第29話 宝石

宝石商に着くと、そこは、外観から見ても煌めく別世界だった。

看板にも綺麗な装飾がされており、一目で高級店と分かる。


「さっきの店に寄ってきて良かったかもしれない」


「そうね。流石ハルね」


さっきまでの格好で来店しても門前払いにあったかもしれない。

そのぐらいに高級感がある店構えだった。


店の入口の両サイドには屈強な警備員が立っていて、こちらへ厳しい視線を送っている。


「いらっしゃいませ、今日はどの様な商品をお探しでしょうか?」


黒服スーツの中年スタッフが訪ねてくる。


「特に何をと決めてきた訳じゃないんだ。気に入ったものがあれば買うかもしれないけれど、彼女が目の保養にいろんな商品を見たいと言ってね」


「それはそれは、私共の商品は自信を持ってオススメさせていただける商品がたくさんありますので、ご案内させて頂きます。担当させて頂きますセディアムと申します」


セディアムさんが深々とお辞儀をして、俺達を案内して奥の個室へ通してくれる。

個室の中も趣味の良い木目調の家具や、ふんわりとした絨毯で統一感のある上品な雰囲気の部屋になっていた。

俺達は用意されたソファーに案内され座ると、さっそくセディアムさんが宝石の並べてあるケースを見せてくれた。


「まずは、こちらが一般的に多い指輪になります。特別な魔法効果などは無いものもありますが、多くは微弱ながら魔法の効果があるものが多いですね」


ズラッと色とりどりの宝石がついた指輪が並んでいる。

色も形も様々だ。


「鉱石の宝石もあれば、魔物のドロップアイテムを加工したものや、ダンジョンからの出土品、開発されたアーティファクトなど様々な商品のご用意があります」


丁寧に説明をしてくれるセディアムさん。

決して押し売りしようとはせず、商品の説明を丁寧にしてくれる接客には好感が湧く。


「アーティファクトっていうと錬金術師が開発したりしてるのかな?」


俺は素朴な疑問をセディアムさんにぶつけた。


「はい。アーティファクトは主に錬金術師が開発し、様々な特殊効果を複数つけたり、高位の魔法効果が持続的に発動したりと非常に便利な商品となります。我が国の錬金術師が開発したアーティファクトから、隣国のモルド帝国で開発されたものまで品揃えは豊富です。魔法術士の魔力を増大させたり、剣士の剣の振りの速さを早くしたり、珍しいところでは自分の幻影を出して敵を欺いたり様々なアーティファクトのご用意があります」


「怪我や病気を治してくれるようなアーティファクトもあるのかしら?」


ここで、ヨーコも質問をセディアムさんに投げかけた。


「お嬢様もアーティファクトにご興味があるようですね。確かに怪我や病気を自動で治してくれるようなアーティファクトは恋人など大切な人にプレゼントする定番商品となっておりますからね。しかし、開発には試行錯誤の莫大な時間と労力がかかるということで、非常に高額にもなっております。私の推察になりますが、こういった商品は教会との軋轢を生みますので、作成には教会側にもかなりの献金が必要と聞きます。当店でも何点かは取り扱っておりますので、ご覧になりますか?」


冒険者の俺を気遣ってくれてるのだろうか?

怪我の自動治療は確かにあったら便利だ。

自ら多少は回復出来るとはいっても、魔力の消費が抑えられれば、継戦能力も伸びる。


「どんな種類があるか見せてもらえますか?」


「はい、ダンジョンから出土したものも含めて、何点かご用意いたします。少々お待ちくださいませ」


セディアムさんは、俺とヨーコを一度座らせると、別のスタッフが流れるように紅茶と簡単なお菓子を俺達の前に並べる。


紅茶が飲み終わる頃に、数点の商品を俺達の前に並べてくれた。


「お待たせいたしました。こちら6点が当店で扱っている商品になります」


ネックレスから指輪、ブレスレットなど様々な商品を見せてくれる。


「まず、こちらがダンジョンから出土されました商品で、慈愛の涙でございます。青く輝き涙型の宝石部分をプラチナで装飾されているペンダント型の商品で、装備していれば疲れ知らずの自動の体力回復効果があります。ただし、睡眠などは必要となりますので、体力が尽きないからと不眠不休で作業に没頭したりして、体調を崩す方もいらっしゃいますのでご注意くださいませ」


