16.霊脈


 明は今の自分にできることを考えながら、ひたすら走っていた。100メートル11~12秒台。危険察知能力と逃げる速さだけを極めた男は危険を察知して、あの場から抜け出し、自分にできる最善策を計算する。


「……今日の占い、全外しかよ。年に一度の最悪な日だ」


 明は自分の占いに圧倒的な自信を持っているものの、自分が関わる状況は読み外す場合があった。個人の感情が結果を左右するようであれば、二流三流の世界だが、明も感情を持つ人間だ。こうあってほしいという願望は存在しており、それだけで恣意性が入り込む。さらには良い結果に転がると読んだものが、異物が入り込むだけでゆがむのが世の常。

 自分に関係のない事象だけを選択して占うのは、巻き込まれた時点でほぼ不可能だった。しかし、この状況は……。


「不確定要素が多すぎたな。飛び込むには時期尚早だったか。…いや、これ以上待っても事態は悪化するだけだった」

 

 明が『卜』で情報をできるだけ詳細に求めるのは、占いを当てる比率をより上げたいからであり、確定要素を強めるためだ。それが今回は足りていなかった。調査は『深く綿密に』。基本を怠ったつもりはなかったが、無意識の焦りがあった。どれだけ時間が少なくても、焦りが失敗を生むのは、長年の経験からして知っているというのに。


「……落ち着け」


 不測の事態はどこにでも潜んでいるので、これ以上考えても仕方ないと明は切り替える。


 反省はあと。今すべきは事態の収束だ。


「輝埜っていうひとはどこだ」


 カエルは自分が暴走したら、暁月か姉さんを呼んでくれと言っていた(そもそも、あんなフラグをたてるのが悪いのだ)。……しかし、その選択肢は、どうあがいてもいい結果をもたらすとは思えない。なので、ちょうどいいときにこの場に来てくれたあの霊媒師を探している。自然が導く偶然は、平凡な凡人にとっては必然である。与えられた救いの手は、すがってでも取らなくては。


「なんか、霊脈って言ってたよな」


 霊脈というよりも、龍脈と呼ぶ方が明にはなじみがある。いわゆる自然の中の動脈であり、龍穴に向かう流れのことを龍脈と呼ぶ。龍穴は大気の流動が直接作用する場所であり、日本国内においてはその殆どの場所に神社が建立されているとされている。人の流れも龍脈によって左右されていると言われ、首都や中心地の遷都もこの竜穴がある場所を選んで行われていた。繁栄を約束された土地なのだ。地殻変動、河川の流れ、台風や嵐。流れと言えば、龍脈であり、龍穴。


「……それが反応してたって、どうなってんだ」


 今の状況も、把握し切れていないのだ。


 頭の中で、情報を組み立てる。

 カエルはあの場所に骨粉の本体があると言った。そして、掘り返した先に見つけたのはミミズだった。以前、中学校で暁月が見つけたという餌場では、明には何も見えなかったが、今回はしっかり認識することができた。

 しかし、中学校での状況と違うのは、ミミズが生きている普通の虫だった。明は自慢ではないが、霊的存在はまるで見えない。つまり、その明に見えた時点でそれは普通の虫と言うことになる。逆に言えば、中学校にいた虫たちは普通の虫でなく別の存在だったと言えるだろう。


「ムカデは出てなかったな」


 暁月の話を思い出して、現状と重ねながら整理する。生きている虫と生きていない虫なら、生きている虫の方が先に来る。つまり、順序はこちらの方が先。

 中学校は蟲術の場であったが、一次ではなく二次形成されたものと考えてみよう。蟲として、ここで完成したものを呪術として完成させ、さらに重ねる形で利用した。重ねられた呪いは、さらに深く濃いものとなった。一次形成で生まれた呪いを、螾蟲ミミズむしとしよう。それがあの現場で、暁月が見たミミズの正体であり、それに卵を産ませて増やしたとしたならば?


 ーー母親を見た途端、暁月が驚いた理由がそれだとしたなら、どうだ。


 蠱毒とは、極限状態にある生物の食い合いだ。短期間で繰り返される食物連鎖による毒の濃縮、閉じ込められた虫たちの恨みによって、この世に存在しないような類いの呪物となる。利用方法は毒物として呪いたい相手に食べさせる、相手の家の下に埋める。とくに有名な蠱毒は……金蚕蟲きんさんこだったか? 

