第21話 結果

「ハル…本当に頑張ったわね。ずっと一緒にいられるなんて幸せだわ」


ヨーコが微笑む。

いつもとは違って今日は緑色の丈長のワンピースを着ている。

つば広帽子をかぶっている。

普段のセクシーなタイトドレスな彼女とは違った雰囲気だ。

清楚なお嬢様のような柔らかな笑み。


「ハル様。この度はありがとうございました。ドラゴンスレイヤーでいらっしゃるAランク冒険者のハル様には、今後も当店をご贔屓にしていただければと思います。重ねて御礼申し上げます。誠にありがとうございました」


いつも通り黒い制服をビシッと来た星空商店の店員ヴィーゴが俺に深々と頭を下げる。


「それじゃ大事にしてもらうんだよ」


柔らかな笑みでヴィーゴがヨーコを俺へ引き渡す。


「ハル。よろしくね。ご主人さまって呼んだ方が良いかしら?」


俺に右腕に抱きつくヨーコ。

柔らかく包み込むような感触。

温かな体温が右腕に伝わる。

見上げてくる潤んだ瞳。


「おいおい、辞めてくれ。今まで通りハルで頼むよ」


「分かったわ。ハル。私を買い取ってくれて、改めてありがとう。私は本当に幸せ者だわ」


「ああ、もうヨーコの部屋も用意してあるんだ。まずは家具を買い揃えよう。好きなだけ服も買って良いぞ」


「あの豪邸に今日から住めるなんて夢みたいだわ」


「俺もこんな美人と一緒に住めるなんて夢見たいだよ」


「大好きよハル」


ヨーコは背伸びして、俺の頬にキスしてくれた。


「俺も好きだよヨーコ」


俺はヨーコを抱きしめる。

優しく甘くあまったるい香りが。

清らかで懐かしい香りが。

香りが。

ああ、土の香りだ。

そして血の香り。

血?

なぜ?


「ああ、ああああああああああああああああ」


「ご主人さま!ご主人さま!」


「ああ、あ?」


ローザが俺に覆いかぶさるようにして、肩で俺を揺り起こしていた。


「ここは?あ、ああ。そうだったな。寝ぼけていた悪い」


「いえ。うなされていましたので、起こしてしまいました。申し訳ございません」


「いいさ、それよりも俺はどのぐらい倒れていた?」


「既にこちらに辿り着いて6時間ほど経っています」


「他のみんなは?」


俺の問いに首を振るローザ。

全滅。

言葉を出したくはない。

結論を決めるのは早い。

ただ、あの状況。

下層で6時間。

それでも。


「待とう。あと6時間だけ」


「かしこまりました」


「傷は大丈夫か?」


「ご主人さまの魔法で血は止まっておりますので大丈夫です。ですが、片目しか見えませんし、両腕の無い魔法使いの私では、役立たずどころか足手まといでしかありません」


前のように命乞いをする訳でもない。

気丈に自分を足手まといと主張するローザ。

死ぬつもりなのか?

見捨てろって?

冗談じゃない。

一人で地上に戻れって?


「お前は俺の奴隷だ」


「はい」


「だが、ダンジョンを出たら奴隷紋を解除するって言ったよな?」


「はい、ですが…」


「お前にはこいつを男爵家に届けるって指名が残っている」


俺は剣士風の男、レンハート家の次男が持っていた大きめのマジックポーチをローザに見せる。


「魔法使いとしては役立たずになったかもしれんが、男爵家の次男の奴隷だった事は、ダンジョンを出てから役に立つはずだ。俺も同行する。遺品を男爵家に届けるぞ」


「は…ばい…ありがどうございばず」


置いていかれるとでも思っていたのだろうか、気丈に振る舞っていた表情が一気に崩れ涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる。


腕が無いので、顔を拭くことすら出来ないので、俺が顔を拭いてやるが、しばらく涙が止まることは無かった。


泣き疲れたのかローザは気絶するように寝てしまった。


胡座をかいた足の上にローザの頭をのせる。

緑の綺麗な髪が、半分は縮れ焼けていた。

エルフを主張する長い耳も片方は焼けて半分ほどになっている。


俺は死霊術師だ。

こうやって座り、冷静になれば死者との繋がりが切れているのが分かる。


「デッドアイズ」


死者の視点を借りて遠くを見る為の魔法を小声でつぶやくように唱える。

何も見えない。

ダンジョン内では、誰とも繋がらない。

ジェイソンやエミリーと短い時間ではあるが視界を繋げる事が出来そうだったが、それは止めておいた。

地上の様子が知りたい訳ではなかった。

気の所為ではなかった。

全滅だ。

俺の慢心が招いた結果だ。

くそっ。


ローザを殺し、死者として蘇生する事。

死霊術師として真っ先に思い浮かんだ考え。

そうすれば腕も治り戦力になるだろう。

10層からオーガやストームハーピーを避けて5層まで進む困難さを考えれば、無事に帰還する事を考えれば最善の策といえるだろう。

みんな失った後に、目の前の奴隷まで自らの手で殺す?

俺はそれはしたくなかった。

これも慢心なのかもしれない。

妖精の魔法の地図が無ければ、そうするしか無かったかもしれない。

しかし、今は手元に魔法の地図がある。

魔物の位置を把握し、オーガの狩り場を大きく迂回し。

森の木々が濃い部分を通り、上空からのストームハーピーからの発見を防ぎ進む。

森の木々が多い分、トレントだけは避けて通れないとは思うが、奴らは移動が非常に遅い、時間をかけて遠方からライフドレインをかけ続ければ、時間はかかるが俺単独でも倒せるとは思う。


様々な考えを巡らせながらローザが起きるのを待つ。

足にローザの温かさを感じながら、俺もウトウトしていたようだが、ローザが身じろぎをした事で意識が覚醒する。


「起きたか?」


「ご、ご主人さま。足を…あ、ありがとうございます」


「自分の腕を枕に出来なくなっちまってるお前を、硬い地面で眠らせるのもな」


「申し訳ありません」


「待っても誰も来ない。出発するぞ」


「まだ6時間も経って無いのでは?」


「お前が寝ている間に、意識を集中し使者との繋がりを感じ取っていたが、ダンジョン内には何も感じられなかった。全滅だ。食われたか、消し飛んだか、いずれにしても既にダンジョンに吸収されているだろう。俺でも蘇生は出来ない」


「そう。ですか…」


「ああ」


悲痛な顔でうつむくローザ。

俺は魔法の地図を自らの背中に貼り付ける。


「お前は敵の接近があれば知らせろ、オーガの狩り場を迂回し、木々の多い場所を進む様に進む方向を後ろから指示するんだ。トレントを見つけたら教えてくれ」


簡単な打ち合わせを済ませると、俺達は上層に向けて出発した。

俺の慢心が招いた結果が重くのしかかる、重い足を前に出し進むしかない。

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