第14話 ある日の事
朝食もエミリーの作った絶品の朝食を堪能した。
朝食後、俺はモーリス、エミリー、ジェイソンを呼んで、ここ最近の話をさせてもらった。
「昨日の今日で遭遇するとはのぉ。お主が殺されなくて良かったわい。死霊術師は突発的な戦闘にめっぽう弱いからのぉ、今後はグリンを連れて歩いた方が良いんじゃないのか?」
「本当に困った時は思念を飛ばして助けに来てもらうさ」
「そうじゃったな。グリンなら街中であれば数分で駆けつけられるだろうからな」
「そういう事だ」
「ご主人さま、ご無事で何よりです」
「ああ、ありがとう」
「それで、私達はそちらのロゴスさんのお屋敷も定期的に管理すればよろしいのですね?」
「ああ、悪いけど頼むよ」
そこから数日は、ロゴスの屋敷の調査。
火山洞窟から帰ってきたロゴス達を、我が家に招いての顔合わせなど忙しかった。
「で、お主がロゴスか?」
「そうだ、よろしくな爺さん」
巨大で筋肉質な体躯を持つロゴスは、髭と頭髪は赤黒く、体毛も濃い。巨大な鉄の鎚を軽々と持っている。喧嘩や戦闘を好む荒々しさは鳴りを潜めているが、凶悪さが漂う笑顔でモーリスに返答した。
「そんで、こっちがシーグリム、そしてこっちがウルフリック俺の昔からの仲間だ」
「シーグリムだ。出身は海の辺りだな船乗りをしてた事もある。獲物はこの二振りの剣だ」
ロゴスに負けぬ長身で細身だが筋骨隆々な体躯を持つ、ヘラヘラとしており、灰色の髪と海のような青い瞳をしている。
「ウルフリックだ。俺はこれだな」
眼光の鋭い野生的な戦士で、髪の毛は無くツルッとハゲている。狼のような目をしている。何よりも大きな大剣が目を引く。
「シーグリムは俺よりも頭が切れるし、ウルフリックはちょっと寡黙だが、剣は頼りになるぜ」
「紹介ありがとうロゴス。それでこれらはこちらで処分させてもらうぞ?」
ロゴスの屋敷からは、ボロボロの女性の衣服や下着、血に塗れた防具や武具、拘束具、魔石、宝石、壺や絵画など、あの屋敷にあれだけの怨霊がいた事が何故なのか、容易に想像できる品々だった。
「まぁ死んじまったらな、そんなものあったてしょうがないさ。好きなようにしてくれ」
「分かった、それじゃロゴス達に売れるものは売ってきてもらって、売れそうにないものはこちらで燃やすなりなんなりして処分しておけど、それでいいな」
「分かった、じゃぁ俺達は手分けして売ってくる」
「ああ、頼んだ。屋敷の手続きも頼んだぞ」
ロゴス達の拠点も俺の名義に譲渡する事になった。
引き続きロゴス達にはあの拠点を使ってもらうが、死人に資産は必要ないからな。
「任せとけ。あと生前は悪かったな、ちょっとカッとなっちまってな」
「大丈夫、俺もお前が生きてた頃にちょっとした悪さをしたからな。お互い様だ」
「そっか、ありがとうな」
「どういたしまして。それと、くれぐれも死人とバレないように行動してくれよ。死人とバレたら教会に除霊されちゃうからな」
「はっ、教会が怖くて死人がやってられるかよ!腹も減らない、汗もかかない、疲れもしない、臭くもない、痛くもない、最高だぜ!がっはっは」
「スピリチュアルチャージ。一応、これでしばらくは問題ないはずだ。霊力が足りなくなったら言ってくれ」
「分かった!じゃぁ行ってくる!」
意気揚々とロゴス達は街へ出掛けていった。
少し心配ではあるが、任せるしかないな。
ロゴス達と共にダンジョンに挑む事も考えたが、風評の悪いロゴス達と一緒にダンジョンに行くこと、冒険者組合にパーティーとして登録し共に依頼をこなす事など、余計なトラブルを招きそうな予感しかない。
基本的にはロゴス達には別々に行動することにした。
定期的にスピリチュアルチャージはしてやらなければならないとは思うが、頻繁に会うことは避けようと思う。
というか、もうロゴス達に依頼受けてもらって、俺はダラダラ過ごしていても、贅沢をしなければ生活に困ることはないだろう、悠々自適な生活が出来そうだ。
そんな事を考えながら、落ちこぼれ酒場へ向かった。
「マスターこの間は迷惑かけちゃったな。これ」
俺は行きがけに買った焼き菓子をマスターに渡す。