繊細な装飾と細いチェーンの先に涙型の深く青い宝石が煌めく。

値段が気になるところだが、セディアムさんの説明は続く。


「そして、こちらは我らデンダール王国の新進気鋭の錬金術師ナリック・バイテール様の開発した毒を無効化するブレスレット、レインボーハートになります。冒険者組合に担ぎ込まれたバジリスクの毒で石化していた高位冒険者の石化を解除した実績がある商品で、非常に効果が高いとされています。王族や豪商など様々な方から幅広く需要がある商品となっております。ブレスレットに刻まれた魔法術式と素材であるセントエンダートレントの木材やユニコーンの角など希少素材を豊富に使った商品となります」


木材とは思えない光沢をもったブレスレットの表面は、虹色に光っていた。


「こちらの指輪は、一度だけ致命傷を肩代わりしてくれるという、フェニックスリングとなります。指輪に炎が揺らめいていますが触っても熱くはありません。ほんのりと温かみを感じる程度です。使用後は砕けてしまいますが、こちらも非常に人気の商品になります。隣国のモルド帝国の偉大なる錬金術師アイリオ・ゴルゾーヌ様の大ヒット商品になります。素材もフェニックスの羽とミスリルと基本としておりますし、一度きりの効果といったところが、教会との折り合いも付きやすかったのか、この手の商品の中では比較的安価で数も多く取引されている商品となります」


確かに銀色を基調とした指輪の表面は燃えるような炎が揺らめいている。

見ているだけでも綺麗な商品だ。


「続きまして、こちらもダンジョンからの出土品になります。大天使の囁きと言いまして、イヤリング型の商品になっております。緑色の宝石と、金色の装飾は非常に上品で、ファッション性も高い商品かと思います。効果としては魔力を込めますと一定時間の間、魔法や物理の攻撃を無効にする効果があります。一日に3度までしか使用は出来ませんが、1度に3分程の攻撃無効の時間は非常に有用かと思います」


控えめな緑の宝石に上品な金色の装飾、確かにどんな場に付けていっても良い商品に思える。


「こちらもオススメの商品になりまして、数年前に開発されました商品で、モルド帝国の錬金術師ヴィクトール・ドゥモン様の商品になります。様々な病気から身を守るネックレス、エレガントブルームとなります。月輝花とドラゴンの鱗を素材とした、花のような形のネックレスは疫病の多い地方では人気の商品となります」


月の光のように優しく光る花のようなネックレスは、可愛らしく女性らしい。


「最後になりますが、こちらはご存知かとは思いますが、デンダール王国を代表する錬金術師アルケルト・ザイナム様の開発された定番商品、マーメイドの祝福です。美しい真珠と銀の装飾というシンプルなデザインで、効果も魔力を込めますと身体や衣服を綺麗にするという、洗濯やお風呂いらずな商品でして、隅々まで汚れが取れることにより、髪や肌などにも非常に良く、美容商品としても便利商品としても人気の商品になります。価格もお手頃で、輸出品もたくさんされている商品ですね」


