14.カエル頑張る
「ここ、掘ってみてもいいですか」
カエルは明が示した場所の土壌に、興味を示した。というのも、見えていなかったモノが突如見るようになったからだ。
巧妙に隠されていただろう呪術の要を、明は簡単に見つけ出した。何も見えなくとも、占おうとも思わずともすべてが明を導くのだから、やはり明は天命の『占い師』である。
「たぶん、本体は地中深くに埋められていると思うんですよ」
「本体……?」
「あはは、この子です」
「この子……?」
自分の懐に大事に入れている彼女のことだ。ここにきっと、彼女の一部がある。それもこの反応からして、大部分が。
この土壌の状態から考えると、植樹をした際に一緒に埋めたと考えていいだろう。
カエルであれば、絶対に簡単には見つけられない場所に隠す。呪術は返されれば、呪った本人はただではすまないので、その本願を達成するまでは絶対に発見されてはいけないのだ。
カエルの元に粉骨としてやってきたことを考えると、もしかしたら土に混ぜられていることさえ考えられる。
「死体でも埋められてるんじゃないか?」
「あはは、呪詛師はそんな簡単に見つかりそうなことしませんって。ばれたときが面倒なんで、死体のまま残したりはしないです。でも、上半身はあったりするかな? 恨みを増幅させるのに必要なんで」
呪詛の要は恨みである。苦しみや悲しみや憎しみをエネルギーにして、対象への復讐を遂げる。
簡単なものであれば、『丑の刻参り』がある。わら人形のように人型に対象を重ね合わせて、丑三つ時に神社のご神木に釘で打ち付ける。その媒介となるのはわら人形であり、増幅器としてのご神木だ。
今回の呪詛の全容はわかってはいないが、今回の媒介は彼女だったようだ。明からもらった情報で補足するならば、彼女は深い恨みを持って死んでしまい、その恨みを呪詛師に利用されている。
上半身があるとカエルが発言したのは、眼、耳、鼻、口、そして心臓、内臓がそろっていることで、生前の認識を強めることができるからである。
「……物騒すぎる。おまえはそんなことしてないだろうな」
「卜さんとの取引をしているうちはそんなことはしません、健全な呪いをモットーにしております。ね、それよりも見ましょうよ? 疼いてたまらないんで」
腕を押さえながら、カエルは言った。表情がどんどん輝き始めている。
「まずは掘ってみますね。なんか、ここら辺が怪しいとかありますか」
「ふむ、ちょっと待て」
明は落ちている枝を拾ってきて、その枝を地面に立てた。やがて、自然に倒れていく枝。その先を見て、指さした。
「そっちだ」
「……テキトーすぎませんか? それで当たるんだったら、占い道具とか必要ないんじゃ」
「占い道具は細かい情報を見るのに必要なんだよ。単純な探し物なら、それも実物の一部があるなら、導かれるだろ」
「……変なこと言ってるの気づいてますか?」
「別に変でも何でもない」
明に呆れながら、カエルは作業用のスコップを借りて、庭園内の真ん中を掘っていく。庭園の構造は線対称であり、中央にある人工池から合わせ鏡のように造られていた。池の前あたりの場所を無造作に、明に言われるがままに掘り進める。
そこで、硬い岩をつついているような違和感を感じた。スコップでいくら掘っても、それ以上進めない。
そこで、カエルは手を止め、
『葛の葉』
左薬指にした指輪にキスをした。
ぶわりとあふれる邪気に心が躍る。呪われていると感じて、自分が生きていることを意識するのだ。呪うこと、呪われること。触れるだけですべてを呪ってしまう幼気な呪具を、心からかわいいと思う。愛したものさえその恨みで滅ぼして、この世を破壊するだけの道具となったこの子たち。その念願を遂げてあげたいと思うのだ。
呪いの対象を自分から壁に移して、言霊にのせる。
『壊していいよ』
すると、スコップがするりと土の中に潜っていった。
そのまま、すくえるだけの土をすくって外に出すと。
ーー大量のミミズがいた。信じられないほどの量がうごめき、ぎっしりと、まるでひとの血管のように脈動している。膨らみ、縮み、ズルズルと動いている。
「わぁ、すご」
「……ミミズか」
それだけじゃない。木々には、たくさんの虫がいた。異様な光景だった。
ーーこの場所が、蠱毒の元になっていたのか? しかし、明が餌場があったと言っていたのは「中学校」だった。卵もその場所にあったと言っていた。なら、これはなんだ?
時系列的に考えて、おかしい気がする。
彼女が死に、それを利用して虫を育てる場所を作り、その呪いを間接的に受けた虫によって蠱毒を作成する。
そして、その蠱毒を用いて、この企業を呪うというのは、いくらなんでも遠回り過ぎるだろう。そもそも蠱毒を作る意味はあったか?