「おお、すまんな。怪我はすっかり良くなったようだな」
「おう、もう大丈夫だ。心配かけたようだな」
「なに、長年酒場をやってりゃ、もっと酷い事もいっぱいあったさ、気にする程の事じゃないさ。とりあえず、エールで良いか?」
「ああ、それと適当にツマミも頼む」
マスターが手早く冷えたエールとツマミを用意してくれた。
ソーセージにチーズとスパイスソースがかけられたツマミは濃厚で美味かった。
「こんばんわ。ハルこの間はありがとうね」
ふわっと良い香りと共にヨーコが隣に座った。
今日は黒いピッタリとした薄手のドレスで、赤い髪に良く似合っていた。
「俺の方こそ余計なことしちまって悪かったよ。ごめんな」
流石にカッコ悪い姿を見られた後なので恥ずかしい。
「とにかく、今日はハルの快気祝いね。乾杯」
「ありがとう。乾杯」
「聞いたわよ。お店の方に来てくれたんだって?」
「星空商店か?行ったぞ、でも、ごめん買えなかったんだ」
「ううん。気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう」
ヨーコはカウンターに頬杖をついて俺をニッコリと笑って見つめてくる。
潤んだ緑色の瞳が揺れている。
「今日も銀の月夜亭?」
「ああ、実は俺さ、しばらくこの街に住むつもりで、長い目で見れば宿暮らしより貯金出来ると思って、家を買ったんだ」
「へぇー凄いじゃない!私も行きたいわ!」
モーリス、ジェイソン、エミリーと3人の顔が頭を過る。
ヨーコとあれこれ致すのに3人に声を聞かれるのはいかがなものか。
死霊術師としても、死人に対してそんな事気にするべきじゃないのかもしれないが。
むしろ、生者でさえ、この世界ではそんな声とかあれやこれやを気にする人はいないのかもしれない。
「わかった。ちょっと場所が辺鄙なところだし、同居してる人たちもいるから驚くかもしれないけど、是非来てくれよ」
「ほんと!?嬉しい!今夜はどお?」
「もちろんかまわないさ」
俺はさっとマスターに銀貨5枚を渡した。
「おい、ちょっと話が聴こえちまったんだが、宿を使わないなら銀貨4枚で大丈夫だぞ」
マスターは銀貨を1枚返してくれた。
俺は残りの酒をグッと飲み干した。
「それじゃ、行きましょうよ」
ヨーコが俺の腕に腕を絡ませてくる。
温かくふんわりとした感触が俺の腕を包み込みドキドキする。
「マスターありがとう。また来るよ」
俺はヨーコを伴って店を出ると家へと向かう。
「ハル。こっちには何も無いわよ」
「辺鄙なところって言っただろ。俺の家は墓地の隣なんだ」
「わおー。刺激的な立地じゃない!オバケとか出てきたりして」
冗談めかしてヨーコが言った言葉にドキリとする。
「もしかしたら出るかもしれないな。でも大丈夫、今度こそ俺が守るからさ」
「ありがとう」
頬にヨーコが口付けしてくれる。
肉厚でぽってりとした唇の感覚が頬に残る。
キスされた頬に風があたり、キスされた部分だけが少し涼しく感じる。
屋敷に着くとヨーコが歓声のような声を発する。
「ちょっと、凄い!豪邸じゃない!え?ハルは貴族だったりするの?実はお坊っちゃま?どこそこ品が良いなとは思ってたのよね」
ヨーコの声を聞いて、グリンとジェイソンがお出迎えに来てくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ウォン!」
俺はグリンの頭を撫でようと手を伸ばしたが、グリンは仰向けになりお腹を見せてきた。
グリンのお腹から喉のあたりまでまんべんなく撫でてやる。
「へぇ、大きなワンちゃんね」
ヨーコも俺の隣に座ってグリンを撫でてくれた。
「というか旦那様って、やっぱりハルは貴族なんでしょ?」
「貴族では無いんだけど、ジェイソンに色々手伝ってもらってるんだよ」
「ごめん、いろいろ聞くなんてマナー違反よね」
「うん。いつか話せる時が来たら良いなって思ってる。さ、屋敷の中も案内するからさ、どうぞ」
俺はヨーコのしっとりと女性らしい手を取り屋敷へとエスコートする。
「わぁ、シャンデリアがある!広いっ!」
屋敷に入ってもヨーコは驚きっぱなしだった。
