第10話 淡い過去
夏美は土浦にあるビジネスホテルに滞在していた。朝食はバイキング形式だったのだが、お盆をひっくり返してしまった。昨夜は缶ビールを飲み過ぎて、ハイテンションになり歩道橋の上で大笑いした。夏美は医者かナースが舞台の作品を描こうとしていた。ケータイ小説は電話がかかってきたら手を止めないといけない。パソコンを買おうか悩んでいるところだ。
部屋の外には灯りの点いたマクドナルドやかつやが見えた。
麻酔科時代のことを思い出した。出勤して身支度を整えたら、当日使用予定の麻酔と器具のチェック・準備に着手する。
週末から前日までに大手術を受けた患者など、ハイリスクの患者がICUに入っている場合は、担当の麻酔科医を中心に麻酔科全体でICUカンファレンスに参加し、容態と術後経過のチェックを実施。その後、麻酔カンファレンスにて当日の人員配置や予定されている手術などのスケジュールを診療科全体と看護師、薬剤師で確認する。
予定手術は、AM9:00頃からスタートするケースが多い。手術予定の患者が手術室に入室したら、麻酔と手術を受けるための準備を開始。モニター装着と末梢静脈路確保をしてから、麻酔導入をする。手術開始後は、患者の血圧や呼吸の動向をモニターで観察しながら、麻酔薬や輸液の調整を随時実施するのも麻酔科医の大切な仕事だ。
手術が長時間に及ぶ場合は、ほかの麻酔科医と交代して昼食休憩を取るのが一般的だ。手術内容、麻酔処置、今までの経過を引き継いでから昼食休憩に入り、食事を済ませ次第手術室に戻る。
手術終盤に突入したら、患者が術後に覚醒しやすくなるよう麻酔投入量をコントロールして麻酔深度を徐々に浅くする。気管内挿管をしていた場合は意識の戻り具合と呼吸の状態を見てから抜管し、問題ないことを確認。患者を退出させたら、手術は終了だ。
当日予定していた手術が終了したら、明日以降に手術予定の患者の術前回診を実施する。術前回診では、手術内容の確認と実施予定の麻酔に関する説明のほか、手術をより安全に実施するため、麻酔による合併症を起こした血縁者の有無なども確認。前日までに手術を受けた患者もいれば術後回診も実施し、気になることがあれば担当の医師もしくは看護師に共有し対応する。
回診終了後は、翌日に向けた準備だ。患者のカルテを確認し、血液検査や心エコーなど術前検査の結果に問題があれば、担当医師への照会も実施する。
そして、その日予定していた業務を終了し、退勤する。
あれは2006年頃のことだ。
ある日、夏美が忙しい日々を送っていた。手術室に立ち、患者の安全な麻酔を提供するために全力を尽くしていた。
その日も手術の準備をしている最中、夏美は急に患者の手術時間が遅れるとの連絡を受けた。どうやら手術室のスケジュールに問題が生じたようだ。
焦る夏美の目の前に、病院の経営者である榊田裕二が現れた。裕二は病院の収益を最優先し、経営戦略を打ち出すことで知られていた。
夏美は慌てながらもなんとか手術室のスケジュールを立て直し、手術を続けることができた。一方で、裕二は遅れた手術が収益に影響を及ぼすことを心配していた。
手術が終わった後、夏美は疲れた体で病院のロビーを歩いていた。すると、たまたま裕二と再び出くわした。夏美は病院経営には詳しくない裕二に話しかけられた。
「お疲れのところすみません。手術が遅れたことにより、収益にも影響が出てしまいました。今後、手術室のスケジュールをどのように調整すればいいのか、アドバイスをいただけませんか?」
夏美は裕二の真剣な眼差しに心を打たれ、その場で短いアドバイスをすることに決めた。「まずは、手術室のスケジュールをより正確に立てるために、予想以上の時間がかかる手術や予期せぬトラブルに備えた余裕を持つことが大切です。また、チーム全体でコミュニケーションを図り、問題が生じた時にスムーズに対処できる体制を整えることも必要です」
裕二は夏美の意見に興味津々で耳を傾けた。「なるほど、確かにそれは重要なポイントですね。今後も経営側の立場から医療に貢献するために、あなたの意見を参考にさせていただきたいと思います」
夏美は少しだけ安心した表情を浮かべながら、裕二との出会いが新たな展開をもたらすかもしれないことを感じた。二人の新たな関係が、より良い病院運営や患者のケアに繋がるのかもしれないと、夏美は期待を抱いたのだった。
あの頃、裕二は創業者である父、
その後、夏美と裕二は病院の改善を目指してチームと連携して取り組むこととなった。手術室のスケジュールに対する詳細な検討や、スタッフ間の情報共有の強化など、さまざまな改善策を導入していった。
夏美は経験豊富な麻酔科医としての専門知識を提供し、手術室のスケジュール改善において的確なアドバイスをすることで裕二の信頼を勝ち得た。一方で裕二は、経営戦略の視点から病院の全体的な運営を見直し、効率的な経営に向けた施策を進めていった。
