24.次期当主


「大分、遅れられたようですね」

「すまないな。出張から帰ったばかりで、遅れてしまった」


 現れた二人組。

 一人は茶髪で、ドクロマークが大量に描かれた大きなジャケットを着ている。

 周りは正装をしているので、かなり浮いて見えた。この男は玄江時頼。

 先ほどの話を聞くに、彼は候補ではないようだった。相方の付き添いで来たということだろう。


 それよりも注目すべきは、もう一人の人物だった。

 彼は、全身真っ白。髪も、瞳も、白かった。もちろん服装も白い。上衣が長く、まるでワンピースのようにも、中国の民族衣装長袍チャンパオのような格好だ。純日本人にも関わらず、背丈は高く、脚が長いため、その服装がよく似合っていた。

 彼は皓沙花臣、次代当主に最も近いと言われている男。燈が望む立場を軽々と手にしている天才だ。


 燈は、花臣をじっと見つめた。

 すると、横から夜那が近づいてきた。耳元に小さく声をかけてくる。


「燈、見惚れてる?」

「何、言ってるの! そんなわけないでしょ」

「じっと見つめてるからさ」

「見惚れていたわけじゃなくて、警戒してるの」


 燈は、夜那に反論した。


 あの男は、同世代の中で最も敵視すべき人物だ。

 善行家史上最も才能に溢れた、全ての期待を背負っている相手。

 膨大な霊力は並ぶものはなく、習得したとされる術式は千にも及ぶ。

 ただでさえ素地がいいというのに、幼少期から施された英才教育によって、その才能を伸ばし続けてきたサラブレッドだ。


 あれでも、現役高校生だというから末恐ろしい。10も年下の相手だが、年齢で計れる相手ではなかった。


「私が当主になるための、一番の壁はあの男なの」

「……まあ、邪魔だよねぇ」


 彼に才能で対抗することができるとしたら、夜那くらいだろう。

 しかし、彼女は素性が知れないこと(分家出身だが、父親が不明)、その残虐な性格から周囲に恐れられていることを考えても、当主にはなれないはずだった。朱灼の死神も同じ理由で、彼の対抗馬にはなれない。表門の者でない人間が、表門のトップに立つことなど当主たちは決して許さないはずだった。

 それならば、燈が対抗馬になるしかないと思った。

 負け勝負ではあったが、挑戦しないなんて燈の性格上出来ない。


「そういえば、燈、当主になるのに乗り気なの?」

「当たり前でしょ、この家に生まれたからには頂点を目指すべきよ」

「……ふーん」

「あなたはどうなの?」

「どうしよっか、流れに乗るのも癪だしねー。でも、このままだとなぁ」

「このままだと、何よ?」

「うーん、あー」


 夜那は曖昧な返事をして、ひらひらと手を振りながら移動する集団について行った。


 ーー夜那は当主になる気はあるのか。


 行明の後継者になることが決まったときも、成り行きで決まったと言っていたくらいだ。


 彼女のやる気次第で、もしかしたら結果は全く違うものになるかもしれなかった。……だが、夜那が宗家の当主になる姿は想像できなかった。



 移動した部屋は、割と手狭な場所だった。宗家の一室にしては、平凡すぎる。


 人数分の椅子。木目のしっかりした、分厚い一枚板の机。その上には、見事な百合が飾られていて、特徴的な香りがした。

 窓はなく締め切られており、声が部屋の中でこもり反響する。防音効果の高そうな部屋だ。

 

 そこに集まったのは、総勢8名。表門から一人ずつ、朱灼の死神と、夜那、そして花臣。花臣は宗家の枠に入っているようだった。

 年齢層は意外にも若者が多かった。最年長者でも、30代。選定基準が知りたいところだった。


「では、改めて詳細を説明いたします」


 リサは、候補者それぞれに顔を向けた。

 彼女は目元に包帯を巻いている。話によると、包帯の中には無惨な傷跡が残っているらしかった。見たことがないので、噂でしか知らないが。


 彼女は空間によく響く落ち着いた声をしていて、感情の揺れを感じさせることがない。悪く言えば、ひどく機械的だった。


 リサは、以下のように説明した。

 次期当主となるための条件を備えているかが、今回の選定の基準となる。

 投票権を持つのは、本家筋の12の家(行明、行喑は除く)。

 条件はそれぞれの家によって異なり、選定の期間中は始終、監視の目が入っている。それを踏まえて行動すること。

 さらに、善行家内の争いは本来禁止されているが、この期間中においてはどんな行為も許される。しかし、内部の過度な争い事を避けるため、ひと月に一度は休息期間が設けられる。


 選定期間は3ヶ月。その後、投票の結果によって次期当主が決定するという。

 もし、噂の通り、現当主が病気もしくは死亡しているのであれば、決定次第すぐさま当主となることもあり得るかもしれなかった。

 夜那の影響下から抜け出て、燈がこの家の頂点に立つことが出来る。それは夢のような話だった。


 順当にいけば、花臣が当主となるだろう。そもそも次世代と言われる者たちは、それが当たり前だと思っていたので、このようなチャンスが与えられただけ驚きだった。


「それぞれの家が投票権を持っているとおっしゃいましたが、もし同数の投票が行われた場合どうするのですか?」


 候補者の1人である、黎川が質問を投げかけた。最年長の男性だ。


 その質問は燈も気になっていた内容だった。同票となってしまった場合、やり直しになっていては進まない。


「同票の場合は、同票を獲得した方たちのみで、再投票が行われます。

 さらに、行明の後継者が投票権を得ます」

「行明の後継者ですか?」

「はい」


 行明に後継者がいたのは初耳だった。リサも引退する可能性があるのか。

 長年、善行家を守ってきた千里眼の持ち主が行明の投手の立場を離れるとなれば、次期当主となった場合、様々な困難が増える。その後に続く後継者はその立場に見合う人物なのだろうか。周囲の視線がリサに集中した。


