23.ペア制度

「ここの雰囲気は、昔から変わらないのね」


 ーー燈は、久しぶりに宗家に呼び出されていた。

 横には、長年付き合ってきた(強制)相方も一緒だった。


「ははは、何言ってるの燈。そう簡単にこの家が変わるわけない」

「変わっていてほしいと言う期待を込めて、そう言ったの」


 長い黒髪が嫌になるほど似合う女。綺地夜那きづちよな

 知り合って10年以上になるけれど、気まぐれな少女のようにも、悪辣な冷血漢にもなるこの女の考えが読めたことはなかった。


 いつも黒い服を着ている彼女だが、今日は黒いスーツ。すらりとした細身が、鋭いナイフのようにも思える。


 成人してやっと離れることが出来たのに、時々こうやって強制的に一緒にいることになっている。公の場に出演したり、霊媒師としての立場を形成するための活動を精力的に行うことで、夜那とは離れた場所に進もう進もうとしているのに、その努力がこういう場面になると無意味になってしまう気がするのだ。


(あの不思議な子も、朱灼の死神に苦しめられているのかしら。でも、朱灼と違って、拷問や処刑を専門に行っている夜那の方が悪名は高いけれど)

 

 燈は自分が手配した病院に軟禁されているという少年に、ある種のシンパシーを覚えた。


 自分の悪縁をチラリと見つめる。


 夜那は、砂利の上を裸足で歩いていた。足取りは軽く、浮かれている。機嫌が良いのかもしれない。


「……一体、何があるの」


 機嫌良く宗家の敷地を歩いている夜那に不気味な予感を覚えながら、2、3メートル離れてついていく。

 全くまとめられていない黒髪が、風になびいてヒラヒラしている……と思ったら、頭を左右に振りながら歩いているようだった。たぶん、リズムを取っている。幼い少女のようにもなるし、悪辣で冷血な殺人鬼にもなりえるのが夜那だった。

 

 その相手が突然、振り向いた。


「燈の機嫌は悪いのかな? 楽しく行こう、楽しく。

 もしかして、この間の騒ぎのこと考えて気分が悪かったりする? それとも、これからのこと? これからのことなら、たぶんそう悪いことにはならないと思うよ」

「……あなたといっしょにいるのが嫌なの。この間の騒ぎを思い出しなさいよ。面倒なことだけ残して消えたわよね」


 結局、自分一人ですべての後始末をすることになったのだ。依頼人にごまかすのが大変で、とんでもない目に遭った。


「あぁ、この間のことか。バカな弟と久しぶりに会ったら、気分が乗っちゃって。

 あそこで発散する訳にもいかないし、家に戻っただけだよ」

「弟って……」


 夜那に弟なんていただろうか。そんなことは知らない。……でも、それが誰を示しているのかは、たぶんわかる。


「結構、歳離れてるから知らないか。私が知ったのも、そんなに昔のことじゃないし」

「明って子?」

「そうだよ、よく分かったね」

「あなたが手心を加えるなんて初めて見たから」


 夜那が手を出して、生きている相手なんて初めて見た。だから、わかった。


「手心を加えたなんて心外だな。私は平等だよ」

「平等だなんて、どの口が言うの。平等に虐殺をするの?」

「フフフ、私が殺してるわけじゃないもん」

「勝手に言ってなさい。先に行くわ」


 燈はまともに会話をしようとするんじゃなかったと思った。


 ーーあなたのせいで、私は人の死に、慣れてしまったのだ。


 燈は、そのまま本邸に早歩きで向かった。邸内で走ることが出来ないのは、育ちの良さから。結局、家に縛られ続けるのは変わらないのだ。

 

「燈ちゃん、待ってよー」


 からかうような声が後ろから聞こえる。この声に取り憑かれ続けて何年になるだろうか。

 それもこれも、善行家のペア制度のせいだ。


 善行家は、10つの家から(厳密には10と4)構成されている。

 五行を元にした本家は、裏門表門があり、それぞれ名前に色と属性を用いている。

 「木」は蒼樹あおぎ碧葉あおは

 「火」は朱灼あかや紅燃あかね

 「土」は綺地きづち輝埜きの

 「金」は皚砂しろすな皓沙しろさ

 「水」は玄江くろえ黎川くろかわ


 その上に、宗家の下月と陽上がある。その下には行暗、行明がつく。


 下月と陽上の家は特殊で、五家のなかから優秀なものが選出され、家門を背負うことになるのだ。選ばれる基準は不明で、五家の当主たちは自分たちの血筋が選ばれることを誇りとしていた。


 燈も昔は自分こそが選ばれるに違いないと思っていたが、全く声をかけられることはなくここまで来た。全く心外なことだったが、自分の相方だった夜那も宗家に選ばれてはいないので、まあ公平といえば公平だ。

 それどころか、夜那は行暗の次期後継者になっている。宗家に選ばれるのとは逆に、行暗に選ばれるのは不名誉なことだったのだ。行明、行暗は本家分家問わず人を集めているので、逆に目をつけられないようにと言われていた。自分があの家に入れられなかっただけマシだろう。というか、あの家には近づかない方が賢明だ。

 

 これだけ大きな家なので、決まり事も異常にある。子どもを作るならなるべく同じ家柄の人にしろとか、外部の人間を入れるなら入る以前の繋がりは切れとか。前時代的で、差別主義なのだが、変わる様子は少しも見られない。

 このまま行けば、分家か別の本家に嫁に行くか婿を取ることになるだろう。燈が望む望まないには関わらず、そうなる。


 その中でも呪うべき制度があった。それはペア制度だ。

 未成年の霊媒師は自分の属性を補う相手とペアにならなくては、仕事を行ってはいけないというもの。子どもは力が不安定なので、相克や相乗効果を考えてのものらしかった。

 燈は五行全体のバランスがよかったため、どの相手とも相性がいいと言われていたのだが、どうしてか同じ土の家(属性は陰より)の子どもとペアを組まされることになったのだ。