「いらっしゃいませお嬢様。お帰りなさいませ旦那様。ご夕食はお済みですか?お風呂にされますか?それとも夕食をお作りしましょうか?」
エミリーが俺とヨーコを出迎えてくれた。
「うん、軽く食べてきたんだ。まずは、軽く軽食を食べながら飲んで、その後はお風呂に入って寝ようと思うんだ」
「かしこまりました」
エミリーもいろいろと聞きたいことはあるだろうけど、そこは暗黙の了解で察してくれたようだ。
何も聞かずにいろいろと用意をしてくれる。
本当にありがたい。
「自分で言うのもなんだけど、奴隷の私が受けるには過ぎた歓待じゃないかしら?」
ヨーコは苦笑して自分の首を触る。
なんだかその仕草を見て俺も心がグッと苦しくなる。
「そんな事ないさ。今日はゆっくりしていっておくれよ」
「ありがとうハル」
「さ、軽く飲み直そう」
俺はエミリーが用意してくれた軽食と酒をヨーコと楽しむ事にした。
軽く焼かれたフラットブレッドと合わせて出てきたのは、ハチミツとクリームチーズをベースにした甘いディップ。
キノコと海鮮のアヒージョ。
スパイスの効いたナッツの盛り合わせ。
果実酒がグラスに注がれている。
「なんだか夢の世界に来たみたいだわ。お料理もとっても美味しいわ」
「ヨーコが気に入ってくてたみたいで俺も嬉しいよ。エミリーの料理はいつも絶品なんだ」
「はぁ、夢ならば醒めなないで欲しいわ」
「うん、俺もそう思う」
俺達は軽食を楽しんだ後、二人でお風呂を楽しんだ。
黒いドレスを脱ぐと現れた真っ白は肌が眩しかった。
お互いに石鹸の泡で洗い合う、くすぐったくも楽しい時間だ。
水を弾く肌。輝きながら濡れる髪。柔らかく温かい。
濡れた身体をお互いにタオルで拭いていく。
ふかふかのベットにはシルクの枕が2つ用意されていた。
お互いの手の指を絡め合い、口づけを交わす。
強く抱きしめると壊れそうな身体をそっと抱きしめる。
甘ったるく優しい匂いが漂う。
心が満たされてとても幸せな気持ちになる。
求め合うお互いの熱量が何度も熱しては落ち着いてを繰り返し、夜は更けていく。
翌朝、朝食を取り街までヨーコを送り、別れた。
幸せな気持ちが大きければ大きいほど、別れたあとの寂しさが募る。
その晩、俺はまた街へと向かった。
落ちこぼれ酒場に向かっていた。
また会いたい。どうしても。
想いが募った。
会うたびに気持ちが強くなる。
彼女の匂い。感触。声の響き。全てが愛おしい。
それは繁華街に入った時だった。
40歳ぐらいの太った男に腰に手を回され、連れ立って歩くヨーコに出会った。
ギュッと心臓が掴まれたような痛みを感じて立ち止まった。
ヨーコは俺に気づくと一瞬驚いた顔をして、顔を背け、伏し目がちにすれ違った。
分かってはいた。
彼女の立場、彼女の仕事、俺の立場、俺の位置。
でも気づかないふり、知らないふり、お互いが会った時は一夜の夢を楽しむ。
それがルールだってのは分かってた。
夜の女性に惚れるってのはこういう事だってのは。
幻想は抱くな。
現実を見ろ。
彼女は奴隷で。
彼女は星空娘で夜の女だ。
俺は金が無い。
彼女は買えない。
俺は弱い。
あの男だけじゃない。
俺が会えない夜は、あの綺麗で美しく品のあるヨーコが俺ではない誰かのものになる。
やっぱり、俺は彼女を買おう。
もたもたしてる場合じゃない。
俺は強くならなきゃならない。
魔物を倒せば強くなるのは分かっていた。
だけど、俺は今までずっと安全な範囲での依頼しか受けてこなかった。
今のままでは、俺の格はすでに成長限界だろう。
でも、そんな悠長な事は言ってられない。
限界を突破して格を上げるには、もっと強い魔物を倒さねば。
格を上げ、もっと難易度の高い依頼を受け、稼がなければならない。
手に入れられない。
届かない。
自分に言い訳するのは終わりだ。
行動しろ。
勇気を出せ。
挑戦しろ。
俺はそのまま冒険者組合に向かった。
※近況ノートに作者の勝手なヨーコのイメージをアップしています。
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