11.目的を探す

 ーー全てを燃やし、塵と化す炎。高き清き聖なる火。それでいて、どこか妖しいもの。


 目を瞑っていても感じた大きな流れは、明が読む森羅万象の動きのようで。明の思考も、他者の思考もその偉大さの前には意味を持たない偉大なる神秘。関わることのない壁。

 全ての命運を自分のもとに手繰り寄せ、焼き尽くそうとする激しさに、明は目を瞑りながら震えていた。いや……。

 ーー震えぬよう、必死に抑えていた。



「あきらー、元気ねーな。どうしたんだよ」

「……」


 体育の授業中。翔太とペアになり、準備運動を行っている。

 明の頭の中は、先日の事件でいっぱいだった。


「っ、いっ」

「ははっ、身体硬いぞ」


 足の裏を合わせて、互いを引っ張り合う。思いっきり引かれて、翔太の方に身体が前のめりになり、カチカチの身体が悲鳴を上げた。


「おまえはなぁ!」


 引っ張り返すと、「これぐらい、かるいかるい」と平気そうな顔をされた。どこまでも身体が伸びて、どこぞのゴム人間のようだ。運動能力ではアドバンテージは取れないので、苦虫を噛んだ表情になる。

 

「そういや、マーヤちゃんとデートしたんだって?」

「デート? 違う。ただ、街を歩き回った」


 「それをデートって言うんだよ」と返してくる。


「どうだった?」

「……何とも言い難い。あいつが悪いわけじゃないが」


 兎にも角にも、明が人と過ごすのに向いてないだけだ。普通の人生経験は人として過ごす上で大事なものだったらしく、ショッピングや会話を楽しむそんな日常を、明は素直に向き合うことができないのだ。

 明が家門から逃げ出して、もう二年が経とうとしている。あそこにいて、つくづく人生無駄にした。早く逃げ出しておけばよかったと、何度振り返っても思う。暁月といても誰といても、もう純粋に何かを楽しむことはできない。

 ゆえに、何とも言い難かった。


 さらには、あの中学校での出来事だ。


 明が「もうだいじょぶです」と言われ、目を開けたあと、残っていたのは今にも気絶しそうな顔で体を抱きしめてブルブル震えていた暁月と、気絶した人々だった。

 裕也、その母親も気を失っていた。


 『……どうなったんだ』と困惑の中、つぶやいた記憶。明は1人だけ無事だった。全てを知っているはずの、暁月は何も答えない。


 暁月が何かしたことは確かだった。だが、あいつは確かに、蟲付きの人々を無傷で返すことは難しいと言っていた。簡単な方法があれば、それをまず行っていたはずだった。


 ならば、暁月にとってあの状況は本意ではなかったということになる。


 消耗した体で、両手で自分の身体を抱きしめるようにしながら、『明様はこれで大丈夫です。帰ります』と言って無理やり明を帰した。そのとき、明の顔を一切見なかった。……いつもなら、絶対にありえないことだった。


 関わりたくない、出来ることなら逃げ出したい相手のことが気になっている。

 そんな自分を自覚する。

 面倒くさいことばかりだ。後味が悪すぎる。


「つまんなそうな顔すんなよぉ。あんな可愛い子が自分のこと好きになってくれるなんて、超羨ましいわ」

「翔太、お前を好きな女子は多いぞ」

「えー、嘘だろ。どこいるんだよ?」


 キョロキョロ探し回る翔太に、明はため息をついた。なぜ、この視線に気づかないのか。体育館の反対側で、明たちと同じく柔軟をしている女子たちが騒いでいるのが見えないのか。

 翔太は、意外だろうが、学級内の代議員も務めているのだ。ノリで決めたと言っていたが、押し付けられそうになっていたやつを庇ったのだ。

 分け隔てなく周りに優しいこの男を、影から見つめている女子は多いというのに。


「可愛い彼女欲しいよ〜」

「出来るだろ」

「ほんとか?」


 それは未来を見るもの占い師として、約束しよう。

 ーーしかし、お前はまず周りを見ろ。


 明は、翔太の顔をぐりんと正面に向かせて立ち上がり、次の準備運動を始めた。



 一方倉庫にて、カエルは明に頼まれた仕事をこなしていた。山のような資料の中、パソコンに向かい合い、情報を検索する。デジタルが不慣れなのか、キーボードを打つ手が妙におぼつかない。