 8つにもならぬ頃、宗家にて引き合わされたその子どもーー夜那は、野暮ったくて見るに堪えない格好をしていた。黒いワンピースが、その場から彼女を切り取ったような違和感を作っていた。

 よく見るとその服はボロボロで、髪は一度も切ったことがないんじゃないかと思うほど長かった。


『こんにちは』


 前髪が長すぎて、顔が見えない。まるで、そこら辺にいる幽霊みたいだった。


 ーーこの子ども、本当は分家の子だというではないか。


 どうして私が、そんな相手とペアを組まなくちゃいけない。足手まといなられたら迷惑だと思っていた気持ちは、その相手を見た瞬間に消えた。


 ……髪の毛を食べている? 信じられない。


 夜那は自分の髪の毛をむしって、口に頬張っていたのだ。ぜったい、美味しくなんてないのに。


『髪の毛を食べるより、そこにあるお菓子でも食べれば良いじゃない』

『……』

『聞いてるの?』

『……はは、うるさいなぁ』

『何よ、髪の毛を食べてるあなたが悪いんでしょ』

『はー……、うるさいな。死んでよ』

『……! 信じられない、どんな教育受けてきたの』


 燈がそう返答すると夜那は目を一瞬丸くし、ニヤリと笑った。

 その姿に、絶対にペアになりたくないと思った。……結局、ペアにはなってしまったけれど。



「皆様、お集まりありがとうございます」


 向かった本邸には、思ったよりも多くの人たちが集められていた。その顔ぶれの中には、次期当主として期待されている宗家の顔ぶれがいた。だが、もっとも有力視されている男がいなかった。


 燈と夜那はいつものように、隣り合って座った。最前列だ。


 中央に進み出たのは、行明の当主であるリサだった。彼女は盲目で足も不自由なため、世話人が車椅子を押してやってくる。当主は今日も姿を出さないようだ。


「本日より、宗家の次期当主を決定するための選抜が行われます。ここに集められた方々の中で招待状をお持ちの方は、次代の次期当主候補として選出されました」


 リサは招待状を受け取ったとされる者たちを、示していった。

 その中には、およそ選ばれることも無いと思っていた者たちが入っていた。燈もその中に入っていた。……いや、選ばれることが無いと思っていたわけでないが、ここに居並ぶものたちと比べると、自分は少し劣っているのは気づいていた。


 ざわざわと周囲が騒ぎ出す。現当主が、公の場に姿を見せなくなってしばらく立っていたので、予想はついたことだったが、本当に突然の発表だ。


「どういうことだ。当主はあの噂通り、もう亡くなっているのか?」

「いや、そんなはずはない。守護が消えていないのだから、当主はまだ生きているはずだ」

「それにしても、この場に姿を見せないのはおかしい」


 当主の状態は、燈としても気になることだったが、それ以上に気になったのは……。


「……あの、綺地夜那は行暗の後継者に内定してますよね。どうするんですか」

「次期当主として選ばれた場合、行暗の後継者は選び直しになるでしょう。問題はありません」


 リサは質問を一刀両断していく。


「それに、なぜ裏門が表門の次期当主候補として選ばれているのか、説明して下さい」

「問題が無いからです」

「それは説明になっていません」

「選抜の基準はお教え出来ません。私が言えるのは、ここには選ばれた候補者たちが集まっていると言うことだけです」


 周りの質問に同意を示しながら、燈は考えていた。


 そうだ。夜那は2年前から後継者として定められていた。そもそも裏門が表門の候補に選出されるなんて、異例中の異例ではないか。なぜなら、ここは陽上だ。下月ではない。


 ……いや、呼ばれた裏門出身者は夜那だけではなかった。 


「……僕は当主になんてなりたくありません」


 その声が聞こえた瞬間、先程までのざわつきとは違った騒ぎが起こった。


「朱灼までいるのか⁈」


 その声と同時に、周囲の人間がそこから一斉に体を引いた。危険から身を引きたいという本能だ。


 朱灼の死神。行明で現在仕事しているという話だったが、はじめて本物を見た。

 彼女はいつも姿を隠していて、伝音を通じて聞いたことがある程度だった。でも、そこにいたのは噂とは違った可愛らしい見た目をした少女だった。


 信じられない。これが夜那と一緒に語られることも多い、あの死神?


 燈は驚いた。この子が夜那と同列に語られるなんて、あり得ないと思った。それほど強くもなさそうだし、霊力もあまり感じ取れないのに。


 夜那は知っていたようで、飄々とした顔つきで騒ぎを見ている。


「みなさまに拒否権はございません」


 騒ぎ立てる人々に活を入れるように、リサが声を張る。


「当主の決定権は、それぞれの家が一票ずつ権利を持っております。陽上、下月は二票。期日に投票が行われますので、詳細を説明いたします。これから候補者の皆様は別の部屋に移動下さい」


 そのまま、解散となろうかと思ったとき。


「ちょっと、待ったー!」


 部屋の障子を激しくスライドさせ、そう叫んだ男の後ろに、燈は目をやった。

 そこには夜那と対称的な印象を持つ真っ白な男がいた。何もかもが白く、希薄でありながら、流れる力の奔流がそこに巻き取られていくのを感じる。


 ……来ていないと思ったら、遅刻していたのか。


「……ギリギリセーフ」

「間に合ってないと思うぞ」

「間に合ってないのはお前だろ。俺はこの場に入れればセーフだ」


 皓沙花臣。誰よりも次期当主に近いと思われる男が、やってきた。



 



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