7. ☆3 (前)




 食堂の選択肢でシェリルにハロルドルートを解放されてしまった俺は、この後の展開を慎重に進めなければいけなくなった。


 まず、シェリルには俺以外の攻略対象者のルートを何としてでも解放してもらう。そうしないと、この先のルートがハロルド攻略一直線になってしまうからだ。


(いや、主人公とイチャラブなんて俺には絶対ムリだし……)


 と言う訳でシェリルに次の選択肢を上手いこと誘導すべく、俺は窓の外に視線を向けた。ゲームの通りなら、もうすぐここをアルフレート殿下が通るはずだ。


 次に出てくる選択肢はアルフレート殿下のルートに入る分岐だった。


 食堂で昼食を取った後「授業までまだ時間がある。どこへ行こう?」という設問が出てくる。

 アルフレート殿下のルートに入りたい場合は『中庭へ行ってみよう』を選択しなければいけない。『教室に戻ろう』を選んだ場合、殿下のルートは解放されずに別の場面へと進んでしまうからだ。

 俺は窓の外に目を向けて、おもむろに呟いた。


「アルフレート殿下……?」


 窓からは、ちょうど中庭に向かうアルフレート殿下の姿が見えていた。

 俺は「あれれぇーどうしてかなー? あそこにアルフレート殿下がいるぞー」と言わんばかりの白々しさで、シェリルの意識をそちらに向ける。


(見ろシェリル、中庭だ! お前が次に行く場所は教室ではなく、中庭だ!)


 俺は心の中でシェリルに向かって懸命に訴えかけた。

 その思いが通じたのか、シェリルは「中庭に行ってくる!」と言って席を立つと、食べ終わったトレイを片付けて足早に外へと駆け出して行く。


 俺は眼鏡を光らせながら「ヨシッ!」と心の中で拳を握った。このまま上手くいけばアルフレート殿下のルートが解放されるはずだ。



 中庭に向かうシェリルを追いかけながら、俺は『どきどき☆ドラゴナイト』のストーリーを思い返していた。



 王立学園に入学した主人公は、「加護の力」と言われる魔法の様な力を持つ青年達(攻略対象者)と出会う。

 彼等は様々な悩みを抱えていたが、主人公がその悩みを解消する事で恋心が芽生え、段々とお互いに惹かれ合っていく。


 学園生活を送る中で主人公と彼等は親密になり、なんやかんやあって良い感じになった物語の終盤……なんとそこに、突然「闇のドラゴン」が現れるのだ!


 ドラゴンの脅威が迫る中、そこで一番好感度が高い攻略対象者と主人公がドラゴンと戦う事になるのだが……。この時、好感度が高ければ高い程、攻略対象者の「加護の力」が強くなり闇のドラゴンを倒す事が出来る。


 ドラゴンを倒せばラストに攻略対象者の告白イベントが起きて、ハッピーエンドで無事にエンディングを迎えられる。

 だが好感度が足りない場合、ドラゴンに攻撃された攻略対象者を庇った事でラストに主人公が死んでしまうのだ。

 攻略対象者は主人公の亡骸を抱えて命からがら逃げ出すも、結局はそこでバッドエンド。安定の死にゲーである。



 ……てか、途中まではよくある恋愛ゲームの流れだったのに、終盤で突然「闇のドラゴン」が現れるとか何なの? マジで怖すぎじゃない?


 俺がシェリルとドラゴンを倒す事になったとして、闇のドラゴンだよ?

 ゲームならいざ知らず、実際にそんなのを前にしたら、俺なんて生まれたての小鹿みたいに足がプルプル震えちゃうよ? たぶんその場から一歩も動けないよ? そんなんで本当に闇のドラゴンを倒せるんですかね?


 そもそも、サブタイトルで「キミにめぐる恋の翼」とか言ってるけど、主人公に巡ってくるのは数々の即死選択肢だし、どきどき☆するのも即死選択肢のせいだからな!