「うわぁ、個人情報の山。でも、何にもわからないわー」


 重要な個人情報は全て暗号化して、ロックしてあるため、何も見えない。見えるのは、本当に浅い基本情報だけ。これから状況を整理しろとは、明の人使いは荒すぎるとカエルは困り果てていた。『これだけあれば大丈夫だろ』と言っていたが、カエルの能力ギリギリまで使うつもりなのか。


 先ほどまでは、明の話していた蠱毒の情報を検証して対策も立てていた。


 彼の仕事は呪術による防護、時には呪詛、呪符作成などなど。それ以外の時間は、家に篭って呪いと遊んでいたりいなかったりなので、暇といえば暇なのだが、明は頭を使わせる。

 脳疲労で、頭痛がしてきた。積み上げられたチョコレート菓子を4つほど無作為に選んで、口の中にぽいっと放り込む。


「えっとー、最近の動きは」


 場所を検索して、明が言っていた条件に合致するものを探していく。


「ああ、これか」


 会社経営、男、50代。※常連客(2ヶ月前から、月に数度。

 相談内容:はじめは運勢を占って欲しいとの依頼。経営している会社の先行き(特例)。


 結果:企業内部に問題あり。心当たりがないかどうか尋ねたところ、覚えがあるというので対処を。命運に逆らう動きが活発化しているようで、流れが悪い。海外に関係する仕事に影響が大きい。一度会社に訪問してもらえないかという申請を受けるが断る。


「えっとー、この人は今週来てないかー」


 明は、いつも店の場所を変える。

 店舗を借りることもあれば、裏道の歩道に引っかからない隅にスペースを借りて、机を置き、化粧をして、ベールで顔を覆っていることもある。

 ……あれを見た時は驚いた。

 その話は置いておいて、そんな明の店の常連ということは余程の事情があるのだろう。もう先がないほど追い詰められているか、占いに人生を依存しているか。ーーでも、明は依存する占いを嫌っているので、そんなことはないかもしれない。


『俺にできるのは、アドバイスだけだ』とカエルに言い放った不思議な少年との記憶。

 信じるか信じないかは、お前に任せるとばかりのその発言を、なぜかカエルは信じてしまったんだった。

 真実、彼のアドバイスはなによりも役に立った。だから、カエルはここにいる。


 そんなことを考えながら、手元にこれまでの情報を出し、何が繋がり、何が繋がらないのかを見ていく。


 ーーどうしようかなぁ。


 机の上並べられた情報のいくつかは、繋がっていた。

 蠱毒、呪骨。学校を潰すことが目的ではなく、学校は餌作成のための場であったこと。

 では、何のために餌場を作ったのか。それを使うための場が必要だったからだ。  

  学校で育った蟲(学生)が、影響を与えるとすれば、家族や友人親戚である。つまり、その家族友人親戚に蟲を取り憑かせることが目的であったと考えられる。

 特に、私立の中学校に通わせることができるほどの稼ぎを持つ家族に、蟲を取り憑かせることができれば、その家族の職場である会社内部にも影響を起こせるのだ。

 さらには蠱毒の場を広めようとしているように見える。


「あぁ、これは卜さんのいうとおりかな」


 ーー『この会社が狙われている。裏門玄江あたりが何らかの依頼を受けて、会社を潰そうとしているようだ。

 善行宗家は、簡単な仕事は受けない。たとえ、下部の某家が請け負ったものであったとしても、だ。だから、これは速さの勝負になる』


 そう言われたとき、あの家にとんでもないことをして、逃げてきた明は、流石にあの家のことを知り尽くしているなと感心した。


「でもなー、あの善行家が関連してるとなると、金が動いてるんだろーな。佐久間工業ねー、どんな感じだろ」


 ーーキーボードを打つ手が、止まった。


「………」


 左手で、右手を撫でる。震える小指を宥めるように。


 軟骨化した骨が震えて動かしづらい。可愛い呪なのだが、カエルの骨がふにゃんふにゃんしていると呪符が作りにくいので、の望みを叶えてあげなければいけないとカエルは思案する。


 懐の粉骨が、骨の震えと共鳴するように、震えた。恨みが強いほど、呪は強くなる。

 この子は、強く強く恨んでいる。自分をこんな目に合わせた相手を強く恨んでいる。それはとっても可愛らしい。


「おぉ、ヨシヨシ」


 ーーお前の恨みはしっかり晴らしてあげるから、よく働くんだよ。


「うらみはねぇ、数十倍にしてかえさないと」


 無表情で、カエルが瞼を撫でる。

 苦しい目に遭わされたのなら、それ以上に苦しくなってくれないと割に合わないでしょう。

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