22.一段落?

「あー、もー、これはサイテーです」


 ーー耳元で、うるさい声がする。


 疲れているのだから、放っておいてほしい。このまま眠らせてほしい。


 そんな気持ちが表層上にゆっくりと上がっていく。意識は反覚醒状態で、でも起きたいとは少しも思っていないのに、その騒がしさに体が目覚めようとしてしまう。

 明は不機嫌になりながら、途切れ途切れに聞こえる声を聞いた。


「僕の言うことを一切聞かないからこうなるのです。僕は何度も言ったのに。

 明様は、ここに監禁しておくことにします。夜那もしばらく安静にさせとけと言ってましたです」


 明はその発言にハッとなって、半強制的に意識を取り戻した。


「いやいや、監禁ってありえないっす。そんなだとうらないさんも愛想を尽かしますよ。つーか、もう尽かしてますから、いい加減にそのストーカーやめた方がいいっすよ。ストーカーとか今時古いでしょ、流行りませんよ」

「両生類には聞いてないです。話しかけないで下さい。

 明様に迷惑をかけたその心臓潰しますよ。そもそも明様の隣に寝ている時点で、許されざる罪」

「いや、隣って言うか、普通に病院なんでベッドに寝かされてるだけですけど? 俺、病人です」

「……っち」

「舌打ちする女は嫌われますよ」


 ーーこの声は、暁月とカエルだ。


 いつものように言い争っていた。暁月はとんでもない発言をして、カエルも常識的なようで、どこかイカレている発言をする(ストーカーが流行とかこれまでにも聞いたことがない)。全然、変わっていない。

 この二人の会話がエスカレートする前に止める役目をしているのが、明なのだが気力が全部抜けてしまっていて、そんなやる気も出なかった。


 とにかく精神的に参っていた。けがをしているとか、そういう肉体的な不調は感じていなかったが、夜那と対面していたことが脳裏によぎると、今でも緊張が抜けない。


 だが、意識を持っていることに喜びを覚えた。


 ーーなんとか、失敗はしなかったようだ。明の選択は間違っていなかった。


 あの、夜那に関わって生きている時点でそう確信した。普通なら、彼女と敵対した時点で死んでいる。それもあの家に関わる発言をしたのだ、彼女の善行家での役割を考えれば奇跡だ。


 そして、ご丁寧にも病院にいる。あの時のように行暗の地下で、目覚めていても別に驚かなかっただろう。地獄を見る羽目にならなかったことが、不思議でしかない。


 (俺はやっぱり……) 


 そして、夜那が関わっていようと、自分のこの能力は絶対的で不変であることも確信してしまった。もしかしたら、夜那の力なら、明を止めることも出来るかもしれないと思っていたが、そうではなかった。


 ーー少し残念だった。


「そいえば、あの家族が行方不明になったってホントっすか」

「そうです。僕が出向いたら、忽然と消えてましたです」

「え、わざわざ出向いて何しに」

「もちろん、排除です。あの家族は明様に手を出したので、潰すと決めてましたです。明様に触れた手をもいで、×を×して、××××(不適切な発言)するつもりだったのに、いなくなられて困ってますです。

 明様の手前手を出さずにいましたけど、結局こうなるなら、次からは考えないといけないです。僕は明様の意思より、命を大切にしたいのです。明様がいない世界に価値なんてないので」


 ーー初耳の話をしている。


 明はその内容に、驚いた。眠っている間に、いろんなことが動いていたようだった。

 暁月の過激な発言にはもう慣れきっているので、そこまで驚きはしないが、あの家族が行方不明になったのは驚きだった。……そう来るか。

 行方不明になっていなければ、今頃暁月の手によって聞くに堪えないようなことをされていたと考えたら良かったのかも知れないが、彼らの責任を問うことが出来ないのが納得できなかった。

 どういった経緯で、行方不明になってしまったのかも気になる。……今後、また関わる可能性もないとも言い切れなかった。


(次は、学校だったな……)


 次の選択の行動がどんな意味を持つか考えながら、続く二人の会話に聞き耳を立てた。

 

