10.五行、火と水

 明の過去は、詳しく語れるほどのものでは無いが、彼が育てられた一門、善行宗家に関しては話しておこうと思う。


 善行宗家は、霊能者の集まる一族である。陰陽五行思想に基づき、医術、占術、呪術、祈祷、地層学、天文学、算学などさまざまな分野の仕事を行っている。

 その思想は、仏教、道教、神道、修験道。さらには、西洋の魔術にも及んでいた。その教育を受けた明は、幅広い知識を取得している。


 善行宗家は裏門五行、表門五行合わせて10の家があり(分家もその下にある)、その上に宗本家が立つ。

 宗家にも裏門陰、表門陽が存在するが、取りまとめているのは表門の宗主だ。


 それぞれ五行の色を司る名前を持ち、青(緑)、赤、黄、白、黒(紫)。音を同じくして、字体を変えて由来にあやかる。

 今更だが、明の名字は上(かみ)という。彼にだけ与えられた名字である。陽にあやかった名字は、宗家表門にのみ使用出来るのだ。


 このように考えると十中八九、暁月(あつき)は赤ーー火の一門であることは確定している。ただ会った覚えが一切ないというだけ。他にもそう判断できる要素は多数あった。


 そして、話を聞くにこの声の持ち主は、水の一門の誰か。さらにこんな呪術を扱うのは、裏門の者である。もしかしたら、会ったことがあるかもしれない。行喑二家にいた時代、裏門の人間には数多く触れた。その状態は暗記している。

 

『裕也、裕也。隠れていなさいと言ったのに、悪い子だね』


 響く声に、思考を逸らされた。


 今さっきまで、屋上の扉を押し破ってやって来ようとしてきていた人々は、校庭で立っていた時のように沈黙している。

 音がない。こんなにも大勢の人間がいるのに、反響する違和感ばかりが増していく。


 声を聴くだけで、不快だ。耳鳴りがずっとしている、脳がブレる。ビビビ、ぶぶぶ。

 霊障が現象として現れると、気分が悪くなる。見えないのに、影響を受けるなんて傍迷惑な話だった。


 明は、裕也の口がボソボソと動くのを見た。暗雲に話しかけている。


 ーー謝っている? よく分からない。


『ははは、うん。でも、仕方ないよ。裕也は頑張った』


 裕也と声の持ち主は、知り合いだったようだ。こんな状況なのに、和気藹々と語ろうとしているのを見て、やはり裏門だと思った。


 ーーシュカ、カカカ! 呪符が巻きつけられた刃物の音。信じられないほどの速さで、連続的に五角形に床に

 驚いてばかりだが、コンクリートの床に刃物を刺すのがどれだけ恐ろしいことなのか。尋常ではない技術だ。


「気色悪いので、さっさと術を解いて消えるといい」


 そしてここにも、裏門だと思われる話が通じない女ーー暁月がいた。

 宙の何も見えない場所に、思いっきり何かを投げていた。激しい表情は、水に対する憎悪かもしれない。彼ら水と火は本当に相性が悪いのだ。


『荒っぽくてたまらないなー。丁寧さがない。そもそも、付け焼き刃な封だ。向いてないでしょ、君』


 ーー全く効いていないようだ。


「悪趣味な禁術を使う、水虫野郎に何を言われても? むです」

『変な言葉遣いだね。あぁ、言葉も習えなかったのか』

「消えろ」


 暁月が走り回り、跳ね回っている。追っているのは分かった。


『うーん、蟲を作り損ねたのかー。それで、辿って来られたわけね。彼となら可愛い子が生まれただろうに』

「……」


 確実に明を指して、可愛い子が出来ると言った。それが、暁月の堪忍袋の尾を完全に切った。表情が消えて、彼女の影が濃くなった気がする。


 そのまま繋がっている裕也に向かって、走り寄っていく。


『バレたなら役割も終わりだから、いいよ。殺しちゃってもさー。まあ、僕の目的は達成したし』


 ーーでも、お礼はしなきゃ。


 明は暁月を止めようと動いたが、その声に足が止まる。


。ご飯だよ』


 一斉に、扉の前にいた人々が、暁月の進行方向を邪魔するように、向かって行った。


「おい、誰だか知らないが、悪趣味な真似はやめろ!」

『一般人は引っ込んでてよ。それとも、子どもになる?』

「死んでもならないね!」


 しっかりとした返答が来る。どんな術だか知らないが、音を拾っている。


「暁月、みんなを止めろ!」


 明の声に従い、思いっきり人が跳ね上がって空に飛んだ。回転蹴りや側転などダイナミックな動きとともに、人がバタバタと……もう、人死が出なければ良い。

 そのまま、暁月は明の元に戻ってきた。


「さすがに、この数は難しいです」


 明は頭の中で、計算し続ける。背中に仕掛けられた呪が反応して、今の状況を作っているなら、そのつながりを断ち切らなくてはいけない。

 

「暁月、背中のは剥げたのか?」

「剥げたです。でも、面倒な水の呪のせいで、中途半端に残る感じです」


 残りを取り去ることができれば……。


『あ、ちょうどいい。裕也、君のお母さんが来ているよ。お父さんも、ちゃんと呼んであげるから』


 驚くべきことに、そこに居たのは『卜』に占いにやって来て、暁月に気絶させられたという可哀想な目にあった女性だった。


「……暁月。彼女に蟲は見えるか?」

「はいです、えと……あれ」


 暁月の反応がおかしい。顔がどんどん青ざめていく。


 ーーその間にも、事態は進んでいく。


『君の復讐は遂げられるよ。よかったね。

 父親も母親も不幸にして、彼女と同じくらいそれ以上に苦しめたかったんだよね。大丈夫、このゲームは君の勝ちだ』


 ーー君のおかげで、みんなみんな苦しんでる。あの子もその子も、君の感情を元に呪を増幅していったんだ。

 だから、これはちょっとしたお礼。


 ははは、はははははははは!!


