13.土壌

「もしかして、『蛙の腹』のかたでは?」


 そこにいたのは、スーツケースを持った女性だった。長い栗毛をひとまとめにし、隙がなく化粧された顔は赤い口紅が印象に残る。

 その女性が口にしたのは、カエルの店の看板の名前である。悪趣味を極めているので、由来は気にしなくていい。


「知り合いでしたか?」

「いえいえ、お名前を聞いたことがあるくらいです」


 社長とその女性が話しているうちに、明はカエルにその女性の正体について尋ねた。


「カエル、誰だ?」

「あれ、卜さん知らないんですか? 輝埜きのあかりさん。テレビにも出ているような有名な霊媒師ですよ」

「テレビは見ない」

「あぁ、だから話が合わないんですね」


 余計な一言は無視した。


 輝埜きのと言えば、善行土の家だろうが、幼少期に閉じ込められるようにして育てられた明には、宗家か、裏門表門の同年代、その親世代くらいしか知らない。15歳になるまえにあの家を出なければ、いやでも彼らの情報を暗記させられていたとは思うが、常識のように言われても困る。そもそも、明は占い師であるので、普通に生きていれば彼らと関わらなくていいのである。


 彼女と名刺を交換し、まじまじと見つめる。表門の普通の霊媒師である。たぶん、この女性は何も知らずにここに来ているのだろう。裏門と表門は一族としてはつながっているが、仕事がほぼ真逆なモノだから、当主に近い人間でもない限りつながりはほぼない。善行家も面倒くさいモノである。


「あの燈さんと仕事をご一緒することができるなんて、うれしいです。テレビで拝見させていただいてたんですが、実物はより美人ですね」

「いえいえ、そんな大したものでは」

「いやいや、燈さんと言えばこちらの世界でも有能な除霊師じゃないですか!」


 カエルがうれしそうに話しているが、カエルの正体を知っているというこの状況は明たちにとって何を意味しているのかわかっていない。嫌な予感を感じながら、相手の反応を見る。


「そちらこそ、ご高名な呪「そうなのか、詳しく紹介していただきたいな」


 やはり発言してもらいたくないことを突っ込まれそうになり、慌てて割り込んだ。


「占い師をやっております。『うらない』のあきらとお呼びください」

「はぁ、占い師ですか?」


 この場にどうして占い師がやってきたのだろうかという顔をされたが、説明する必要はないので、にっこりと笑ってごまかした。明は全くの無名であるため、訝しがるのも当然だが、カエルを紹介したということで興味は断ち切ることができたと思う。

 いざとなれば、すべての手柄は彼女に譲ればいい。


「おまえ、有名だったのか?」

「ひどいっ、卜さん。俺の強さ知ってるでしょ。この業界じゃある程度名が知れてないと、仕事できないのに」

「うん? 仕事はできるとは思ったことあるけど、強いとは思ったことないな」

「……あの人たちと比べないでください」


 そのまま、明たちは会社の中に足を踏み込んでいく。表向きは見学という旨で許可証を持ち、中を案内してもらったーーさすがに社長自ら案内してもらうのは目立ちすぎるため、避けてもらった。燈とは別行動である。

 

 佐久間工業という会社は金属加工から産業機器製造など幅広い事業を受け持つ企業であり、その取引先は国内から海外と大きい。メーカーとしての顔が一般には知られているが、市場では産業素材の開発の方が有名である。現在、内部情報が流出し、その情報が下請けとの不正取引であったという旨が発表され、外部からの調査を受けている状況だ。確実に真っ黒なので、その点には同情することはできないが、明の目的はそれではなかった。


 大きな企業ということで部署や支部も複数ある中、ある程度のあたりをつけてこの場所本社本部にやってきていたが、いかんせん情報が足りず、しばらく右往左往していた。物探しは探すものが明確にわかっていないと対象が分散されてしまい、特定に時間がかかるのだ。カエルにも協力してもらい、怪しい場所や手がかりがないかを探す。

 今ある手札は関係者の情報だけ。裕也という少年から見つけた情報と、そこにあったつぎはぎされた違和感。たったそれだけの情報で、どうしてここだと言えるのかは、明が『占い師』という生き物であるからに他ならない。


