21.第二の選択



 明がカエルを霊脈の穴へと投げ込んだら、霊脈が塞がった。

 穴が空いていたのに、掘り返されていたことさえなかったかのようにその場所は真っ平らになった。そこにいるのは、意識を失ったままのカエルだけだった。


 それが、今起きている現状の全てだった。

 ほんの少しの時間で、それだけのことが起きた。


「神の采配か」


 明はその不可思議な状態を見て、そう称した。まるで他人事である。

 燈はあまりの衝撃にしばらく声が出なかったようだ。理解できないと言わんばかりの顔をしていた。


「何ですか、今の……」

「何だろうな、俺も分からない」

「はぁ?」


 燈の訝しげな声に、明は苦笑が込み上げる。

 燈に対する苦笑ではなく、自分へのものだ。

 

 ただ、投げ込むという選択にしたがって行動しただけ。そうすることがカエルを救うのに必要だからそうした。どうしてなのかと聞かれても説明できない。霊視で見ていた燈の方が、事態を理解している事だろう。

 自分の力じゃない。それに違和感がある。この不快感は、明にしか分からないことだ。

 例えるなら、犯人しか明かされない推理小説みたいな。肝心の推理シーンがなくて、ページをめくった次の瞬間、パッと犯人はこの人ですと提示され、物語が終了する最低な小説を読んでいた気分。


「何を言ってるんですか。あなたがわざわざここに彼を連れてきて起こった出来事ですよ。分からないなんて言い訳は止めて下さい。

 霊脈が閉じただけじゃなく、完全に払われた。土地があっという間に修復された。それがどれだけ奇妙なことか分かりますか。人間業じゃありません。何をしたんですか」


 あまりに他人事めいた言い草に、これまで協力してきた燈も問い詰めずにはいられなくなったようだ。目を吊り上げている。


「何もしてないよ」

「いやいや、そんな言い分が通るとでも」


 燈がプンプン怒っている。

 気になるのは分かるが、いまの明にその余裕はないし、説明しろと言われても、説明のしようもない。やるべきことが多すぎる。


さんなら、分かるだろ?」

「……くっ」

「それに、まだやらなきゃいけないことがたくさんある。話はそれが終わってからにしよう」


 輝埜という看板で、上から抑えつけ、トドメにやることがあると制した。家の重さを十分に理解した上での、鬼畜の所業である。……本当のところ、説明が出来ないだけなのだが。


「輝埜さん?」

「……仕方ありません。ですが、絶対話してもらいますから」


 明のダメ押しの一言で、問い詰めるのは諦めたようだ。しかし、じっとりとした目でこちらを睨んでいる。

 納得はしていないようだが、今のところは明が勝った。やはり言葉が通じる相手は楽だなと思いながら、カエルの元に向かう。


 伏したままのカエルの首元に手を当てて、脈を確認した。

 呼吸が安定している。さきほどの様子が嘘のように、生きている人間のぬくもりを感じた。


「ふぅ……。ぎりぎりだったな」


 なんとか助かったようだ。


 先程、神の采配と言ったのは、本当に紙一重だったからだ。

 

 カエルが救われるチャンスは、いまの一瞬しかなかった。

 少しでもずれていれば、カエルは確実にあの世行きだった。流石に明も死んだ人間を生き返らせることはできない。

 自分のプライドを捨てて、先見を使ったからこそ救えた命だった。


 明がつかむ成功への道筋は、普通はいくつか選択肢がある。

 簡単でも危険な方法、安全でも複雑な方法、長い年月のかかる方法まで。


 『億万長者になりたい』なんて、夢があったとして。

 それを叶える方法は、幾通りも存在する。別に、明の力が無くともそのための方法は普通に想像できるだろう。

 例えば、会社を経営し、成功させる。宝くじを当てる。大企業に就職して、役員になる。銀行強盗をする。金持ちの家を乗っ取る。大規模な詐欺をする。

 たくさんの方法がある。数多の方法から一つを選び、成功までの道筋をたどる。そうすれば、願いは叶えられる。

 

 しかし、最初の選択が一つしか無かったのは初めてだった。タイミングだけの問題というわけではなかったが、これこそ奇跡だった。

 そして、まだ完全に助かったわけではない。


「輝埜さん、医師に連絡」

「医者ですね……」

「関係者全員にしっかり話を聞いておいて、必要だったら対処を」

「関係者」

「あと、特に注意して欲しいのが……」

 