 楽しそうな声で笑う青年ーーアメノの声を聞きながら、裕也の脳裏に記憶が浮かび上がる。



♦︎


「何に悩んでるんだい?」

「……俺さ、彼女がいたんだ」


 アメノは真剣に話を聞いてくれた。

 彼はどんなゲームだって、勝ってしまう。ビリヤードやダーツ、喧嘩だって負け知らず。

 そんな彼なら、裕也の現状を打開する術をくれるのではないかと、裕也は恥を忍んで、自分の話や両親の話をした。

 

 ーーすると。


 君の彼女に非は無いのに、そんな目に遭うのはおかしい。君のお母さんは考え方が歪んでしまってるようだ。正さないといけないよ。

 それが出来るのは、君だけだ。


 そう言って、励ましてくれた。


 でも、両親の考えを変えるなんてどうすればいいんだ? 

 今まで、彼らの言う通りに従ってきた。その考えを変える方法なんて思いつかない。

 悩みを解決する術を求めた。


「困らせよう。君の彼女が、噂を流されて苦しんだみたいに、同じ目にあわせて見ればいいんだ。自分たちがしたことの残酷さを、思い知らせるんだよ。

 これは正義なんだ、悪を滅するゲームだよ。難しいことはしなくて良い」


 そのまま、アメノの言う通りにした。真実が入っていればいるほど、人は信じるものだと言われたので、父の部屋を探して会社の情報を盗んで、それを脚色してインターネットに流した。

 掲示板や会社情報誌、マスコミなどのばしょ、匿名で情報を送った。


 母の友人や祖父母に、自分が酷い扱いを受けていると伝えた。毎日毎日塾や習い事をしていて、行き着く暇もないということを、遠回しに悪意を持って。


 ーーそうすれば、良いと言われたから。


 はじめは、父の機嫌が悪くなったことから始まった。そして、母が祖母に呼び出されたのを聞いて、成功したと思った。

 裕也がしたのは、ほんの少しのことだった。会社の情報も、大したことではないものを選んだのだから。


『会社から、懲戒処分を受けた。地方に出向だ』

『ねえ、裕也。お母さんに、何を言ったの?』


 父の勤めていた会社は、この地域では多数の子会社を抱える株式上場企業だった。


 しかし、裕也のイタズラによってその業績が落ちていった。思っても見ないことだった。まるで、そうなるように操られているみたいに、どんどんどんどん下に落ちる。


 また、学校には、親が子会社に勤めている同級生も多かった。彼らの顔がどんどん暗くなっていった。

 でも、なぜか気分は良かった。気持ち悪いのに、違和感があるのに、快感があった。


 これをしてのけたのは、自分だと思えた。


 ……そして、父の会社に、会社の敷地に、一部を埋めた。……校舎の地下には、倒れ伏した身体が。が、?からだ。


『かわいそうだね、君の両親のせいだよ』


 頭を撫でられる、ら、かはみつか、


 頭が痛い。あ、頭に何かが棲みついたように、重い。脳が動いている気がする。ぐにゃ。

 

 でも、これはおれののぞみだった。だから、あめのはわるくない。



 笑い声が響き渡った途端、暁月が思いっきり裕也の頭をぶった。パァーン!!と小気味良い音が鳴り響き、空気も軽くなる。


 そして、暗雲が消えた。だが、人の動きは変わらない。


「水の接続が切れたです」


 そのまま、暁月は裕也よりも母親の方に向かっていく。


「お、おい!」

「明様、あまり、事態が、良くないので、」


 痛みを堪えるように、息が切れていた。猫目が細くなり、眉間に皺が。


 余りにも必死な声だった。

 紫水晶の中に、琥珀が埋まっている。それが至近距離でわかってしまうほどに、近くに来ていた。


「明様は、僕を信じて、そこでじっと目をつぶって……です」


 ぐらぐらと、怯えるような表情で、暁月が見てくる。

 明は自分が出来ることは何もないと悟り、その場でじっと目を瞑った。


「絶対に、目を開けないでください」


 俺は、面倒なことには手を出さない。

 見るなと言われれば絶対に見ないと言い返すと、ふふと悲しい響きを持って、そうしていてくださいと暁月は返事した。


 そのまま、暁月の祝詞が空間に響き出す。


「火神よ、聞こえさす。

 我、祭儀をよく執行し、鋭くす。我、清き炎を持つ神に、供物を捧ぐ。敏速・軽快なる使者、祈願に値する太古の神を崇め奉る。

 願わくば従順の使徒たる我に、その業火の一端に触れさせたまへ」


烈火万世れっかばんせい


 全てを激しい炎で燃え尽くす。真っ赤なほむらが眼裏から見えた気がした。


 ーーそして、全て消えた。



 

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