第10話 鹿狩りとロマンス
三つ編みにしたフローラと、ポニーテールにしたグレイデル。二人の髪が跳ねては揺れ躍動している。グレイデルに見とれちゃってるヴォルフの尻を、プレイに集中しなさいとマレットでぶっ叩く兵站隊長さん。
ポロ競技は四人チームで行なうため、フローラチームはこの面子となった次第。キリアが編成決めに介入したのは、容易に想像できるというもの。私とヴォルフが入ればちょうど四人ですよ、みたいな。
大会は数日に渡って行なわれ、トーナメント方式となっている。ゲルハルトのチームは順当として、意外なことに決勝へ勝ち進んだのはフローラチームであった。
「キリア隊長すげえな、シュルツ。馬術もだが、マレットの扱いが上手い」
「騎乗で長柄武器を振り回せるって話しだし、弓の腕前も中々のもんらしいぞ、アムレット」
シュルツの言葉にまじかいなと、唖然としてしまう百人隊長たち。
「得点王はゲルハルト卿で確定してるけど、チーム優勝はこっちが頂くわよ!」
「わはは、手加減はいたしませんぞ、フローラさま」
ひゃっほうと疾走する辺境伯令嬢さまの、マレットで打った球が空高く舞い上がった。得点王とチーム優勝を両方獲得したいゲルハルトが、いけいけどんどんのフローラが、熱戦を繰り広げ大会は幕を閉じた。
――そしてここは、ブラム城の地下通路にある
「ふひぃ」
「変な声を出さないで下さい、フローラさま」
「別にいいじゃない、グレイデル。今ここにはあなたとキリアしかいないんだし」
国境の砦ゆえ外観はもとより、内装も無骨な造りのブラム城。ただ地下通路に温泉が湧いているポイントがあって、そこを湯殿にしているのだ。シュタインブルク家のご先祖さまも、よく考えたものである。
籠城戦に於いては清潔を保ていつでも入浴できる、これがブラム城の良いところ。無色透明で匂いのない単純温泉は、飲用可で温泉卵も作れちゃう。
「本職の熟練騎士には敵いませんでしたね、フュルスティン」
「あはは、ゲルハルト卿ったら、本当に手加減の手の字もなかったわね、キリア」
私は主催者だし、遊べたから満足よと笑うフローラ。軍団の息抜きにちょうど良かったでしょうと、ざばっと上がり湯船の縁に座る。
「ところで猫は手に入ったの? キリア」
「はいフュルスティン、茶トラと三毛に黒ネコです。乳離れしたばかりなので、キャッスルメイド達が世話をしておりますよ」
どこから調達したのと、はにゃんと笑うグレイデル。キリアはユナイ村の村長にお願いして、子猫を探してもらったと話す。基本的に猫や犬は大好きなフローラとグレイデル、二人は後で見に行こうと頷き合う。
「ところでフュルスティン、鹿が繁殖しすぎて、農作物の被害が深刻らしいです」
「それは困ったわね、キリア。燻製肉も作りたいから、鹿狩りやろっか」
次期当主はグリジア軍が来るまで、とことん遊ぶつもりだなと肩を落とすグレイデル。だがキリアはにこにこしている、この人まーた何か企んでるね。
「近隣の町や村に、
「どこもふたつ返事で引き受けましたよ、グレイデルさま。買い上げてもらえるのですから、領民は喜んでおります」
ここで言う畜獣とは食用に飼育されている動物のことで、牛・豚・鶏・羊・山羊を指している。また広義では、乳・卵・蜂蜜なんかも含まれる。城の兵士たちを養うのに、近隣住民の協力は欠かせない。アガレスの統治下で疲弊したアルメン地方に、お金を落として活性化させるのも領主の仕事だ。
「アルメンの農民を強制徴兵しなかったのは、反乱を恐れたからかな、キリア」
「ご慧眼ですね、フュルスティン。愛国心が強い者に、武器を持たせる訳にはいきませんから」
油断したら寝首を掻かれますものねと、フロ-ラの隣に座り濡れた髪を絞るグレイデル。グリジア王国が軍団を編成し、アルメンへ侵攻するにはまだ日数がかかるだろう。それまでにやれることはやろうと、頷き合う三人である。
「つかぬ事を伺いますがフュルスティン、ブラム城の城主はもうお決めなのでしょうか」