「丁寧に説明ありがとうございます」


「手にとってご覧になりますか?さらに詳しい説明もさせていただきますよ」


「ヨーコ気になる商品はあったかい?」


俺が横に座るヨーコの顔を見ると、ヨーコは難しい顔をしてエレガントブルームと紹介されたネックレスに魅入っていた。


「お客様、こちらの商品がお気に召しましたか?」


「確かに凄く綺麗なネックレスで可愛いね」


「ええ、この商品は病気を患ってしまっても効果はあるのかしら?」


「いいえ、治療目的ではなく予防目的となります。


それでは、この商品の制作方法と病気の予防の原理について、私の知る限りお答えしますね。


まず、エレガントブルームの制作方法ですが、以下のような手順で行われます。


1. 月輝花という青い花を採取し、乾燥させる。月輝花は、月の光を吸収して輝く特殊な花で、夜になると花びらが開きます。月輝花は、魔力を帯びた花粉を持ち、それがネックレスの主な成分となります。


2. ドラゴンの鱗を入手し、細かく砕く。ドラゴンの鱗は、強い耐火性と硬度を持ち、ネックレスの形を保つために必要です。ドラゴンの鱗は、魔力を遮断する効果があり、それがネックレスの安定性を高めます。


3. 月輝花の花粉とドラゴンの鱗の粉を混ぜ合わせ、錬金術の秘法で加工する。この過程で、花粉と鱗の粉は融合し、花のような形のネックレスになります。ネックレスの色は、月輝花の色によって変わりますが、青色が一般的です。


4. ネックレスに魔法の刻印を施す。この刻印は、ネックレスの効果を発揮するために必要で、錬金術師ヴィクトール・ドゥモン様の独自のものです。


次に、エレガントブルームの病気の予防の原理ですが、以下のような仕組みで行われます。


- ネックレスを着用すると、月輝花の花粉が魔力を放出し、着用者の体内に入ります。花粉の魔力は、着用者の免疫力を高め、病原体に対抗する能力を向上させます。また、花粉の魔力は、着用者の精神を安定させ、ストレスや不安を軽減します。


- ネックレスの形は、ドラゴンの鱗の粉によって保たれていますが、鱗の粉は、魔力を遮断する効果があります。これにより、ネックレスの魔力は、着用者の体内にのみ作用し、外部の魔力の影響を受けません。また、鱗の粉は、ネックレスの耐久性を高め、熱や衝撃にも強くします。


- ネックレスに施された魔法の刻印は、ネックレスの効果を発揮するために必要です。刻印は、着用者の体質に合わせて、花粉の魔力の量や質を調整します。刻印は、錬金術師ヴィクトール・ドゥモン様の秘密で、彼の技術力の高さを示しています。


このように、着用者の体内の免疫力を高める事が主な効能となりますので、軽微な病気であれば治療の一助となりますが、既に病気にかかり免疫力も体力も低下した患者様にはあまり効果がありません、あくまでも病気から身体を守る予防効果に特化した商品となります。お二人のような、健康な方には今から装備しておけば病気知らずの大変おすすめの商品といえます」


「そう…そっか…」


説明を聞き、落胆した様子のヨーコ。

彼女の気落ちした顔が気になる。


「ヨーコ?病気の知り合いでもいるのか?」


俺が彼女の何か力になれることがあるなら助けてあげたい。


「いいの。そういうわけじゃないの。ハル?ハルは何か気になった商品はないの?」


「俺?うーん、俺的にはフェニックスリングが気になったかなぁ。流石に今回はこれを持ってても、状況が逼迫しているとすれば助かるかは分からないけど、不意打ち防止としては持ってても良いような気がするよ。セディアムさん、参考までにエレガントブルームとフェニックスリングの価格を教えてもらえますか?」


