たぶん、ここは乙女ゲームの世界

九九くもり

1. ★1




 フリューデル王国の貴族子女は十六歳を迎える年になると皆、王都にある王立学園に通う。


 その日は学園の入学式で、僕は自分の家の馬車に乗って学園の前に到着した所だった。


 国中の貴族子女が集まるくらいだから、学園はものすごく広くて、ものすごくデカくて、ものすごく立派だ。

 そんな広い敷地と、デカい門と、デカくて立派な校舎。それらをデカいなー、立派だなーと道すがら眺めていると、突然僕の頭の中にどこか特徴的なメロディーが流れてきた。


 タンタカタランラーンタララントリラータラーランラーン!



(あぁこれ、姉さんが必死でやってた乙女ゲームのオープニングだ)


 聞き覚えのあるメロディーをフンフフフフンフーンと口ずさみながら、僕は今しがたの自分の思考に眉根を寄せた。


(姉さん……?)


 僕には姉さんなんていない。


 僕はノアールテイル伯爵家の嫡男で、兄弟は三つ下の弟だけだ。姉はもちろん妹もいないし、従姉妹や縁者の誰かを姉さんと呼んだ事もない。

 けれど、頭の中に思い浮かんだ黒髪の女性は確かに僕の姉さんで……。


 そうだ。だって僕は今でもちゃんと思い出せる。姉さんがゲーム機をテーブルに置いたまま、友人とスマホでアレコレとゲームの攻略方法を語り合っている姿を。そして、そこに置かれたゲーム機の画面には、この学園の景色とそっくりの絵を背景に、あの独特なメロディーが流れていて──。


 ゲーム機…。スマホ…。


(あぁ僕……ゲームの世界に転生してたのか)


 この時、ようやく僕は自分の置かれた状況を知った。


(たぶん、ここは乙女ゲームの世界だ)


 黒髪の女性は僕の前世の姉さんで、僕は前世で死んだ後この世界に生まれて来た。

 この世界にはゲーム機もスマホも無いし、移動に使っているのは電車でも自動車でもなく馬車だ。そして、国には王様がいて貴族がいる。そんな世界に僕は転生していた。


 けれど残念な事に、僕はそのゲームがどんな内容のゲームだったのかをまったく知らなかった。前世では姉さんがプレイしているのを横から目にしていただけだ。

 ただ、攻略がめちゃくちゃ難しいゲームだったって事だけは覚えている。


 だって乙女ゲームが大好きでむちゃくちゃ沢山の乙女ゲームを完走しまくっていたあの姉さんが、リビングの床をゴロゴロと転げ回りながら「またバッドエンドかよぉぉ!」と何度も絶叫していたゲームだったんだ。

 バッドエンドになってオープニングに戻った画面を前世では何度も目にしていた。だからその画面と同じ学園の景色を見て、僕は前世を思い出したのかもしれない。



 こうして転生していた事に気付いた訳だけど、僕の心の中は至って平穏だった。

 だって良く見て欲しい。僕のこの、黒髪黒目の平凡な容姿と、極めて一般的な、特徴の無いこの顔立ちを! これをモブキャラと言わずして何と言うのか。


 乙女ゲームマスターの姉さんから聞いていた僕は知っている。

 こういう世界の乙女ゲームでヒロインと結ばれる攻略対象者といえば、銀髪キラキラ王子様とか、金髪キラキラ公爵子息とか、青髪キラキラ騎士子息といった、キラキラした人達だという事を。

 そして当の僕はといえば、黒髪モブモブ伯爵子息で、まったくこれっぽっちもキラキラしていないのだ。


 ここでの僕の立ち位置は、どう考えてもモブキャラだ。



 そんな訳で、自分はこの学園で起こるであろう色恋沙汰には無縁だと高を括った僕は、柄にもなく、ちょっとした出来心を起こしてしまっていた。


 やっぱり自分が転生者だと知ってしまったからにはね…。前世の乙女ゲームマスターだった姉さんですら音を上げる、激ムズ仕様の恋の行方がどうなるのか…気になってしまうのは仕方のない事だと思うんだ。


 だから、学園生活が始まったらゲームのヒロインである女の子を見つけて、どんな展開になるのか影からそーっと見守ってみようかなー、なんて事を僕は思っていた。



 まさかその事をあんなに後悔するはめになるなんて、この時の僕は知らなかった訳だけど。



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