「……一体誰です?」


 そこで、先ほどからずっと黙っていた朱灼が、口を開いた。

 先ほどから、この場にいるのが不本意で仕方なさそうだった彼女が、なぜかこの話題には積極的に口を出した。リサが後見人として朱灼の世話をしていると言う話を聞いたことがあったので、詳細を知らなかったのが気に食わなかったのかもしれなかった。


「それは投票が終わり次第、発表されることでしょう」

「今はまだ、決まってないのです? 仮にも僕たちは当主候補に選ばれたのです。行明は当主を補佐する立場です。教えるべきです」

「これ以上の情報は、お伝えできません」

「そもそも、次期当主は決定しているのです? そんな話は聞いたことがないです」

「朱灼の。それ以上はよせ」


 正式な発表がされていない時点で、まだ公表できないことは分かっていた。

 だが、それでも無理やり聞き出そうとする朱灼を花臣が止めた。


「今は落ち着くべきだ」

「……仕方ないです。でも、とんでもない人事だったら、僕は抗議させてもらうです」


 夜那とは真逆に、朱灼はひどく機嫌が悪そうだ。リサを睨んでいる。

 その視線を気にすることもなく、リサは話を続けた。


「投票権を得るための評価基準がないのは、行動がしにくいと思われますので、私からみなさまに指針となるものを与えたいと思います。これに従えば、悪いことは起きないでしょう」

「「「指針となるもの?」」」

「何がもらえるのかな?」

「要らないです」


 燈は「指針となるもの」が気になった。評価に繋がるものと考えるべきだろうが、全てを見透かす千里眼の持ち主が、与えようとしている時点で良い予感は無い。


「……あやしいわね」


 リサは一人一人に、白い封筒を渡した。仰々しく、頑丈な封がされている。

 ただの指示だと言うのに、ここまでしっかりと封をする必要はないように思えるのだが。


「みなさまに依頼を出しましたので、それを解決して下さい」

「依頼?」

「なにこれ……」

「……⁈」

「何です、これは」


 渡された候補者たちは、その中身を開くとみな驚いた顔をした。

 燈はその様子を見て、自分に渡された封筒を開いた。きっと驚くべきことが書かれているのだろう。

 

『霊脈を悪用しようとしたものたちを、探し出して下さい』


 その文脈を理解した瞬間、燈は顔を上げ、リサを見つめた。


 ここで、霊脈という言葉が出てくるとは。燈が霊脈を調べていたのを知っているのは、自分の身近な者たちだけだ。宗家には報告していない。


 先日の依頼も、輝埜を通してではなく、自分の伝手で得たものだった。流石は千里眼。燈の動向を見ていたのだろう。


「霊脈かー」

「勝手に見ないで」


 背後から気配もなく、スッと燈の依頼書を取り中身を見た夜那。


「私の見る?」と言われて、手渡された中身には『裏門内の、禁呪や禁術の管理者の状況の確認。過去に行われていた人体実験の摘発』と書かれていた。


「……あなた、これ調べてたの?」

「まあ、ねー。ちょっとだけ気になっててさ」


 周囲の声を漏れ聞きしても、現在やっている仕事に関連しているものなのは一致しているようだが、皆バラバラの依頼のようだった。これで一体何を比べるというのだろうか。


「霊脈にー、裏門なー」


 夜那はヘラヘラしながら、前に出た。何か思い当たる点があるのかもしれない。


「質問。候補者同士で、協力はしてもいいわけ?」

「どうぞ、ご自由に。

 しかし、ご注意頂きたいのですが、この選定中みなさまを狙うものや邪魔をするものが増加すると思われます。本来敵対すべき候補者同士が協力する場合、裏切りのリスクも大きくなることを頭の片隅に入れて下さりますように」

「ふーん」


 少し考えるそぶりをして、指を顎からつーと動かして、人差し指で天井を示した。


「……じゃあ、候補者が死んだら?」

「……その候補者以外の方々で、争って頂きます」


 空間がその一瞬、静寂に包まれた。


 最も手っ取り早いのは、自分以外の候補者が死ぬことだと示されたのだ。自分が他者を狙わずとも、他者から狙われる危険性が高くなったことを意識せざるを得なかった。


 命懸けの跡目争いというわけだ。


「危ない争いだね。棄権はできないんだっけ? なら、争いは避けられないかな?」

「棄権は出来ませんが、皆様がこの期間中何もしなかった場合は、当主の素質無し

とみなされ、投票を得られないかもしれませんね。そういった意思表示は可能です」

「でも、何もしないのもリスクが伴うね。我々は家を代表してやってきているわけだ。何もしなかった候補者を、当主たちは許さないだろう」


 ……動くしかないということだろう。


 夜那さえ本気にならないなら、この場の全員が惨殺されるなんてことはないはずだ。

 だから、自然と夜那に視線が向かう。


「……面白い当主戦だね。血で血を洗うものになるか、戦略と力で全ての予想を超えるか。楽しくなりそう♡」


 そのとき浮かべていた表情は、初めて会った時のニヤリとした表情そっくりだった。


「……前途多難の予感」

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