8. ☆3 (後)
「遅かったねぇ。グリフォンならもう僕が捕まえたよ、ハロルド君?」
グリフォンの後を追って校舎裏に辿り着いた俺が目にしたのは、掌から燃えさかる炎を出してグリフォンを倒している殿下の側近の姿だった。
「あぁそう言えばキミ、今はハル・モーブって名乗ってるんだっけ?」
「……アントス先輩、一体何の話でしょうか?」
「ふーん、あくまでしらを切るつもり? まぁ別に良いけどねぇ」
『炎の加護の力』を持つアルフレート殿下の側近、アントス先輩。
主人公達より一つ上の学年に在籍している彼もまた、ゲームの攻略対象者の一人だ。
前世の記憶を思い出す前から、俺はサリュージュ公爵子息として先輩と何度か交流した事がある。
それもあってか殿下の側近として大変優秀な彼は、辺境伯子息ハル・モーブは偽りの姿で、本当は俺がハロルド・サリュージュだという事を当然の様に見抜いていた。
が、ここでの俺は、誰が何と言おうとハル・モーブだ。
ゲームの主人公であるシェリルと恋仲にならないためにも、俺が自分の事を公爵子息のハロルドだと認める訳にはいかない。
俺は「えっ、ハル・モーブには中の人なんていませんけど…?」みたいな態度で、しれっと先輩の質問をスルーした。
「それより先輩、グリフォンを召喚した奴は……」
そうして自分の事から話を逸らすため、俺はグリフォンの方へと話題を向ける。
先輩は俺の事にはそれ以上言及せずに、目深に被っていたフードを少しだけ持ち上げると片眉を上げて俺を見た。
「上手いこと逃げてったよ…。てか、朝からなーんか嫌な感じがしてたんだよねぇ。で、鬱陶しいからこっちから仕掛けようかなぁって思った所で、グリフォンがアルフを襲って来たんだよ。そしたらアルフが風の力を出してグリフォンを撃退したでしょう?
僕は感動しちゃったよねぇ。アルフ、風の力を使いこなせるようになってるじゃーん! ってさ。…なんで、それに免じて今回は特別に見逃してあげたって訳。僕ってば、ほぉんと優しいよねぇ?」
先輩はそう言ってクツクツと笑った後で「まぁ、次は無いけどね」と思いっきり低い声で呟くと、掌から猛炎を出してグリフォンを灰にした。
(怖ーーッ!)
ゲームではストーリーをある程度進めて行けばアントス先輩のルートを解放する選択肢が出てくるが……俺はシェリルには、この人のルートは解放して欲しくないと思っていた。
それというのも、分岐の複雑さもさることながら、それを上回る勢いでこの人自身が相当に曲者だからだ。
前世でゲームをプレイしている時から俺は思っていた。
(物語の世界だからこそ許されている性格のキャラっているよなぁ……)
アントス先輩は、実際に自分の周囲にいたら絶対にお近付きになりたくないタイプの人だった。
いつでもニコニコしている様に見えて、お腹の中は真っ黒クロで扱いに困る面倒くさい人なのである。
先輩のドス黒さに比べれば、辺境伯領の騎士達の、なんとまぁ可愛い事か。
「逃げちゃったんなら仕方ないですね」と、話を切り上げて帰ろうとした所で、先輩が両目を細めて俺に問いかけてきた。
「ねぇハル君。あれ、わざとやったでしょう?」
「……何の事ですか?」
「シェリル君だっけ? グリフォンがアルフに向かって急降下して来た時、キミがあの子をアルフの方に押し出したように見えたんだよねぇ」
(見てたのかよ……)
突っ込まれるのが面倒なので「気のせいでは?」とやり過ごそうとしたその矢先、アントス先輩が俺の核心を突いてきた。
「もしかしてキミ…あの子を使ってアルフに何か焚き付けようとしてる?」
「……ッ!」
思わず顔に出てしまった動揺が「その通りです」と答えてしまっていた。
先輩はアハハッと嬉しそうに声を上げると、ニヤリと口で弧を描いて俺に畳み掛けてきた。
「何でそんな事するのか聞いても良い?」
「……」
「それってキミがハル・モーブを名乗っているのと関係あったりする?」
「……」
「そっかー、言えないかぁー」
言えるわけがない。ここがBLゲームの世界で、二人をくっつけないと俺が面倒な事になるんです! なんて……。
俺が黙ったまま何も言わないでいると、アントス先輩は「分かったよ」と呟いて肩を竦めた。
「キミがどうしてそんな事をするのか凄ぉく気になるけど、僕はもう、これ以上キミを詮索したりしないよ。けど……あーそうそう! その代わりと言っては何だけど、僕からキミにひとつ、お願いしたい事があるんだよねぇ……」
何を言われるのかと身構えた俺に、バチバチの睫毛に縁取られた金色の瞳をニコッと細めて先輩が言った。
「キミに、アルフの側付きを頼みたいんだよ。ほら、お城と違って学園にいると僕がアルフの側にいられない時があったりするんだよね。そういう時だけでも良いから頼まれてくれないかなぁ?
