第28話 街で

彼女を求め、彼女に溺れ、彼女に沈んで。

明け方まで励んでだ。

渇望した。

手に入れた。

想いをぶつけた。

汗だくで明け方頃に気絶するように眠りについた。

昼頃に目覚めた。


「おはよ。ハル」


「おはよう。ヨーコ」


「はい。どーぞ」


ヨーコが水を差し出してくれた。

俺は水を一気に飲み干す。


「疲れたんじゃない?」


一糸まとわぬ姿で、俺に質問する彼女を昼のカーテンから差し込む光が照らす。

眩しい。

天女のようだった。


「お水もっと飲む?」


首をかしげて聞いてくるヨーコを俺はベットに引き込み押し倒した。


「ヨーコいいか?」


びっくりした表情のヨーコが、俺をみつめる。

その後、ゆっくりと、触れる唇。

優しく回された両手が俺の背中を撫でる。


「ヨーコ!」


カチンとスイッチが入るように俺は再び溺れた。

欲望のままに、求めるままに。

体温を感じ。

肌を感じ。

香りと声を堪能した。


再び汗だくになった俺達は、風呂に入り、着替えるとリビングでエミリーの用意したブランチを二人で食べた。

フルーツとクリームのサンドイッチと、暖かなコーンスープ。

爽やかな柑橘系のジュースを飲むと、力が漲るのを感じた。


「本当に美味しい食事ね」


「そうだね」


俺は、優雅に朝食をとるヨーコに見惚れながら返事をした。


「今日はどこかに出かけるの?」


「明日からはダンジョンに潜る。準備は出来ている。また、しばらくはヨーコに会えなくなるんだ。今日はヨーコと一緒に家で過ごしたい」


「うん。わかった」


「ダンジョンから帰ってきたら、一緒にデートに行こう」


「そうね。楽しみにしてるわ」


「ヨーコの荷物は、グルトンさんが後で送ってくれるって言ってた」


「大した荷物でも無いけど、衣類だけ送ってもらうことにしたの」


衣類だけ?


「その他のものは、全部グルトンさんに買い取ってもらったのよ」


そうか。

何かいろいろと察した。

きっと今までの生活の思い出とか、男から貰ったプレゼントとか、そりゃあ色々あっただろう。

でも、こうやって俺の奴隷になったケジメ?なのか過去の物は全て処分して俺の元に来てくれたみたいだ。

その気遣いに感謝する。


「そうなんだね。エミリーに受け取っておくように話しておくよ」


俺も余計な事は言わない。

余計なことも聞かない。

無粋な男にはなりたくない。


「ありがとう」


「こちらこそありがとう。食事が終わったら何かしたいことはある?」


「えっと、宝石商に行ってみたいんだけどいいかしら?」


「宝石商に?わかった行こう」


俺は一瞬だけ逡巡したが、ヨーコを買うつもりで貯めたお金がある。

ヨーコが欲しいアクセサリーの1つや2つ買えるだろう。

スラム街の屋敷を売った金も入る予定だしな。


「勘違いしないでね」


「ん?何を?」


「私は宝石商に行って、プレゼントが欲しいとかじゃ無いの」


何か言ってる意味が良くわからない。

ヨーコのような女性が何のために宝石商に行きたいのか?


「ただ、今までは奴隷の私一人で、宝石商に出入りするなんて出来なかったし、付き添いを誰かに頼むわけにもいかなかったから、でもハルが一緒に来てくれれば私も宝石商に入れるし、いろんな宝石やアーティファクトを見せてもらえると思うの」


「買うためじゃなく、宝石が見たいのか?」


「そう。目の保養に綺麗な宝石をたくさん見たいの」


「わかった。でも遠慮はしないで欲しいアクセサリーとかあったら言ってくれ。二人で初めての買い物だし記念にプレゼントするよ」


「うん、ありがとう。でも本当に見るだけで満足だから。宝石商のあとに、一緒にお茶でもしよっか」


「そうだな、せっかくだ。街を散策しよう」


俺とヨーコは、食事の後に着替えて、さっそく宝石商へと向かう事にした。


基本的に俺の普段の服装は、冒険者っぽい服装しか無いのだが、果たして宝石商のようなところに行くのに、こんな格好で充分な接客が受けられるのだろうか?


