3. ★3
「アルフレート殿下?」
窓に目を向けたハルがボソッと呟いた。つられて僕も外を見れば、中庭に向かって歩いていくアルフレート殿下の背中が見えた。
(お昼食べ終わったのかな? 殿下は何を食べたのかなー)
そう思った時だった。殿下の背後からそのあとを追うようにスタスタと小走りで現れたのは、背中まであるストレートロングのピンク髪の姿。
(ピンク髪……居たじゃんヒロイン!)
顔は見えないけれど間違いない。あのピンク髪は絶対にヒロインだ。
昼休みの中庭。ヒロインと攻略対象者。これはもう、イベントが起こる予感しかしない。
「ハル、僕も中庭に行ってくる!」
食べ終わったトレイを返却口に戻すと、僕は大急ぎで中庭へ駆け出した。
中庭の手前にある茂みに屈んで葉と葉の隙間からアルフレート殿下の様子を窺う。
アルフレート殿下は木陰に寝そべって休憩している所だった。見たところヒロインの姿はない。まだここへ来ていないのか、もしくは既にイベントが済んでしまった後なのか……。
「ノアールテイル、一応聞くけど何してんの?」
「シーッ! 食後の休憩だよ。天気も良いから中庭でゆっくりしたかったんだ」
僕に付いて来たハルが怪訝な顔で僕を見ている。
茂みの中でコソコソしておいて休憩も何もあったもんじゃないと思うけど、今はハルに構っている暇は無い。せっかく殿下とヒロインのイベントが起きそうなのに、見逃してしまっては勿体ないではないか!
ヒロインどこ行った? イベント見逃しちゃったのかなー、とソワソワしながら木陰を覗いていると、アルフレート殿下がピクリと何かに反応してガバッと立ち上がった。
えっ、ヒロイン来た? と辺りを注視したその時だった。グアァァーッ! という大きな声をあげて、上空から巨大な鷲が現れた。
(え、でっか!)
遠目からでも分かる、僕の身体の倍以上あるデカすぎる鷲を大口を開けてポカンと見ていると、鷲がアルフレート殿下に向かって一直線に降下してきた。
(え、ヤバいヤバい、鷲来てる! これ殿下を狙って来てるんじゃないの?)
鷲に気付いているはずなのに、アルフレート殿下はその場から一歩も動こうとしなかった。このままでは殿下が鷲に襲われてしまう。
「殿下ッ!」
声をあげて思わず茂みから立ち上がったその瞬間──。同時に立ち上がったハルの身体にドンッとぶつかって、僕は茂みの中から殿下の方へと勢い良く転げ出てしまった。
「わーッ、とっ、と!」
バランスを崩してよろめきながら倒れ込んだのはアルフレート殿下の目の前で、いきなり目の前に現れた僕に驚いて瞠目する殿下とバッチリ目が合った…と思ったその時。
ガシッっと鷲に襟首を掴まれて、僕の身体が宙に浮かび上がった。
僕を掴んだまま空高く飛び上がる鷲。
「うわぁっ! 助けてぇぇ!」
情けない声を上げて連れ去られる僕。
地上にいるアルフレート殿下の姿が徐々に小さくなっていく。ヤバい……と全身から血の気が引いた、その瞬間だった。
アルフレート殿下が空に向かって大きく腕を振り上げると、ゴウッという轟音と共に空に暴風が巻き上がり、その風が鷲の翼を直撃した。
ギャアッと甲高い声を上げて鷲が飛び去って行く。その最中、鷲は僕を掴んでいた爪を離した。
(……落ちるッ!)
落下の衝撃を覚悟して全身を強ばらせる。ギュッと目を瞑った次の瞬間──フワリと柔らかい風で身体が持ち上がり、トサッ! という音がして、逞しい腕で全身を抱き止められた。
(助かった……!)
