9.あばく


「……おまえ、いまどうやって来た」

「え、普通にです」


 普通? こいつにとっての普通とは、なんだ。建物を轟音を立てながら、屋上まで登って来ることが普通なのか。それも、人1人を連れて。どんな風に登って来たのかは見ていなかったが、見なくて正解だったかもしれない。

 暁月の出身はかすかに想像出来たがーー占えばある程度分かるーーそれにしても、身体能力がずば抜けている。普通の人間ではないとよくわかる。自分の正体がバレたくないようなそぶりをするのに、どうしてこんなことをするのか。


 明は引きながら、暁月が連れてきた少年を見つめた。

 占いで見た『鍵』が、この少年だろうか。

 ……失神しているのは見て見ぬふりをした。


 様子をよく観察しようとすると、暁月が目の前に立ち邪魔をする。反対方向に移動すると、暁月まで移動した。


「どけ」

「やです」

「確認させろ」

「先輩はいつもそう言って、僕以外を構います。僕より他の人が良いんです、知ってます」


 顔を俯けて、どろどろオーラを出し始めた。


 いっそのこと、今のお前よりは他人の方が良いと返答しようかと思った。しかし、それをすると面倒くさくなるので、テキトーにやり過ごす。


 特に今は、屋上の入り口がガチャガチャとうるさいのだ。机で塞いでいるのに、今にも破って来そうだった。


「お前も他人も五十歩百歩。俺はとにかくここから出たいんだよ」

「……じゃあ。他人なんて、どうでもいいです? 」

「……あぁ」

「そもそも、ばっちいので触って欲しくないです」

「俺には何も見えない」


 明がそう言い含めると、仕方なさそうに暁月は離れた。

 

 明は裕也の様子を、サッと確認する。

 死相は出ていない。呼吸が浅いが、気を失っているからだろう。生命に問題はないようだ。


「暁月、この子はなんだ?」


 明は主語もなく、その内容を確認するように、ように質問した。

 すると、暁月はにこぉと笑った。口の輪郭が左右に上がり、笑顔の標本のようだった。


「餌です、むしのえさ」


 ーーむしのえさ?

 

 詳しい話を聞くと、この少年にはミミズが付いていて、彼の負の気を食べて育ったミミズを、さらに他の蟲の幼虫が食べているらしい。育ち辛いものを、この場所である程度の大きさまで育て上げ、人に植え込む。

 この少年は見事な器だったので、湧いた蟲の量も酷かったと。

 暁月が封じ込めていると嫌々白状した。


 蠱毒は百匹の肉食動物たちを器に入れ、放置して争い合わせ、食い合わせる。生き残った最後の一匹は蟲となり、人を害するものとなる。本来は毒の治療薬として生まれたようだが、その効果を悪用したのだ。滋養強壮のために、酒に虫を漬けた飲み物があると思うが、あのようなものだ。


 ポピュラーな蠱毒の方法は毒虫を一箇所に集めるものだが、蟲術はそれに限った話ではない。


 以前言ったように、蟲は裸、毛、羽、鱗、介の総称である。


 その中でも、蠱毒は多くの種類があり、犬蠱、猫蠱、鼠蠱、蛇蠱、亀蟲、シラミ蟲、蜘蛛蠱、水蠱、ムカデ蠱。さらには樹蠱、桃生蠱。文献に載っているものは数多い。詳しい方法は記されていないが、古代ではあまりにも惨虐な方法のため、これを行ったものは死刑となったとされている。それほどに最強の毒薬というわけである。


 蟲として完成した最後の一匹は、とんでもない毒性を持つのだ。そんなものを一体何に使うのかは疑問だが、良いことに使われるわけがないのはわかった。


 そして、明が暁月の話を聞いていて思ったのは、それは『食物連鎖』ではないかということ。


 食物連鎖はピラミッドだ。微生物から始まり、その上に植物があり、草食性の動物、その動物を食べる肉食性の小動物や昆虫がいる。さらには、それを食べる動物がいる。

 中には人間をそのピラミッドの頂点だという者もいるようだが、人間が作った考え方ゆえにそう見えるだけのこと。


 しかし、見えるというのは型を似せているということだ。


「この地下には、卵と幼虫しかいなかったと言ったな。なら、今いる学生たちについているのはどんなふうに見えてる」

「大して変わりません。グネグネした育ち切ってない幼虫です」

「一番育っているものは?」

「……あー。動き回る羽虫ではなかったです、ムカデみたいな」


 つまり、つけられてから長い時間はまだ経ってないということだ。


 会話をしている途中で目線を逸らして、詰まったように答えた暁月の顔を怪しいと思いながら見つめるが、話すつもりはないようだ。

 詳しく説明しやがれとこつんと額をつついてやると、「あー」と言いながら倒れた。わざとらしすぎる。倒れる時も、髪の乱れを気にして、表情も崩れないところを見ると、見た目も相まって、アイドルと勘違いしそうだ。テレビの中で、歌を歌っていれば全然違和感がない。あるのはこの状況の方だろう。