「マジすか、やみこちゃんもあの家族狙ってるんすか。俺がやりたかったんすけど」

「父親の方なら、好きにするといいです。息子と母親は僕に任せるです」

「いやいや、俺はあの家族全員に用があるんで。かわいそうなうちの恵麻ちゃんは、卜さん異常にひどい目に遭ってるんで。なんせ、殺されてますし。

 術者には返しましたけど、やみこちゃんがつながりを浄化させちゃったんで、あの家族には仕返しが出来てなかったんっすよ。

 俺にやらせてくださいよ……。卜さんと約束してるんで殺しはしませんけど、苦しめる方法には自信あります」


 カエルは懲りてないようだった。死線をくぐる経験はこれまでにもあったかも知れないが、今回は本来だったら手遅れだったのだ。……たとえ、呪いとの絆がこれまでの人生の支えだったとしても、これからは切り離さなければいけない。


「なんで僕が、お前に配慮しないといけないです?」

「……ケチは嫌われますよ」

「さっきから嫌われる嫌われるうるさいです。お前に嫌われても、何も思いませんです。

 もし、お前が明様の気持ちを代弁してるつもりなら、一億年早いです」


 暁月がカエルに喧嘩を売った。

 それに「やみこちゃんは、卜さんに嫌われてるってことが分かってないんすね」とカエルが返答して、そこから罵倒の応酬が始まった。


「そもそも、明様の手を煩わせる両生類に話を合わせる権利はないです。現場まで押しかけて……」

「はあ? 俺は卜さんから正式に依頼されてあの現場に行ったんっすよ。呪いに関してはちゃんと対処しましたし、いつもストーカー行為をして困らせているやみこちゃんに言われる筋合いはないっすね。俺、頼られてるんで」

「……最終的に、病院に運ばれている時点で役立たずです。この無能」

「無能かもしれないっすけど、やみこちゃんよりは卜さんの役に立ってる自信あります」


 ……もう、聞いてられない。


 低レベルな会話が徐々にヒートアップしていく。多分、このままだと病院側から苦情が来るレベルにまで発展するだろう。手が出始める前に、止めなくては……。

 異能力バトルとかもう良いから、ゆっくりさせてくれ。


「おい、お前ら。いい加減にしろ」


 うんざりしながら、目を見開いた。けだるいのを無理矢理、義務感でごまかして、ベッドサイドの支えに力を入れ体を起こす。


「あ、卜さん」


 少し離れた隣のベッドに、カエルが寝ていた。体調がひどく悪いというようにも見えなかったので、少し安心した。


 そして、明のベッドの横にはいつもの通り変わらない暁月がいた。

 それもかなりの至近距離に座っていた。触れるか触れないかくらいのギリギリまで近づいている。……うるさいわけである。


 明が起き上がったのを見て、ただでさえ大きな目を見開いていた。


 肩にかからないくらいの黒髪、特徴的な猫目、柔らかそうなくちびる。

 性格は別として、暁月がそこらにはいないような美少女なのを、こういうときに限って意識してしまう。


「明様……!」


 桃色に頬を上気させた暁月に、そのまま問答無用で抱きしめられた。力加減もされずに、ぎゅうぎゅうと締め上げられる。

 その感触に、現実に戻ってきたなと実感してしまうのは、こいつのいる日常が当たり前になってしまっていたからだろうか。


「……暁月」


 苦しいから力を抜けと、腕をタップすると力が抜けた。しかし、離れない。


 散々こいつに忠告を受けたにもかかわらず、それに従わずにこんな状態になってしまった。それに少し罪悪感があり、自分から暁月の手を押し返すことはしなかった。

 しばらく顔を見ていなかったこともあって、調子も狂っていた。別に、ちょっとの間なら良いかと思ってしまった。……なるべく優しくしないようにしているのだが、今だけは。


「明様」

「なんだ?」


 何度も名前を呼ばれて、返事をする。

 カチャンという音がした。その音の元をたどると、腕に手錠がかけられていた。

 

「とりあえず、監禁させてもらっても良いですか?」


 ……やっぱり、こいつから離れたい。




 ♢


 明が暁月に気を許しかけたことを後悔していたのと同時刻。

 どこかの駅前にて。ある、明に因縁のある青年たちが、まちに帰ってきていた。


「あぁ、愛しき我が都。店があって、電波が飛んでて、どこを見ても人がいるっていうのはほんといいなぁ」

「……普通だろ」

「田舎から比べると、雲泥の差だよ」


 ーー面倒な問題も解決したから、俺はしばらく開放的な気分なんだ。しばらく休むぞ。


 黒髪の青年が、白髪の青年に声をかけた。


 ーー何言ってるんだ。


 全身真っ白な、皓沙の神童ーー善行家後継者の最有力候補とされている青年は、自分の相棒に呆れた声で返す。


「事件は終わってない。これから、忙しくなるぞ」






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