ゆっくりと瞼を開くと、銀髪の中に揺らめく綺麗な空色の瞳と目が合った。
「で、殿下……ありがとうございます」
アルフレート殿下が落下した僕を受け止めてくれていた。
殿下は相変わらず眉根を寄せて、無言で僕を見下ろしている。
(うわぁ、殿下の顔がすぐ目の前に…)
スーッと通った鼻筋。長い睫毛に縁取られた空色の瞳。その瞳が、どこまでも続く晴れた日の空みたいで、
(…吸い込まれそう)
そう思った時だった。
ふわりふわりと白い花びらが落ちてきて、それらがやがて数を増し、まるで花吹雪のように舞いながら僕達にいくつも降り注いできた。
先刻の殿下が放った暴風で散ったのだろう。
舞い散る花びらを纏うアルフレート殿下の姿があまりにも絵になっていて、僕は思わず「綺麗……」と小さく呟いた。
僕の言葉に殿下がハッと瞠目する。
「お前は……」
と言う殿下の言葉で我に帰った僕は、素早く殿下の腕から飛び降りた。
「し、失礼しました! シェリル・ノアールテイルと言います。殿下と同じクラスです」
同じクラスとはいえモブモブの僕の事なんか殿下は覚えていないだろうと、慌てて自己紹介をする。
「いや、分かっている。が、その、お前は……怖くないのか?」
「…? ……怖いとは?」
あ、僕の事覚えていてくれたのかーと思いつつ、「怖い」の言葉の意味が分からなくて不躾にも質問を質問で返してしまう。
「俺が……俺のこの力が、お前は怖くないのか?」
殿下の力と言うと、さっきの暴風を起こした力の事だろうか?
「えっと、さっきの鷲から助けて頂いた力の事なら、全然怖くなかったです。むしろあんなにデカい鷲を一撃で退治してて、すごく格好良いなって思いました」
モブモブな僕には当然そんな力は無いので尊敬の意味を込めて殿下にそう言った。
「そのあとの花吹雪もめちゃくちゃ綺麗だったし、殿下は本当に凄い力をお持ちなんですね!」
素直な感想をそのまま殿下に伝える。
(てか、魔法? が使えるなんて、マジ凄くない? ウチの伯爵領には魔法が使える人なんていなかったし、王族か攻略対象者のチート能力って事なのかなー?)
…なんて事を思っていたら、殿下が突然「フハハハッ!」と声を上げて笑いだした。
笑っている…と驚いて殿下を見やると、殿下がニヤリと口角を上げてとんでもない事を言い出した。
「気に入った。ノアールテイル、お前を俺の側付きにしてやる」
「はっ? そ、側付き……?」
「明日からで良い。昼休みは必ず俺の所に来い」
「あの、ちょっと待って下さい?」
殿下からの急な提案に思考がまったく追い付かない。側付きってどういう事だ、とあたふたしている僕にはお構い無しに殿下が話を進めていく。
「敬語もやめろ。俺と話す時は畏まった話し方はしなくて良い」
「いやいや本当に待って下さい。敬語無しとか、そんな急には無理ですよ殿下!」
「……アルフレートだ」
「へっ?」
「殿下はいらない。アルフレートと呼べ」
(…ヒィィーッ!)
有無は言わせんとばかりに殿下がクイッと僕の顎を掴んで至近距離で強要してくる。
「言ってみろ。ア、ル、フ、レ、ー、ト」
「……あ、アル…フレート………さま…」
絞り出す様な声でなんとか殿下を様付で呼べば、
「フハッ、まぁ良い」
と、キラキラの笑みで顎の手を離された。
(距離ちかっ! めっちゃドキドキしたっ!)
キラキラの殿下に気圧されて心拍数がハンパない事になっている僕を尻目に、「お前がいれば、学園生活も悪くなさそうだ」なんて言いながら校舎の方へ戻るアルフレート殿下。
そうして去っていく殿下をマジマジと見つめながら僕は大きく息を吐いた。
(はー。てか、殿下の側付きってそんな簡単に決めちゃって良いものなの? 学園には従者が入れないから、僕がその代わりをするって事?)
訳が分からなくてグルグルと考えを巡らせる。ハルに聞こうと思ったら、いつの間にか居なくなってるし…。鷲に驚いて逃げちゃったのかなーなんて思っていたら、僕の視界の隅をスッと横切る人物に気が付いた。
殿下のあとを追うように校舎へ向かって行ったのは、スラリとしたピンク髪の後ろ姿で──。
(あ、ピンク髪……ヒロインだ)
そこで、ようやく僕は自分が犯した重大な過ちに気が付いた。
昼休みの中庭で大鷲に襲われている所を殿下に助けられ、花びらが舞い散る中で殿下にお姫様抱っこをされ、畏れ多くも殿下に名前呼びまで許された。僕が。
コレってもしかして……。
「うわぁ…どう見てもイベントだ!」
花吹雪を背景にお姫様抱っこなんて、定番中の定番、ド定番のイベントとしか思えない。
本来ならヒロインが起こす筈のイベントを、まったく無関係のモブモブの僕が、横からぶんどってしまったのだ。
「どうしてこうなった……!」
昼休み終了のチャイムが鳴り響く中、僕は呆然とその場に立ち竦む事しか出来なかった。
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