 だが、蠱毒を繰り返して、さらに蠱毒を作るような情報は見たことも聞いたこともない。

 最近調べたばかりのため、詳細が曖昧だ。だが、知れば知るほどやばいことに首を突っ込んでいるとわかる。


「……最悪だな」


 時系列としては、確実にこちらが先だと考えて良いだろう。中学校には、幼虫しかいないと暁月が言っていた。


 そして、輝埜の霊媒師が呼ばれている状況であれば、表立って異常が現れているはずだ。普通の人間は、霊媒師なんていう怪しいものに手を借りようとはしない。大企業なら、なおさらである。しかし、こうも表だってーーそれもTVに露出しているような有名人がやってきている時点で、事態はかなり動いていると考えて良さそうだ。

 


「あそこか」


 明は輝埜燈を見つけた。その場所は、人が集まっているだけでなく、土地が重機で掘り返されている。このまま温泉でも見つけ出すつもりかと、驚くような騒ぎである。いや、霊脈も大事だろうが、カエルの元に行かなくてはいけない。


「輝埜さーん!!!」


 大声で叫んで、掘り出されている土の中を覗いている女性を呼ぶ。一斉に複数の白装束も振り向いたが、こういうときは気にする必要はない。彼らはタダの従者であり、決定権は使う側にある。


 燈がこちらの声に反応してやってきた。長身の美女は、霊脈を掘り返して、土埃にまみれ、泥だらけになろうと美人だった。


「ここは危ないですよ、離れてください。どうされましたか?」

「すみません、緊急なんです。とにかく来てもらってもいいですか?」

「は、はい?」

「呪詛に関しては詳しいですか?」


 明は燈に、自分がやってきた方角を指さした。明には何も見えないが、霊力のあるものなら見るだけで気づくことも可能だろう。


「……あれが見えますか?」


 明に示されて、燈はそちらの方角を見た。「一体何があると言うのですか?」と開いた口は、途中で形を変える。


「え、あれは」


 驚愕の事実に、驚きが隠せないと言わんばかりの表情だった。状況をいち早く把握してくれたようだった。


「カエルさんがあそこにいらっしゃるのですね? あなたは助けを求めにここに来たと」

「そうです。おれでは対処仕切れないと思い、助力をお願いしに来ました」

「……あなた方は、アレが呪場であるとわかってらっしゃいましたか?」

「……いえ。確信はなく、確認をしにきたんです」


「……なら、会ったときにおっしゃってください!!!!」


 ぴしゃりと怒鳴られ、明はなんとも言い難い表情になった。輝埜に話してもな、と思っていた。そもそも依頼人は別のうえ、輝埜側も要件をこちら側に話さなかったではないか。

 協力しようにも相手側の信頼がないのであれば、情報は簡単に渡すべきではない。が、社会人として、それを表に出しても利はなかった。


「それは申し訳ありませんでした。それよりも、カエルを助けてやってください」


 彼女は周囲を見回して、両腕をクロスさせ、頭を抱えていた。


「待って、待ってください。……霊脈を掘り返すのを止めなくては。あんなものがあっては、どんな影響があるかわからないわ」


 燈は驚きよりも恐れを感じているようだった。

 霊脈と呪場が一緒の場所にあると、影響があるのだろう。例えば、呪場が霊脈の霊力を奪ってさらに進化してしまうとか…。あるいは、互いに影響し合ってしまうとか。


 その思考が杞憂であることを願ったが、どうも明の思考は間違っていないようで。


「はやく、霊脈を塞ぎなさい。大気の流れを外に出していけない」

「「「はっ」」」」


 白装束たちは、燈の発言を聞いて、即座に、重機で掘り起こすのを止めた。というか、埋め始めた。

 このまま何の影響を与えることもなく済むかと思ったが、そういう訳ではないようだった。


「中に、妖怪たちが侵入してきた。逃げて」

「……ここで、妖怪が関わってくるのかよ」


 この霊脈にどれだけの価値があるかは知らない。しかし、あちら側の人間にとってはかなり重要な代物らしい。


 周囲が混乱に陥り、燈がこの場所から即座に避難しなさいと呼びかけている。

 

 ……冷静に考えているひまなんてないんだが、結局、明を守る立場であるカエルがいないので、明はこの場でどう動いて良いのか全く予想がつかなかった。そもそもカエルを助けに呼びに来たのに、巻き込まれてしまってどうするんだ。


 とりあえず、カエルの場所に戻らなければいけないと、明は方向転換した。輝埜さんの協力は得られるかはわからないが、あちらも緊急事態なのだ。


 背後で、何かにぶつかった。……振り返るけれども、そこには誰もいない。ぞおおぉっとした。見えない何かが明の前にいる。それもかなり大きい。そんな圧力を感じた。


 接触はできるんですね……、はは。なんて、冗談も言えない。


「あぶない!!!!!!!」


 聞こえた声に反応もできず、明は空を飛んだ。……とんでもない力で殴られたのだ。後から聞いたところ、そこにいたのは【オニ】だったらしい。


『臨兵闘者皆陣列在前ですよ、覚えておいてくださいね』


 暁月に言われた言葉を思い出したはいいものの、全く実践できなかったなと感じて、それが人生最後に思い出すことか、切ないなと思った。

 空中を飛んで、その勢いのまま、急降下した。とんでもない衝撃が明の体に走ったが、


「……別に、痛くない? ん? どうしてだ」


 自分の背中がどうにもなっていないことに驚きが隠せない。てっきり穴でも空いたかと思ったんだが。


「あなた……、守護をうけていたの? それも、この力は……」


 駆け寄ってきた燈がつぶやく。荒れた霊脈が近い場所で、個人の守護が発動した?


『明様ぁ、やっぱり閉じ込めとかなきゃ駄目です?』


 恐ろしい台詞が宙から降ってきた。


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