例えばお昼休みの時間とか…あーあと、もうすぐ新入生はレクリエーションがあるから、その時とかに。ね?」
「……はぁ?!」
(俺がアルフレート殿下の側付き……?)
ゲームには無かった展開を先輩から仄めかされて、思わず変な声が出てしまった。
アルフレート殿下のルートを解放すると、殿下から「俺の側付きになれ」と言われる展開になるが、それは主人公であるシェリルの話だ。
ハロルドが殿下の側付きをするなんて話は、ゲームには無かったはず……。
それに、新入生レクリエーションの話も気にかかる。
レクリエーションには殿下の加護の力を強くする重要なイベントが含まれている。
殿下ルートのハッピーエンドを目指す為には、是非とも俺が殿下の近くでシェリルをサポートしたい所だが……。
(……てか、何この笑顔…怖い怖い怖い!)
先輩は俺に、キラッキラの最上級スマイルを向けていた。……という事は、この提案にはきっと何か裏がある…。
そもそもアントス先輩はお腹の中が真っ黒クロだ。そんな先輩が、何の意味も無く俺に殿下の側付きを頼む筈がない。
(どうする……? アルフレート殿下の側にいられるのは正直ありがたいが、それ以上に先輩のキラキラスマイルが怖すぎる…)
口元に手を当てて逡巡する俺を横目に、先輩がニヤニヤしながら口を挟んでくる。
「ねぇ…キミがしようとしてる事をアルフが知ったら、どうなるかなぁ?」
「……」
「アルフは機嫌を損ねて、あの子を自分の側から遠ざけちゃうかもねぇ」
「……クッ!」
せっかく殿下のルートを解放したのに、二人の仲が上手く行かなくなったら、それこそ元の木阿弥だ。キラキラスマイルの裏は気になるが、一先ずここは先輩の頼みを引き受けるしかない。
「分かりましたよ、先輩に協力します。…その代わり、さっきの事は絶対に殿下には言わないで下さいね」
俺は眉根を寄せて苦渋の決断をする。
そんな俺を見たアントス先輩は、蟲惑的な笑みを浮かべて俺に顔を寄せてくると
「キミってほぉんと、可愛いよねぇ…」
と、俺の耳元で妖しく囁いた。
俺の両腕が一気にゾワッと粟立っていく。
(うあぁぁ! ゾワってした! めちゃくちゃゾワってしたんですけどぉぉぉ!)
粟立つ両腕を抑えながら必死で平静を装っていた俺を、誰か褒めてくれ……。
そうして「アハハ、それじゃあヨロシクねぇ」と嬉しそうに手を振って校舎に向かうアントス先輩を見送りながら
「…先輩のルートは絶ッッ対にシェリルには解放させねえぇぇ」
と、俺は苦々しくも呟いていたのだった。
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