12.呪骨


 明が学校を終えて、倉庫に向かうと、椅子の上でぐでんと反るように身体を伸ばしているカエルがいた。

 嫌そうに口をへの字にしているところからして、仕事が充実していたようだ。


「カエル、調子はどうだ」


 顔を上げたカエルは、明を見るとさらに口を歪めた。


「卜さん、お疲れ様です。調子はまあまあというところでー」

「それは良かった。頼んだ仕事の方は?」

「えー、はい。うらないさんの思った通りみたいですよ。なんとか、対策も考えました」


 とんとんと、ペン先で机の上を叩いている。


 こう見えて、カエルは仕事ができる。明の守護を長年任せているだけはあり、優秀な術師だ。ただ、仕事ができる時が限られているのが問題で。

 思い詰めているときには、とんでもないことを考えている。今も、調子はまあまあだと言いながら、すさんだ瞳と目の下の隈が、彼の状態の悪さを示しているようだった。


 この男は、初めて会った昔から浮き沈みが激しい男だった。……姉さんに紹介されて知り合ったのだが、初めて会う場で『明日、この世界が滅びる確率は何%ありますか?』なんて、つまらない質問をしてきたのだ。


『……0.000001%? そんな条件で占ったとしても、結果は出ないでしょう。ほぼありえないことですから』

『つまらないですね』

『だが、すべての生き物がそう望んだなら、明日には滅びているんじゃないですか?』

『そう思いますか?」


 うれしそうな薄笑いを浮かべて、他人を巻き込みたくてたまらない顔をしたカエル。


『しかし、世の中の生き物の考えをすべて変えるより、簡単な方法がありますよ。自分の価値観を滅ぼしてください』

『へ?』

『……つまんねーこと考えてんじゃねーぞ、と。占っても意味のないことを聞いてくるな』


 あの頃は荒れていた時期だったので、口が滑った。自己破滅したい男の願望に付き合う時間はないとはっきり口に出してしまったのだ。

 まぁ、それからなんだかんだあって、腐れ縁。明もカエルを気に入りーー明は素直になれない生き物であるーーこの形になった訳だが。 


 カエルに今回頼んでいた仕事は、明の活動圏内での調査であった。ある地域に特定して、呪術に関係した事件がどの程度起きているかを割り出し、対策を行うこと。


 ーー十中八九、あの家が絡んでいるだろうことも伝えた。


 実際この件に関わるかどうか、本音のところでは迷ったが、このままでは後手後手に回ってしまうと感じた。中途半端に引くのが一番良くないことだ。

 

 明はカエルの座る椅子の背後に移動し、詳細を教えてもらうために、パソコンの前に立つ。


 机の上に、地図が広げられ、赤い印が付けられているのに気付いた。該当の地域に、ランダムにインクでチェックされているようにも見えるが、ある地点が特に集中的に赤く染まっている。


「何のルートだ?」

「あ、うちの呪骨の反応見てみた結果で」

「呪骨?」

「もう、わすれました? この子ですよ」


 カエルの懐から取り出されたるは、瓶詰め粉骨。別の名を呪物。

 それを見た途端、明は二歩、三歩後退りした。感じるはずのない悪い影響を感じたのだ。矛盾しているようだが、これは第六感の域のことなので言葉では説明しきれない。言うなれば、占い師としての長年の勘であった。


「分かったから、取り出すな」

「この子がですねー。明さんから話聞いてから、カラカラ騒ぐんで何かあるんかなと思ったら、当たりでして」

「当たり?」

「いやー、最近手に入れたじゃないですか。時期も入手先も近いんで、怪しいなって。明さんが教えてくれた少年も、『餌』にされてたみたいですし」


 カエルは、役目が終わったものを始末して、利用するのはよくあることだと言った。

 明が関わらなければ、裕也という少年もそれ以外の子どもも、行く末はいいものではなかっただろうと。


「……他にも似たような場所が作られてるってことか?」

「はい、多分。この子も調べて見たら、人間だったみたいで。でも、本来ならもっと、なんですよねー」

 

 カエルが粉骨の瓶を振った。そこに納められた白い粉骨は、人の骨と呼ぶには明らかに少なかった。あるべきというのは、粉骨の量があるべきだということだ。


「これを作った相手は何が狙いなのかは分かりませんけど、この子は自分の体に戻りたがってるみたいなんで、協力したいなって」


 ーーそれに。


「大元なのか、使用された場所なのかは、まだ調べついてないんですけど、この子も足りてないみたいなので、使んす」

「使い方分かったのかよ……、でも、悪用するなよ。協力してもらう分、お前のやりたいことは尊重するが、危ない橋は渡るな」

「大丈夫ですよ、悪い相手にだけしかしませんって」


 そのまま、サングラスの奥の眼を細めて、薄く笑うカエル。

 

