17.暁月の苦言


『明様ぁ、やっぱり閉じ込めておかないと駄目です?』


 宙からふいに降ってきた言葉は、恐ろしく聞きなじみがあり、そして同時に明をその場から逃亡したくなる気分にするものだった。……暁月あつきである。いつものことだが、全く突拍子のない登場だ。


「暁月か?」

『そうです、ぼくです』


 しかし、本体が見つからなかった。いつもなら気配もなく現れて、べったりくっついてくるのだが。

 もしかしたら、空から降ってくるかもしれないと身構えるが、そんなことはなかった。


『そこは邪気がこもってますさらにカエルもいない横に余計なものがいるとんでもない状況ですそもそも何で勝手に変なところに行くんです危険なのはわかってるはずです』


 その代わり、恨み言を体全体で感じる羽目になった。


 暁月の頭に残る独特なイントネーションが、早口に感情をあらわにしている。少し声が荒く、興奮していて、いまにも叫びだすのではないかと、耳を塞ぎたくなる。


「これ以上遅らす訳にもいかなかったんだよ。手遅れになる」


 明は、空中に向かって話しかける。


 ーーこれは事実であり、今日が日取りとしても最適な日だったのだ。


 地べたに腰を預けていた状態から起き上がり、周りを確認するが、暁月はどこにもいない。これも見えないせいなのか? いや、あれだ。トランシーバーみたいな術で話しているのだろう。あるのか知らないが。


『……はぁ。明様は目を離すと、勝手に危険な目に遭いますです。僕が守護を張っていなかったら、今どうなってたかわかりますか?』

「守護って、九字護身法はおまえが張ったわけじゃ……。あ、そういや『僕を信じて、唱えてくれれば良いです』って言ってたな。あの後、俺の意識がおかしくなったのは、おまえのせいだったのか」 


 最後に暁月に会ったのはあのときだ。それ以前は、上空からたたきつけられても無傷のままなんていう、ビックリ人間ではなかった。今でも自分の身に何が起きたのか理解できていないが、暁月が護身法を教えた時に何かしたに違いない。

 あのとき、明の意識がふわふわ浮いた感じになったのも、それが原因だったのだ。間違いない。


『……? 明様の意識がおかしくなったのは、わかりませんです。でも、あのとき守護を張ったのは事実です。さすがに鋭いです』

「そうだろう、そうだろう」

『でも、その鋭い頭脳が今回は悪い方向に行きました』


 感心した様子の暁月の声に、明は自分の予想が当たっていたことをよろこんだ(否定している暁月の声は聞こえなかったようだ)。が、褒められているわけではなかった。釘を刺されているのだ。


「この声は……。朱灼あかやの死神? だから、こんな力技が通用したのね」


 後ろにいた燈が、暁月の声を聞いてそうつぶやいた。


 ーー朱灼の死神って、厨二病っぽい名前だな。暁月の別名か? センスのないあだ名をつけられたな。


 朱灼はたしか、火の裏門本家の名であった。ほー、本格的に暁月の正体がわかってきたなと思いつつ、暁月は大して隠そうともしてないなと不思議にも感じた。

 

『輝埜の長女ですね、それ以上明様に近づかないでください。そもそも民間人にけがをさせるような仕事をするとは、なにをしてたんです』

「……! 私はやるべきことはやりました。彼が避難指示に従わなかっただけです」

『避難させる事態に発展させないようにするべき』

「なっ! そんなむちゃくちゃなことを」

『輝埜がその程度じゃ困りますです』


『明様が輝埜と一緒にいる理由は、後で、聞くです。あの両生類は……』


 続く燈の言葉を完全に無視して、明に話しかけてきた。明は耳が痛いと思いながら、話を聞いていたが、カエルに話が向かってこんなことをしている場合ではないと思い直す。……カエルの現状を説明すれば、暁月はこれ幸いと潰しにかかるはずなので、それは口が裂けても言わない。彼らは本当に相性が悪い。


「……カエルはいま、呪いの対処をしていてだな」

『さすが、役立たずです』


 ピリッとした口調はいつになくいらついている。いつもの不安定な情動ではなく、単純にやりたいことがうまくいかずに不快感を覚えていると言いたげな声だった。


 ーーそういえば。


 これまでの暁月の行動から考えるに、明に危害が加えられそうになったと知ったら、この場に突然現れて、一暴れしそうなものなのに、どうしていないのか。


 明は気付いた。


 ……なにか、こいつやってるな。学校にも出て来ずに、何こそこそしてる。


「おまえ、どこにいるんだ」

『うむ? しばらく会えてなくてさみしかったです? 僕もすっごくさみしかったですが、ちょっとやることがありますのです。終わったら、行きます』

「おい、やばいことしてるんじゃないだろうな」

『心配してくれるのです? 大丈夫です。僕は強いので』

 

 そう言って、突然声は途切れた。一方通行の電話は掛け直しようも無いので、それ以上追求することもできない。

 

「……なんだったんだ」


「あなた、何者ですか? あの朱灼の守りを受けて、よく平気でいられるものです」

「……いや、タダの占い師ですって」


 燈が話しかけてきた。話しかけられるだろうとは思っていたが、率直すぎる。それに、こちらの素性を探られるのは困った。穏便に済ませなくては、明の日常はまた逃亡生活に早変わりである。