 そのまま、方針を決めていく。


「ムカデか。属性は水だな」

「はい、陰湿な陰湿な水です。気色悪いです。じめじめじめじめ、水っぽい感じです。湿気でものを傷ませるし、なにもかもグニュグニュにしますです」

「……お前、何か恨みでもあるのか」

「え? 恨みなんてないです」

 

 水だと言った途端、言葉数が多くなり、嫌味っぽい口調になった。寝転がりながら唇を尖らせて、ぶーぶーと言わんばかり。それでいて、「無い」というのだから、面倒くさい。


「……待て」


 明は不意に、後ろに振り向いて屋上の入り口を見つめた。暁月は転がったままだ。


 ガンガンと凹んできている気がする。


「……なあ、暁月。屋上が破られそうになってないか」

「そーですか、うるさいわけです」

「逃げる方法は?」

「ぼうりょく?」


 唇に人差し指を付けて、あどけなく振る舞っているが、暁月が言ったのは紛う事なき『暴力』である。それは方法ではない。ただの力による無理やりなやり口だ。

 それにあの勢いでドアが開かれそうになっているなら、相当数の人間がいるだろう。

 そうなると、大量の血を見ることになる。それはダメだ。


「彼を利用させてもらうしかない」

「……ふふ」


 本当に楽しげに笑った暁月に、明はため息を吐き、下に転がっている裕也に手をやった。


 ーーそして、ついに入り口の戸が破られた。




 ここが蠱毒の場だというならば、蟲は飢餓状態(臨戦体制)を保たせねば争い合わない。それが負の感情だろうが、食欲だろうが、それは徐々に蟲たち自身を追い詰め、苦しめ、争い合わせる鍵だ。

 しかし、実際には餌はこの場に居た。食われることなく、だ。

 またこんな場所にいたなら、餌は身体中を全て食われていてもおかしく無い。蟲は骨すら食い尽くそうとしたろう。それほどに、飢餓とは恐ろしいもの。

 

 では、どうしていたのか。明は考えた。


 ーー隠していたのだ。誰にもバレぬように陣中に紛れ込ませ、気配を塗り替えていた。


 影響を小さく小さくし、蟲に餌だと気付かれないよう仕組んでいたのだと考えるべきだろう。

 この学校に通い、時期が来るまでひっそりと育て上げていた。


 明が見た流れは、八卦の流れ。


 この少年は隠れていたのだ。暁月という天敵に出会い、こうして捕まったが、蟲にバレないための呪がかけられていたと見ていいだろう。そして、今も中途半端にかかっている。


 自我を無くし、心身喪失の上、境界が定かにならない状態。

 陰陽は混じり合い溶け合い、循環する。その流れを一時的に止めることにより、気を断つ。


 明は気を見ることは出来ないが、観察し分析することは誰よりも長けている。

 血流が動き、動脈と静脈が流れるさまを心臓から辿って行く。


 ーーそして、見つけた。


「暁月、剥げ。背中だ」


 そう、指図した。命令することに慣れている口調だった。

 普段の彼以上に、その命令は誰にも逆らわせない迫力を伴っている。


「はい、あきらさま!!」


 暁月は嬉しげに声を高くして、背中から思い切り何かを剥いだ。

 透明な膜のように、彼が纏っていた霧を明に導かれるままに見つけて、それを暁月の力によって取り去る。

 暁月は2人の共同作業だと興奮していたが、明は冷静にそれを見つめ続けていた。


「ぎゃああああああーーー!!!」


 大きな叫び声を上げ、裕也の身体はガクガクと震え出した。背骨を曲げ、宙に浮いたような姿勢で、手足が小刻みに揺れる。壮絶な痛みだろうが、これは呪を剥ぎ取るには仕方ないことだった。


 暗雲が背中から、溢れ出してくる。


『手を出したね』


 どこからともなく、声が聞こえてきた。空間に響く、若く甘い声。それなのに、肌が粟立つように不快だった。

 暁月がサッと明の前に立って、壮絶な顔でそのモヤを睨みつけた。


『一般人じゃないか。霊力のかけらもないのに、どうやって……? ああ、火の忌み子がいたのか』


 ーー火の忌み子。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る