 本心をさらけ出すことのない表面の表情は、あちら側の暗い人生を生きてきた人間によく見られた。

 とくにカエルで言えば、呪術を使用するとき、性格の悪い人間を地獄に落とせると思ったとき、表情の読めない顔をする。あれから年を重ねた明は、一方的に彼の性質を否定することはなく、彼なりに自分との折り合いを付け始めているのだと思うようにしているが、それでも少し彼にその表情をさせるのは嫌だった。


「信用してるぞ」

「卜さんの信頼には応えたいっすね。……でも、俺が万が一おかしくなったら、ぬしさんでも、やみこちゃんでも呼んでください。すぐやってくれるんで」

「……聞かなかったことにしておく。そこまで自分を追い詰める前に、逃げろよ」


 明はこれ以上の厄介ごとには首を突っ込まないに限ると、耳に蓋をした。姉さんに連絡をすることがあるとすれば、それは本当に緊急時だけにしたい。一方的に連絡を絶ってしまっている現状で、そのまま連れ戻される可能性も高いのだから。

 また、やみこちゃんとは暁月のことである。彼らは犬猿の仲だ。コイツにもまた、自分からは連絡したくない。


「はい」


 やっと、ちゃんと笑った。そのことにほっとしながら、明は倉庫にやってきた用事をカエルに話す。


「あ。今日、外に出るから、カエルついてこい」

「……さすがの無茶ぶりっすね」

 

 どこに行くか聞けば、さらに無茶ぶりだと言うことだろう。




 鏡のように、ピカピカに磨かれたフローリング。吹き抜けの高い天井、通り道に沿って置かれた観葉植物の数々。

 眩しく思えるほど、綺麗に整えられているが、なぜか居心地が悪い。


「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 彼らが相対している脂の乗った50代と思しき人物は、山崎晴信という経営者である。佐久間工業の代表取締役であり、現場畑出身で何台も続いてきたこの企業の代表に実力で成り上がった人物だ。


 そして、明の占いの常連客である。


 明とカエルは、佐久間工業という企業の本社に招かれていた。社長の信頼するアドバイザーという名目だが、期待されているのは除霊だった。……ここにそんな高尚なことができる人材は1人もいないが。



『……俺、呪詛師であっても祓い屋じゃないんですけど』

『今回は、問題ないはずだ。蠱毒の対策もしてきたんだろう? 今回は様子見が主だ』

『変な噂立たないようにしてくださいねー』


 という会話が裏であったのは秘密だった。


 予定外の問題が起きたようで、山崎氏は一旦席を外した。エントランスの待合所のようなソファに座り、明たちはしばらく彼を待つ。


「卜さん、ここ、うじゃうじゃしてます」

「……なにが」

「ようかい」

「いるのか?」


 カエルがサングラスをずらしながら、見つめる先はエントランスの端。物陰の、人が寄りつかない場所だった。

 少しだけ薄暗い感じがするが、明が見つめてみても、何も見えない。


「小鬼とか初めて見ました」


 一ツ目小僧、ヤモリっぽいやつ。外には大蝦蟇おおがま、大百足とか。

 いや、珍しいモン沢山いますね! ほんとにいるんですねー。


 周囲をキョロキョロ見て話す内容が、明にとっては悪夢だ。


「うお、あれは何でしたっけ」


 カエルが興奮して、まるで子どものように振る舞っている。


「……気持ち悪い想像をしてしまった。もっと可愛らしいのはいないのか?」

「へへ、珍しくて。でも、妖怪ってそんなモンじゃないですか? 呪物は可愛いの多いですけど、妖怪って意味不明な怨み、抱いてたりするし」

「ははは……」


 ーー呪物よりは妖怪の方がマシじゃないか?


 そのツッコミは、心の中に収めておいた。


 しばらくすると、奥から誰かを連れて山崎氏が戻ってきた。


「お待たせしました」

「いえいえ、問題は大丈夫そうですか?」

「それが……」


 困った顔で、こちらを見ている山崎氏。後ろにいる人物に目線をチラチラと送っている。


「あー」


 カエルの方が先に気付いたようだった。


 同業他社との予定がバッティングしてしまったようだが、一体何者だろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る