「父上に相談しないとだけど、奪還の立役者はヴォルフだわ。アガレスの首を取ったしアルメン出身、誰も反対はしないでしょう、キリア」
シュタインブルク家からアルメン地方を任され、領地運営と国境守備に就く事となる。順当な出世であり、百人隊長らも賛同するだろう。もちろん戦が終わってからだけどと、フローラは再び湯船に浸かる。
さようですかとにっこり笑い、グレイデルをちらりと見やるキリア。頬をちょっぴり朱に染めたグレイデル、温泉でのぼせたわけじゃなさそうだ。
――場所は変わってここは炊事場。
「この子たち、どうしちゃったのかしら、ミューレ」
「三匹とも固まって動かないわね、ジュリア。ケイトはどう思う」
「私たちには見えない、何かが見えてるって感じよね」
実際に見えている訳ではなく、子猫たちは精霊の存在を感じ取っているのだ。精霊さんはしょっちゅう、炊事場に来てつまみ食いをする。小さいからたいした量は食べないし、軍団向けにいっぱい調理するから誰も気付かないだけ。
今は地の精霊ノームが、ポテトサラダをもーぐもぐ。精霊は毒がへっちゃらで、つまみ食いをすることにより、人間に有害かを教えてくれるのだ。けれど大好きな黒胡椒と赤唐辛子だけは、フローラとグレイデルから直接手渡しで欲しがる一面もあったりして。
古文書には人間界に精霊が存在する為には、辛いものが必要と記されている。しかも絆を結んだ相手から、直接もらわないと効果が無いのだと。辛さとお友達パワーが切れてしまうと、精霊さんは異界の森へ帰っちゃうのだ。
「さてこうしちゃいられない、ポテトサラダの次は肉を焼くわよ」
はーいと声を揃え、塩と挽いた胡椒を手にするミューレとジュリア。ケイトが肉の塊と向き合い、牛刀で分厚く切り分けていく。それに塩胡椒を擦り込んで、牛ステーキにするわけだ。
手際良く牛肉を下処理する、キャッスルメイドの三人。同じく調理をしている、兵站の糧食担当たちが目を細めた。ブラム城は平時なら百五十名体制の城、自分たちがいなくなってもちゃんと回していけそうねと。
『ごちになった、ポテトサラダ美味かったぞ』
「いま何か言った? ケイト」
「私じゃないわ、ジュリア。男性の声だったような、ミューレは聞こえた?」
「聞こえたというか……頭に響いたというか」
糧食担当たちも今のは何と、目をぱちくりさせている。
お友達ではない相手に、うっかり思念を発する事もある精霊さん。当のノームはぴょーんぴょーんと跳ね、炊事場を出て行った。入れ替わるようにして今度は、水の精霊ウンディーネが床を流れるようにご来場。ステーキの付け合わせに用意された、クリームスピナッチをひょいぱく。
クリームスピナッチとは炒めたほうれん草に、ホワイトソースを加え熱しながら和えるお料理だ。ポテトサラダと並び、コクがあってステーキやハンバーグとの相性がいい。
『うんうん、これは良いお味』
美味しくて、つい思念を発してしまうウンディーネ。
まただ今度は女性の声だと、空耳では済ませられなくなった炊事場の面々。だが子猫たちはシャー! と毛を逆立て威嚇することもなく、耳を立てじっとしている。
この先ブラム城では炊事場に、グルメな幽霊さんが出るって噂が広まる事になったりして。
翌々日、フローラの号令で大がかりな鹿狩りが行なわれた。
自分たちの携帯食料となるため、ポロ大会並みに本気のフローラ軍。弓兵が仕留めた鹿を、重装兵がえっさほいさと近くの小川へ運び水に沈めている。
鹿は人間以上に体温が高く、直ぐ冷やさないと傷んでしまう。臭みが出て酷い味になるから、川や沼に入れるのだ。冷やした鹿を、軽装兵と兵站部隊がどんどん解体していく。
「いかがでしょう、オイゲン司祭、ゲオルク先生」
「これは美味いな、フロイライン・ケイト、鹿肉に衣を付けて串揚げにするとは。オイゲン司祭、そっちの煮込みはどうかね」
「ぶどう酒が止まらなくなりますよ、ゲオルク先生。これは定期的に開催して欲しい催し物ですな」