 ……と、突っ込みたい事は色々あるが、今はそれは置いておくとして。


 ハッピーエンドに向かうためには、攻略対象者の好感度の高さが鍵になってくる。

 しかも、途中で出てくる攻略対象者の悩みを解消しておかないと、普通に好感度を上げただけではドラゴンを倒すのがかなりキツくなってしまうのだ。


 アルフレート殿下のルートを解放した直後に出てくるイベントは、まさにその、殿下の悩みが解消するかどうかの分岐になっていた。

 ここで上手くお悩み解消の選択肢を選べば、殿下とのハッピーエンドに向けて一歩前進するのである。


 シェリルには是非とも殿下との仲を深めてもらい、二人の愛の力で殿下に闇のドラゴンを倒してもらおうではないか!


 俺は迫り来る選択肢に備えようと、中庭の茂みに屈んでそわそわしているシェリルを見た。


「ノアールテイル、一応聞くけど何してんの?」


 怪訝な顔をして尋ねた俺に、休憩だから気にするなとシェリルが続ける。


 本来なら、殿下のイベントは中庭を散策中に出くわす筈なのだが……今のシェリルの姿は散策中と言うより、どう見ても偵察中と言った感じだった。

 木陰で休むアルフレート殿下の様子を、茂みの間からコソコソと覗き見ている。


 シェリルが殿下に興味を抱いているという意味では、この状態も悪くないのかもしれないが、


(これ、イベント起きんのかなぁ……)


 そう心配していた時だった。

 突然グアァァッ! という鳴き声を上げて、上空から魔獣のグリフォンが現れた。


(イベント来たーッ!)


 上空から現れたグリフォンが殿下に襲いかかるこの場面。

 主人公が選ぶのは、『アルフレート殿下を助ける!』か『校舎に助けを呼びに行く!』のどちらかだ。


 殿下の悩みを解消しつつ、好感度を上げるためには──。


(まだ、まだだ……)


 俺は神経を尖らせて静かにその時を待った。


 グリフォンがアルフレート殿下の方へ一直線に向かってくるが、殿下はその場から一歩も動こうとしない。シェリルは茂みの中でオロオロと狼狽えている。


(もう少し……)


 下降してきたグリフォンの爪があと少しで殿下に届く、その瞬間、


 ──今だッ!


 俺はシェリルの背中を殿下の前へトンと押しやった。


「わーッ、とっ、と!」


 シェリルがバランスを崩しながらアルフレート殿下とグリフォンの間に転げ出る。と、グリフォンがシェリルの襟首を掴んでそのまま上空に飛び上がった。


(完璧だ……!)


 俺は心の中で自分を称賛した。


 グリフォン襲撃の選択肢で殿下の悩みを解消するには『アルフレート殿下を助ける!』を選べば良い。

 間に入った主人公がグリフォンに連れ去られ、それを殿下が「風の加護の力」で助け出す。


 周囲から恐れられていた加護の力を使って主人公を救出する事で、力に対する嫌悪感が無くなって、殿下の悩みが解消されるのだ。


 目の前では、ちょうどシェリルが殿下の加護の力でグリフォンから救出され、その腕の中にしっかりと抱かれている所だった。


 舞い散る花吹雪の中で見つめ合う二人の姿を確認した俺は、一枚絵さながらのその美しい光景を前に、フゥと小さく息を吐いた。


(さてと……)


 視線の先を二人から外して上空に向ける。

 イベントを待っている間に浮かんだ懸念事項を確認するために、俺はそっと茂みを抜け出した。



 貴族子女はもちろん王族まで通うこの学園には、当然至る所に厳重な警備が敷かれている。

 その厳重な警備をすり抜けてグリフォンが襲ってきたという事は、グリフォンは外から来たのではなく、学園の中で召喚されたという事ではないのか?


 ゲームでは美麗一枚絵に流されてそんな話は一切出て来なかったが、普通に考えたら真っ昼間の学園の中庭に魔獣が現れるなんて、非常事態極まりない。


 けれど今だって全然騒ぎになっていないし、警備が緊迫した気配もない。

 つまりこれは、学園の内部にこっそり手を回した奴がいるという事だ。


 ただでさえ死にゲー仕様のこの世界。少しでも不安要素が排除出来るのならば、今のうちに叩いておくのは願ったり叶ったりだ。

 俺は魔獣を召喚した奴を叩くべくグリフォンの足取りを追った。



 そうして辿り着いた校舎の裏で俺が目にしたのは──、


「遅かったねぇ。グリフォンならもう僕が捕まえたよ、ハロルド君?」


 掌から燃えさかる炎を出してグリフォンを倒している、殿下の側近の姿だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る