毒殺をするわけでもなく、単純に呪うだけなら、手間のかかる蠱毒でなくてもいい。害を与えさえすれば良いのだから。
でも、それはこの企業が目的であったなら、だ。なにか、大きな見逃しをしていないか? ……そもそも、どうして彼女はここにいるんだ?
カエルが思考していると、地上にミミズが這い出してきた。ぶよぶよと肉のような長細い塊が、次から次に空を目指している。
「……っぅ」
その様子にダメージを受けたのか、明が顔を抑えてしゃがみこんだ。彼の精神力は常人では理解できないほどの域ではあるが、虫は苦手だった。彼の幼少期がどんなモノだったかはカエルにはわからない。
けれども、『視る』ことができなかった明はーーたとえ、どんなにその占いの能力が強かろうとーー善行家ではほぼ役立たずの烙印を押されていたにちがいない。名門とはけして言えない家に生まれたカエルでさえ想像がついてしまう。
かわいそうだなと思いながら、とりあえず、ミミズを踏みつぶす。
「……っ、クソかえる」
かわいそうで、かわいいな。嫌がる明を見ながら、サングラスの奥にある瞳が加虐心にぬれてきた。
視界はだんだん揺らいで、色が消え、ほの暗いモノクロが隅に隠れている。じわじわ侵食されて、色のない世界へとひとっ飛び。
ミミズを足で、ぐりぐりと入念に潰していく。ぶちり、ぶつりと、汁が溢れるのを見つめて、あぁ、やっと死んだかと思った。
死んだミミズの恨みがカエルの体にへばりついて、口元にまで登ってきた。カエルはそれをわざと受け入れた。
ーー味わって、同化する。
その方が理解しやすいのだ。彼女の名前も、指の骨を奪われてカエルは知った。
『おまえの名は、なんだ?』
ーー山口裕也。
答えは、明確な人の名だった。しかも、その名前は明から聞いた少年の名ではなかったか? 興味のままに質問をしていく。
『おまえはどうして、ここにいる?』
ーー恨めしいから。狂おしいから。もっともっと、ほしいから。
詳細がわからない。ただ感情ばかりが、伝わってくる。もっと深く知りたい。
カエルはさらに問い続ける。
『なにがほしいんだ?』
ーーかわいいこ。にくらしいこ。
かわいくてにくらしいこが、ほしくてたまらないのか。
それに該当するものなんて、一つしかない。
彼が求めているのはきっとこの下に埋まっている彼女だろう。
カエルは発言した。
『浅井恵麻という少女を知っている?』
ーーえま? エマ? えまぁぁぁ、恵麻、エマ、知ってる。しってる、しいいいいっていいる。
その答えとともに、ぶわぁぁぁぁあと、呪詛が力を増した。カエルすべてを取り込んでしまう濃密な呪いの力が、一気に身体の中に作られてしまったのだ。
わざと取り込んだミミズの呪いのかけら。そこから生まれた意思は、明確に恵麻という少女を求めていた。裕也という少年の本体はここにいないにも関わらず、ここまでの念が残っていたということは余程の執着があったのだろう。
「……っ!」
カエルの体から、とんでもない量の紫色の邪気が発生し始めた。体をぐるぐると回る紫の邪気は、すべてを覆い尽くし、目の前が見えなくなってしまっているほどだった。
ほしいー、ほしいー、ちょうだーい、恵麻、ちょうだい。恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい恵麻ちょうだい
ーーちょうだいという欲求で、脳が揺れる。
内部で反響し続ける音に、自分の知覚が脅かされていることをカエルは知った。興奮しすぎて、加減を間違えてしまったのだ。
このままでは、カエルは落ちるか。呪詛の操り人形になってしまうことになる。
いつかそうなるのも良いかなと思っていた自分もいたのだが、このタイミングは明に恨まれる。
「カエル? おい、何が起きてる」
明が事態に気付いたようで、起き上がり、こちらをギョッとした目で見てくる。
あれ、卜さんって、たしかみれないはずなのに、みえてる?、?
そんな顔されるほど、酷い有様なのかな?
ーーカエルは少しだけ冷静になった。
自分の体がどうなっているのか、見回すと、不意に懐から彼女がーー恵麻が、滑り落ちた。スローモーションのようにゆっくりと、地面へと向かっていき、そして瓶が割れた。
彼女の呪いは触れるだけで、人の骨を抜き、人を殺す最強のものだ。それが、割れた…‥.。
『ゆるさなあい、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない』
ーー彼女の猛威が、その場を襲った。
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