第2話 酒場
なんとなくだらだらと冒険者として過ごす日々をおくり、俺はあっと言う間に20歳になっちまった。
まぁ、この世界ではガキでも酒も飲むし、結婚だって15歳ぐらいでする奴も多い。
それぐらい厳しい世界だからこそ平均的な寿命も40前後ってわけだ。
肉体が衰えれば、社会保障なんてものも無いし大体は死ぬ。
病気だったり、魔物に襲われたり、職がなくなって食えなくなったり。
死因は様々だ。
まぁ、俺は俺なりに日本人としての規律を守って、今日まで酒も飲まず、婚姻もせず過ごしてきたわけだ。
我ながらこういう部分はしっかりしておきたい性格なのかもな。
いつか日本に帰れたときに後悔しないようにって想いもあったのかもしれない。
でも、そろそろ俺も分かってはいるんだ。
しっかりとこちらの世界で生きなきゃならないって。
まぁ、こちらの平均寿命で考えれば俺も立派な中年。
どこか気に入った街に定住するってのも良いかもな。
家庭を持ってもいいし、酒だって飲んだって良いはずだ。
というわけで、俺は今夜は宿屋で晩飯では無く、酒場ってところに来たわけだ。
酒場の扉を開けたとき、一瞬目が眩んだ。
中は暗くて煙たく、騒々しい声が耳に飛び込んできた。
ちょっと帰りたくなってきた。
やっぱり宿屋で飯食って寝る方が俺には向いてるんじゃないか?
酒場の中は、テーブルで賭け事をしている男たちやセクシーな格好をした女たちで溢れていた。
俺はテーブル席に座る勇気も無く。
店の奥のカウンターの端っこに座った。
「おう、兄ちゃん見ない顔だな」
人の良さそうな笑顔を浮かべたマスターがカウンター越しに話しかけてきた。
「そりゃ、この街に着いたばっかりだしな」
「そっか、あんた冒険者だな。まぁ冒険者にとっても、ここファスは良い街さ、ダンジョンも何箇所か近くにあるし、治安もそこそこ良い。この国じゃ王都に次ぐ第二都市ってやつだな。とりあえず、エールで良いかい?」
「ありがとう、じゃぁ、それを一杯くれ。後は適当なツマミも頼むよ」
「あいよ」
マスターは手早く俺の前にエールを差し出した。
そして、ささっとツマミも出す。
俺はマスターへ支払いをした。大銅貨3枚と、まぁ普通の食堂より少し高いぐらいの値段だ。
酒の代金も含まれてると思うと、リーズナブルと言えるのだろう。
会計を済ますとマスターは他の客の接客へと戻った。
俺は、初めてのエールをグビッと飲んだ。
「ニゲェ」
苦かった。
でも飲んだ後に口と鼻に芳醇な香りが広がるのは悪くない。そして口の中のベタつきがさっぱりと消えるのは悪くない。
何口か飲むと、少し気持ちよくなってもくる。
親父が晩酌してた理由が今にしてようやく分かった気がする。
こりゃご褒美だな。
身体の疲れもとれたような気分になる。
俺は、初めての晩酌に満足してツマミを食べすすめた。
これはなんて名前の料理なんだろう、野菜と肉が、食べやすい大きさで香辛料たっぷり、味付け強めのツマミだ。
この地方の名物なのか、周囲の客も、同じようなツマミを頼んでいるようだ。
それと、豆の塩ゆで、サラダ、卵の燻製盛りとかなり盛りだくさんだ。
しかも美味い。
大銅貨3枚は安いなこれは。
俺は追加でもう一杯のエールを頼んだ。
店の名前が「落ちこぼれ酒場」って名前だったから正直全然期待してなかった。
今晩泊まる宿から近いってだけで選んだつもりだったが、これは当たりかもしてない。
ウメェ。
特にこの野菜と肉のやつが、エールとめっちゃ合う。
濃い味付け、エールでさっぱり、濃い味付け、の無限ループだ。
なんか、だらだらと生きてきた人生だったが、脳が開いた気がする。
なんで今までこれを我慢してきたんだろうか?