「はい、フェニックスリングは金貨1枚となり、エレガントブルームは金貨3枚となります」


100万円と300万円か。

効果と素材の希少性を考えれば確かにそのぐらいはするのかもしれないな。

素材の回収の為の冒険者の手配、細工師への加工料、魔法の付与など錬金術師や販売店の利益を考えれば妥当な値段に思えてきた。


「では、両方ください」


「待って、ハル。私は欲しいわけじゃ…」


「いいんだよ。今日はヨーコへプレゼントをいろいとしたいと思ってデートしてるんだし、プレゼントさせてくれよ」


「ここまで高価なもので無くて良いわよ。セディアムさんマーメイドの祝福の方はおいくらになるのかしら?」


「こちらは銀貨10枚になります。常に身体を清潔に保つ事が出来ますので、病気の予防にも貢献できる一品かと思いますよ」


「では、それを2つください」


「お買い上げ、ありがとうございます」


俺は金を支払い、商品を受取るとマーメイドの祝福とエレガントブルームをヨーコに渡した。

そっと、個室から出ていくセディアムさん。



「ヨーコこれからもよろしく。これはプレゼント」


「ちょっと、本当にそんなつもりで言った訳じゃないのよ」


「こういう時に遠慮するのは野暮なんじゃないか?」


「う、うん。分かったわ。本当にありがとう、ハル。私も本当はいろいろとハルに打ち明けなきゃいけないとは思ってるんだけど、心の整理がついてからで良いかしら?ごめんなさい、今の状況にすら実はちょっと気持ちがついてきてないの。突然の出来事が多すぎて、ハルがこうやって私を買ってくれて大事にしてくれるのは凄く嬉しいの、それにこんなプレゼントまで貰っちゃって、私には何も返せるものも無いし、せめて自分の事をもっと話せればと思うんだけど…」


プレゼントを持って、苦しそうな表情の彼女を見ると、心の葛藤がこちらにまで伝わるようで辛い気持ちになる。


「いいんだ。急がなくて、無理しなくて、これからずっとずっと一緒なんだから本当にヨーコの気持ちが整理出来たらゆっくり少しづつ話してくれれば良いよ」


「うん、ごめんねハル。そしてありがとう」


「いいんだ。そうだ、せっかくだから早速そのアクセサリーを着けて遊びに行こう」


「うん。ハル着けてくれる?」


小首をかしげて俺にエレガントブルームを渡してくるヨーコ。


「ああ、いいよ。後ろ向いて髪の毛を上げてくれる?」


「ありがとう。これでいいかしら?」


振り返り、髪の毛を掻き上げるヨーコ。

優しく甘い匂いがする。

白く華奢な首筋とうなじが凄く可愛らしい。


俺はエレガントブルームをそっと着けてあげた。


「ハル。ありがとう」


振り向いた彼女は何故か涙を流していた。

胸につけた青いエレガントブルームが淡い光を放って輝いている。

涙が顎を伝ってポタッと落ちる。

尊い。

いつもは大人っぽく妖艶なお姉さんというイメージのヨーコとは、今目の前で涙を流して、清楚なドレスに身を包み、ひっそりとエレガントブルームを眺めている儚げな彼女とは大きなギャップがある。

どこか壊れそうで頼りなく切ない今の彼女を守ってあげたいという気持ちでいっぱいになる。


俺はそっと彼女を抱き寄せた。


彼女が落ち着くまで頭を撫でたり、背中をポンポンと軽く叩いてゆっくりと待った。

なんだか今日は本当に知らない女の子とデートしてる気分だ。

意外なヨーコの一面にびっくりし、彼女の背負った様々な想いを想像すると余計な事も聞けず、ただずっと落ち着くのを待って抱擁を続けた。


「ん、もう大丈夫」


「そうか、今日は一旦帰ろうか?」


「せっかくだし、予定通りお出かけしましょうよ。ちょっとお化粧だけ直してくるね」


俺の頬に軽くキスをして、彼女は個室から出ていった。


宝石商で目の保養をと言われて来た訳だけど、なんだか色々あってビックリしたというのが正直なところだ。

考えればいろいろ思うことはあるが、それは時間が経てばいつかは分かることだろう。

今あまり深く考えることは邪推するようで良くない気がする。

とにかく、俺は俺が出来る範囲で彼女を大事にしよう。

そう考えて、俺は思考を切り替えて、その後の食事の場所など、これからのデートのプランを考え始めた。





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