2. ★2




「シェリル・ノアールテイルです。よろしくお願いします」


 入学式から休日を挟んで最初の登校日。

 クラスの自己紹介から始まった僕の学園生活は割と幸先がよかった。何故なら、ゲームの攻略対象者だろう銀髪キラキラ王子様と同じクラスになったからだ。


「アルフレート・ドラコ・フリューデルだ」


 空色の瞳をキュッと細めて不機嫌そうな声で自己紹介をしたアルフレート殿下は、無愛想にも関わらず、とにかくめちゃくちゃキラキラしていて、とんでもなく格好良かった。

 これまでにも何度か御見かけした事があったけれど、殿下が攻略対象者と知ってから改めて見てみると、そのキラキラ感が半端無い。


 制服のデザインも僕の物とは違っていて、モブモブの僕はリボンタイなのにキラキラの殿下はクラバット。緩く波打つ銀髪に良く似合っていて、おしゃれ感増し増しの格好良さだった。

 これは間違いなく攻略対象者だわー、と思わず心の中で呟いた程だ。教室中の誰もが殿下に心を奪われたに違いない。


 そんなキラキラ王子様は自己紹介が終わると早々に椅子に座り直したんだけど、何故だかその時、一瞬だけチラッと僕と目が合った…気がした。

 えっ、と思った時には殿下は既に前の方を見ていたから気のせいかーと思ったんだけど、僕はそこでハタと気が付いた。


──もしかして、ヒロインがいる?


 僕はハッとして教室内を見回した。

 キラキラ王子様がこのクラスにいるならヒロインも同じクラスにいるかもしれない! アルフレート殿下がいま見ていたのはヒロインなんじゃない? そう期待して見回してみたんだけど、栗色、オリーブ、赤毛、ブロンド。……いない。どう見てもピンクの髪の子がいない。


 前世で知り得た知識だと、乙女ゲームのヒロインと言えばピンク髪が定石だったはず! そう思って全員の自己紹介を聞きながらそれらしい子を探してみたけど、同じクラスにピンクの髪の子はいなかった。


(もしかしたらヒロインは他のクラスなのかな?)


 髪色がピンクじゃなくて水色とか他の色の可能性もあるけれど、とりあえず攻略対象者のキラキラ王子様は見つけたし、殿下の近くにいればそのうちヒロインの方から彼に接触してくるだろう。そう思って、僕のヒロイン探しはそこで終わりになった。



 午前の授業が一通り終わって昼休み。

 アルフレート殿下の動向を探ろうかと思ったけれど、気付いた時には殿下の姿は既に教室に無く…。昼食にしようかと席を立った所で、一人の男子生徒に声を掛けられた。


「ノアールテイル、良かったら一緒に食堂へ行かないか?」

「あ、良いね! どんなメニューがあるか気になってたんだ」


 学園には従者や侍女は入れないので、貴族子女と言えども自分の事は自分でしなければいけない。

 昼食は学園の食堂で食べるか、屋敷のシェフが作ったお弁当を持参したり購買の軽食を買ったりして教室等で食べるかのどちらかだ。

 今日は初日という事もあり食堂で食べるか購買でサンドイッチを買うか迷っていたので、声を掛けてもらってちょうど良かった。


 一緒に食べようと声を掛けてくれたのは、辺境伯子息のハル・モーブだ。

 僕はハルを一目見て理解した。


(さてはお前もモブキャラだな!)


 ハルは癖のある前髪を目にかかるくらい伸ばしていて、さらには黒縁眼鏡までかけていた。眼鏡と前髪のせいで、遠目からは瞳の色が何色なのか分からない程だ。髪の色だってマロンブラウンといった数多い色合いだし、何と言っても名前がモーブ。

 この世に「モブ度」なる物があるとしたら、彼のモブ度は絶対に高いだろう。


 ちょっとスタイルが良くて背も高いけど、彼は確実にモブモブ辺境伯子息だ。間違いなくこちらモブ側の人間だ。ゲームに関係無い者同士、気楽に付き合える。

 そんな風に思った僕は、すぐにハルと意気投合した。


 学園の食堂は前世でいう所の学食みたいなスタイルになっていた。

 入り口に置いてある立て看板のメニューの中から自分で食べたい物を注文して、受け渡し口から料理を受け取りそれぞれ好きな席に座って食べる。

 新入生の貴族子女には少々ハードルが高そうだけど、割とみんな、すんなり対応している様だった。


 僕が頼んだメニューは日替わりランチのハンバーグセット。ハルはカボチャのポタージュとチキンソテーを頼んでいた。


「へぇ、モーブ辺境伯領の騎士ってそんなにゴツイ人が多いんだー」

「脳筋の権化みたいな奴ばっかでさ、暇さえあれば鍛練に付き合わされてた」


 窓際の席に座って領地の事や入学前の事を話しながら、ハルと二人で向かい合ってご飯を食べる。


(何コレうまー!)


 ハンバーグに掛かっていたソースがめちゃくちゃ美味しくて、あまったソースをうまーうまーとパンに付けて食べている時だった。

 ハルがいきなり顔を寄せて来たと思ったら、「付いてるし…」と優しい声音で囁いて僕の口端に付いたソースを指で掬ってそのままペロッと舐め取った。


 ──は? え?


(えっ、舐めた? 待てまてまてッ! 距離感バグってない?!)


 口を衝いて出そうになった言葉を一旦ゴクリと飲み込む。自分の顔面が一気に熱を帯びていくのが分かった。

 一瞬忘れかけていたが、そう言えばここは乙女ゲームの世界だった…!


(この世界の距離感って、みんなこんくらいなの? モブも含めてみんなこんなゼロ距離で来るの? マジか)


 狼狽えて赤くなった顔を隠す様にして横目でハルの方を見れば、ハルは何食わぬ顔をしてめちゃくちゃ綺麗な所作で紅茶を飲んでいた。

 あまりに綺麗すぎてハルの周りに一瞬キラキラが見えた気がした僕は、慌てて頭を振って冷静さを取り戻した。


(そっかー、ハル的にはアレくらい通常運転なのかー)


 動揺してしまった心を落ち着かせる様にハァーと小さく息を吐く。そうして、食後の紅茶を飲んでいるハルを眺めながら(モブだけど身のこなしがずいぶんと様になってるよなー。やっぱ乙女ゲームの世界はモブも違うんだなー)なんて思いつつ、食べ終わったトレイを片付けようと席を立った時だった


「アルフレート殿下?」


 ハルが窓の外にいた人物に気が付いてボソッとその名を呟いた。




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