「カエル、なにか見えるか」


 キョロキョロとし続けるカエルは、ぴたりと止まって、外に歩き出した。


「燈さんの方が先に見つけてしまったみたいです。さすが善行家です。目がいいなぁ」


 明たちがたどりついた先は、本社の外だった。敷地の隅に、燈が呼んだのだろう。人が集まっている。白装束なんて、時代が逆行していると思いながら近寄っていく。


「うわぁ、すごいっす。霊脈が開いて漏れてる。こっから湧いてたんですかね」

「蟲でも湧いてたのか?」

「違いますよ。妖怪です」


 なにやら明が探していたものとは違うものが発見されていたようである。最近、騒ぎになっていると言っていた原因がここだったのか? それとも蠱毒と関係があることなのか、このまま一件落着におわってくれれば万々歳だが。


「あれは大変そうだなぁ」


 遠目から眺めているうちに、気になったことがあり、その先の敷地の端へと足を進めた。

 他の敷地は堅いコンクリートや砂利が敷いてあったのに、その場所だけ妙に柔らかそうな褐色の土だったのだ。木々が植えられていて違和感はないのだが、妙にそこにだけ緑が多かった。エコ活動を推進していますとでも書いてあれば、その一環なのかと納得してしまいそうな小さな林。湧き水のようなものもあって、金がずいぶんとかかっていそうである。


 ずんずんと中に入っていくと、それに気づいたようで後ろからカエルが追ってくる。


「何か見つけたんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが。ここ変じゃないか?」

「変って何がですか? ありがちな庭園ですよね」


 カエルには何も見えていないようだった。なら、問題はないのかと思ったとたん。


「あれ?」


 カエルが何かに気づいたようで、自分の指を見つめて、それから顔をあげた。


 顔がうれしそうにゆがんでいる。さすが、卜さんですね。当たりを引くのが得意だと声に喜びが滲んでいた。


「ここ、掘ってみてもいいですか」


 下を指差して、そう言った。

 


 暁月は瞳を閉じて、畳の上で目を瞑っていた。

 闇の中で、黒髪がオレンジ色の淡い光に照らされて光っている。彼女は和装で、紅袴、桃色の半着を着ていた。くるくると巻かれたつやのある黒いリボンがほどけて、シミのように赤く赤く染まって。

 ぱっとゆがんで、縮んで、糸のように。


 暁月の前には、薄布で目隠しをした和装の女性が1人。彼女は目が見えないうえに、足が不自由なようだった。座椅子に座り、包帯が巻かれた足がかすかに揺れている。


「終わりましたよ」

「修復ありがとうございます」

「摩耶様は、これからどうされるおつもりで?」

「……水のバカを黙らせたいです。僕にここまでさせた責任は取ってもらいます」


 暁月はすりすりとほおを撫でた。ヒビが入って、動くのもやっとだったのだ。


「最近の騒ぎといい、なんなのです?」

「わたくしも詳しくは知らないのです」


 珍しいこともあるものだ。行明の千里眼が見通していないことなど、あるのだろうか。


「……ふふ。表と裏がぶつかるのは、どの時代もあったことですから。どちらが勝つかは天命ですもの」

「巻き込まないでほしいです」

「でも、居場所は知りたいのでしょう?」

「この呪いを解かせないといけないのです」

 

 明をかばえたことだけが、今回の暁月の功績であった。それ以外はほぼ敗北していると言ってもいい。


「当主様もお時間がないので、後継者選びをいそがれているのですよ。摩耶様も、その候補の一人なのですから気をつけてくださいね」

「時間がないのは自業自得です。後継者とかは僕には関係ないです」

「お力で言えば、皓沙しろさの方にも負けないではありませんか」


 暁月は、無表情になった。


 ーーぜんぶ、もやしつくしていいなら、いいです。


「それか、明様に全部与えてもいいなら」

「……明は、使われるものであって、使うものではないのですよ」

「僕にとって、明様は支配者に思えるです」

「そうですね、あの子は持ち主がいないから、そう思えるのかも」


 彼女がそういうのを聞いて、暁月は「あなたの持ち主は、あなたをこのように支配するのにそれでもいいんです?」と問うたが、返答はない。

 包帯が巻かれた足には刃物で切りつけられた跡がある。眼は愚かなあの男に捧げていると昔聞いた。


「強い人たちは強すぎて、時々かわいそうになります」


 ーー人をうらむことも、憎むこともできないんですから。


 

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