日本じゃないんだから20歳まで待つ必要なんてなかったよな。
美味い嬉しさと、なんだかめちゃくちゃ損した気分とがごちゃまぜになりつつも、俺は舌鼓をうって満足した気分を堪能した。
もうツマミを食べきって、3杯目のエールを飲み切る頃。
そろそろ宿に戻って寝るかって考えてた時だな。
酒の香りでもない、ツマミの匂いでもない、なんとも言えない良い香りが俺の鼻をくすぐった。
「お兄さん、いらっしゃい」
カウンターの俺の席の隣に、そうだな、俺より少し年上だろうな。
ボッキュッボンのお姉さんが座ってきた。
赤く燃えるような髪は長く艷やかで美しい。
目は釣り上がり気の強そうな視線はどこか高貴さも持ち合わせている。
豊満な胸部装甲はたわわに揺れ、際どい服装で強調されていた。
「こんばんわ」
「あら、緊張してるの?私ヨーコっていうの、よろしくね」
ぽってりとした唇で俺にそういうヨーコ。
とても魅力的なヨーコの外見で俺の目を一番釘付けにしたのは、
その首にある奴隷である証拠でもある、所有者の刻印だった。
どういう経緯で奴隷になったのかは分からないが、こんな綺麗なお姉さんを所有している主人がいる事、ヨーコが隣に座ってきた理由、さまざまな考えが頭を巡るが酔っているのか上手く考える事が出来ない。
「お兄さん、私の好みよ、今晩どうかしら?」
この世界の酒場でこのようなお誘いがある事は知っていた。
だが、着いたばかりの街で初めて訪れた酒場での誘いに、俺の警戒心が急速に高まっている。
「えっと…」
どう返答したら良いものか考えているとマスターが声をかけてきた。
「なんだなんだ、ヨーコからのお誘いを迷ってるなんて兄ちゃんなんか特殊な趣味なのか?」
そういう訳じゃなく、なんかいろいろ怖いんだよ。
俺は酔ったからなのか、もう面倒くさくなっていろいろ素直に話した。
「ええと、正直に話すと、この街も初めて来たし、俺こういう酒場に来るのも初めてなんだよ。普段は宿で食って寝て、依頼を受けてってそんな生活しかしてこなかったからさ。だから酒場で女性からこうやって誘われる事も初めてで、正直戸惑ってる」
「なんだ、兄ちゃん素直で可愛いな」
マスターはニカッと笑ってそう言った。
「兄ちゃん今夜はどの宿だ?」
「近くの銀の月夜亭です」
「分かった、ヨーコ。銀の月夜亭だとよ」
「分かったわ。またね、お兄さん」
そういうとヨーコはさっと椅子から立ち上がり去っていった。
なんだったんだ?今のやりとりは?
「兄ちゃん、こういうの初めてだって、言ってたけど酒場でこういう事があるってのは、その歳まで生きてりゃ知ってるよな?」
「そりゃ、まぁ知ってはいたよ。想像とはだいぶ違ったけどさ」
「そうか、まぁヨーコはちょっと特殊かもな。なんつっても主人は星空商会の商会長だからな」
俺はちょっとビックリした。
星空商会といえば、この近隣の街には必ずある商店で冒険者の俺はポーションなど冒険で使う道具を買うのに安心安全で品質も間違いない星空商店を良く利用していたからだ。
まさか、あれだけ大きな商会の商会長が奴隷を?
「驚いた顔してるが、あれだけ大きな商会だ。情報が必要なのは分かるよな?それは何も機密情報なんて情報じゃなくても良いんだ、ちょっとした街中での噂や、地方の話、そんな情報を集めつつ商売にもなる、そういう仕事を大店の主人がしてたとしても可怪しくはないだろう?」
俺はマスターの説明に納得した。
確かに正攻法ばかりであれだけ何店舗も経営し、商品の品質や価格帯を安定させるにはちょっとした噂でも重要になってくるのだろう。
「まぁ、そういう意味では、ヨーコは真っ当な主人を持ち、安心安全品質保証だぜ。しかも、主人からは客を選ぶのはヨーコ自身に任されてるって訳だ。そうやってアメとムチの絶妙なバランスをとるのが上手いのもあの主人の老獪な部分でもあるがな。この街以外にも、星空商店のある酒場にはヨーコのような星空娘が何人もいるわけだ。もちろん、ウチの酒場にも星空娘は他にもいるし、主人がちょっと良い噂をきかない娘もいるっちゃいる。ヨーコは銀貨5枚だ。他の娘でも良いなら銀貨1枚の娘だっているぞ」
宿の一泊が銀貨1枚だ。
ヨーコの価格は今まで冒険者をひたむきに続けてきた俺からすると普通に出せる金額だ。
周囲から見れば禁欲的な生活をしてるように見えただろう。
ただ、俺も健康な男子だ。
いろいろと溜まるものもある。
そして、今日は初めての酒場で初めての酒で酔っているのもある。
俺はマスターに銀貨5枚を素早く渡した。
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