第26話 一蓮托生

「おい、ハル。お前だ。」


「え?」


俺は、突然の伯爵からの呼びかけに変な声で返答してしまう。


「お前も遺品回収の報奨も無し、立場を脅されて従うだけでは納得がいかないだろう。この女はお前にくれてやる」


「…」


何を言われているのか分からない?

え?

くれるの?

なんで?


「なんだ嬉しくないのか?」


「いや、でもどうして?」


「お前のような男を俺は何人も見てきた」


「俺のような男?」


「一人の女に夢中になってしまう男だ。全てを捨ててでも手に入れようとする。そして、ドラゴンだろうと相手にして戦うのだろう?」


俺はなんと返答すれば良いのか分からない。


「正直に話すとな、最初は口封じでお前を処分する事も考えた。だが、お前の使う特殊な魔術を使う人間は、殺すと厄介な事になる場合もあるって話も聞く。お前が俺を呪って更には化けて出られても困るからな、女を与えて懐柔する事にしたのさ。こいつはお前のものだ、奴隷紋に血を流せ」


ヨーコが俺の方に差し出される。

俺はソファーから立ち上がりヨーコと向かい合う。

俺はヨーコの顔を見た。

やっぱり美しい顔だ。

緑の瞳が涙で溢れている。

俺も泣きそうになるがぐっと堪えて彼女を見つめた。

絡み合う二人の視線。

俺は確かめるように聞いた。


「ヨーコ。いいか?」


俺の目を見つめて、ゆっくりと頷いた。


「よろしくお願いします」


はにかむ笑顔。

抱きしめたくなったがグッと堪える。


俺は自分の指を切って、ヨーコの首に俺の血を押し当てた。

ヨーコの奴隷紋に俺の魔力が流れる。

俺とヨーコの間に主従の関係性が出来るのを感じる。


「ハル」


「ヨーコ」


耳をくすぐる彼女の声。

大好きな声だ。

ヨーコが俺のものになった。

信じられない。

突然の展開に心が追いつかない。


「おっと、そこまでだ。あとは帰ってからにしてくれ、それと俺に逆らえば大切な女を失うことになるぞ。肝に銘じておけ。だが、逆に俺に従う限りは、俺はお前を守ってやる。おい、星空屋、この男は死霊術師だ」


星空商店の店主の顔が、俺を見て化け物でも見たかのような表情に変わる。

ヨーコもその瞳を驚きで大きくした。


「だが、今日ここで、俺達4人には共通の秘密が出来た訳だ。一蓮托生。俺はお前たちが困ればお前たちを助ける。ライアン、星空屋、死人の声を聞くことが出来るのは、何かと役に立つぞ。お前たちの助けになる事も多いだろう。なに、教会の事は心配するな俺がしっかりと目を光らせておく。優秀なモンスターテイマーのハルは今日から俺の懇意にしている冒険者だ。ハル。お前の事は俺が守ってやる。その代わりに、俺から頼み事をすることもあるだろう。星空屋、ライアン。この事は4人の秘密だ分かっているな?」


「かしこまりました伯爵様、この事は私の胸に秘めておきます。もちろん本部への報告も無しです」


「もちろんでございます。ハルさん。星空商店を営んでいるグルトンと申します。以後よろしくお願いいたします」


ねっとりとした笑みを浮かべて俺に挨拶をするグルトン。

やはりどうしても好きになれない男だ。


「グルトンさん、こちらこそよろしくお願いいたします」


若干の嫌悪感を覚えるが、伯爵が懇意にしろと言っているし、国内でも有数の商店の店主との繋がりは悪いものでは無いかもしれない。


ライアンとグルトンは既に顔見知りのようだ。


「それと、ハル。お前が持っているスラム街の屋敷があるな。それも星空屋に売れ」


「どうしてそれを?」


「お前が落ちこぼれ酒場でごろつき達と揉めた事も知っているぞ」


俺は何も言い返せなかった。


「揉めたごろつき達が拠点の名義を、数日後には揉めた相手の名義にした。怪しさ満点だろう。そしてごろつき達は、その数日後には街から消えた。怪しすぎる。すぐに売れ」


「分かりました」


「かしこまりました」


俺とグルトンは伯爵の言葉に納得する。


「墓場のそばの屋敷は、まあ良いだろう、地域でも有名な廃墟だったそうじゃないか、手入れをして綺麗になったとはいえ、古い屋敷だ、下層まで潜る冒険者が住んでいても不思議ではない」


「ライアン、お前はグリーンドラゴンの指名依頼をハルに出せ、そして森の迷宮を封鎖するんだ」


「待ってください、ハル一人で討伐を?」


「ハル。出来るな?迷宮に入れるはお前一人だ目撃者は出ない、お前の術を全て開放すれば出来なくは無いはずだ。俺にお前の力を見せてみろ。男爵にはお前が連れてきた奴隷も連れて一緒に話をする。俺の領地に次男を潜らせて何をさせていたか分かるか?回復術師とエルフの奴隷、相当な金を注ぎ込んで冒険者を装って、迷宮深く潜らせた。お前が持って帰った奴隷の証言と、マジックポーチの中に手がかりはあったぞ。どうやらやつらは森の迷宮でスタンピードを起こさせようとしていたようだ。俺の領地でそんな事をしようとする奴がまだいたなんてな。グリーンドラゴンを倒せば必ず徹底的な証拠が出てくるだろう。ドロップアイテムの他に黒い宝玉が出てくるはずだ。男爵が到着する前には必要な品だ。グレック、カイザルお前たちもハルに力を貸してやれ」


「はっ」


「御意」


伯爵の後ろに立っている2人が、伯爵の言葉に返答する。


「男爵は10日後には到着するだろう。ライアン、森の迷宮の閉鎖には何日必要だ?」


「グリーンドラゴンのユニーク種が11層に出た報告を受けてから、既に森の迷宮は何が起きてもおかしくない危険区域となっております。現在は冒険者組合で調査の為の冒険者を派遣している状態です。明日には一度報告の為に戻ってくる予定ですので、その調査報告が明日あれば、明後日からは閉鎖が可能です」


「よし、ではハル。グレック、カイザルの3人は明後日から森の迷宮に潜れ」


俺はグリーンドラゴンの脅威を思い出す。

勝てるのか?

無理だろ。

手も足も出なかった。

心配そうに俺を見るヨーコと目が合う。

俺の恐怖に冷え切った心に日が灯る。

俺は守らなきゃいけない。

誰にも渡さない。

ああ、ここで一歩前に踏み出さなきゃならないんだ。


「かしこまりました。グレックさん、カイザルさんよろしくお願いします」


俺は、再びグリーンドラゴンと戦うことになった。

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