ずらっと並ぶ、屋根だけの行事用テント。
中に設置されたお料理を提供する、調理台から離れないオイゲン司祭とゲオルク先生。生臭坊主と従軍のヤブ医者、なんてことは口が裂けても言わない兵站の糧食担当たち。腹ぺこたちに愛想を振りまき、お料理を木皿に盛り付け手渡していく。
フロイラインとは若年の未婚女性に対する敬称で、平たく言えばお嬢さんって意味だ。そんな風に呼ばれたことがないキャッスルメイドの三人は、身の置き場が無いような面持ちでお料理を提供している。
奴隷の身で連れてこられてから、ブラム城の外に出たこがないケイトとミューレにジュリア。この三人をキリアは鹿肉を使った屋外調理よと、城から引っ張り出したのである。近隣の町や村から有力者も参加しており、顔つなぎをして欲しかったのだ。兵站部隊が城から離れた後、食材の調達と管理をするのはあなた達だからと。
「フライはあるけど串揚げって調理法、帝国内に無かったわよね、キリア」
「キャッスルメイドは東方の料理を色々と知っております、これからきっと役に立ちますよ、フュルスティン」
貴賓席に座るフローラへ、鹿の串揚げをことりと置くキリア。甘辛のソースで好評なんだけど、フローラへは本人の希望で特別に用意した、いかにも辛そうな赤いソースがかけてある。
そう言うあなたを私の専属料理人にしたいのだけどと、思いながら串揚げを頬張るフローラ。アウグスタ城に
「騎馬隊が鹿狩りの参加を辞退したのは、訓練を兼ねて遠乗りに出たからだけど、ゲルハルト卿に何か言った? キリア」
「いえ特には。新兵に国境線を覚えさせ、丘陵地での訓練も必要ですねと、申し上げただけです」
しれっとした顔で、次期当主さまの杯にぶどう酒を注ぐキリア。
ふうんと、食べ終わった串を皿に置くフローラ。
ブラム城にはお留守番として、グレイデルとヴォルフに衛兵のみを残している。さすがの辺境伯令嬢さまも、ここまで来ると意図的だなと気付く。
なおフローラの精霊さんたちは、知ってるけどノータッチ。串揚げではなくポットに入った、辛いソースに集まりウマウマと舐めている。
――その頃ブラム城の執務室では。
「ご機嫌斜め? ヴォルフ」
「いえそういう訳では……いや、そうかも知れません、グレイデルさま」
絨毯に座って向き合い、チェスをしているこの二人。今のところグレイデルが五連勝しており、彼女は勝ちすぎてるかしらと、ヴォルフの顔をそれとなくチラ見する。
「どうして俺だけ居残りなのかなって、のけ者にされたような気がして」
ああそっちなのねと、グレイデルはほっと胸をなで下ろす。彼女の周囲を飛び回っている、相棒のシルフがクスクス笑った。
『笑い事じゃないわよ、シルフ』
『でも好きなんだろ。こんな時にかける言葉を、グレイデルは知っているはず。この際だから、実力行使もアリだと思うぜ』
実力行使って何よと、思念でなんちゃらかんちゃらのグレイデルとシルフ。チェス板を睨むヴォルフが、
「
「そんなもんなのかな、グレイデルさま」
「ねえヴォルフ、二人でいる時は私のこと、呼び捨てにして」
目をパチクリさせるヴォルフ、そんな彼の顔がグレイデルの瞳に映っている。
彼女は
「はい、チェックメイト」
「うわ、ちょっと待った、グレイデル」
「待ったは三回までって、決めたはずよヴォルフ」
六連敗のヴォルフと、満面の笑みを浮かべるグレイデル。そこへゲルハルトがやってきて、チェスならわしも得意だとグレイデルに対戦を申し込む。
「ポロのようにはいきませんよ、ゲルハルト卿」
「勝った方がローレン金貨一枚、それでどうかね、グレイデル殿」
いいでしょう受けて立ちますと、チェス板に駒を並べるグレイデル。この後ゲルハルトは得点王の賞金を、彼女に奪われることとなる。目を覚ました子猫たちがヴォルフに、おやつちょうだいとにゃあにゃあ鳴いていた。
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