第6話 距離

 ある秋のことです。


 以前買ったビーフシチューのルーがまだ残っていたので、それを使ってしまおうと思いました。


 ですが、具材が足りない。


 折しもその日は天皇賞(秋)の日。


 天皇賞とは、日本中央競馬会(JRA)が春と秋に実施する中央競馬の重賞競走(GI)です。


 馬券は買わないと固く心に決めているのですが、パドックをテレビで観て予想を立て、今の自分の勘働きと観察眼を養うためにやっています。

 結構、楽しんでやってます。


 気づいたのがもっと早ければすぐに買いに行けたのですが、時間的に厳しいので『みんなの競馬』を観てからスーパーに行くことにしました。


 レースを見届けて身支度を整えて家を出る頃には、秋の陽はだいぶ傾いて肌寒いくらいでした。


 日曜日だったので小さなお子さんも親に連れられて来ており、スーパーは夕方の買い物客で少し混雑していました。


 目的の具材と目的でないもの(割引になっているもの。こっちの方が多い)もかごに入れ、レジに並びました。


 レジの列も通路を挟むくらい長かったので、通路を横切る人の邪魔にならないように時々カゴを脇によけたりしながら順番を待っていました。


 スーパーの列にはまだソーシャルディスタンスを推奨していた時の目印が残っていて、今はもう遵守しなくてもいいのかもしれませんが、私はその足形に沿って前の人との間隔を取っていました。


 私の前の人がレジの台にカゴを置いて、私が一歩進んで待っていた時でした。


 通路を横切ろうとした人が、私を避けて迂回したのです。


 足形に沿って立っていたので通れるはずなのに。


 ふと視界に買い物カゴが目に入りました。


 振り返ると、私の後ろに並んでいる人がぴったりと距離を詰めて立っていて、横にあったのはその方のカゴでした。


 私よりは年上のおねえさまで、その方は私がレジの順番がきても幅寄せ気味でした。


 去年の同じ頃だったら、考えられないことだったよなあなんて思いました。


 コロナ禍では色々な行動制限があり、かなり窮屈で息苦しくもあったのですが、ソーシャルディスタンスは有り難かった部分もあります。


 距離が明確でしたから。


 たった数年の制限でしたが、いつの間にかその距離が私の中ではスタンダードになっていました。


 制限がなくなれば、個々のマナーやエチケットが基準となります。


 そうなると人それぞれだから、折り合いつけるのも難しいです。


 ※注意

 マナー警察ではないので、決して提言・問題提起をしているということではありません。

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