不安に思いながら、宝石商への道をヨーコと一緒に歩く。


「少し街並みが変わってきたか?」


「そうね。この辺は、ファスの街でも高位の冒険者だったり、国の役人だったりの人が利用する店が集まってるのよ」


「なるほどなぁ」


確かに、レストランや洋服店なども小綺麗なお店が多い。

ヨーコに関しては持って生まれた気品なのか、この街並みに溶け込んであまり違和感は無いけど、俺に関しては冒険者でもショボい装備で体格もショボい、完全にこの街並みに溶け込んでいない。


「なんか、すれ違う人の視線が少し気になるな。全然俺ってこの辺の雰囲気に溶け込んで無いよね?」


「まぁ、いいじゃないの。気にすること無いわ」


街に対して薄汚れた格好の男が、奴隷の露出の多い女を連れて歩く。

確かにすれ違う人々の目から侮蔑の感情を感じ取れる。

哀れみなのか、嘲笑なのか、軽蔑なのか、負の感情が人々の視線から注がれる。


「いや、俺は気になる。俺が侮られるのは構わないけど、一緒に歩くヨーコまでそういう目で見られるのは我慢ならない。宝石商に行く前に、あの店に行こう」


俺は、通りにあった小洒落た洋服屋へと向かった。


「いらっしゃいませ」


スーツを着たビシッとした店員が俺へ深々とお辞儀をして迎え入れてくれた。


「えっと、これから宝石商へ買い物に行くつもりなんだけど、俺は冒険者でこんな普段着しかなくてさ。今日は彼女も一緒に連れて行くつもりなんだけど、それなりの服装で行きたいんだよ。俺と彼女に衣装と靴など一式用意してもらえますか?」


「はい、かしこまりました。失礼ですが、ご予算は如何程でお考えでしょうか?」


「そうだな、銀貨50枚では足りないかな?」


「本日分であれば銀貨10枚もあれば充分でございます。今後のお出かけなども考えて複数着のご入用でしょうか?」


「いや、とりあえずは本日分だけで良いよ」


「かしこまりました。では、ご案内いたします。御婦人には女性のスタッフが担当させていただきますので、どうぞこちらへ」


俺とヨーコは店員に案内されるままに、店の奥へと進む。


俺は、無難に黒のスーツに青のネクタイ。黒い革靴。

なんだか就職活動の学生みたいな格好になってしまったが、上品な材質と着心地で気持ちまでキリッとする。


「どうかしら?」


現れたヨーコは、いつもよりかなり露出の少ない服装だった。

白いふんわりとした生地で、首元までレースが入っていて首の奴隷紋を隠してくれている。

この辺は、さりげない店員さんの心遣いが光るチョイスだろう。

胸元はダイヤ型に生地がなく、セクシーさも強調しているが、胸の上部だけが少し見える他は、腕以外はすべて綺麗なレースの白い生地と、水色を基調としたドレスになっている。

腰にはアクセントで金色の刺繍が入りコルセットのようになっていて、引き締まった腰が強調されている。

清楚でエレガント。

赤い髪がゴージャスで、強い視線の引き締まった緑の瞳が高貴さを際立たせる。

ハイヒールを履いた彼女の身長は、俺と変わらないぐらいになっている。

モデルのような佇まいだ。


「綺麗だ…」


「それだけ?」


肉厚な唇を少し尖らせて拗ねたような表情をする。


「いつもセクシーで綺麗だなって思ってたけど、今日は清楚で可憐で可愛いよ。ヨーコの違う一面を見た気分だ。本当に綺麗で、隣に立つのが俺で良いのかなって思っちゃったよ」


「ありがとう。ハルもお似合いよ。凄く素敵」


「ありがとう」


俺は、支払いを済ませると店を出た。

着てきた衣服は、自宅に届けてもらうように頼んだ。


「ハル。改めてありがとう。こんなに素敵な服を買ってくれて」


「いいんだ。今日は二人でおしゃれして、美味しいものを食べて、たくさん楽しもう!」


「うん!」


ヨーコが、俺の腕に抱きつく、そのまま腕を組んで歩いた。


すれ違う人々の視線が、明らかに変わった。

すれ違う男性がヨーコに見惚れているのが分かる。

もともとが綺麗で可憐な彼女が、ドレスアップして着飾る事で誰もが振り向き、女性までもが羨むような気品と美貌を兼ね備えた完璧な女性になった。


彼女はその視線に気づいているのだろうか?

俺の腕にピッタリとくっついて、楽しそうに街並みの様子を話しながら歩くヨーコ。

俺は満たされて幸せな気持ちになりながら宝石商に向けて歩いていく。



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