「……タダの占い師程度に、あの朱灼が守りを敷くとはおもえませんが」

「いやー、その理由は俺も知りたいところです」


 背後に納得していないような表情の燈だが、それ以上突っ込まれると明にとっては都合が悪いかった。

 明が何者かと言えば「占い師」なのは合っているが、善行家にとって「タダの」とは言い難いのだ。「最悪の」と、つけてもいいらしい。それだけ明は善行家に痛手を食らわせて、出て行ったらしかった。自覚はないのだが。

 二度とあの家には戻りたくないので、暁月だけでなく燈にも近づいて欲しくはなかった。厳密に言えば暁月は明が善行家に居たことを知りながら、それを宗家に伝えようとしたことはないのでーー明主体で生きていると自分で言う暁月は、明をある程度尊重するーーその点は心配ないのだが、明の心は距離を置けと言っている。


「それよりも妖怪って、どうなりました?」

「……それを聞くと言うことは、やはりあなたは一般人なのですね。しかし、朱灼の守りがある……不思議な人ですね。

 怪異は、今ので消えたようですよ。さすがに、死神と呼ばれるだけはあります」

「……そうですかー」


 ーー「今ので」ってなんだよ。


 何が起きたのかいまいち理解できてない明にとっては、そんな大げさに言うほどのことかと不審に感じた。

 宗家にいたときなんて、その場にいるものを感じ取って、すべて吹き飛ばすくらいの気でいろとか言われたものだった。そんなことできるのか、見える奴らは。と思っていたのだが、聞くところによると違うようだ。宗家の基準が高かったのか?


 それに、そこらにいる幽霊と妖怪の区別もつけられない彼にとって、暁月のすごさも、カエルのすごさも、燈の評価もまるで空想の話にしか聞こえない。

 こういうことがありましたよ、それはすごいことなのですよ! と大げさに言われても、正直言って「はい?」と言いたい。足が速いとか力が強いとかならわかる。現実的だから。コンクリートに刃物が刺されば馬鹿力だと思うし、一人一人軽々と抱えているのを見れば超人だと感じる。しかし、それ以上になるととたんに別世界の話になる。

 占い師以外に「この卦が出たから、次はこうなりますよ!」と言っても理解してもらえないのと同じことだった。


「じゃあ、いまは危険はないですか?」

「いえ……霊脈が広がってしまいましたので」

「広がった? 閉じようとしてましたよね」

「魔の干渉を受けて、穴がより広がりました。オニがいるなんて思ってもみなかったので」


 ……一体何があった。オニって、あの鬼だよな。


「質問なんですけど、そもそも霊脈の前で何をしようとしていたんですか?」

「これができた原因を探っていました」

「原因?」


 燈は突然、長髪をまとめていた髪ゴムを外し、髪をさらりと流した。櫛を通し、そして、もう一度まとめ直す。


「ここは本来であれば、霊脈ではありませんでした。最近になって突然現れ、霊穴として大気の流れを分有してしまった場所なのです」

「は? ほんとですか」


 ーー霊脈が突然できた? 


 明は、その言葉に驚いた。


 自然と大地が変容して、霊脈の位置がずれていくことはあるだろう。人の手が入ることによって、山脈や川の流脈は移動する。しかし、という表現の仕方には、別の意図があるだろう。これまでに存在していた霊脈とは全く「別のもの」が生まれたというべきだ。


 それは突然新しく山ができて、川ができましたレベルの異常事態だった。霊脈が簡単に生まれてたまるものか。

 すべての流れが生まれる場所なのだ。自然の流れを司る龍脈は、人の動き、動物の繁殖、あるいは植物の生殖。ありとあらゆるものに関連する。占い師としても把握しておくべきもので、龍脈を見れば人の動きも分かると言ってもいい。それほどのものだ。それは明でも分かった。


「最近、異常現象が頻繁に発生しているのはご存じですか?」

「あぁ、知ってます。カエルが言ってました。土地荒らしが発生していて、その対処に追われて、霊能力者と呼ばれる人たちが引っ張りだこだとかなんとか」

「そうなんです。さらに言えば、それにはこの突然発生した霊脈が関係していると考えられてます。霊脈、霊穴を巡って、争いが生まれており、土地が荒らされている。それが現状なのです」

「……あれ、それじゃ。新たに霊脈が発生したのは、ここだけじゃないってこと、ですか」

「そうです。本来であれば、流れが集まるところではない場所に大気が流れ込んでいる。そんな場所が数カ所発見されています」


 とくに、特筆すべきなのが、その乱れた霊脈に穴が開いて、その周辺に魔が出るようになったのです。

 新たに発生したものかはわかりませんが、現代ではほぼ見られなくなった怪異が頻繁に目撃されています。


 燈の言葉は続く。


「それに乗じて、呪場も形成されているとなれば本当にまずいです。この二つの組み合わせは最悪で、呪場の呪が霊脈に沿って、他の地域にも流れ込みます」

 

 ーー本格的にやばいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る