このような連携の中で、夏美と裕二の協力関係はますます深まり、互いのアイデアや意見を尊重しながら病院の改善に取り組むようになった。夏美は手術室の運営において、患者の安全性とスムーズなスケジュール管理の両立を実現できる方法を模索し、裕二は経営の側面から持続的な発展を図るための戦略を練り上げた。
結果として、手術室のスケジュールの遅れは大幅に改善され、患者からの信頼も高まった。また、病院全体の運営も効率化され、収益向上も実現した。
夏美と裕二はこの成功体験をきっかけに、病院経営と医療の専門知識を組み合わせた新たなプロジェクトにも挑戦することとなった。彼らは、新たな診療科の導入や、先進的な医療技術の研究開発など、さまざまな取り組みを展開していった。
夏美と裕二の出会いは、ただの偶然ではなかった。それぞれの持つ専門知識と経験が相まって、病院の発展に貢献することができることを彼らは確信したのだった。そして、二人は変化と挑戦を恐れず、常に向上心を持ちながら、医療の進歩と患者のために全力を尽くし続けたのだった。
ある晴れた週末、夏美と裕二はお互いの忙しいスケジュールを合わせて、待ちに待った初デートを計画した。二人は都会の中心地にある高級レストランに向かった。
レストランに到着すると、夏美は美しいイルミネーションに包まれた街並みに感動しながら、裕二と共に店内へ入った。そこは落ち着いた雰囲気と洗練された内装が特徴の場所だった。
二人はゆっくりと食事を楽しみながら、お互いについてもっと知る機会を持った。夏美は麻酔科医としての仕事について、患者への情熱や大切さを熱く語った。一方、裕二は病院経営者としての責任と、病院をより良くするために採り入れたいアイデアについて情熱的に語り合った。
食事の後、二人は周辺を散歩することに決めた。手をつなぎながら、夏美は裕二に「いつも忙しい中、私の時間を大切にしてくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。
裕二は優しく微笑みながら、「君と過ごす時間は特別なものだからね。私も夏美と一緒にいることが、心からの喜びなんだよ」と答えた。
二人は街の夜景を眺めながら、未来についての夢や目標について話し合った。互いの支えとなり、助け合って成長し続けることを誓い合ったのだった。
初めてのデートは楽しいひと時であり、お互いの理解を深める貴重な機会だった。夜が更け、帰りの道中で二人は手を繋いで歩いた。互いの未来に対する夢を語り合い、この出会いが生涯のパートナーシップになることを確信した。
夏美と裕二の初デートは、お互いの仕事への情熱と理解を深め、さらなる成長を促す特別な時間となったのだった。
数年後のある晴れた日、夏美と裕二は愛する人たちに囲まれて幸せな結婚式を挙げることになった。式場は二人が初めてデートをした高級レストランの近くにある美しいチャペルだった。
夏美は美しい花嫁姿で、裕二はシャープなスーツで会場に入場した。ゲストたちは二人が幸せになることを願って拍手を送り、感動に包まれた。
夏美と裕二は誓いの言葉を交わし、結婚指輪を交換した。二人の愛は深く、お互いを支え合い、尊重し合うことを約束した。
式後の披露宴では、ゲストたちが夏美と裕二の幸せを祝福した。美味しい料理と華やかな音楽が会場に漂い、笑いと喜びの声が響き渡った。夏美と裕二は笑顔で祝福の言葉を受け取り、感謝の気持ちを込めてスピーチを述べた。
披露宴の最後には、夏美と裕二が踊る特別な一曲が流れる。二人は互いにしっかりと腕を絡め、優雅に踊りながら、これからもずっと一緒に歩いていくことを誓った。
結婚式という特別な瞬間は、夏美と裕二の人生の新たなスタートを示していた。二人は幸せな未来を築くために、お互いの夢や目標を受け入れ、共に力を合わせて前進していくのだった。
夏美と裕二の結婚は、家族や友人たちの祝福と励ましの中で成り立った、絆の深まりと新たな旅立ちの始まりだった。二人は永遠の愛と幸せを探求し続け、共に成長し続けることを心から願っていたのだった。
「アイツのせいで、こんな顔にならなきゃいけねーのかよ」
歯を磨くために洗面所に立って、鏡を見て苛ついた。本当は上戸彩みたいな顔にしてもらうつもりだったが、腕の悪い整形外科医だったので男みたいな顔になってしまった。だから、綾田剛志と名前を変えたのだった。姓名判断でいい名前だったからだ。
最初の頃はパチンコや競馬で金を稼いでいた。
逃亡者が定職にありつくのは至難の業だ。
『海物語』で遊んでいたら、豚みたいな女に「あら、アンタいい男ね〜」と声をかけられたので「キモいんだよ!」と追っ払った。
夏美は決めた。次の作品は裕二をモチーフにした医者を殺す話にしよう。
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