたティースタンドは三段で、下段がサンドイッチ、中段には温かい料理やスコーン、上段はケーキといったスイーツが置かれている。法王は味噌と醤油がいたく気に入ったようで、うんうん美味いとサンドイッチばかりをもりもり頬張る。三人娘が慌てて、追加を用意している姿がフローラの視界に映った。


「マリエラよ、父君のジョシュア候は名君であった、その意思を継ぐ気はあるかね」

「父と肩を並べられるとは思っておりませんが、民の安寧を目指す所存です」

「よろしい、さてシュバイツよ」

「はい、パウロさま」

「君が目指すものは何かね」


 どうも法王は次期君主となる三人の、品定めをしているように思える。しかしわざわざフローラ軍の野営地に来てまで、することだろうかと誰もが考える。法王庁の執務室で面談すれば済むことを、なぜこの場所で、どうしてこのタイミングなんだろうかと。


 だが今はシュバイツが、どう答えるかだ。フローラ軍が通過した国の司教たちは、クロニクルライター年代記作家の記述を法王に提出しているはず。

 彼の父は選帝侯となるフローラに対し、便宜を図ってもらおうと兵を動かした。結果として一戦交えることとなり、ブロガル王国の軍勢はフローラに隕石を落とされたわけだ。これほどの悪条件はなく、シュバイツの立場はあまりよろしくない。


「フローラを守り抜き、新たな千年王国を築く聖女の脇持きょうじとなります」


 シュバイツがそう口にした瞬間、法王の目がぎらりと光った。


「それは帝国を一新するという意味かね」

「帝国だけではありません、大陸全土です」


 すると法王は「うわははは」と笑い出した、こいつは傑作だと。

 けれどシュバイツは気を悪くするでもなく、そんなに可笑しいですかと微笑む。例えフローラが全世界を敵に回そうとも、彼は最後まで味方でいると決めた。愛した人のために意思を固めた男子は、相手が法王だって恐れない。その微笑みはあんたと、刺し違えてもいいぜって覚悟の表れだ。


「君は聖女を守る、聖騎士になりたいのか」

「はい、それが生き甲斐になりましたから」


 だれも思念を送らないのはフローラが、沸騰して湯気を出すケトルみたいになっているから。シュバイツが会話している相手は法王だが、それは間接的にフローラへの愛の囁き。精霊さん達がうんうん、そのスペル言霊は良いねとにこにこしてる。


「ブロガル国王の座は要らんと申すのだな?」

「そう申し上げたつもりですが」

「そうかそうか、だがそれでは困るのだ」

「へ?」

「フローラ、シュバイツ、マリエラ、君たちを国王として認める。戴冠式は同じ日に、一緒に執り行おう」


 各国の教会にいる司教は次期国王となる候補の、信仰心や人となりを法王庁に報告している。法王はシュバイツに女装癖がある事を知った上で、それでもブロガル国王に据えるつもりのようだ。

 そうなるとやはり彼を皇帝に持ち上げなければ、フローラとは結ばれない恋になってしまう。後で作戦会議をと、マリエラとクラウスが思念を交わし合う。


「フローラよ、明日からは法王庁の敷地内で野営するように」

「よろしいのですか? パウロさま」

「領内に不穏な輩が多数入り込んでな、聖堂騎士団だけでは人手が足りんのだ。君の軍団が敷地内にいてくれれば、わしも安心して眠れるというもの」


 それはつまり悪しき信仰の徒が、法王とフローラ達の暗殺を目的とし、法王領に集結してるってこと。どうりで護衛の聖堂騎士が、毒味で神経質になるわけだ。


「すまんがマリエラよ、今の君を守れる力は法王庁にない。フローラの軍団と行動を共にした方が、そなたは安全だと思う」

「それほどまでに、切迫しているのですか」


 さようと頷き法王は、隣のテーブルで成り行きを見守っていた、ヨハネス司教を手招きした。そして彼はこう言ったのだ、すまんが赤のラーニエをここへ連れてきてくれと。修道女長シルビィのコードネームを口にした以上、法王は暗殺集団アデブの組織構成と幹部を全て把握しているのだろう。


「ご尊顔を拝し、恐悦に存じますパウロさま」

「普段通りで良いぞラーニエ、ローレン王国軍の生活はどうだ」

「あはは、飯は美味いし風呂にも入れるし、あたいは気に入ってるよ」


 この人ったら法王の前でも切り替えちゃうのかと、マリエラがあわわと、クラウスがおいおいと、青くなっちゃう。でも法王は顔色ひとつ変えず、そりゃ良かったなと目尻に皺を寄せた。


