第25話 商談

「お前がハルという冒険者か?」


俺は冒険者組合でソファーに座っていた。

そして、テーブルを挟んで向かいのソファーに座るのがエドワード・アシュモア伯爵だ。

碧い髪と瞳、その眼光は鋭い。

体格は小柄ながら引き締まった体格をしている。

伯爵の背後には武人だろう顔中傷跡だらけの男と、そこに立っているのにどこか影が薄い細身の男の2人が立って俺を見下ろしている。


「冒険者のハルと申します」


俺は萎縮していた。

これからどんな無理難題を言われるのか分からない。

場合によっては殺されるかもしれないのだから。


俺の隣には、ライアン支部長が座ってくれている。

冒険者組合としてもアシュモア伯爵を警戒対象としながらも、礼は尽くしたいと言っていたので、この会談に支部長が立ち会ってなんとか円滑に話を進めようと思っているのだろう。


「お前がレンハートのとこの次男坊の遺品を持って帰ってきたらしいな」


「はい、複数のオークに襲われていた所を助けようとしたのですが、私の力及ばず彼はダンジョンに吸収されてしまいました」


「報告は聞いている。その後にグリーンドラゴンに襲わてた事もな。お前はモンスターテイマーでその時に大切な使い魔も失ったらしいな」


「はい。また一から出直します。使い魔のいない私は無力で、しばらくはダンジョンの下層には潜れないと思います」


「そうか、そうか」


アシュモア伯爵は俺の話をとても嬉しそうに聞いていた。


「お前、死霊術師だろ」


笑顔で何でも無い事のように俺にそう言い放つ伯爵。


「なっ!」


驚いた表情で俺を見るライアン。


何だ、なんで分かった?

森の迷宮に伯爵の手下が複数出入りしていたという話を思い起こす。

グリンが気づかなかったのか?

それほどの手練なのか?隠密に特化しているのか?

いずれにしても言い逃れは出来そうもない。

伯爵に嘘をついても心象を損ねるだけだろう。


「はい…」


俺は観念してそう答えた。


「ほうほう、素直に認めるか。頭の回転は悪く無いようだな」


笑っていた表情が急に鋭さを帯びる。


「お前が死霊術師だという事は黙っておいてやる。だから俺のお願いも少しばかり聞いてくれると助かる。お前が持ち帰った遺品で少し話がややこしくなっててな」


「お願いというと?」


俺は恐る恐る聞いた。


「複数のオークにではなく、グリーンドラゴンに装備もなにもみんな燃やされてしまった事にしてくれ、お前の連れて帰ってきた奴隷はこちらで預かって話は聞いたし、口裏も合わせた。後は、お前が話を合わせてくれれば全て上手くいく」


どうしてそんな事を?

俺が持って帰ってきた遺品の何が問題だったのか?

様々な疑問が湧き出るがそれを口にする事は避けた。

これは否定すれば口封じに殺される流れなのでは?


「かしこまりました」


俺は冷や汗をかきながら頷いた。


「ふむ。おい、呼んでこい」


伯爵が声をかけると、伯爵の後ろの影の薄い細身の男が部屋を出ていく。

しばらくすると、細身の男が繁華街で会った40歳ぐらいの中年の太った男とヨーコを連れて入ってきた。


なんでヨーコが?

俺は混乱した。


「星空商店の店主と、件の女を連れてまいりました」


「いつもご贔屓にしていただいております。星空商店のグルトンでございます。そしてこちらが私の奴隷のヨーコでございます」


細身の男が伯爵に告げると、星空商店の店主グルトンが伯爵に挨拶をした。


あの夜にヨーコと共に歩いていた男が星空商店の店主だったのか。

そしてヨーコの主人。

考えれば考えるほど、グルトンに対する鬱々とした感情でいっぱいになる。

伯爵はにんまりと獲物を見つけたような笑みを作って俺を見た。


「お前がこの女にぞっこんという話は聞いてるぞ」


おいおい、本当に何でも知ってるな。

俺の事をどこまで調べたんだ?

伯爵の情報収集力が恐ろしい。


「おい、星空屋」


「は、はい」


グルトンはハンカチで大量の汗を拭きながら伯爵に答える。


「この女が至急必要になった。俺が買ってやる。いくらだ?」


「器量が良く、大変人気の高い星空娘ですので、金貨60枚になりますが、伯爵様にはいつもご贔屓にしていただいております。今回は特別に金貨40枚で売らせていただこうと思っております」


「ほう。そりゃ安いな」


伯爵は笑顔でジャラジャラと音をたてる袋を取り出した。

すると、細身の男が伯爵の背後から伯爵の耳に何かを話す。


「ところで星空屋。俺の耳の事は忘れた訳じゃないだろうな?」


「それはもちろんです」


「俺の耳にはその女は金貨30枚って聴こえてたんだが、間違いか?お前、この機に便乗して余分に儲けようとしてないか?」


伯爵の邪悪な笑みに、途端にグルトンの顔が真っ青になる。


「私とした事が、うっかりしておりました。こちらの娘は器量は良いのですが、もう年齢も年齢で当店には充分貢献してくれました。伯爵のお役に立てるならば、いつもご贔屓にしていただいているお礼に献上しようと思っておりました」


グルトンが震える手で額の汗を拭きながら必死に苦しい弁明をする。


「おお!それは嬉しいな。まさかこの俺に吹っ掛けて来る勇気のある奴がいるのかと思ったが、勘違いだったようだな。では、その女、ありがたくいただくぞ」


「ええ、これからも当店を是非よろしくお願い致します」


グルトンはヘコヘコと頭を下げて媚びを売る。


「ああ、確か、お前の所は最近少し困ってる事があると聞いたぞ、レンハートからの穀物の仕入れに対する税率が上がったんだったか?」


グルトンの顔がハッとする。


「流石伯爵様、よくご存知ですね。レンハートの穀物は各領地でも人気の産地ですので、売れ行きは良いのですが、税率が上がり若干ながら利益も圧迫していて大変な部分があります」


「この女の礼と言ってはなんだが、レンハートからの税率の件は俺がなんとかしてやろう」


「本当ですか!助かります!ありがとうございます!」


「他に困った事があれば、今後も俺に相談しに来い。俺が出来る範囲であれば相談にのってやろう」


「かしこまりました。必ず相談に伺います」


グルトンは丁寧に伯爵に礼をすると、ヨーコに向き直った。


「さて、ヨーコ。ずいぶんとお前を買ってから時がたったな。長い間ずいぶんと頑張ってくれて助かったぞ。これからは伯爵様に大事にしてもらいなさい」


そういうとグルトンは自分の指をナイフで切り血をヨーコの首に押し当てた。

ヨーコの指も同じ様にする、ヨーコの血とグルトンの血、そして二人の魔力により奴隷紋が薄くなっていく。


「伯爵様、準備が出来ました。奴隷紋に血と魔力を」


グルトンがヨーコを差し出し自分は一歩下がる。


俺は、突然の展開に呆然とその様子を見ていた。

ヨーコの表情は分からない。

部屋に入ってきたときから、俺は彼女の顔を見ることが出来なかった。

何も出来ない、無力な自分が情けない。

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