 明は、燈にこれからの対応を任せることにした。

 

 とりあえず、一番やばいのがあの家族。呪いの媒介になっていた青年の様子が気がかりだった。

 全部一件落着みたいな空気を出しながら、まだ解決していない。

 父親の方も気になるし、そもそも彼らが一体何をしたのか、その全容を明かさなければ本当の解決にはならない。

 カエルの手によって、呪いが解かれたといっても、彼らが犯した罪は消せないのだから。


 要監視のうえ、法で処罰できる点は処罰してもらわなければ道理に合わない。

 

「いや、ちょっと待ってください」

 

 逃げていた白装束たちを呼び戻して、明が頼んだ仕事を割り振っていた燈から、突然ストップがかかった。明が何かしている様子がないのが、引っかかったらしい。


「私に全部やらせる気ですか」

「……いや、俺はいまは」


 まだ、選択は終わってない。

 第一の選択を実行しただけだ。やらなければならない条件はまだある。


 本来なら、この時点で逃亡を図る予定だったが、そうもいかなかった。

 次の選択を確実に実行する必要がある。


 ーーもう、そろそろだ。


「そもそも電話しなくて良かったでしょ、これなら」

「……そういえば、誰に電話を」


 明が燈に霊脈の対処をしろと言ったとき、電話していた相手。


「誰って、即座に霊脈を直せる人なんてごく一部だから、私の知り合いの中で、連絡がつく……、あぁもう、ほんとに電話しなければ良かった。全部解決したあとで、呼び出されただけだと知ったら、なにがあるか」


 突然、頭を抱え出した。

 ……呼び出すだけで、そんなに怯える相手なんて、よっぽどだ。


「そこまで言う相手って」

「……知ってるかは知りませんが、うち善行家の中でも、一番特殊な家の、その次の後継者に内定している私の元相方ペア


 ーー綺地夜那きづちよな


 その名前が出たとき、体が震えた。

 久しぶりすぎて、心の準備ができていなかった。


「実力だけは保証しますが、人格崩壊してるので、近寄らない方がいいですよ」


 付け加えられなくても、その人の恐ろしさは身にしみて知っていた。


「はっ……」


 息を止める。


「……面白いことしてるね、燈。さっさと呼んでくれれば、何もかも終わる前に手出しも出来たのに……」

「話をすれば、やってきた……」


 心底、嫌そうな燈の声。

 善行家の不可思議な慣習であるペアを組んでいたにしては、ひどく嫌っているようだった。


「こんばんは、明くん。お久しぶり」


 ーー懐かしい声だ。この人が来るとは思っていなかった。だが、可能性があるとすれば、この人か本当にごく少数の人間だった。だから、彼女が来るのもおかしいことではなかった。


 ぎこちなく、後ろを振り返る。


 濡れるような烏羽。ブラックダイヤモンドを想像してしまう硬さ。

 わざと闇に紛れて生きているみたいな、表情の読めないひと。

 そんな人がいつになく微笑んで、明に挨拶をしてきた。


「こんばんは、姉さん」


 引きつった顔で、彼女に返答した。

 彼女は昔と対して変わっていなかった。


 彼女は明の姉であり、行喑に居たときに世話になった人でもあった。


 カエルが、もし自分が暴走したら呼んでくれと言っていた人物の一人であり、暁月とは違ったヤバさを持つ人である。

 暁月が粘着質なヤバさを持っているとするならば、彼女は残虐さでもってヤバい人物だ。なんといってもその種の専門家だからである。

 

「姉さん、___になってみない?」


 そんな相手に、明はとんでもない発言をした。


 二年以上音信不通、それも逃亡するように逃げ隠れていた、久しぶりの姉にかける言葉はこれではないとわかってはいた。こんな発言をすれば、夜那の神経を逆撫でするだけだともわかってはいたのだ。

 けれど、こう発言しなくてはならなかった。


 その場が一瞬凍りつき、音一つ立てられない。

 しかし、彼女の表情が変わらなかったので許されたかと思い、口を開こうとして


「 」

「とりあえずだけど、死ね」


 明は、失敗してしまったようだった。

 暁月の守護も効かず、腹部に信じられないほど重い蹴りが入った。

 話は聞いてもらえず、ただダメージだけが入った。


 ーーそして、視界がブラックアウトした。


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