「ならばそなたに命じる、このままローレン王国軍に従軍せよ」

「あたいは嬉しいけど、いいのかい?」

「まあいいから座れ、すまんがラーニエのお茶も頼む」


 かしこまりましたと、ミリアが椅子を出してリシュルが紅茶を淹れる。これはお料理の追加をせねばと、三人娘がわたわた動き出す。法王は控えていたシモンズとレイラへ、一緒に話を聞くようテーブルに呼んだ。


「ビドル王国の件は大義であった。君たちは領土的な野心を持っておらず、あの地方は法王領へ併合、それでよいのだな?」


 もちろんですと頷くフローラにシュバイツ、そしてクラウスにマリエラ。自警団に給金を支払わない、お馬鹿な君主を成敗しただけなのだから。結果として悪しき信仰が明るみとなり、廃国は免れない状況となったわけだが。


「ビドル地方には法王領の分教会と、規模は小さいが聖堂を建立しようと思う。シモンズとレイラには、そこで牧師を務めてもらいたい。おおそう言えば忘れておった、結婚おめでとう」


 はにゃんと笑うシモンズとレイラに、目を細める法王ことパウロⅢ世。だが分教会とは言え、聖堂付きを牧師に任せるのは異例中の異例だ。いま法王庁はどうなっているのかしらと、フローラがみんなに思念を送る。


「ラーニエにはローレン王国軍の、従軍司祭を兼任してもらいたい」

「それはいいけど、あたいに懺悔をお願いしたら、へなちょこには厳しくなるぜパウロさま」


 いやそこはお手柔らかにと、フローラがテーブルをぺしぺし叩く。ラーニエに恋愛と性に関する懺悔をお願いしたら、本気出しそうだとヨハネスが苦笑している。

 だがちょっと待ておかしいぞと、シュバイツが思念を送って寄こした。従軍司祭が二人減るけど、軍団の編成はそのままだ。ラーニエとその配下である暗殺集団、そしてマリエラをフローラ軍に留め置く理由は別にあるんじゃないかと。


「さてここからが本題だ」


 法王がおもむろに、テーブルへ肘を突き手を組んだ。

 ああやっぱりねと、フローラ達は身構える。今までの話は全て事務処理みたいなもの。ここからがわざわざ、フローラ軍の野営地に来た本旨なんだと。


「皇帝と書簡をやり取りをする場合、お互い文面には必ず符丁ふちょうを入れる。いわば暗号みたいなものでな、本人が書いたことを証明するために使う」

「そこに何か問題が起きたのですか? パウロさま」

「最近の書簡には符丁がないのだよ、フローラ。皇帝はもうこの世にいない、私はそう考えている」


 つまり皇帝が崩御したことを隠し、法王すらも欺き、帝国を牛耳ってる者がいるわけだ。本来ならば選帝侯会議を開き、新たな皇帝を選出すべき案件である。

 腐ってるわねと、半眼になったフローラが呟いた。シュバイツが何だそれと拳を握り締め、クラウスとマリエラも由々しき問題ですと眉間に皺を寄せる。


「戴冠式が済んだら、皇帝領へ行ってくれぬかフローラよ」

「暴れてもよろしいのですね? パウロさま」

「構わん、だから選帝侯と皇族の王が、君の軍団に必要なのだ」


 やってくれるかと問う法王に、喜んでと返すフローラたち。

 法王が自ら野営地へ来た理由は、これだったんだと誰もが納得する。シュバイツをブロガル国王とするのもその一環で、フローラ率いる軍団は新たな行軍を始めることになるのだ。


「ところであのカンカカーンカンという歌は何かね? フローラ」

「あはは、騎馬隊長が娼婦を身請けすることになりまして、パウロさま。兵站の糧食チームがお祝いの準備に、歌いながらお料理を色々と作っているのです」


 美味いもんがいっぱい食えるから、今夜は野営地に泊まったらとラーニエが。法王もそれはいいなと乗ってしまい、テントを用意せねばと控えていたキリアが大慌て。

 五目炒飯と青椒肉絲に酢豚と麻婆豆腐なんだよねーと、献立を考えた三人娘がむふんと笑う。いやこの軍団の長はフローラである、彼女は泊まっていいですよとはひとことも言ってないのだが。

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